1 はじめに
近年、教育現場におけるデジタル教材の活用が進んでいます。教室において利用できるツールも、iPadを初めとするタブレット端末、デジタル教科書、各種教育向けアプリ、デジタルペン等々、多種多様なものが現れています。先生方にとっては教材選択の幅が大きく広がるものの、同時にどの教材を選択すべきかという悩みが膨らんでいる状況だといえるでしょう。
今回はこうした状況におけるひとつの模索的な取り組みとして、東京都砧南小学校の菊地秀文先生による授業実践を紹介します。
2 紙とデジタル、一人ひとりに合わせた選択を。
文部科学省の「教育の情報化ビジョン」では、「一人一人の子どもたちの多様性を尊重しつつ、それぞれの強みを生かし潜在能力を発揮させる個に応じた教育を行う」としています。どのような学習環境が望ましいのかも、一人ひとりの子どもの特性によって異なってきます。近年の知見では、特にノートテイキングの場面において、子どもの特性ごとによる違いが顕著だということが明らかになっています。すなわち、文章を書くことが比較的苦手な子どもの場合は、デジタルノートを用いることが思考の支援となり、紙のノートを用いるよりも集中して多くの文章を書けるという結果が出ています。しかし、自分の考えを文章にする能力が比較的高い子どもの場合は、デジタルノートを用いてタイピング作業による制約を受けるよりも、紙のノートに書き込んだほうが多くの文章を書くことができます。教科書とノートを分けて一覧性を確保することで、教科書の複数ページを移動し、ノートの記述と見比べることで、深い思考も可能です。このように、子どもによって最適な学習環境が異なるという事実は実証されています。
児童一人ひとりにとって適切な学習環境が異なるならば、最も望ましいのは子どもが自分自身にとって相応しい学習環境を選びとることでしょう。デジタル教材を用いるのか紙の教材を用いるのか、各自が選択することによって一人ひとりの子どもが最大のパフォーマンスを発揮することが可能になります。またそれだけではなく、こうした授業では、自身の特性に応じてメディアを選択する能力や、周囲の子どもと互いのメディアの違いを認め合う姿勢を養うことが期待できます。多様なメディアが存在する現代においては、こうした資質自体がひとつの新しい力であると言えるでしょう。このように多様な学習環境を用意する取り組みの例として、以下では小学校6年生の国語の授業を紹介しましょう。
3 授業概要
対象児童: 小学校6年生 32名
教科単元: 国語科 表現のおもしろさを味わおう
使用教材: 「雪わたり」(三省堂「国語 6年」)
めあて : 躍り上がるほど喜んだきつね達の気持ちをとらえ、人間と狐達の心の交流を読みとろう
4 授業の流れ
この学級ではNPO法人教育テスト研究センター(CRET)から研究委託を受け、半年前から1人1台のiPadを導入し、全教科にわたって活用しています。またデジタルペンも導入しており、これらのデジタル教材を利用した授業は子どもたちにとって日常的な学習方法になっていました。
1.教材の配布
全員が手元にiPadを用意します。iPadではなく紙面でのノートテイキングを希望する児童には、これに加えてデジタルペンと、デジタルペン用の記入用紙を配布します。
子どもたちはiPad画面と紙面のどちらでノートを取るかを、毎回の授業ごとに選択することができます。この日は32人中9人の児童がデジタルペンの利用を選びました。
2.全員で文章を音読
デジタル教科書で『雪わたり』の文章を開き、全員が起立して音読を行います。この音読の光景は、紙の教科書での授業と何ら変わりません。
3.読解を行い、考えをノートにまとめる
先生が登場人物の気持ちに関する発問を行います。今回の問いは、「登場人物の四郎とかん子が、なぜ涙をこぼしたのか考えよう」というものでした。
子どもたちはこの質問をノートに写し、各自で答えを考えノートに記入します。先ほどデジタルペンを受け取っていた子どもは紙にノートを取っていきます。それ以外の子どもはiPadでノートを取りますが、そこで用いるアプリケーションも子ども一人ひとりが自由に選択することができます。この授業で子どもたちは、ワープロ型の「Pages」、プレゼンテーション型の「keynote」、それから手書きプレゼンテーション型の「ロイロノート」の3種類のアプリから好きなものを選択しました。
ノートへの入力の方法も、指タッチ、タッチペン、キーボードの3種類から選びとることができます。子どもたちは思い思いの方法でノートに考えをまとめていきました。
↑授業風景
↑Pages&指タッチでの入力
↑左:ロイロノート&タッチペン、右:紙&デジタルペン
↑左:紙&デジタルペン、右:Pages&キーボード
4.各自の考えを発表し合う
最後に教室の中心に机を寄せ、それぞれのノートにまとめた内容を互いに発表し合います。発表者は挙手によって児童が指名しあいます。発表者のノートは黒板に張られたスクリーンに映し出されます。デジタルペンで記入されたノートもiPad 上で記入されたノートも、同様にデータ化されているため、どの子のノートもスクリーン上の画面がすぐに切り替わり映し出されていきました。
デジタルペンを用いることで紙面のノートもデータ化することができ、用いるメディアの違いによらずどの子どもに対してもデータの保存と共有という点で同等な対応をすることが可能になっています。
↑発表風景
↑紙&デジタルペンによるノートの発表
↑iPad(Pages)によるノートの発表
5.先生によるまとめ
最後に発表内容を受けて先生から学習のまとめがあり、授業は終了となりました。
5 学習効果について
取材した授業以外にも、単元を通して、メディアを自由に選択する授業が実践されました。
後日、業者によって作成された到達度テストが実施されました。読解で全国平均76点のところ、クラス平均が93点(n=32)という結果がでました。
児童が自分にあったメディアを選択したことで、紙とデジタルそれぞれのノートのよさが学習に生かされ、より理解が深まったと考えられます。
6 おわりに
近年のデジタル教材の活用に関しては、デジタルと紙がそれぞれにもつ「良い点」を活かしていくことが期待されています。しかしそこで問題になるのは、誰にとって「良い」ことを基準にするのか、ということではないでしょうか。冒頭でも述べた通り、どのような学習環境が良いのかは一人ひとりの子どもによって異なります。そこで学びの道具自体を子どもに選んでもらうという方法は、大胆でありながら、それぞれの教材の良さを引き出すという意味できわめて合理的な方法であるように思われます。
この記事でご紹介した取り組みから、このような柔軟なデジタル教材の活用の方法があると知って頂き、これからの指導に向けて少しでも参考になれば幸いに思います。
7 実践者紹介
菊地秀文 先生
2003年より東京都公立小学校教諭。専門は教育工学(ノートテイキング、情報検索、 情報モラル、CSCL等)。これまで国や自治体の専門委員や研究員などを務め、現在、日本デジタル教科書学会理事、NPO法人教育テスト研究センター連携研究員。教育におけるICTの活用に意欲的に取り組まれています。
http://www.kikuteacher.net/
(編集・文責:EDUPEDIA編集部 鈴木鷹志)
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