アキヤマ先生の「怒り」のわけは? -「医療との連携」の真実- (小中学校のコーディネーターが直面する課題シリーズ②) 【特別支援コーディネーターものがたり 第六話】

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作成者:松浦 俊弥さん

1 はじめに

こちらの記事は、2015年4月より淑徳大学准教授の松浦俊弥先生の体験を基に先生ご自身が書かれた記事です。
特別支援教育に悩みながらもがんばる先生とその支援を誠実に行う松浦先生の特別支援教育に対する姿勢、そして、子どもたち・関係者がどう変わったかをぜひご一読ください。

2 アキヤマ先生の「怒り」のわけは?

ヨツバ特別支援学校から少し離れたトーザイ市。夏休みのある猛暑の日、市内の小中学校に勤めるコーディネーターや特別支援学級の担任を対象とした研修会があり、カゲウラ先生が講師として登壇しました。この日のテーマは「教育と医療の連携について」。カゲウラ先生は日頃から、子どもの状態によっては必要に応じて医療機関と適切に連携し、学校、家庭、病院の三者で子どもを支えていった方がよいこともある、と伝えていました。
 研修会後、帰り支度を始めたカゲウラ先生のそばに同年代と見受けられる男性が近づいてきました。その表情は険しいものでした。「ちょっといいですか?」。ぶっきらぼうに言いかけたその男性に、カゲウラ先生は笑顔で「どうしました?」と返しました。
 男性は「トーザイ中央小学校のアキヤマです」と名乗り「先生の言葉を信じて、とんだ迷惑を被った」と続けました。これも実はよくあることのひとつ。それでもカゲウラ先生は気色ばんだりすることなく「それは申し訳ありませんでした。お手数ですがお話を聞かせていただけますか?」と投げかけました。

 アキヤマ先生は笑顔のカゲウラ先生に対し、表情をこわばらせたまま次のように話し出しました。「以前にもあなたの研修を受け、医療機関との連携が必要だ、とする言葉を信じ、学校でも家庭でも粗暴な傾向が止まらない3年生のアキラ君の保護者に病院への受診を勧めました。不登校傾向も見え始めていたので。保護者は最初『うちの子が病気だというのか』と強く反発したのですが、何度も話し合いを重ね、ようやく近くの専門医を受診してくれました。そして発達障害の傾向がある、ということで薬を処方され、ああ、これで問題解決だなあ、とほっとしていたのです。しかし、しばらくして家庭からは『薬を飲んだら元気がなくなった。こんなに副作用があるとは思わなかった。あなたのせいだ。もう薬は飲ませない。医者にも行かない』と連絡が入り、一時的に落ち着いていたアキラ君はまた暴れだしたようです。医者に連絡すると『保護者の了解もなしに学校と情報交換はできない。そもそもあなたの学校の教育方法が間違っているからアキラ君が暴れているんではないか』とまで言われ、私は職場でコーディネーターとしての資質を疑われるまでになってしまいました。自分なりに努力し、がんばってきたつもりです。あなたの言うとおり医療機関とも連携した。でも事態は解決するどころか問題がよりこじれてしまった。どうしてくれるんです!」。話しているうちにさらに興奮してしまったようで、最後にはカゲウラ先生に詰め寄ってきました。
 カゲウラ先生は、相手のペースに巻き込まれないように気をつけながら、笑顔を絶やすことなく最後まで話を聞き、少し間をおいて次のように伝えました。「アキヤマ先生、お気持ち、よくわかりました。ぜひ一度、先生の学校に伺わせていただけませんか。できればアキラ君の保護者ともお話したいのですが」。意外な言葉に戸惑いの表情を見せたアキヤマ先生でしたが、「売られたケンカ」を買いそうにもないカゲウラ先生の様子に態度を改め、再開の約束をしただけでその日は帰って行きました。

3 医療と教育の連携

 数日後、トーザイ中央小学校を訪ねたカゲウラ先生は、アキヤマ先生と一緒に彼が担任をしている教室でアキラ君のお母さんと面談しました。アキラ君はその日も学校へ来ることはなく、家庭でストレスを持て余し、小さな弟を叩いたり母親に暴言を吐いたりしているそうです。ほとほと困った様子のお母さんは、神妙な表情で二人の先生の前の椅子に座りました。
 アキヤマ先生から紹介を受けたカゲウラ先生はまず、詳しく家庭内でのアキラ君の様子を聞きました。そしてまた、服薬時の状況もお母さん本人の言葉で再確認しました。それはアキヤマ先生が教えてくれたとおりでした。お母さんは先生の言葉を信じて受診し、状況の改善を願ったのに結果は最悪のものだった、と怒りを堪えながら目を潤ませました。
 カゲウラ先生は「主治医から説明を受けたかと思いますが、改めてお伝えしましょう。お母さん、資料を用意してきましたので、これを一緒に見ながらお話したいと思います」と前置きし、次のようなことをわかりやすく説明しました。
 アキラ君の現状から考えて、医療機関を勧めたアキヤマ先生の判断に間違いはなかった。しかし「病院で診てもらった」からアキラ君の問題が突然解決することはありえない。医師のアドバイスを参考にしながら、学校と家庭でも環境を整え必要な教育を入れていかなければならない。薬の処方は、治療というよりむしろ行動改善のためのきっかけ作りであり、医療と連携しながら教育を充実していかなければ服薬の効果も得られない。行動が改善してくれば必然的に薬の量も減らして行き、それがなくても落ち着いて過ごせるようになることをめざす。薬の飲み始めは劇的に効果が出る場合があり、それを「元気がなくなった」「この子らしさが失われた」と感じて、家庭の判断で薬を止めたり処方を減らしてはいけない。必ず医師の指示に従うこと。服薬し始めてから最初の数週間の様子を参考にしてその後の治療方針を決めることも多い。その間、学校や家庭は子どもの様子をしっかり記録しておくことなど。

4 保護者、医師、教師の情報共有の重要性

 お母さんはカゲウラ先生の用意した資料に必要事項を書き込みながら、真剣に聞き入っていました。そして何度も「そうだったんですか」「ああやっぱり」と頷いていました。アキヤマ先生もその横で、一生懸命メモを取っていました。
 最後にカゲウラ先生は「お母さん、保護者と医師、そして教師が三者で情報を共有しながら子どもを支えていくことが何よりも大切です。アキヤマ先生が主治医と連絡を取り合うことをお許しいただけますか。そしてもしそれが可能であれば、まずお母さんから主治医に、アキヤマ先生から連絡が行くと伝えてもらってもよろしいでしょうか?」と確認しました。お母さんはためらわず「お願いします!病院にもすぐに電話します!」と答え、少し笑顔を取り戻し、二人に会釈をして教室を出て行きました。

 しばらく考え込んでいたアキヤマ先生が静かに立ち上がり、横に座るカゲウラ先生に一礼しました。「先生、ありがとうございます。そして本当に申し訳なかった。私の説明や準備が不足していて家庭や病院とうまく情報交換できなかったということが、ようやくわかりました。それなのに先生に勝手な怒りをぶつけてしまって」。
 「アキヤマ先生、私もね、最初の頃はよく同じような失敗をしました。そうやって失敗を重ねながら得たノウハウを、できるだけ多くの先生方に伝えたいと思っています。しかし、まだまだうまく伝えるすべが稚拙なんですね。だから先生にも誤解を与えてしまい、辛い思いをさせてしまった。これからもまたいろいろ教えてください。先生からの指摘がなければ、今日のアキラ君のお母さんとの出会いも生まれなかったでしょう。うまくいけばアキラ君を支えてあげることができるかもしれません。なんといっても一番悩んでいるのは彼自身なのですから。一緒にがんばりましょう!」。カゲウラ先生も立ち上がり、感極まっていたアキヤマ先生の手を握りました。
 3階の教室から遠くに見える夏の湖が、盛り上がる入道雲を煌く波間に映し出していました・・・。

作者から

 学校の先生方からよく聞かされるのは「病院に行かせても問題が解決しなかった」「医者なのに何もできないのか」というコメント。
 私たちにとって病院とは「身体の具合が悪くなったときに頼りにする場所」であって、100%ではありませんが多くの場合、治療をしてもらって健康を回復します。そのことで病院や医師を「万能な存在」と信じてしまっていることがあります。病院に行けばすべての問題は解決するのだ、と。
 でも特別支援教育において重要な「医療との連携」とは、病院にすべてを委ねることではありません。そもそも、学習面や行動面での課題を抱えた子どもたちに、薬を処方したりカウンセリングを受けさせたりするだけで状況が改善することはありえません。今は様々な対処薬が開発されてはいますが、それらを用いながら、同時に学校や家庭で必要な療育的支援を進めていかなければ、服薬の効果も半減してしまいます。
 例えば医師は薬の効果と副作用、処方上の注意をしっかり教師と保護者に説明し、教師は学校での本人の記録をとりながら、副作用など万が一の事態への準備をし、同時に行動改善に必要なスキルを授業等で入力していく、そして家庭では子どもの状態に一喜一憂せず、同様にしっかり記録をとりながら、必要に応じて医師や教師と相談していく。それらの情報を三者が共有し、次のプログラムを考えていくような連携が理想なのです。
 ところで、逆に医師からよく聞かされるのは小中学校等の特別支援教育について「学校の体制が整っていない」「教員が理解していない」などという批判です。中には教員に直接その不満や怒りをぶつける方もいるようです。
 でも学校の先生方はこう感じているのではないでしょうか。「それでも精一杯やっているんだ」「必要な教員数が不足していて個別に対応したくても難しいんだ」「ほかにも膨大な量の仕事を同時にこなしている。特別支援教育が重要なのはわかるが、身体はひとつしかないんだ」「医者ももう少し学校が置かれている現状に理解をして欲しい」。
 もうおわかりでしょう。教師が医療の世界に詳しくないのと同様、医師の中には教育界の現状を詳しく知らない方もたくさんいらっしゃいます。医療においては万能の力を有されているかもしれませんが、こと特別支援教育においては皆さんの知識や技術の方が高いはず。
 医師の指示には「上下関係」の中で無条件に従わなければいけない、のではなく、学校としての現状や方針も専門家としてしっかり伝え、同等の立場で向き合い、お互いの立場に理解を示しながら協力してみてください。
 ただし注意が必要なのは、エピソードにもありましたが医師と子どものことで情報交換したい場合には必ず事前に保護者の了解をとり、できれば保護者から医師に一報を入れてもらうこと、また授業中に電話をもらっても対応できないのと同じで診察中には対応できない医師もいますから、事前に連絡しても良い曜日、時間帯を確認しておくこと、また病院によっては電話相談や資料提供が有料になる場合もあること、情報交換において、医師は守秘義務があり子どもに関するすべての医療情報を出せるわけではないことなど。また薬の種類や使用方法について教師から医師に意見するのは薬事法に触れる場合があるので注意してください。もちろん保護者等に教師が特定の薬の効果を説明し、勧めるなどしてはいけません。これらを事前に理解した上で、医療機関と良好な関係を構築してください。
 医師も教師もその職名に同じ「師」の文字を使い、同じく「先生」と呼ばれる立場にあります。しかし、最大の相違点をワンフレーズで言い表すなら、医師は「悪いところを治す」先生であり、教師は「いいところを伸ばす」先生です。お互いの職務目的に沿わない部分を補えあえば鬼に金棒です。子どもと家庭にとってはこの上ないチームになりえるでしょう。
 医療との連携、ぜひ進めてみてください!

5 講師プロフィール

松浦俊弥  現職:淑徳大学 社会福祉学部 准教授(教員養成課程)

松浦先生の著作の近刊をご紹介致します。
『エピソードで学ぶ 知的障害教育』北樹出版社
http://www.hokuju.jp/books/view.cgi?cmd=dp&num=925&Tfile=Data

記事のような松浦先生の特別支援教育のエピソードを本にまとめられています。ですが記事とは内容はすべて違うエピソードが書かれており、学校や地域、教員に求められていることなど様々な見方で特別支援の様子が載っています。

(主な経歴)
・浦安市中学校教諭(進路指導主任ほか)
・県立知的障害特別支援学校教諭(生徒指導主任・特別支援教育コーディネーターほか)
・県立病弱特別支援学校教諭(特別支援教育コーディネーター・教務主任ほか)
・県立知的障害特別支援学校教頭
・東京福祉大学 社会福祉学部 准教授(教員養成課程)

・元 NPO法人あかとんぼ福祉会理事長(障害児放課後クラブ)
・元 四街道市特別支援教育連携協議会専門家チーム座長
・元 四街道市障害区分判定審査委員
・元 富里市・八街市特別支援連携協議会専門家チーム委員
・現在、八街市子ども・子育て会議座長

(資格)
・臨床発達心理士
・自閉症スペクトラム支援士エキスパート

(主な受賞歴)
・読売教育賞最優秀賞(平成16年)
・NHK障害福祉賞(平成21年)

(所属学会)
・日本特殊教育学会
・自閉症スペクトラム学会
・日本育療学会

(主な著作・執筆)
・「病気の子どもの理解のために」(国立特別支援教育総合研究所・全国特別支援学校病弱教育校長会編)

・「自閉症スペクトラム児・者の理解と支援」(教育出版)

・「自閉症スペクトラム辞典」(教育出版)

・「生きる力と福祉教育・ボランティア学習」(万葉舎)

1985年、浦安市の中学校に英語科教諭として着任。生徒の英語への関心を高めるため、屋上で「英単語巨大カルタ大会」を開催したり英語劇を演じさせたりするなど授業に工夫を凝らしていた。生徒指導副主任、進路指導主任、学年主任などを歴任。
 生徒指導にも追われる中、社会性は高くても学習に課題がある生徒の存在に気づき、その背景を探ろうと特殊教育(現在の特別支援教育)を学び始める。1990年、知的障害教育の養護学校(現在の特別支援学校)に異動、自閉症児やダウン症児、重複障害児たちと出会い、その教育の奥深さに惹かれる。生徒指導主事などを歴任。
 97年、担任する子どもたちの保護者の悩みから障害児の家庭生活、地域生活の貧しさに課題を感じ、志を同じくする同僚、保護者とともに障害児が通う養護学校のための学童保育(障害児学童保育)設置運動を開始。98年に千葉県初の障害児放課後クラブ(現行の放課後等デイサービス事業)「あかとんぼ」を開設。その後も教員業の傍ら、ボランティアで運営を支える。99年にNPO法人化し初代理事長に就任。
 99年、多数のメディアで「あかとんぼ」の活動が紹介されたことに影響を受け、県内にその後続々と作られた障害児放課後クラブのネットワークとして千葉県障害児の放課後休日活動を保障する連絡協議会(千葉放課後連)を設立。事務局長として千葉県知事などと面談を重ね、自治体からの補助制度が実現する。その後、2003年には全国の有志と同活動の全国団体、障害児の放課後休日活動を保障する全国連絡会(全国放課後連)を設立、事務局次長として厚生労働省と話し合い、現行の放課後等デイサービス事業の礎を作る。
 現職の教育公務員としてボランティアで携わり続けた障害児放課後クラブ推進に関する一連の活動に対しては、読売教育賞最優秀賞、NHK障害福祉賞、ワンバイワンアワードなど多数の受賞を通じて社会的に高く評価される。
 2002年、病弱教育の養護学校に異動。2004年から特別支援教育コーディネーターとして地域全体の特別支援教育推進に尽力。小中学校、高校等の依頼に応じ、主に発達障害児、病弱児等に関する相談支援を行なう。2006年から4年間、教務主任を兼任、教育課程の編纂などを担当。
 また病弱教育特別支援学校全国校長会(全病長)、国立特別支援教育総合研究所(特総研)が企画した通常学校教員向けガイドブック「病気の子どもの理解のために」(全編を特総研ウエブサイトから無料ダウンロード可)の編集に参加、「心の病編」など執筆も担当する。
 2010年、知的障害特別支援学校へ異動、教務副主任、特別支援教育コーディネーターとして地域の特別支援教育推進に尽力。
 2012年、千葉県立特別支援学校の教頭職に就く。しかし教頭になっても地域からの相談依頼が重なり、幼稚園・保育園、小中学校や高校などではまだまだ特別支援教育の普及が進んでいないことを実感。また特別支援学校についても社会的な理解が不足している現状を憂い、2013年、大学教員に転身。現在に至る。
 現在は大学での教員養成の傍ら、主に千葉県内を中心として小中学校、高校や市町村教育委員会等の依頼に応じて年間50箇所以上で研修会の講師などを務める。また要請があれば個別相談、保護者面談、校内委員会への参加などもいとわない。
 特別支援教育の社会的な理解推進のためメディアでの発信を続け、10月には初の単行本(「エピソードで綴る知的障害教育」 北樹出版)を出版。臨床発達心理士、自閉症スペクトラム支援士の資格を有する。

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