車いすのことを知ろう〜小学校の先生の声かけにどう思うか〜(シリウス)

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作成者:Kaori Naito (Edupedia編集部)さん

1 はじめに

こちらの記事は、静岡県で30年間以上続く教員サークル、シリウスのホームページに掲載されている教育実践法の一つをご紹介しています。
http://homepage1.nifty.com/moritake/

2 実践内容

参観会で車いすの授業をした。静岡県身体障害福祉会(福祉会館内)から、6台の車いすをお借りした。

車いすは一台いくらだと思いますか。

値段の見当がつかないらしく、予想はバラバラだった。一台が約15万円することを告げると、「ほー」という声があがった。
(注:車いすの値段は仕様によりばらつきがある。オーダーメイドの車いすほど値段は高くなる)

体に不自由のある人はどれくらいいるのか?

現在、体に不自由のある人は、日本の中で、およそ何人に一人になると思いますか?

これも全く予想がつかない。てんでに予想している。無理もなかろう。まだまだ日本は障害のある人が気軽に外へ出る環境が整っていない。そのため、障害を持っている人を目にする機会が少ないのである。実際はおよそ○人に一人であることを教えた。
(注:どの程度をもって障害と呼ぶかで、この割合は変わってくる。授業をする場合には、最新の情報を調べてからにして下さい)

車いすの使い方を知りましょう

次に車いすの乗り方、使い方について説明をした。次の3つについて、特に教えた。

  • いすの開き方
  • ペダルの開き方
  • 車輪の動かしかた

実際に何人かに、車いすに乗らせた。跳び箱で使う踏切板を乗り越えることができるかどうか挑戦をさせた。高さにしてわずか数センチの段差である。何人もが挑戦したが、どうしても乗り越えることができなかった。

車いすで出かけてみましょう

班ごとに車いすに乗って、いろいろなところへ出かけてみよう。

体育館の中だけではなく、体育館の外へ出るよう促した。トイレ、二階、水道、体育館正面のスロープなどに出ていった。

トイレに行った班は、入り口までは行けるのだが、その先には進めなかった。戸を足で押して扉がようやく開いても、またすぐに戻ってきてしまうので、中に入れないのである。またトイレに入ろうと方向転換をするのだが、狭すぎて向きを変えられなかった。

体育館で、カラーコーンを使ってコースを作った班もあった。操作に慣れないので、すぐにカラーコーンにぶつかってしまった。

二階に登った班もあった。一人が椅子に座り5人が持ち上げていく。ようやく二階に登ったときには、肩でハアハアと息をしていた。

十分に活動をさせたあとで、こんな話をした。

先生の声かけは正しいのか

これは本当にあった話です。養護学校の子どもたちが車いすで散歩をしていたときに、小学生の集団とすれ違いました。小学校の先生はクラスの子どもたちに「見るんじゃないよ」と声をかけました。さて、このとき養護学校の先生は、どう思ったでしょうか。

少しの間、班の人で相談してから発表させた。

  • その先生は、すごく悲しかったと思う。
  • 普通の人とちょっと違うだけなのに、「見るんじゃない」と言われて、イヤな気持ちだったと思う。
  • 同じ人間なんだから、別に見たっていいと思う。

実は、私が最初にこの話を聞いたときに、小学校の担任として理解できるところがあった。「障がいを持った人をジロジロ見て、失礼なことを言うんじゃないか?」ととっさに感じるからである。ごく一般的に親子の間で「あまりジロジロ見るんじゃないよ」という会話もなされていることだろう。

しかし、前任校の同僚は「見るんじゃない」という言葉を聞いて烈火のごとく怒った。しばらく興奮が収まらなかったそうである。

同じ人間なのに「見るんじゃない」とは何事だ。同じ人間じゃないか。オレたちは見てもいけないようなひどいものなのか?

養護学校に転任したての1年目は、この言葉の真意が十分わからなかった。小学校のクラス担任として、ジロジロ見ないように声をかけるのは、無理もないと思ったからである。それが2年目、3年目になると、怒った理由もわかるようになってきた。

別に車いすに乗っていたってなんだって、自分は自分なのだから、ありのままの姿を見られることは、何でもないじゃないか。でも変なふうに気をまわして、「見るんじゃないよ」と言ったその気持ちが、嫌らしいものとして感じるようになったのである。

さてクラスの子どもたちは、発問に対してどう答えだのだろう。そんないやらしい教師根性を誰一人持ち合わせていなかった。

  • 養護学校の先生は、怒ったと思う。

全員が <怒った> と予想した。物事の本質を見極める力は、時にして子どもの方が鋭い。実は私は <怒った> と <その通りだと思った> という二つの意見が対立すると読んでいたが、それはみごとに裏切られた。

最後に、自分自身のことに振り返って、私たちにできることを考えさせた。

車いすに乗っている人に、私たちができることは何だろう

  • 階段とか困っていたら手伝ってあげる。
  • 私たちと同じように接したらいいと思う。

私が何年もかかって学んだことを、子どもたちはわずか一時間で学んでしまった。というより、このような共生の気持ちをすでに持っていると言うべきであろう。

3 プロフィール

静岡県教育サークル シリウス
1984年創立。
「理論より実践を語る」「子どもの事実で語る」「小さな事実から大きな結論を導かない」これがサークルの主な柱です。
最近では、技術だけではない理論の大切さも感じています。それは「子どもをよくみる」という誰もがしている当たり前のことでした。思想、信条関係なし。「子どもにとってより価値ある教師になりたい」という願いだけを共有しています。

4 書籍のご紹介

「教室掲示 レイアウトアイデア事典」(明治図書2014/2/21発売)

「学級&授業ゲームアイデア事典」(2014/7/25発売)

「係活動システム&アイデア事典」(2015/2/27発売)

「学級開きルール&アイデア事典」(2015/3/12発売)

5 編集後記

私も足の怪我を抱えて生活していますが、杖をついたりひきずって歩いている時に、じろじろ見られたり笑われたりすることはよくあります。そういった行為を受けるのは決して気分の良いものではありません。何も迷惑をかけていないのだから放っておいてほしいと感じます。おそらく、「かわいそう、おかしい、変な人」といった、奇異の目を相手に向けることが一番の問題なのではないかと思いました。

子どもが障がいを持った人を物珍しそうにじろじろ見るのは無理のないことです。その時に、大人が「じろじろ見るな」と制するのではなく、「みんなの顔や性格がそれぞれ違うのと同じように、あの人も、障がいという1つの個性を持って生まれてきた人なんだよ。その個性と一緒に、自分の人生を一生懸命生きているんだ。それなのに、他の人と違うからって馬鹿にされたり、変な目で見られたりしたら、その人はどんな気持ちになるだろう。街中でそういった人に出会ったら、じろじろ見たり悪口を言ったりせずに、あたたかい目で見守って、困っていそうな時には手を差し伸べてあげることが大切なんだよ。」というようなことを伝えることが大切なのではないかと個人的には感じました。

(編集・文責:EDUPEDIA編集部 内藤かおり)

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