私の「その場主義」(今井成司先生)

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目次

1 はじめに

東京作文教育協議会・会長、元杉並区立公立小学校教諭の今井成司先生からいただいた原稿をもとに作成しています。

「その場主義」とは、具体的なこと、行為で指導することだと今井先生は述べています。教育の本質にも関わってくる考え方です。ぜひご覧ください。

2 私の「その場主義」

子どものころ「お前はその場だけ良ければいいのだから」と言って母からよく怒られたものでした。でも、その場主義は、とてもいいものです。

 朝、登校時刻少し前に行って、教室で、机の上の整理などをしていると、子どもたちがにぎやかに入ってきます。
「先生、門のところに鳥が死んでいるよ」
こんな声が聞こえると、
「おお、どこどこ」
「門の横」
教えてもらい、その子たちと、一緒に、鳥の死骸を見に行きます。
「ああ、かわいそうに、昨日の雨、すごかったからなあ」
鳥の死骸を見ながら私が言うと子どもが言います。
「先生、えさとれなかったのかなあ」
子どもは、死んだ鳥に同情します。死骸を一緒に片付けたり、土に埋めたりします。私とその子たちとの共同の作業です。このことで、大げさに言うと、子どもは野生の自然の厳しさを感じます。命について感じることもあるでしょう。

「先生、トイレに落書きがあったよ。」
という子がいると、「どこ、どこ?」と言って、すぐ、その子の手を引いて見に行きます。
「ありがとう。これだね。ひどいねえ」
一緒に眺めます。
「消しておこうか」
一緒に消します。
「ありがとう、あなたのおかげで、きれいになったよ。」
子どもに、こういう声をかけることができます。具体的な場面で、ほめることができます。いい関係になります。後でこの話を教室でみんなにすることもできます。
教室で「落書きはいけません」と一斉に指導することもいいでしょう。しかし、それは「言葉主義」です。「言葉で指導」したにすぎません。このトイレの落書きのように実際にその場に行って、一緒にそれを見て、一緒に消す、これが指導なのです。少なくともこの子とっては、「トイレに落書きするのはいけないこと」が、強く心に残るはずです。
「一人に分かってもらえればいい。」—これが教育の本質なのでしょう。もし30回、こういうことがあったとすれば30人を指導したことになるでしょう。

 その場に一緒に行く、その場で一緒に見る、その場で一緒に作業をする。
それが私のその場主義です。あまり難しいことではありません。自分の体を、その場所に持っていくだけで、何かが始まるのです。教師としても楽しいことでした。そのうえ「具体的なこと、行為で」指導することができるのです。

 こうすることで、「また、先生に伝えよう」「教えよう」という機運が広まります。それは子どもたちの「気づく力」「変化を見逃さない感性」を育てることにもなるでしょう。
子どもが教えてくれた時、「そう、それは後でね」とか「無反応・無関心」を繰り返しているとやがて、子どもはもう、伝えてくれなくなります。

 6年生を持っているときでした。5時間目です。ある子が、トイレで吐いてしまって、周りにこぼしてしまいました。わたしは、その子を保健室に行かせてから、自習をさせておいて、廊下に出ると、なんと、ゴム長靴をはいて、ほうき、ぞうきんを持った女の子が立っていました。関さんです。同じクラスの子です。
「先生、私もやります。」
「ありがとう。でも、これは、病気に関係あるから、先生がやるよ。」
関さんから、バケツを受け取りながら、私は、感動していました。彼女も、その場主義になっていたのです。
彼女は、大学生の時には、教育実習生として、私の教室に来ました。残念ながら、教師にはならずに、デパートに勤務しましたが、今でも彼女には教師になってほしいと思っています。

 子どもの言葉を受け止めて、まず、教師が、体を動かす、一緒に行くこと、一緒に見ること、そこから、教育が始まるのです。

3 実践者プロフィール

今井成司先生
 杉並区教育研究会、元国語部長
 東京都杉並区三谷小学校を2007年に退職
 杉並区浜田山小・久我山小、立川第8小などで講師をした。
 現在、東京作文教育協議会・会長。日本作文の会会員。
 杉並区作文の会会員

 主な著書に
 *「国語の本質がわかる授業1,2」(日本標準、編著)
 *「楽しい児童詩の授業」(日本標準、編著)
 *「教科書教材の読みを深める言語活動」(1~3年生、本の泉社)

 などがある。

4 編集後記

私は実際に先生として働いたことはないので、学校現場でどれだけこの「その場主義」にもとづいた生徒指導ができるかは分かりません。しかし、先生が自ら動いて子どもたちと「その場」で触れ合うことはとても重要なことだと感じました。

『「一人に分かってもらえればいい。」—これが教育の本質なのでしょう。もし30回、こういうことがあったとすれば30人を指導したことになるでしょう。』

こういった意識で先生が子どもたちに接することで、子どもたちとの信頼関係を育み、子どもたちの成長を支えてあげることができるのではないかなと思いました。
(編集・文責:EDUPEDIA編集部 宇野 元気)

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