防災教育とアクティブ・ラーニング~学校・家庭・地域における効果的な防災啓発~

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目次

1 本記事について

本記事は平成28年1月に気象庁で開催された気象キャスター向け講習会『防災教育とアクティブ・ラーニング~より効果的な防災啓発に向けて~』における講義資料につい補足説明を加えたものです。本記事の構成は以下のとおりです。

  1. 本記事について
  2. 講義スライド
  3. アクティブ・ラーニングとは
  4. 目標を明確にする力
  5. 評価と改善の考え方
  6. 模擬授業
  7. 地域における効果的な防災教育
  8. まとめ

本記事は学校における防災教育の視点を中心に構成しています。地域における防災教育の実践については下記の記事をご参照ください。
●地域における防災教育の実践に関する手引きの解説と教材紹介

本記事は読者の方にとって【防災教育とアクティブ・ラーニングについての基本的な用語や考え方を理解し、学校・家庭・地域等での効果的な防災教育、防災啓発について考えるヒントになる】ことを目的に執筆しています。

2 講義スライド

研修で使った講義スライドを「SlideShare」にアップロードしています。自由に閲覧・ダウンロードできますので、こちらを参考にしながら本記事を読み進めていただくと、分かりやすくなります。SlideShareを閲覧できない場合や、印刷したい場合はPDF版をご利用ください。
【外部リンク】気象キャスター向け講習会「防災教育とアクティブ・ラーニング講義資料
【外部リンク】気象キャスター向け講習会「防災教育とアクティブ・ラーニング講義資料PDF版
※PDF版をダウンロードできない場合はお手数ですが【外部リンク】こちらのフォームからお知らせください。

3 アクティブ・ラーニングとは

まず冒頭に「アクティブ・ラーニング」についての理解を確認しました。「アクティブ・ラーニング」とは何か、ということについて説明できる人がいますか、と聞いたところ、どなたもいらっしゃいませんでした。何となくは分かるのだけど、具体的にと言われるとよく分からない。そんな方も多いと思います。用語の理解は研修の前提条件ですので、文部科学省と研究者の方による定義をそれぞれ見てみましょう。

3.1 定義の確認

文部科学省が平成24年8月28日付で公開している用語集によりますと『学修者の能動的な学修への参加を取り入れた教授・学習法の総称』であると定義できます。アクティブ・ラーニングの実施によって認知的、倫理的、社会的な能力、教養・知識・経験を含めた汎用的能力の育成を図る、と続きます。また、京都大学高等教育研究開発推進センターの溝上氏によりますと『一方的な知識伝達型講義を聴くという受動的学習を乗り越える意味での、あらゆる能動的な学習のこと』であると定義できます。もちろん、定義だけでは考えられないこともたくさんありますが、詳しくはアクティブ・ラーニングについて記載された他の記事などをご参照ください。

3.2 キーワードは「能動的な学習」

どちらの定義付けにも「能動的」という記載があります。つまり能動的な学びであることが、アクティブ・ラーニングにおいて欠かせない要素であるということです。では「能動的」とはいったいどういう学習のことでしょうか。ごく簡単に例示してみます。

Aくんの「主体的な学習」

例えば中学生のAくんが【防災】について学ぼうと思った時、気象災害について関心を持ち、自分で気象庁のサイトにアクセスして関連する用語を調べてノートに自分の考えをまとめたとします。これは「主体的な」学習と言えます。自らの行動や成果に対して、主体性や自発性が認められるためです。但し学習に「他者への積極的な関与」がないため「能動的な」あるいは「協働的な」学習とは異なります。

Bさんの「能動的な学習」

同じく中学生のBさんが、【防災】について学ぼうと思った時、班の仲間と一緒に自分の地域で起こりそうな気象災害を調べ、みんなで対策を考えて壁新聞を作って発表したとします。これは「主体的」であり、かつ「能動的」な学習と言えます。自らの行動や成果に対する主体性や自発性だけでなく、他者への積極的な、双方向の働きかけ=能動的な学習が認められるためです。

2人の違い

両者の違いは「他者との関わり」、溝上氏によるところの「認知プロセスの外化※詳しくはスライド参照」を伴うかどうか、ということです。Aくんの学習法が間違っているとかダメだとかいうことではありません。むしろAくんのように正しい基礎知識を習得しておくことが、能動的な学習の効果を高めることつながります。能動的に学習を進めたBさんがその学習に必要な知識を持たない、誤って理解している場合は、本来の目的を達成できない可能性があります。
防災教育に関しては、知識・技能の習得が直接命に関わる場合もありますし、また必要な知識の内容や難易度も様々なです。「主体的・協働的」を重視するアクティブ・ラーニングの実施において、学習テーマや発達段階に応じた基礎知識の習得と確認は必須と言えるでしょう。

細かく踏み込むといろいろ考えなければならないのですが、本記事及び筆者の理解では『アクティブ・ラーニング(特に防災教育における)とは、学習内容と目標の理解に必要な知識・技能があることを前提とした、能動的な学習方法のこと』というくらいでご理解いただければと思います。


(他者との関わりが生まれてはじめてアクティブ・ラーニングになる)

3.3 主な手法の分類

アクティブ・ラーニングの手法は大きく5つに分類されます。特徴は前述のとおり「1人では完結しない」ということです。体験学習型については、体験だけなら1人でもできますが、そこで得た学びや気づきを共有する過程を含むことで、アクティブ・ラーニングの手法の1つとして分類できます。

これらの分類は防災教育においても適用されます。いわゆる「防災教育推進指定校」や「モデル事業校」、あるいは何らかの支援事業等で受賞するような「優れた防災教育実践事例」を調べると、必ずこれらの類型に該当する授業・学習が行われています。それだけ、防災教育にとってアクティブ・ラーニングは親和性が高く、また必要性があると考えられます。

4 目標を明確にする力

防災教育研修などでもよくお伝えしていることのひとつに『メーガーの3つの質問』があります。

4.1 メーガーの3つの質問

  1. Where am I going ?(私はどこへ行くのか)
  2. How do I know when I get there?(到達をどのように知るか)
  3. How do I get there?(どのように行くか)

講演会や研修会で話を聞いていて「この人の言っていることはスゴイことなのだろうけど、結局何を一番言いたかったのか、よく分からなかったな」ということがあります。防災教育のプログラムや教材についても同様のことが言えます。

プログラムや教材、授業づくりにあまりに熱心になりすぎると「何を教えるためのものか」という目標が見えなくなることがあります。作業をしているときは「これが一番だ、これしか方法がない!」と思うのですが、他の人に教材や指導案を見て感想をもらったりすると「最初から●●は▲▲って、教えればいいだけじゃない?」みたいなことが起こってしまい「言われてみればそうかも…」とがっくりします。こうした事態は、メーガーの3つの質問ひとつひとつを常に意識することで防ぐことができます。

4.2 目標を明確にする力

アクティブ・ラーニングは学習者による思考、気付き、話し合いが中心です。「何のために」ということをはっきりさせておかないと、本来の趣旨とは全く関係のない話をして終わり、見当違いのことばかり考えてしまう、ということにもなりかねません。ですからアクティブ・ラーニングでも防災教育でも、まず身につけるべき授業力で大切なのは『目標を明確にする力』であると言えます。

4.3 防災教育の目的、目標の考え方

では、防災教育では具体的にどのように目的を考えればよいでしょうか。なお「目的」と「目標」は意図的に使い分けています。「目的」とは最終的に目指す、達成したいものやことであり、「目標」は目的を達成するための通過点、目安=標(しるべ)です。
ポイントは「目的を見据えたうえで、学習目標として設定する知識や技能は出来る限り細分化する」ということです。よくやってしまいがちなのが「命を守れる生徒になる」といった目標設定です。間違っているわけではないのですが、それは「目的」と言えます。考えるべきは「命を守れる生徒になるという目的にどのように至るか」であり、「どういう生徒が命を守れる生徒なのか」、「どんな知識を得て、どんな技能や態度を身に付けることで命を守るのか」ということを細分化した「目標」です。そして、授業、つまりアクティブ・ラーニング等はその「手段であり過程」になります。

下記の図は、僕が防災教育を考えるうえで意識している、細分化の考え方を示したものです。「命(いのち)」の段階を3つで整理し、学ばせたい知識や技能がどの段階に当てはまるものか、その前提として何が必要かの一例をまとめています。

理想的には「いのち(生命)、生活、人生」の順番にそれぞれで必要な知識や技能を身に付けていくことが望ましいのですが、興味関心の高いテーマや、分かりやすいテーマから取り組むことも学習成果につながりますので一概には言えません。いずれにしても、防災教育の授業者(教員、指導員)には、学ばせたい防災知識・技能が児童生徒等の「命を守る」ための目的にどのタイミングでどう結びつくのか、よく考えておくことが求められます。

4.4 学習課題と目標行動

目標を具体化させていくうえでのヒントをご紹介します。学習課題の整理と目標行動の明確化です。その防災教育で児童生徒に身につけさせたい知識や技能を、下記の「ガニェの学習課題の5分類」や「目標行動」に当てはめてみましょう。皆さんが伝えたいと考えている知識や技能はどのような課題に対するものであり、具体的にどのような行動に結び付けたいのかを整理することができます。

もし、こちらを見てもイマイチ整理ができない、よく分からないという場合は、前述した「細分化」に改めて挑戦してみましょう。複数の行動が混ざっていると、目標行動が分かりにくくなります。一度の授業で伝えるのはできればひとつに絞り込みたいものです。それでもうまくできない場合はお気軽にご相談ください。一緒に考えてみましょう!

5 評価と改善の考え方

効果的なアクティブ・ラーニングや防災教育・啓発には評価と改善が欠かすことのできない要素です。前述しているように、アクティブ・ラーニングは往々にして手段ばかりが注目され、目標設定が曖昧になってしまいがちです。その理由のひとつが「評価」について考えきれていないことにあります。アクティブ・ラーニングや一部の防災教育については、通常のペーパーテストのように正解不正解だけで考えることができません。正解と不正解の境界線が、条件によって変わってくるのが災害時です。だからこそのアクティブ・ラーニングなのですが、そうなってくると「どうやって目標達成を評価すればいいのか」という課題にぶつかります。

5.1 評価と評定

まず評価と評定について分けて考えます。大前提として「防災教育を一過性のイベント教育ではなく、一定の期間をもって行う」こととします。その場合に毎回の授業でフィードバックを行うために行うものが「評価」です。この段階では抽象的でも構いません。例えば「積極的に自分の意見を発言したり、議論に参加していたな」と思ったらA評価、そうした行動や態度が何らかの原因で見られなかったらB,C評価とし、次回以降に活かします。最終的には学期末等でその単元(防災教育)について「どの程度、目標を達成できたのか」を具体化させる必要があります。そこで、毎回の授業で行ってきた「評価」のデータを積み上げていきます。Aが●回、Bが●回、Cが●回、とその合計値を算出して平均値を割り出し、数値化(5段階等)するのが「評定」です。

防災教育もアクティブ・ラーニングも「その授業で良い成績を出す、態度を示すことができなかったからダメだ」というものではありません。その時、できなくてもそれが学びとなって次回以降に大きく伸びる可能性もあります。その意味でも、防災教育もアクティブ・ラーニングも、ある程度長期的な視点で考え、2回以上の授業の組み合わせのなかで評価・評定を行うことが理想的です。

5.2 授業改善のためのADDIEモデル

評価や評定も含めた授業を行ったら、次回以降に向けた改善を行います。ADDIEモデルは分析、設計、開発、実施、評価の5つの段階で授業内容等を改善するものです。学習者(児童生徒等)や学習目標等についての分析、授業や教材についての設計と開発(分けているのがポイント。いきなり作り始めるのではなく、「メーガーの3つの質問」などを踏まえた設計図を描いてから、開発に取り組む)、授業の実施、評価・評定とそれに基づく改善という流れです。効果的な防災教育のとアクティブ・ラーニングは、継続的な実施と改善によって初めて実現されます。出来る限りこうした「型」にはめ込んでブラッシュアップしていくと、抜け漏れが少なくなります。

6 模擬授業

もっとも身近でシンプル、学校・家庭・地域のいずれにおいても活用できるアクティブ・ラーニング対応の教材をご紹介します。教材のダウンロード及び詳細は下記の記事をご覧ください。
●プリント1枚で防災教育シリーズ『うさぎ一家のぼうさいグッズえらび』(EDUPEDIA版)

6.1 授業のコツ、ポイント

非常持出袋の内容を考える、という授業そのものは珍しいものではありません。よく取り組まれている内容です。この教材の特徴は、話し合いや思考のヒントになる「模擬家庭」を設定していることです。

「被災後でも家族が必要最低限の、健康を維持する生活ができる」という目的に向けて「非常持出袋に適切なグッズを選択し準備できる」という目標について適切な思考、話し合いを進めるためには「家庭や生活環境」を念頭に置く必要があります。

防災ハンドブックなどで紹介されているグッズは「最大公約数」、つまりあらゆる状況において、必要であると考えられるものです。ですが多くの場合は品目が掲載されているだけで、数量や重要性など個別に備えるために必要なことは記載されていません。それは家庭や生活環境により異なるためです。

本教材は仮想の家庭を共通事項として考えることで『家庭環境による備えの優先順位』を意識させます。赤ちゃんや高齢者など、配慮が必要な人への備えも大切であることも考えるきっかけとなります。そうした思考の過程を経てから目的、目標に沿って「自分の家庭、生活では何が必要か」を考えます。なぜ仮想の家庭を設定しているかというと、家庭環境は極めてプライベートな話題であり「自分の家庭環境を知られたくない」という思いから、話し合いに消極的になってしまうことも考えられます。アクティブ・ラーニングは「誰もが話しやすい環境づくり」も重要です。模擬家庭であれば、そうした心配をすることなく、自分の考えや意見を示すことができます。

家庭での話し合い結果をワークシートにして提出させるなどで評価します。その際も全部書き出すのは保護者も生徒も大変ですので、10個くらいに絞り込み特に備えておくべきものについて意識してもらうように促します。

7 地域における効果的な防災教育

地域における防災教育については、冒頭にご紹介した別記事をご参照ください。なお『地域における防災教育の実践の手引き』冊子は希望者に無償で配布しています。ご希望の方は一般社団法人防災教育普及協会ホームページより、必要事項をお知らせください。
【外部リンク】●地域における防災教育の実践に関する手引き無償提供について

8 まとめ

いかがでしたでしょうか。【防災教育とアクティブ・ラーニングについての基本的な用語や考え方を理解し、学校・家庭・地域等での効果的な防災教育、防災啓発について考えるヒントになる】という、読者の皆さまへのメッセージは伝わったでしょうか。

アクティブ・ラーニングの各手法は児童生徒の参加意欲や関心を促し、学習成果を高めるために効果的であることは間違いありません。だからこそ、目標設定や評価等の大事なポイントをしっかりと押さえつつ、児童生徒等と楽しみながら学ぶことが大事であると感じています。ぜひ積極的にチャレンジしていただき「こんなときにはどうしたらいいのか」や「こんなふうにやったら効果的だった」といったご意見やご感想などもぜひお寄せください。

長文最後までお付き合いいただきありがとうございました。

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