郷土に伝わる願い(前編)(シリウス)

27
目次

1 はじめに

こちらの記事は、静岡県で30年間以上続く教員サークル、シリウスのホームページに掲載されている教育実践法の一つをご紹介しています。
http://homepage1.nifty.com/moritake

2 実践内容

4年生の社会では身近な地域について学びます。今回、富沢の「切り抜き」を教材として取り上げました。切り抜きが果たしている役割を理解すると共に、それを作った人々の苦労や願い地域をよりよくしたいという想いを児童に伝えることが学習のねらいです。また地域の発展に尽くした先人に関心を持ち実際に史跡や資料を見ることを通して、その働きや苦心についても児童に考えてほしいです。

1.流れの変わった藁科川

まず授業の取りかかりは1枚の古地図から始めました。

発問1 この地図は昔の地図です。学区内のどこかの地図なのですが、どこか分かりますか

富沢地区の古い地図と現在の地図の両方を見せて考えさせました。子ども達がすぐに気がついたのは、川の曲がり方でした。

  • ぐねっと曲がっている。
  • こんなところあるのかな?

 上流下流、橋の位置などをヒントに出しながら富沢であることがわかりました。

指示1 今どんなものがあるか、昔の地図に書き加えよう。

位置関係をはっきりさせるために、昔の地図の上に現在あるもの描き加えていきました。[釣具店][リハビリテーション施設][病院][富沢橋]など、なじみの深い名前が並びました。地図ができたところで

発問2 川はどうして流れを変えたのでしょう。

こう問うと大きく三つの考えが出されました。
 〈自然の力

  • 台風や雨が降って石が転がって変わった。

〈人の力〉

  • 田んぼや家を作るために変えた。
  • どこかに行くときのために道を楽にした。
  • 人が歩く距離が多いから変えた。
  • お店とか作るため。
  • 家をいっぱい作れるように。

子ども達は人為的に川の流れを変えたと考えているようでした。〈道をよくするため〉〈家を作るため〉と考えた子が多くいました。ではどんな方法で流れを変えたのでしょうか。方法を尋ねてみると

発問3 川の流れをどうやって変えたと思いますか。

〈人間の力〉

  • つるはしでやる。
  • ダイナマイトで爆発させる。
  • シャベルや鍬で土を掘り起こした。
  • シャベルカーとかで土を落とした。
  • 手で掘った。

ミサイルやダイナマイトという意見もあり「そんなのありえねぇ」という声もあがりました。子ども達に支持されたのは〈ハンマー〉〈シャベルや鍬〉でした。「いつごろできたの?」という質問が出たので、実際に富沢の切り抜きに見学に出かけることにしました

2.富沢の切り抜きを見に行こう

地図に書かれたのは川の様子から富沢であることがわかりました。そこで実際に富沢の切り抜きに出かけて川の様子を見ることにしました。

指示1 富沢に行って、切り抜きの様子を見学しよう。

川の深さと青さに子ども達は驚きました。中には「恐い」と感じた子もいたようでした。岩の上に飛び乗って川を眺めていると、向こう側の岩と自分の乗っている岩が同じ岩であることに気づきました。
向こうもこっちも同じ岩だよ。

指示2 向こう側もこちら側も同じ石だったことが分かりますね。この前、鍬やシャベルで切りぬいたと言っていたけれど、できるかどうか、実際に鍬やシャベルでやってみよう。

学校から鍬やシャベルを持っていって実際にチャレンジしてみました。音がキンキン鳴り、全く歯が立ちませんでした。

  • どうやってやるんだろう。
  • いつごろやったんだろう。

という声があがったので
「このあたりに証拠がありますよ。ちょっと探してみよう。」
 こう声をかけると一斉に「それっ!」と飛び散りました。そのうちに「もしかしてあの場所かもしれない」と記念碑に向かった子がいました。子ども達がまず目にしたのがお地蔵様でした。あちこち見ているうちに記念碑や以前の富沢橋の写真に気づきました。記念碑では[百年][明治][人の名前]などの文字を見つけました。学校に戻ってから碑に書かれた文字をノートに写しました。

鍬で全く歯が立たなかった岩をどうやって切りぬいたのでしょうか。〈鍬〉と予想した子が多かったので困っていました。

指示3 切り抜きを見て、わかったことや感想。

  • 見たけれどドリルだとちょっと無理かもしれないし、シャベルカーだと思ったけれど何か無理っぽい。私は爆弾っぽいような気がする。
  • 石を切ってあった。ドリルを使ってみんなでやった。お墓みたいのがあった。読めない字があるんだからすごく古いんだなと思った。
  • 鍬で叩いても火花がなっていたから鍬ではできないことが分かった。お店の前のところに昔は川があったらしい。石に明治とか書いてやったから、百年よりもっと昔かなと思った。
  • 石の裏とかの字は○○(風化のため読めない文字)がいっぱいあったので、すごく昔と分かった。やっぱり昔だから爆弾とかだと思います。最後にノコギリみたいので石をそろえるのかな。
  • すごく高いところにあってびっくりした。ダイナマイトで爆発して削ったと思う。ノミと金づちでやるとひびが入って砕けると思う。

3.どうやって岩を切り抜いたのか

切り抜きの見学をしてたくさんのことが分かりました。気づいたことを出しあいました

指示1 切り抜きの見学をして分かったことや気づいたこと。

いくつもの内容が出されましたが、同時になぜなんだろうというハテナ?がされました。そこで疑問だけをもう一度出し合うと次のようにまとまりました。

切り抜きから生まれたハテナ?

  • どうやって岩を切り抜いたか。
  • お地蔵さんがあるわけ。
  • 岩に彫られた文字の意味。
  • 作るのに何年かかったか。
  • 新しいお地蔵さんがあるわけ。
  • 昔の切り抜きの橋はどうしてなくなったか。
  • どうして川の流れを変えたのか。
  • お金はいくらくらいかかったか。

 こんなにもたくさんのハテナ?が見つかりました。これらを一つ一つ考えていくことにしました。まず最初に考えたのは岩を切り抜く方法です。

発問1 川のところの岩をどうやって切り抜いたと思いますか?

〈ドリル〉〈つるはし〉〈ダイナマイト〉〈爆弾〉と四つの考えが出されました。

〈爆弾〉2人→0人

  • 硬い岩だから爆弾で一気に壊した方が楽。
  • ダイナマイトだとボコボコだけれど、岩がそろっていたからあとから岩を揃えた。

〈ドリル〉 

  • 岩のところをよく見たらドリルであけたような穴があった。
  • ダイナマイトや爆弾で一気にやるよりもドリルとかで手間暇かけてやった方が良いから。

〈つるはし〉2人→1人

  • つるはしであれば少しずつ壊れていたと思う。
  • 鍬では火花が散ってできなかったけれど、つるはしなら先がとがっているからできたかもしれない。

〈ダイナマイト〉9人→10人

  • ダイナマイトで一気にぶっこわして楽にやった方が手間をかけてやるよりいい。今のお店のところに水が流れていて、家を作るためにパッパッと作業した方がいい。ダイナマイトはノーベルという人が昔作ったからこのころにはもうあると思う。
  • 爆弾は戦争の時に1億円もかけて使われていて、ダイナマイトなら爆弾より楽に作れたからダイナマイトだと思う。お姉ちゃんも前この勉強したときにダイナマイトを使ったと言っていた。
  • ダイナマイトでやるとけっこう大きな石や岩でも吹き飛ばされる。

 一通り意見が出たところで意見交換をしました。 

  • おじぞうさんのところに「一同」と書いてあるからみんなでやったと思う。ダイナマイトからつるはしに考えを変える。
  • 爆弾からつるはしに考えを変える。昔の人は力も強いからつるはしで頑張れば穴が開いたと思う。

 いろいろな意見が出てきたのでドリル・つるはしの〈手作業〉とダイナマイト・爆弾の〈爆発〉の二つに考えを整理しました。

発問2 ドリルやつるはしのような〈手作業〉で、岩を切り抜けるでしょうか。

  • 鍬でやっても歯が立たないからできないと思う。
  • つるはしでやったらつるはしが曲がってしまう。
  • つるはしでやっていたらいつまでたってもできなくて、皆どんどんやめていっちゃうからできないと思う。
  • 鍬でやっても火花が出てできなかったから鍬でもできないと思う。
  • 石の高さから言って、つるはしで下の方ができたとしても上の方が出来ないし、岩が崩れてしまう。
  • つるはしでは壊れないと思う。

 このような考えが続き、ドリルやつるはしだけでは壊れないだろう、ということになりました。やはりダイナマイトや爆弾を使ったとしか考えほかありません。しかしここでまた新たな疑問が生まれました。

 百年も前にダイナマイトは本当にあったのだろうか?

 このことについて追及していくことにしました。

4.百年も前にダイナマイトはあったのか

富沢の固い岩盤を切り抜くにはダイナマイトや爆弾を使うしかなかったのだろうという仮説を子どもたちは立てました。しかしここでまた疑問が生まれました。百年も前にダイナマイトがあったのでしょうか?

指示1 百年以上も前にダイナマイトがあったかどうか家の人に聞いてみよう。

こう呼びかけると10人以上の子どもが家の人に尋ねてきました。
120年前にはあったと言っていました。
ダイナマイトはちょうどそのころ作られたとお父さんに教わっていました。
 どうやらダイナマイトはありそうです。そこでダイナマイトがあったかなかったかもっとはっきりさせるために資料を使って調べることにしました。まず注目させたのは現地にあ「開鑿(さく)記念碑」です。実物は用意できないので絵を描いてみせました。

「この記念碑をよく見るとダイナマイトがあったかなかったかヒントがあるよ。」
「えー!」という声もあがりましたが、この碑をよく見ていくと三つの部分に分けられることに気づきます。すなわち[碑名][人名][年号]です。碑名、人名からはダイナマイトの手がかりがつかめません。年号をよく見ると、[明治14年11月起工][明治16年1月竣工]と書いてあります。

  • 工事の始まった時のことじゃないかな

とつぶやきました。すばらしい気付きです。指折り数え1年2ヶ月かかったことを確かめました。

発問1 この1年2カ月は「1年2カ月もかかった」と読むのがいいでしょうか、それとも「1年2カ月しかかからなかった」と読むのがいいでしょうか?

「しか」がいいと思う。岩をつるはしとかで掘っていたら5年とか10年とかかかると思う。でも1年2カ月でできたから。

指示2 切り抜きができた明治の初め頃はどんな時代だったのか調べてみよう。

このころの時代背景について資料を使って調べてみました。6年生から借りた社会の教科書、資料集、国語辞典などいろいろと見ていきました。明治の初めころのページを見ると[文明開化]と書いてあります。またこのころのイラストを見ると和服なのに靴を履いていたり、洋傘をさしていたりなど格好が変な人がいることに気づきます。言葉を調べると
文明開化]文明が進み世の中が開けること。特に日本で明治時代の初めに西洋の文化を急速に取り入れたこと。
ダイナマイト]大きな爆発力を持つ爆薬。山や岩を崩すのに使われる。1866年スウェーデンのノーベルが発明した。
 いくつもの有力な資料が集まってきました。

発問2 明治14年にダイナマイトを使って切り抜いただろうか、私の結論。

  • もしつるはしでやったら、石を割るときにずっとやっているとつるはしが壊れるかもしれないからつるはしは使わなくてダイナマイトを使ったと思う。
  • 明治14年にはダイナマイトがあったから。岩を1年2カ月でダイナマイトなしで壊すのは大変だと思う。ダイナマイトを使わないでやると1年2カ月以上かかると思う。
  • 辞典で調べてみるとダイナマイトは何か岩とか壊すために使われたから使ったと思う。
  • 文明開化が起きたばかりだから使ったと思う。
  • たぶん文明開化の時代に切り抜きをしたからダイナマイトは日本に持ってきてあると思う。ダイナマイトが作られたのは1866年で切り抜きをしたのは、1881年だから。しかもあんな岩はつるはしでも無理など思うからダイナマイトはあったと思います。

 子どもたちは全員が〈ダイナマイトを使った〉と推理しました。最後に「中藁科誌」から一節を紹介しました。

永野為吉はこの工事に積極的で、当時横浜野毛山の工事に外国人技術者が火薬を用いて岩石破砕を試みていることを聞いて、英人マクドナルドを明神山工事現場に案内することに成功した。以来火薬による新しい工法は明神山開削に役立ち、明治16年工事は進捗してさしもの工事も成功した。

3 プロフィール

静岡県教育サークル シリウス
1984年創立。
「理論より実践を語る」「子どもの事実で語る」「小さな事実から大きな結論を導かない」これがサークルの主な柱です。
最近では、技術だけではない理論の大切さも感じています。それは「子どもをよくみる」という誰もがしている当たり前のことでした。思想、信条関係なし。「子どもにとってより価値ある教師になりたい」という願いだけを共有しています。
(2015年12月時点のものです)

4 書籍のご紹介

「教室掲示 レイアウトアイデア事典」(明治図書2014/2/21発売)

「学級&授業ゲームアイデア事典」(2014/7/25発売)

「係活動システム&アイデア事典」(2015/2/27発売)

「学級開きルール&アイデア事典」(2015/3/12発売)

5 編集後記

古地図と現在の地図の比較を導入にすることで、昔と現在の地形の違いに興味が沸き、そこからなぜ今のような地形になっているのかを考えるように発展させています。考える際のアプローチは、実際に見学に行ったり、お話を伺ったり、教科書資料を調べたりと様々な角度から入り、理解を深めていきます。今自分たちが住んでいる地域は、先祖方々の強い郷土への思いがあったことを知ることで、自分たちを取り巻く郷土の自然や歴史をを見直し、郷土への思いを深めることにつながったのではないでしょうか。

(編集・文責:EDUPEDIA編集部 河村寛希)

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

コメント

コメントする

CAPTCHA


目次