教師一日目にすること(今井成司先生)

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目次

1 はじめに

東京作文教育協議会・会長、元杉並区立公立小学校教諭の今井成司先生からいただいた原稿をもとに作成しています。

今井先生は赴任した最初の日に、先輩の先生から「教師一日目にすること」を教えていただいたそうです。それはどういったことなのでしょうか?

2 教師一日目にすること

赴任、最初の日に必ずすること、それは何でしょうか。私は、春になるといつも思い出すことがあります。日下伝さんのことです。あの人は今も元気だろうか。
 もう45年も前のことです。1969年4月、私は、東京都杉並区立第9小学校の教師になりました。その日は、顔合わせと諸準備の日でした。私は3年生の担任ということで、同じ学年になった先生たちと入学式の準備などをしました。3年生は4学級で、私以外はみな40、50歳代の人たちでした。私は、何も分からず、ただ簡単な作業をしただけでした。そして4人での打ち合わせが終わってほっとしていると、その中の男の先生が、「おい、今井、行くぞ」と声をかけてきました。「どこへ」と聞く間もありません。もう、歩き出しています。
 廊下に出るとその先生が言いました。
「あのなあ、学校に来て最初にあいさつに行くのは、校長室じゃないんだ。」
そういってどんどん歩いていきます。そして、主事室、当時は用務員室と言っていましたが、そのドアを開けました。もう4時を過ぎていたのでしょう。かなり年配(実は70歳を過ぎていたのですが)の警備員さんでした。「警備員の関根さんです。」と日下さんは私に紹介してから「さあ、あいさつしろ」と目で促します。私は「今度初めて赴任してきた今井です。よろしくお願いします。」というのがやっとでした。そのあとはどんな話をしたのかは覚えていません。
 用務員室からの帰り、日下さんは言いました。
「おれたちが帰った後、教室の窓が開いていれば、そっとしめてくれている。子どもが忘れ物を取りに来ればまたお世話になる。そういう人だ。だから、一番初めにあいさつに行くのだよ。」
その次の日はもう、私は日下さんに言われなくても、給食室、用務員室に行きました。
「これから、お世話になります。」
以来、5年間、この杉並区立第9小学校にはいましたが、用務さんや給食作業員さんと仲良く過ごすことができました。むしろ面倒を見てもらったというほうが正しいかもしれません。
 私にこれを教えてくれた日下さんは、(後でわかったことですが・・といっても本人はこのことについては何も言いませんでしたが・・・)あの戦争中には、青年将校(あるいは教師?)だったようで、何人もの部下(教え子)を戦争に送り出した、そのことを、とても深く、悔やんでいて、ひっそりと教師生活を送っている、ただ黙々と仕事をしている、ようでした。これも、周りの年輩の教師から漏れ伝わってきた断片を私がつないだだけです。日下さんには、軍隊で鍛えられた厳しさみたいなものがしみこんでいて、私たちは近づきがたいものを感じてもいましたので、この噂は私には真実味がありました。
 めったに笑ったことのなかった日下さん。懐かしい人です。
 それ以来私はいつも転勤最初の日には、用務員室・給食室にあいさつに行きました。
 そして、今、私は、若い人が赴任してくるたびに日下さんと同じことをしています。

3 実践者プロフィール

今井成司先生
 杉並区教育研究会、元国語部長
 東京都杉並区三谷小学校を2007年に退職
 杉並区浜田山小・久我山小、立川第8小などで講師をした。
 現在、東京作文教育協議会・会長。日本作文の会会員。
 杉並区作文の会会員

 主な著書に

  • 「国語の本質がわかる授業1,2」(日本標準、編著)
  • 「楽しい児童詩の授業」(日本標準、編著)
  • 「教科書教材の読みを深める言語活動」(1~3年生、本の泉社)

 などがある。

4 編集後記

教師一日目にすること。
 最初に今井先生からこの話が出た時に、私は、教室に入って一番はじめに子どもたちにどのような声をかければいいのか、学校に何分前にはついているべきか、などが思い浮かびました。それが絶対に違うわけではないと思いますが、今井先生から頂いた原稿を読んだ時、ハッとさせられました。子どもは先生だけで育てているわけではないということ、学校は校長・教頭をはじめとした教師だけで成り立っているわけではないということを、本質から言い当てているような気がします。
 そして、今井先生はそのことを先輩の先生から教わったということでした。今、多くの団塊の世代の先生が退職し若い先生が増えていて、ベテランの先生と若い先生という縦の関係が少なくなっていると聞きます。それでもやはり、この話のような現場の先生にしか分からない、感じられない経験値というものは受け継がれていってほしいなと思いました。
(編集・文責:EDUPEDIA編集部 宇野 元気)

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