決意の波、喜びと感謝の飛沫―共同で作り出す活動「貼り絵」実践から(久保昭夫先生)

24
目次

1 はじめに

本記事は、中日新聞東京本社と受賞者から許可を得て、第15回「がんばれ先生!東京新聞教育賞」の受賞論文を掲載させていただいております。

http://www.tokyo-np.co.jp/event/kyoiku/

また、他の受賞論文もご覧いただけると幸いです。

第15回「がんばれ先生!東京新聞教育賞」のまとめページ | EDUPEDIA

2 決意の波、喜びと感謝の飛沫—共同で作り出す活動「貼り絵」実践から

「教師自身が最大の教育環境である」とは私の恩師の言葉である。この言葉を胸に、図画工作科専科として日々、「現実に目を向け、何よりも教師自身が学び、絵筆をとり、感動したことを、実感を通して子供に伝える」姿勢を心がけ教壇にたっている。

今夏、はじめて東日本大震災の被災地(岩手県陸前高田市、大船渡市)を訪れる機会があった。現地では積み上げられた瓦礫の山や、津波の爪痕が生々しく鉄骨がむき出しとなった建物とともに、多くの尊い命を奪ったとは信じられないほど穏やかで美しい海があった。東北の美しい自然があった。陸前高田市にて夕暮れ空を背に凛と立つ「奇跡の一本松」を目の前にしてキャンバスをひろげ絵筆をとった時(平成24年8月)、大自然の中で生きる人間の「生き方」を大自然が問いかけていると感じられてならなかった。そこには写真や映像では伝わらない「実感」があった。普段から写真や映像の限界を感じつつも、知らず知らずのうちに「わかった気」になっていた自分に気がついた。現代の子供を取り巻く厳しい環境の中で、同様に映像やCGなどで現実をとらえてしまう「仮想現実(バーチャルリアリティ)」の弊害が言われて久しい。他者の痛みに「共感する力」の欠如、「生の実感」の欠如、が、時に深刻な問題を引き起こすことはこれまで様々な指摘があるとおりだ。このような現代社会にあって学校教育の中で、私は「図画工作科教育ないし美術科教育は何をなしえるか」と日々、問うていかなくてはならないと感じている。以下に述べるのは「花と絵と水と音楽のある学校」との学校経営方針のもと情操教育をすすめている国立第二小学校に勤務させていただく中で、問題意識を抱きながら取り組んでいる実践である。

勤務する国立第二小学校において、私は4年前から毎年、図画工作科の「共同でつくりだす活動」として日本の古典名画を題材にした貼り絵の実践を行っている。これはベニヤ板に教師と児童有志で下絵を描き、クラス、班に割り振られた各ベニヤ板に小さくちぎった色の紙を糊で貼っていくという極めて単純なものである。しかし、各班の板をつなぎ合わせると、時に高さ3メートル以上、幅7メートル以上もの巨大画面に生まれかわる。児童はここで毎年、「団結の力」と「日本の名画の素晴らしさ」を体感している。私は、児童が書いた鑑賞ワークシートの「みんなで力を合わせた団結のすごさを知った。やってよかった。」「ただの紙なのに想像以上の迫力だった。」との言葉一つ一つを読むたび、今の児童たちが紙を手でちぎり、糊の感触を楽しみながら貼り、古典作品に真剣に向き合うことに、デジタル社会の中で人間の限りない可能性を再認識する。これまで四年間で取り組んだ題材は葛飾北斎「冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏」「冨嶽三十六景 凱風快晴」「冨嶽三十六景 山下白雨」、東洲斎写楽「二代目大谷鬼次の奴江戸兵衛」「市川男女蔵の奴一平」、俵屋宗達「風神雷神図」「松島図」。そして今年度は狩野永徳「唐獅子図屏風」を制作中である(平成24年9月現在。11月完成、校内展覧会、卒業式にて公開予定)。

ある年の中学受験を控えた6年生の児童との会話の中で「歴史は得意だけど、大嫌い。つまらないし、尊敬する歴史上の人物はいない。」というつぶやきに出会った。古典は知識としては知ってはいるが、その美しさ、雄大さ、または作者の気概、生き様は、その児童の人生に何も関係ないものとして存在していることに、私は気がついた。それは未来を拓く児童たちにとって深刻な歴史観、芸術観であることを感じた。アメリカ・ルネサンスの思想家エマソンの至言に「歴史を注釈とし自分を本文とせよ」(エマソン「歴史」)とある。少年時代に出会う文学、芸術、歴史はどこか遠い世界のものではあってはならず、世界の「知の巨人」たちは児童にとって友達であり、ライバルである中で、はじめて児童は人類の文化遺産の魅力を体感し、古典は「新たな文化創造への基盤」として存在価値を示すのではないだろうか。図画工作科教育、美術教育に携わる教師として、目の前の子供たちとともに古典芸術のすばらしさを共有し、真剣に向き合い、「貼り絵」を通して復興させることで、生命尊重の文明を築く一端を担う決意で本実践に取り組んでいる。

23年度は題材選びの際、6年生と特に真剣に検討をおこなった。折しも前年度の東日本大震災を受け、自分たちには何ができるだろうかと、津波被害にあわれた気仙沼市立大谷小学校への支援交流が始まった時であった。また、気仙沼市立大谷小学校の校長先生とPTA会長が本市(国立市)主催の防災講演会のため本校に来校されることが決まっていた。児童たちとともに「自分たちの団結の証を残す」とともに「東日本大震災で被害にあわれた方に自分たちの思いが伝わるもの」「つらい被害にあわれた東北の大地と海が、『幸せの大地と海』として、生まれ変わる希望のシンボルになるもの」にしようと方向性を決めた。そして図案を桃山時代、江戸時代初期に活躍した絵師、俵屋宗達の「松島図」に決定した。津波被害にあわれた宮城県にある日本三景の「松島」と同名の海の金屏風である。児童たちは、この絵が現在アメリカ・ワシントンのフリーア美術館に所蔵され、現地では世界があこがれる日本美術の至宝として大切にされていることを学び、手を糊まみれにして様々な個性のちぎり方で紙を貼って完成させていった。講演会当日は児童の喜びとともに来賓、地域の方に多くの反響をいただいた。

貼り絵は、バラバラの気持ちで紙を貼っていくだけでは作品にはならず、ただの紙くずの集まりになってしまう。児童たちが異体同心で団結する中で調和が生まれ、金色の紙を使わないで金色に見えたり、紙なのに波しぶきに見えたりする不思議な体験をする(写真参照)。床に落ちればただの紙ごみが、「真心」が入れば紙ではなく金色になる。それはただの金色や波しぶきではなく、児童の「心」さらには「今、この瞬間を生きているという『生命』」そのものともいえまいか。「一片の色紙の中に『生命』を見出す」−ここに「生の実感」を忘れかけた現代社会の「仮想現実(バーチャルリアリティ)」の弊害を打ち破る方途の一端があると私は確信する。

私が貼り絵の実践をする中で心がけていることが3つある。

1つは「達成感・団結の力を感じさせること」である。孤立、無縁社会が問題とされる現在、美を通した感動(共感)の体験は児童にとって人との「絆」を実感するかけがえのない経験である。

2つ目は、「価値を示すこと」である。今、学んでいる絵が、どんな影響を及ぼすか。何のために学ぶのか、何のためにつくるのかを示し考えさせる。知識がただの教養で終わるのではなく、生き方につながる「知恵」にまで高めることを目指したい。

3つ目は、「共に学ぶ共育の姿勢をもつこと」である。私自身が日頃より作品を制作し、古典作品の実物に触れ、感動した姿で児童の前に立つこと。本論文の冒頭の恩師の教えに由来する教師としての原点である。これからも目の前にいる児童に寄り添いながら、「子供の幸福のため」の美術教育を指標していきたい。

最後に23年度6年生が制作した「松島図」の貼り絵に添えた一文を紹介させていただき本論の終わりとしたい。

「松島図—輝きの大地と海」

画面の中で押し寄せる波は、新しい日本の未来をつくる児童たちの「決意の波」です。

舞い上がる飛沫は、この美しい日本に生まれ、素晴らしい仲間とともに過ごせた「喜びと感謝の飛沫」です。

国立二小6年生は、今この時に生きた意味をかみしめ、心をあわせて、希望の未来へ羽ばたいていきます。

被災地が美しい日本をとりもどせるよう、一刻も早い復興復旧を心から願っています。

3 講師プロフィール

国立市立国立第二小学校 図画工作専科 教諭 久保昭夫
第15回「がんばれ先生!東京新聞教育賞」受賞

4 引用元

第15回「がんばれ先生!東京新聞教育賞」受賞論文『決意の波、喜びと感謝の飛沫—共同で作り出す活動「貼り絵」実践から』,国立市立国立第二小学校 図画工作専科 教諭 久保昭夫より引用

「がんばれ先生!東京新聞教育賞」

本論文は中日新聞東京本社と受賞者から許諾を得て転載しております。

第15回「がんばれ先生!東京新聞教育賞」のまとめページ | EDUPEDIA

5 東京新聞教育賞について

「がんばれ先生!東京新聞教育賞」は、東京都教育委員会の後援を受け、平成10年に東京新聞が制定したものです。

学校教育の現場で優れた活動を実践し、子どもたちの成長・発達に寄与している先生方の実像は、ともすれば教育に関わる様々な問題や事件の陰に隠れ、社会一般には充分に伝わっておりません。本賞は、子どもたちの教育に真摯に取り組む「がんばる」先生の実践を募集し、それを広く顕彰・発表することで、先生自身の更なる成長と、学校教育の発展に寄与することを目的としています。

募集は6月から10月中旬にかけて行われ、教育関係者らによる2段階の審査を経て、翌年3月に東京新聞紙面紙上にて受賞作品10点を発表します。受賞者には、賞状・副賞ならびに賞金(1件20万円)が贈られます。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

コメント

コメントする

CAPTCHA


目次