1年生、漢字を全員が全部かけるまで(岡篤先生)

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目次

1 はじめに

本記事は、神戸市立小学校教諭である岡篤先生のメルマガ「教師の基礎技術~若い先生へ~<525号~543号>」を加筆・編集したものです。1年生の子どもたちが習った漢字を、全員が全部書けるまでの先生の取り組みを紹介します。

2 全員が書けるって、ほんとう?

1年生で出てくる漢字は、画数も少なく、生活のなかで使うものばかりです。そんなに頑張らなくても大丈夫だろうとたかをくくっていましたが、テストしてみると大丈夫どころか、他の学年と変わらないくらい、できない子がいます。何人かの先生にも尋ねてみましたが、やはりできない子どもはいると聞き、自分のせいではないと考えました。ところが、ある先生だけは答えが違っていました。
「全員、全部書けてるよ」「えっ…」「だって、毎日書かせてるから」「毎日!?」
何をするにも時間がかかり、混乱する1年生に、数十個の漢字を毎日書かせることなど本当にできることなのでしょうか。

3 さかのぼりの繰り返しを始める

私には想像がつきませんでした。「“山”を書きましょう」と言えば、「どこに書いたらいいですか?」「ノートの1行目からです」「1行目って、どれ?」「ほら、ここです」「どこどこ」「ここです」「先生、なんて書くの?」など、いちいち大変です。もし、何十個の漢字を書かせるとなれば、大騒ぎになることは間違いありません。それを毎日しているというのです。いったいどうやって…と不思議でした。「めちゃくちゃ時間かからないですか?」「ううん、『漢字』って言ったら、始めるわよ。毎日やってるから」
私は「毎日」が大変だと思っていたのですが、その先生の口ぶりでは、「毎日だから」できるようです。方法を尋ねてみました。

①習った順番に書かせてみる

「”山”・”川”・”水”・”木”」という漢字を習っているとしたら、それを順番に書かせるだけです。次の日に“火”を習ったら、「“火”・“山”・“川”・“水”・“木”」です。全部書かせていたら時間がかかるだろうにと思っていたら、「毎日やってるから『漢字』といっただけで、すぐに書き始めるの」と話してくれました。「1日1個ずつ増えるだけだから、覚えちゃっているのよ」「すごい」「そうね、子どもってすごいよね」
私は「指導法がすごい」と思いました。やるしかないでしょう。自分では考えもしなかった方法です。最初はできるはずがないと思いました。しかし、事実は何より重い。教えてもらったとおり、やってみることにしました。

②現実は…やはり1年生

「今まで習った漢字を全部書いてもらいます」「え~」「むり」「できるできる」「どれだけ書くの?」「全部です。では、ノートを広げて」「ノートのどこから書くの?」「もう書いていいですか」「書く場所は…」
昨日のノートの続きから書かせることにしました。「最初の漢字を言います。“正”です。はい、書いて」「ええっとどうだったかな」「書けた、次は?」「先生、これで合ってる?」
1年生にとっては、ノートのどこに書くのかの指示を徹底させることすら大変です。
子どたちの間を動き回って、全員が”正”を指示通りの位置に正しく書いていることを確認しました。
「はい、では次。”字”、字をかくの”字”です」「わかった」「ええっ、なんだっけ」「ちょっと待って」「どこに書くの?」「あ、そうか、”正”のすぐ下に書きましょう」「ええ?もう横に書いちゃったよ」「ああ、悪いけど、消して書き直して」「消しごむがない」
2文字目ですでに大騒ぎです。すでに疲れてきました。
そうはいっても、とにかく続けてみるしかありません。

③ひたすら続ける

“正”・”字”の2文字ですでに10分は過ぎています。「3文字目、言いますよ」「先生、えんぴつ削っていいですか?」「授業中は削りません。他の鉛筆はないの?」「ある」「じゃあ、それを使えばいいでしょう」
すでに疲れてイライラしているので、つい口調が荒くなってしまいます。
「3文字目いきますよ。”文”、文章の”文”です」「できる!」「あれえ??」
テンポよくといったどころではありません。あと何文字かやったところで、子どもも私もすっかり疲れ切ってしまいました。教えてくださった先生の言うようにはいきませんでした。それでもこれであきらめるのは、もったいない気もします。だめでもともとで、しばらく続けてみるかと思い直すことにしました。

④2日目にして成長が見られる

翌日を迎えます。ある程度続けたうえでの手ごたえで、今後どうするかを判断したいと思いました。
「今日も、習った漢字を書いていきますよ」「よし、今日はだいじょうぶ」「最初は”正”です。「2文字目は…」「”字”でしょ」「わかってるわかってる、つぎは”文”でいいの?」
2日目にして、進歩が見られました。すでにさかのぼって書いていくということを理解している子がいるようです。もちろん、”正”も”字”も書けない子や書き方がわからない子もたくさんいます。
それでも、毎日続ければスムーズにいくかもしれないという予感はありました。
2日目は多少ましになったとはいえ、とてもスムーズとはいえない展開でした。字がわからない子がいる、書き方を間違える子がいる、書くのに時間がかかる子がいる…それでも30分ほどかけて、なんとか数十個の漢字をすべて書かせることができました。

⑤3日目の手ごたえ

2日目、3日目とたった数日続けるだけでも、子どものなかに、流れを理解して自分から取り組む子が増えてきました。「『漢字』やりますよ」「”正”からだね」「よくわかっているね」「つぎ、もう書いてもいいですか」「先生は順番に言っていきます。わかる子は先に書いていってもよいことにしましょう」「よし、ぜんぶ書くぞ」「どこまで書けるかな」
もちろん、漢字を覚えるのが苦手な子や書くことが遅い子もいます。その子のペースに合わせて、私のほうは進めていきます。その子たちができるようにならないと意味がありません。しかし、よく観察していると、1人また1人と最初の”正”や”字”を自分から書く子が増えていることがわかりました。全部書かせるというやり方の手ごたえを感じることができました。
いつまでも”正”からというわけにはいきません。新出漢字も出てきます。”山”を習えば、“山正字文…”、と書くことになります。次に”水”を習えば、“水山正字文…”です。習う度に書き出しが変わってくるわけです。
子どもたちはその度に混乱するのでは、とも心配しました。

⑥子どもの慣れは早い

流れを理解してしまったら、むしろ子どものほうがきちんとやることを覚えています。
「今日の漢字は、何からだったっけ?」「”雨”を習ったから、”雨”からだよ」「そうか、じゃ、”雨”と」いうような、やりとりが度々ありました。そして、教えてもらったようにこの方法が有効であることも、実感として理解することができました。
この練習方法を「さかのぼり繰り返し」と呼ぶことにしました。

4 宿題でも応用

宿題では、市販の漢字ドリルを使っているので、そこに出ている熟語を書かせるようにしています。習った字を最初に書いて、後は順番にさかのぼる「さかのぼりの繰り返し」の原理は単純ですが、いざ宿題でやらせようとするとそう簡単にはいきませんでした。授業中にノートの使い方や熟語の選び方なども丁寧に説明したのに、全然できていない子がたくさんいたのです。全く、さかのぼり繰り返しになっていなくて、ただドリルを写している子もいます。何度言っても、出された宿題のノートは私が思ったようにはなりませんでした。
「何度言ったらわかるんだ」とイライラしてきました。これではきりがないと思い、宿題をする前に、授業中にさかのぼり繰り返しの練習をすることにしました。そして、どの子もできるようになったと判断してから宿題に出すようにしました。今では、低学年の場合、2週間授業で練習するようにしています。いきなり宿題に出しても無駄なことだと理解できました。

5 教えるときにも有効

さかのぼりの繰り返し の原則は、教えるときも有用です。最初はすべて教師が説明し、チェックします。次はほとんどを教師がチェックし、最後の少しだけ子どもたちに任せます。それを少しずつ、子どもにやらせる部分を増やしていくのです。できれば毎日小テストをします。小テストをしていれば、新出漢字と宿題と小テストが連動します。そうなると、宿題をきちんとやっていれば小テストも満点を取りやすくなります。また、小テスト自体もさかのぼり繰り返しでやっているので練習になっています。小テストの点がよくなれば、丸つけも楽です。
毎日繰り返していれば、子どもたちも慣れてきて、どの時間に、小テストの用紙を誰が配るかなども定着します。漢字指導の好循環が生まれます。

6 小テストの問題例

小テストの問題は次のようになります。

  1. ただしいしせい
  2. じをかく
  3. ぶんしょう
  4. むし
  5. みる

この問題の出来が悪ければ、練習してもう一度取り組むことになります。ほとんどの子ができていれば次に進みます。次に“山”を教えたとします。さかのぼり繰り返しでいくと、次のようになります。

  1. やまにのぼる
  2. ただしいしせい
  3. じをかく
  4. ぶんしょう
  5. むし

もし、結果が順調でなければ(小テストの点数が悪ければ)”山”を書かせる文を追加しないで、もう一度「ただしいしせい」からの問題をするというやり方もあります。その場合、新出漢字や宿題の進め方も調整した方がより効果は高まるでしょう。

参考までに述べておきますと、得意でない文字があるときは、「むし」→「むしをみる」や、「むしをみて、ぶんにじをかく」といったように、日本語としてはおかしいのですが、漢字の力をつけるには続けて問題にしておいた方がよいということです。
だれが出来ていないか、クラスのどのくらいの割合ができているのか、全体を把握している担任しかわからないことなので、どのタイミングで先に進むか、何回繰り返すかというようなことは、担任のみできる「さじ加減」というものです。

この さかのぼり繰り返し で、宿題や小テストをすると、定着率は、着実によくなりました。

ただし、この効果が如実に現れるのは低学年、あるいは中学年までです。高学年になると思うほどの効果はありません。漢字が苦手で、小テストの点数もなかなか上がらない子は、当該学年の漢字ができていないのはもちろんですが、それまでの学年の漢字もできていないのです。

さかのぼりの繰り返し は、わたしの漢字指導の主要なパーツの1つとなっています。どの学年を担任しても、基本的には「さかのぼりの繰り返し」です。それでも高学年などで成果がでにくくなったときに、次の課題が見えたわけです。

個人での努力では限界があると痛感し、学校ぐるみの取り組みを考え始めました。さかのぼりの繰り返しをしているうちに、自分なりのキーワードが見えてきました。
次のキーワードは「発達の過程はどの子も同じ」です。別記事で採り上げます。

7 執筆者プロフィール

岡篤先生
1964年生まれ、神戸市小学校教員。学力の基礎をきたえどの子も伸ばす研究会(略称学力研)会員。硬筆書写と漢字、俳句に力を入れて勉強。
著書に『字源・さかのぼりくり返しの漢字指導(パワーアップシリーズ)』(2008年7月 ひまわり社発行)、『これならできる!漢字指導法』(2002年3月)があります。

8 編集後記

1年生を担任された先生方には、岡先生と児童とのやり取りが、我が事のように感じられるかと思います。1年生を指導するのに根気強く、繰り返し取り組むことによって子どもたちの漢字力の定着率はよくなっていくことを実現してこられました。毎日毎日繰り返すことで子どもたちはその日にすべきことが予想できるようになり、自ら進んで取り組もうとする好循環が生まれることがわかりました。

(文責・編集 EDUPEDIA編集部 丸山明美)

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この記事を書いた人

コメント

コメント一覧 (1件)

  • 1年生は1回だけ担任した後、「自分がやるべきでない(=力不足)」と思ってまだ1度しか1年生を受け持ったことはありません。1年生の漢字は岡先生のおっしゃる通り、それほど難しくないのでたかをくくっていました。というか、1年生で漢字をしていること、その教え方・・・等についてさほど思いをめぐらしたことさえありませんでした。この記事を読ませていただいたことでよい「気付き」となり、ありがたかったです。

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