食・農業・経営を学ぶ 「青山里山プロジェクト」(新保有希子先生)

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目次

1 はじめに

本記事は、中日新聞東京本社と受賞者から許可を得て、第15回「がんばれ先生!東京新聞教育賞」の受賞論文を掲載させていただいております。
http://www.tokyo-np.co.jp/event/kyoiku/

また、他の受賞論文もご覧いただけると幸いです。

第15回「がんばれ先生!東京新聞教育賞」のまとめページ | EDUPEDIA

2 食・農業・経営を学ぶ 「青山里山プロジェクト」

3 都会でこそ問う「農」

港区南青山、学校の周りには高層ビルが乱立する。本校は、そんな都会の真ん中に位置し、普通で考えれば農業とは縁遠い場所である。この地に、使われていなかった屋上約300mに農園をつくろうということから始めたプロジェクトである。

子供たちのほとんどは、土にも触れたことがなく、栽培となると1年生生活科の朝顔以来となる子も多い。5年社会科では、日本の農業について扱うが、特色や概要、さらに課題について扱う程度で、このプロジェクトがなければ、真剣に農業について考える機会はなかったであろう。都会で農業?と思われるかもしれないが、消費にしか目を向けない私自身を含めた都会人に、生産という希望やその困難さを知ることで見えてくるものがあるのではないかと想定した。

4 農業教育・農業指導ではなく人材育成にかける思い

近年キャリア教育の重要性をよく耳にするが、そもそも人材の育成は農業に似ている。自らの資質をどう開花させ、どう実らせるかは、自分の学び方や社会との接し方次第であると思っている。「農」は人が中心となって、自然と相談しながら行うものだ。私は、様々な状況を分析し、考え正しく判断できる人間の育成をこのプロジェクトに託している。

私がめざすのは、農家になるための学習ではない。むしろ、栽培方法に卓越しなくても、失敗してもいいと思っている。それよりは、農業を通じて、様々な人たちと出会い、その生き方や考え方に触れて、子どもたち一人一人の自分自身と対話して、これからの自分の生き方に振り向けて欲しいと思っている。

5 「農」と出会う

1春(導入期)

しっかりとした目的意識をもつ導入として、 授業協力者である HATAKE AOYAMA レストランシェフを神保氏を招いて、野菜が嫌いであった自分のおいたちや現在は食と環境が密接に絡んでいること、自然の恵みを受け、自分たちの手で野菜を育てることの大切さなどを話していただいた。

次に行ったのは子どもたち自身が、野菜の苗を移植していくことである。子どもたちのなかには、土の中から顔をのぞかせる虫の幼虫やミミズにキャーキャー悲鳴をあげながら取り組んでいた。しかし、たいていの子どもたちははじめての経験に興味津々の様子だった。

苗の移植に前後して行ったのは、千葉県旭市の無農薬有機栽培農家の常世田氏の田んぼ及び農園で農業実習を行った。田植えは、無農薬ゆえにオタマジャクシをはじめとした生き物たちがうごめく中に、素足を入れての田植え作業。腰は痛くなるし、足は泥にもぐるし、子どもともども四苦八苦であった。

田植えの後は常世田氏の農園を訪れ、無農薬の有機野菜を土からぬいて試食させていただいた。新鮮な味わいに子どもたちはびっくり。同行した神保氏と常世田氏が、自然と野菜と向き合い、真剣に栽培することの大切さやすばらしさを語っていただき、子どもたちはすっかり2人のファンとなり、それぞれにこれから始まるプロジェクトに期待を寄せていた。

2夏(実習期)

水やりと追肥が効果をあげて、屋上は菜園となり、たくさんの野菜が収穫できるようになった。近隣保育園児を招き、収穫をしてもらい、自分たちの取組を地域にピーアールしとても喜んでもらった。

また、夏休みの期間中は屋上でとれた野菜は、屋上菜園の当番の子どもたちが校門前で、毎日販売を行った。町の人たちからの評判が少しずつ広がり、たくさんの野菜もまたたくまに売り切れ、「幻の野菜」とまで言っていただいた。子どもたちも、自分たちが育てた野菜を「おいしかったわよ」と言ってくれる度に笑顔で受け答えをし、最初は小さかった売り込みの声も大きくなった。していることが町の人の役に立っていること、町の人たちとつながったことがとてもうれしそうであっ た。

子どもたちはこの実習期間を終えて、炎天下での世話も含めて、収穫する喜びや野菜でつながる地域との輪づくりといった人間関係の広がりを味わっていた。「少しだけ常世田氏に近づけた気がする」という子どもの声が印象的であった。

6 「農」を理解する

1秋(展開期)

夏野菜の季節は終わり、秋冬野菜の栽培へと屋上をつくり変えていった。ここからの主役は子どもたちである。夏休みの販売で得た収益から、土を買い、4つのごとに区画を決めグループで畑をつくりなおした。その後、栽培したい野菜の種を選び、さらに使う肥料を決めて発注を行う。

ここでかかる費用は、選んだ種、使う肥料によって違ってくる。土は大量の購入が必要であったため経費からは免除した。それでもいずれの班も約5000円前後、クラス全体で約 20000 円の経費がかかった。これを子どもたちの栽培する野菜の売上金で賄ってもらうことを伝えた。「本物の農家」に近づくのである。春先は準備した農園に苗を植え、それらを世話するだけであったので、一から栽培を行わせること、ましてや売り物となる野菜を栽培することは、難しい注文であったかもしれない。困ったときには、その時常世田さんならどうすのかを想像しなさいと伝えた。

子どもたちは、なんとしてでもかかった経費以上に売り上げる野菜を一から栽培しなければならない緊迫感と、喜びでわくわくしていた。栽培品種は、大根、人参、カブなどの根菜類が多く、何だったら自分の家で買うのかといったやりとりが行われていた。作戦会議のグループの机には、図書室や図書館から借りてきたという野菜の栽培についての本が積み上げられ、情報のやりとりも積極的であった。

しかし栽培は困難を極めた。発芽した野菜と雑草との見分けがつかず、育てていたら雑草だったということもあった。秋にも千葉県旭市に稲の収穫をかねた実習に行ったが、野菜の栽培に食いついて尋ねている子どもたちの姿があった。苦労の甲斐あって、野菜はスーパーで売っているものと遜色のない出来映えで、無事に収穫を迎え、学校公開の際に保護者や地域の方に向けて、また通常は教職員に販売を行い、いずれの班も1万円以上の売り上げを記録した。本当の農家になったような気分だったようだ。売られるお客も笑顔だったことが、より子どもたちの気分を高揚させていた。

野菜栽培の感想を尋ねると、「収穫できた時はうれしかった」「自分たちでつくった野菜は本当においしくて、家の人にもほめてもらってうれしかった」などの声が聞かれた一方、「たいへんだった」「農業は儲からないのかわかった」という声もあった。改めて、シェフの神保氏や農家の常世田氏を見直していた。

2冬(振り返り期)

2月、青山里山プロジェクトを振り返り、学んだこと、新たに問いたいことを個々にもち、神保氏、常世田氏をお招きして、たくさんのお客様の前でシンポジウムのかたちの授業を行った。

子どもたちは現在とこれからの農業に触れた体験や経営についても考える機会をとおして、これからの日本の農業や食料生産についてそれぞれの思いを語った。共通していたことは、食を見直すとともに日本の農業を大切にしていきたいこと、考えを行動に移すことが大切であることを理解したと語った。

子どもたちの変容に誰よりも目を細めていたのは、神保氏と常世田氏であった。お二方とも、子どもたちに向けて熱いメッセージを寄せていただいた。

7 これからにつなげる人づくり

私たちが行ったことは、農業について触れることや学ぶことであったが、改めて振り返ると、それらは皆これからの人づくりにつながることであったように思える。正しく物事を知るためには、本や映像のみでの知識や言葉だけでなく、体験をとおして身に付ける生きた言葉こそ強いということを私自身が理解した。これはすなわち生半可な姿勢で臨むことでは得られない覚悟をもつということも意味する。また、何よりも学校や地域の枠を超えた、素晴らしい人々の出会いと協力に支えられてこそ実現で きた幸運にも恵まれた。私は、この子たちの10年後20年後が楽しみだ。どんな大人になってくれるのか、その時私が行ったこの学習が生きてくれるのならば、言うことはない。

8 講師プロフィール

港区立青山小学校 教諭 新保有希子
第15回「がんばれ先生!東京新聞教育賞」受賞

9 引用元

第15回「がんばれ先生!東京新聞教育賞」受賞論文『食・農業・経営を学ぶ「青山里山プロジェクト」』,港区立青山小学校 教諭 新保有希子より引用
「がんばれ先生!東京新聞教育賞」

本論文は中日新聞東京本社と受賞者から許諾を得て転載しております。
他の受賞論文はこちら

第15回「がんばれ先生!東京新聞教育賞」のまとめページ | EDUPEDIA

10 東京新聞教育賞について

「がんばれ先生!東京新聞教育賞」は、東京都教育委員会の後援を受け、平成10年に東京新聞が制定したものです。

学校教育の現場で優れた活動を実践し、子どもたちの成長・発達に寄与している先生方の実像は、ともすれば教育に関わる様々な問題や事件の陰に隠れ、社会一般には充分に伝わっておりません。本賞は、子どもたちの教育に真摯に取り組む「がんばる」先生の実践を募集し、それを広く顕彰・発表することで、先生自身の更なる成長と、学校教育の発展に寄与することを目的としています。

募集は6月から10月中旬にかけて行われ、教育関係者らによる2段階の審査を経て、翌年3月に東京新聞紙面紙上にて受賞作品10点を発表します。受賞者には、賞状・副賞ならびに賞金(1件20万円)が贈られます。

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