1 「エビデンスに基づく教育」
「教師に求められるのは勘や経験が全てである。」
「自分が良かれと思ってやってきたことが実は子どものためになっていなかった。」
「24時間懸命に指導すれば必ず子どもは伸びる」
そんな言葉を耳にした事はないだろうか。
近年、海外(例えば、イギリスやアメリカ)では、教育現場で科学的根拠のある実践を行うべきである(エビデンスに基づく:Evidence Based)という考え方が広がりつつある。それが、今回私たちが紹介したい「エビデンスに基づく教育」である。
「エビデンス」とは、医療やシステム開発の分野で、「科学的根拠」や「検証結果」という意味で用いられている。
岩崎(2010)によれば、教育におけるエビデンスの意味には大きく4つある(図1参照)。
①政策立案根拠(教育実践を生み出すためのエビデンス)
②予算獲得根拠(教育実践にどれだけの予算を投資するのかを判断するためのエビデンス)
③説明責任根拠(教育効果の説明責任を果たすためのエビデンス)
④政策評価根拠(教育実践・政策の評価のためのエビデンス)である。
①は、教育実践を行うに当たり、これまで同様の実践がなされたことはないか?など、これから教育実践をするにあたり参考とし、実践を作りだす基となる根拠である。
②は、実践するプログラムにどれだけコストがかかるかという試算である。この場合、コストとは予算だけではなく、実施する時間・労力などを試算することも含まれる。
③は、実施の効果を説明するためのものである。一教師であれば保護者、行政機関であれば社会といった教育効果を受ける関係者に対して示す根拠のことである。
④は、本当に子どものためになったのかという教育評価である。
これまでこのようなエビデンスに必要性がありながらも、十分に成されてきたと言えるだろうか。
とにかく自分の勘や経験で指導する、子どものためにもなるのにも関わらずお金がないからできない、教育の成果を科学的に一切検証せず印象のみで関係者に伝える、評価をしないもしくは、したとしても偏ったもののみ、そんなことはなかっただろうか。
2 教育実践における「エビデンス」とは
当然、教育において本当にエビデンスを示すことができるだろうかと言えば、答えはノーである。本当に良い教育とは何か?良い人間とは?良い世の中とは?といった哲学的なことを考えると全てにエビデンスを示すことはできないことは明らかであろう。確かに、教育全てにエビデンスを示すことは不可能である。しかし、少なくとも教育は今よりももっとエビデンスに基づく必要があると言いたい。
先のエビデンスを示していない例のように、教育では「実践の言い過ぎ現象」が起こっている。
優れた実践者が優れた実践を行う。そこでは、まさに数々の華麗な表現である。それを紹介され、聞くと、いかにもその実践が何事にも解決できそうな、そして、崇高な非の打ちどころのないもののようなものに表現される。「完全無欠」「絶対」など。
逆に、ある実践者がある実践を行う。その方の謙虚さからくる「そう大したものではない」と表現される言葉。
それらは全て、あくまで一実践である。実践に完璧なんてものはない。授業で言えば、0点の授業も100点の授業もない。少なくとも実践には限界がある。実践というものは、あくまでその実践者の人間性でもあるし、あくまで実践者のいるフィールドにおいてのみ実践の事実を示すことができている、複雑多様なものである。必ず適応や限界がある。
実践の価値や努力、子どもの素晴らしい姿を示すことはいうまでもなく大切なことであるし、実際には、御題目掲載・名目利益のために大々的に表現することがあるのだろう。
成果として、子どもの成長など、その実践者なりの成果をエビデンスとして示していることがほとんどである。しかし、そのエビデンスというものはどの程度のものか。その実践者自身が「よい」と思っただけのものか、数人の人が「良い」と思ったものだろうか。客観性という観点で言えば十分なものと言えないだろう。
逆に、一部の教育研究者が示している科学性の高い理論はどれほどの実践上の良さがあるのだろうか。科学性が高くても、実践現場において、お金がかかり過ぎたり、手間がかかり過ぎたりする崇高な理論は、取り組むことが難しい。
そこで、我々は提案をしたい。実践においてもエビデンスを示すことだ。そして、そのエビデンスを「グレード」と「お薦め度」で示すことである。ここでは、エビデンスの「グレード」について紹介させて頂く。
アメリカのWhat Works Clearinghouse :WWCではこの2つの事を示している。
エビデンスのグレードとは、科学性がどれだけあるのかということである。エビデンスのグレードを以下、表1で示す。
RCT:randomized controlled trial(ランダム化比較試験)
SR: Systematic Review(系統的レビュー)
(出典)津富宏“系統的レビューに基づく社会政策を目指して:キャンベル共同計画の取組み”『日本評価学会』vol. 3, no. 2, 2003, p. 35
最上位のエビデンスは,系統的レビュー(systematic review)であると述べている。ランダム化比較試験(randomized controlled trial, RCT)による研究をレビューすることによって産出されたエビデンスが最も信用性の高いものと見なされているが、RCTとは、介入を受けるか否かの割付を無作為に行い、介入の効果を見る実験方法である。対象を、介入を受ける実験グループと介入を受けない比較グループとにランダムに分けるこの方法は、他の要因による影響を排し純粋な介入の効果を測定することができるとされ、自然科学の分野で多く行われてきた実験手法である。
このように、エビデンスの重要性とグレード、お薦め度という視点を持って、具体的なものを生み出していくことが重要である。
3 作成者紹介
Evidence Based Education研究会
http://ebe-riron-jissen.jimdo.com/
4 参考文献
- 佐々木昭弘「インタビュー 森田豊氏に聞く EBMに基づく医療と教育を」『初等理科教育』2010,6,p4—9
- 岩崎久美子「教育研究におけるエビデンスとは」『文部科学時報』2010,11,p76—77
- 国立教育政策研究所編『教育研究とエビデンス−国際的動向と日本の現状と課題‐』大槻 達也,惣脇 宏,豊 浩子,トム シュラー,籾井 圭子,津谷 喜一郎,秋山 薊二, 岩崎 久美子,2012
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