1 1.はじめに
分数の計算は、児童の苦手としやすい算数の一分野である。それは、分数が児童にとってイメージの掴みにくい形をした数であることが大きな要因である。このことから児童には、単に「分母どうし、分子どうしを掛け合わせて…」などと解き方だけを教えても真の理解には繋がらない。児童が分数の根本的な理解を飲み込めないまま、苦手意識を持って中学や高校へ進学した場合、数学のつまずきの原因になってしまうことも考えられるので、小学校のうちに分数の考え方をしっかり理解させたい。
ここでは、間嶋哲先生の実践から、数学的表現力を培い、子どもたちどうしでよりわかりやすい解き方をみつけ、自信をつけさせていく分数のかけ算の授業例を紹介したい。
2 2.間嶋哲先生の授業例
(引用元 http://bit.ly/bunsukakezan_majima)
1 単元名 分数のかけ算
2 本単元で高める力
本単元における学習内容は,次の二つである。(指導要領解説P152より抜粋)
イ 乗数が整数や小数の場合の計算の考え方を基にして,乗数が分数である場合の乗法の意味について理解すること。
ウ 分数の乗法の計算の仕方を考え,それらの計算ができること。
本単元で,主に身に付けさせたい数学的な考え方は,単位分数のいくつ分で考える「単位の考え」である。その考え方が使われる際,面積図や数直線などの図を用いていく場合と,既習の計算法則を用いていく場合とがある。
私は,本単元で,数学的表現力を高める。具体的には,次の三つの知を獲得させる。
【内容知】 (分数)×(分数)の計算の仕方を説明する際,単位分数に着目した表現の仕方が分かる。
【方法知】 (分数)×(分数)の計算の仕方を説明する際,単位分数が分かる表現をすることができる。
【体験知】A 単位分数に着目した表現をすれば,計算の仕方を説明しやすくなることを実感する。
B 自分の考えを表すのに必要な表現の仕方が分かる。
※なお,「計算の仕方」とは,単に計算の形式的な処理の仕方ではなく,答えに到達するまでの計算の手続きを表している。
3 指導の構想
課題を与える。
(分数)×(分数)という式が立てられることを確認した後,次の働き掛けを行う。
働き掛け1
計算の仕方を一つだけ,図・表エリアと言葉・式エリアから なる『考えのあしあと』にかかせる。
ここで,子どもは既習の学習[(分数)×(整数)や(分数)÷(整数)]を想起し,次のような表現を二つのエリアからなる『考えのあしあと』カードにかく。
《考えア》
《考えイ》
《考えア》と《考えイ》から,本単元で身に付けさせたい数学的な考え方に着目させる。前者は単位分数を使っているが,面積図に表れていない。また後者は,計算法則の一つである,商分数の表し方を用いようとしているが,十分に筋道立った説明になっていない。各自の『考えのあしあと』を集めた後,次の働き掛けを行う。
働き掛け2
《考えア》と《考えイ》の表現を提示し,どちらが自分にとって分かりやすいか を理由とともに問う。このことによって,子どもはまず,《考えア》と《考えイ》をよみ取り,自分の考えと似ている表現を「分かりやすい」として挙げる。
次に理由を考えさせ,挙げさせることで,考えアは,面積図があることや倍分して考えていることが分かる。また,考えイは,分数がわり算の式で表せることを使った表現であることが分かる。その際,話すスキル「根拠を明確にして話す」を使わせる。その後,次の働き掛けを行う。
働き掛け3
二つの表現の工夫点や,改善点を問い,「表現のポイント」を列挙する。
このことによって,子どもは,それぞれの表現ごとに,次のように工夫点と改善点を挙げる。上記の工夫と改善点が挙がったら,教師側で,それぞれ〔3つに分けられるように倍分〕〔面積図を15等分〕〔式と合った図〕と板書する。これらが《考えア》と《考えイ》の数学的な考え方に着目した表現である。また,工夫点や改善点を発表する中で,数学的な考え方には直接的に結び付かない表現が挙がる。
例えば,〔わり算のきまりを使う〕〔かっこを使う〕〔面積図をたてに3等分〕〔式の変化が分かる並べ方〕〔まず,次に,だからなどの言葉〕〔色ペンを使う〕などである。これらは自分にとって必要な,補助的な表現である。
どちらも「表現のポイント」として列挙する。その後,集めた各自の表現を返却し,次の働き掛けを行う。
働き掛け4
「相手に分かりやすく伝えるために必要な表現のポイントは何ですか。」と問 い,『考えのあしあと完成版』をかかせる。
例えば,《考えア》のように表していた子どもは,〔面積図を15等分〕を必要な表現として挙げる。そして,上の《考えア》の改善点のように,図・表エリアを修正する。
あるいは,《考えア》から〔3つに分けられるように倍分〕と〔面積図を15等分〕を必要な表現のポイントとして挙げ,それを使って修正する場合もある。なおその際,列挙されている表現のポイントの一部を変えてもよいことを話す。なぜならば,《考えウ》の子どもに対応するためである。
例えば,《考えウ》のように表していた子どもは,《考えア》の〔面積図を15等分〕を数直線に置き換え,〔数直線を15等分〕と,対応数直線を細かく15等分する場合もある。
こうして,(分数)×(分数)の計算の仕方を説明する際,単位分数に着目した表現の仕方が分かる【内容知の獲得】。
また,修正する際に,〔面積図をたてに3等分〕〔式の変化が分かる並べ方〕
〔まず,次に,だからなどの言葉〕〔色ペンを使う〕のうちのどれかをいくつか選び,その通りに修正する場合もある。こうして,自分の考えを表すのに必要な表現の仕方が分かる【体験知Bの獲得】。
その後,次の働き掛けを行う。
働き掛け5
修正後の表現を一斉に掲示させ,「分かりやすく表されているか」という点と「新しい考えか」という点で相互評価させ,「新しい考え」を説明させる。
働き掛け1でかいた表現を基にすでに修正している表現を,一斉に掲示させる。そして,チェックシールをもたせ,相互評価させる。
チェックシールは青と黄色の二種類とする。青は,「分かりやすい」と思ったら貼らせる。黄色は,「新しい考えだ」と思ったら貼らせる。つまり評価する側は,「分かりやすさ」と「新しさ」という二つの観点で相互評価する。
その際,思考するスキル「複数の観点から考える」を使わせる。青のシールをたくさんもらった子どもは,満足感を味わう。そして,単位分数に着目した表現をすれば,計算の仕方を説明しやすくなることを実感する【体験知Aの獲得】。
「新しい考え」には,《考えウ》や《考えエ》などが挙がる。これらの表現のうち,すでに子どもが自分で修正している場合や,もともと分かりやすく表されている場合は,友達に理解されやすい。しかし,逆の場合は,理解できる子どもが少ない。その場合は,表現を説明させた後,「さらに分かりやすくなる表し方はありますか」と問い,「表現のポイント」が使われることを知らせる。その後,次の働き掛けを行う。
働き掛け6
発展課題を与え,考えを細分化してかかせる。
課題を与える。
このことによって,子どもは,既習の「表現のポイント」のどれかを使えないかを考える。そして,下のように,(分数)×(分数)の計算の仕方を説明する際,単位分数や計算法則が分かる表現をすることができる【方法知の獲得】。
ここで,子どもは数学的な考え方を身に付ける。
4 指導計画
全21Q <7時間>
5 検証
(1)検証すること
働き掛け2・3・4が内容知と体験知Bの獲得に有効に働くかどうかを検証する。
(2)対象と方法
《内容知の検証》…………全員の子どもを検証の対象とする。
Cnで,相手に分かりやすく伝えるために必要な表現のポイントとして挙がった数学的な考え方に着目した表現の仕方(例:〔まず一つ分,そして二つ分〕〔面積図(数直線)を15等分〕〔3つに分けられるように倍分〕〔数直線で表せる〕の四つ)の中から一つ以上を選択し,かつ,それに応じて,『考えのあしあと完成版』が記述されていた場合,働き掛け2・3・4が内容知の獲得に有効であったと判断する。
《体験知Bの検証》…………Cnで内容知を獲得した子どもを検証の対象とする。
Cnで内容知を獲得した子どもの中で,数学的な考え方に直接結び付かない表現の仕方(例:〔面積図をたてに3等分〕〔まず,次に,だからなどの言葉〕〔わり算のきまりを使っている〕など)の中から一つ以上選択し,かつ,それに応じて,『考えのあしあと完成版』が記述されていた場合,働き掛け2・3・4が体験知Bの獲得に有効であったと判断する。
3 3.編集後記
この授業の実践のポイントは、
①『考えのあしあと』カードを用いて、図や数式から児童に具体的なイメージを掴ませること
②そののち、考えを出し合わせ、分数への理解を深めると同時に、様々な考え方からよりわかりやすい解き方を見つけさせ、それをわかりやすく説明させ数学的表現力を身につけるねらいがあること
③新しい解き方を考察し、『考えのあしあと完全版』シートにまとめさせ、また、説明させて定着をはかっているということ
である。
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また、授業における指導の観点としては、
①最初に『考えのあしあと』シートから出された児童らの考え方の違い(図形重視で考えた、数式だけで考えた、など)をよく把握し、表現のポイントを掴む
②児童には、根拠を明確にして話させることに注意する
③『考えのあしあと完全版』から、内容知、方法知、体験知が身についているか検証する
④計算練習をさせるときには『考えのあしあと』シートを参照させながら行うとよい
の4つが考えられる。
このような授業で、分数の概念をしっかり納得させた上で計算練習を行えば、分数への苦手意識や抵抗も減り、子どもたちももっと算数を学びたくなるのではないかと感じた。
(編集・文責:EDUPEDIA編集部 佐原志麻)
<実践者プロフィール>
間嶋 哲(Mazima Akira)
1965年、新潟県に生まれる。新潟大学教育学部を卒業。
新潟県内の小学校で活躍後、文部科学省での1年間の研修を経て、現在、新潟市教育委員会学校支援指導主事。算数授業ICT研究会理事。全国算数授業研究会総務幹事。
趣味は、海外旅行・外国語会話・スキー・ギター(フォークとクラシック)・読書・園芸・熱帯魚飼育など、多岐に渡る。
大学の卒業旅行を機に、旅行・外国語にはまり、旅行記を一冊出版したほどのエピソードを持つ。
●HP
間嶋哲のHPへようこそ… http://bit.ly/homepage_majima
●記事の出典
http://bit.ly/bunsukakezan_majima(HPより【平成14年度指定研究】)
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