緑のカーテンとともに成長する子供たち(菊本るり子先生)

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目次

1 はじめに

本記事は、中日新聞東京本社と受賞者から許可を得て、第15回「がんばれ先生!東京新聞教育賞」の受賞論文を掲載させていただいております。

http://www.tokyo-np.co.jp/event/kyoiku/

また、他の受賞論文もご覧いただけると幸いです。

第15回「がんばれ先生!東京新聞教育賞」のまとめページ | EDUPEDIA

2 心も育つ緑のカーテン

「ごめんね。」「ありがとう。」「さようなら。」

秋も深まり、春から大切に育ててきた緑のカーテンのネットを外す日、子供たちはそんな言葉を口にしながら、ヘチマの蔓の根本にはさみを入れていきました。空に向かって大きく大きく成長したヘチマは、いつの間にか単なる植物でなく、子供たちの友だちになっていました。

3 【なぜ緑のカーテン?】

私が緑のカーテンを学習に取り入れたきっかけは「緑の力でエアコンに頼らない暮らしを。」という言葉に惹かれて入居した自宅マンションでの体験でした。この年は大変な猛暑でしたが、ベランダに緑のカーテンを作り、風の通り道を確保する、というちょっとした工夫で一夏をほとんどエアコンを使わずに過ごしてしまったのです。育てるのが楽しくて、収穫した実がおいしくて、涼しさという快適性が手に入り、健康的で、しかも電気代 が安くなってお財布に優しい。さらに、電力消費も室外機からの廃熱も減らすことができて地球にも優しい。環境によいことはともすれば無理や我慢を伴うと思われがちですが、自分のためにお得なこと(エゴ)からスタートして、あれこれ楽しんでいるうちにいつの間にか地球に優しい生活(エコ)にたどり着いていることに驚きました。この価値を授業を通して伝えることにより、子供たちの将来の生活に何かしら活かされていくのではないか、また、子供たちを通して家庭や地域に広がっていくのではないか、という期待を込め平成15年、前任校で6年生の総合的な学習として緑のカーテン大作戦を始めました。

4 【失敗から学ぶ】

保護者や地域の企業の協力を得てスタートした1年目でしたが、予想外の冷夏に加え、土や肥料のこと、ネットの張り方などがわからなかったため植物が元気に育たず、夏休みの終わりの台風で被害を受け、大失敗に終わりました。がんばって植物のお世話をしていた子供たちの落胆ぶりが心配でしたが、子供たちは「今までたくさん楽しいことがあったし、勉強にもなったから、僕たちはいいよ。でも、来年の6年生には成功してほしい。」 と言って、自分たちの体験をもとに失敗の原因と成功の秘訣をインターネットなどで調べ、ハンドブックにまとめ上げて、朝顔の種と一緒に5年生に託し、卒業していきました。

翌年の6年生は、そのハンドブックを参考に取り組み、見事な緑のカーテンを作り上げました。地域と連携した環境学習としての価値を認められ、地球温暖化防止活動環境大臣表彰を受賞。また、一人の女子児童が夏休みに応募した作文コンテストで内閣総理大臣賞を受賞し、緑のカーテンが広く全国に知られるようになりました。その後異動した現任校で、平成18年から再び6年生の子供たちとともに緑のカーテンに取り組んでいます。

5 【学習の展開】

緑のカーテン大作戦のはじめの一歩は「土について学ぶ」こと。土の成り立ちや、ほんのわずかな土の中に数億もの微生物が存在すること、ミミズやダンゴムシが土の中で果たす役割について学んだ瞬間から、子供たちにとって土は命のすみかとなります。土作りの作業では、以前は土に触れることを嫌い、虫に悲鳴を上げていた子供たちも「思い出した! 土ってこんなに温かかったんだ!」と大喜びで手で土を混ぜ、ミミズを見つけては歓声を上げ、手の平に乗せたりシャベルでつぶされないよう救出したりするようになりました。

土作りから2週間ほどおいて「がんばれよ!」「大きくなってね」「君ならできる!」などと声をかけながら、植えたヘチマ・ゴーヤー・キュウリの苗を植え、水やりや蔓の誘引、追肥など毎日のお世話が始まりました。お気に入りの苗に名前をつけて、日々の成長を観察し、時には一日に45cmも伸びるヘチマの生命力に目を見張りました。夏休みには子どもたちだけでなく、保護者の有志「緑のカーテンサポーターズ」の方々や教職員も水やりや追肥などに参加、愛情をたっぷり受けたヘチマは校舎4階の天井まで伸びて、立派な緑のカーテンができあがりました。

9月に入り温度測定によって緑のカーテンの効果を確かめました。まず、緑のカーテンの陰になっている場所と日向の気温と地面の表面温度を測定します。

次に校庭・木の下、緑のカーテンの陰の順に立って、体に感じる熱の違いとその原因を考え、日射だけでなく、周囲からの放射熱も防ぐことが緑のカーテンの涼しさのポイントであることに気づきました。さらに、協力してくださる企業の方が持ってきてくださったサーモカメラで、校庭や校舎の熱環境を視覚的に確認すると、緑のカーテンは大きな滝のように青く写り、その効果の大きさを実感することができました。

「緑のカーテン大作戦」では、ゲストティーチャーによる授業も取り入れています。雨樋メーカーの方からは雨水利用について、気象キャスターの方からは地球温暖化の現状について、東京都市大学の教授からは住環境と涼しく暮らす工夫について学びました。雨水が大切な資源だと気づいた子供たちは、バケツに雨水をためて水やりに使うようになり、温暖化が決して遠くの世界の出来事ではないと知ると、学校や家庭でこまめに電気を消したり水を止めたりするようになりました。熱を逃がす方法(対流・伝導・放射・蒸発)という知識と温度測定で得た数値や体感が結びつき、学びはより深いものとなりました。

緑のカーテンからの収穫は子供たちの大きな楽しみの一つです。キュウリのとげに驚き、みずみずしい甘さに驚きの声を上げながら味わい、ゴーヤーは給食の食材になり、家庭科の調理実習では沖縄出身の元校長先生からゴーヤーチャンプルー作りを教えていただきました。ビタミンが豊富なだけでなく「捨てるところなし!」というゴーヤーの魅力を知り、ゴーヤーが苦手だった子も「おいしい!」と笑顔を見せていました。

「土で絵を描こう(図工専科とゲストティーチャーによる総合的な学習)」では、夏休みにあちこちで集めてきた土を絵の具にして絵を描き、土の新しい魅力に触れ、土がその場所の歴史を語り、植物の3倍もの二酸化炭素を固定することを学びました。

緑のカーテン大作戦の締めくくりは、発表会です。自分が5年生に伝えたいことを出し合って作った発表原稿を分担、練習して発表会に臨みます。約10ヶ月にわたって学び体験してきたことが、この発表によってもう一度6年生の子供たち一人一人の中に定着し、意欲とともにしっかりと5年生に引き継がれていきました。

6 【緑のカーテンがもたらしたもの】

この学習を通して、子供たちは環境について幅広く学び、植物や土、虫、雨水など身近な自然を愛おしむようになりました。また、保護者のサポートやゲストティーチャーの授業、次々に応援に駆けつけてくださった地域の方々やNPO、企業などとの協働により、人と人との関わりのすばらしさ、大切さを知り、人と関わる力も身につけていきました。

土作りや苗の植え付けの際、コンクリートの床の上にこぼれた土の中に、目には見えない無数の命を感じ取ってすくい集め花壇に戻す姿。幼い弟、妹の面倒をみるように植物をいたわり、取り外した蔓や葉が次年度の緑のカーテンの栄養になることを信じて蔓にはさみを入れる姿。緑のカーテンの傍らにはいつも子供たちの笑顔があり、思わず涙ぐむようなたくさんのすてきな姿に出会いました。緑のカーテンは子供たちの心も大きく豊かに成長させてくれたのです。緑とともに成長していく子供たち。これからもそのすてきな姿に寄り添っていきたいと思います。

7 講師プロフィール

板橋区立高島第五小学校 主任教諭 菊本るり子

第15回「がんばれ先生!東京新聞教育賞」受賞

8 引用元

第15回「がんばれ先生!東京新聞教育賞」受賞論文『心も育つ緑のカーテン』,板橋区立高島第五小学校 主任教諭 菊本るり子より引用

「がんばれ先生!東京新聞教育賞」

本論文は中日新聞東京本社と受賞者から許諾を得て転載しております。
他の受賞論文はこちら

第15回「がんばれ先生!東京新聞教育賞」のまとめページ | EDUPEDIA

9 東京新聞教育賞について

「がんばれ先生!東京新聞教育賞」は、東京都教育委員会の後援を受け、平成10年に東京新聞が制定したものです。

学校教育の現場で優れた活動を実践し、子どもたちの成長・発達に寄与している先生方の実像は、ともすれば教育に関わる様々な問題や事件の陰に隠れ、社会一般には充分に伝わっておりません。本賞は、子どもたちの教育に真摯に取り組む「がんばる」先生の実践を募集し、それを広く顕彰・発表することで、先生自身の更なる成長と、学校教育の発展に寄与することを目的としています。

募集は6月から10月中旬にかけて行われ、教育関係者らによる2段階の審査を経て、翌年3月に東京新聞紙面紙上にて受賞作品10点を発表します。受賞者には、賞状・副賞ならびに賞金(1件20万円)が贈られます。

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コメント

コメント一覧 (1件)

  • 素晴らしい取り組みですね。学校用の、長いネットなど、どこでも簡単にできるキッドを業者さんなどが提供してくれるといいですね。ハンドブックにまとめ上げたものも、ぜひEDUPEDIAにアップロードしてください。また、コンポストを設置して葉や茎をたい肥に戻すところまでできるといいですね。
    私も、これらの取り組みをしたいのですが、なかなか知識技術と予算と場所が、そして時間が足りません。

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