郷土に伝わる願い(後編)(シリウス)

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目次

1 はじめに

こちらの記事は、静岡県で30年間以上続く教員サークル、シリウスのホームページに掲載されている教育実践法の一つをご紹介しています。
http://homepage1.nifty.com/moritake/

2 実践内容

4年生の社会では身近な地域について学びます。今回、富沢の「切り抜き」を教材として取り上げました。切り抜きが果たしている役割を理解すると共に、それを作った人々の苦労や願い地域をよりよくしたいという想いを児童に伝えることが学習のねらいです。また地域の発展に尽くした先人に関心を持ち実際に史跡や資料を見ることを通して、その働きや苦心についても児童に考えてほしいです。

5 お金はいくらかかったか

切り抜きの見学をして「お金はいくらくらいかかったのか」という疑問が生まれました。工事費用とできた田畑について学習しました。

発問1 切り抜きを作るのにお金はどのくらいかかったと思いますか
 考えてわかるものではないが、今のお金でいくらくらいになるか予想させると〈100万円くらい〉と予想した子が最も多かったです。

指示1 工事にかかったお金は「中藁科誌」によると5500円です。この5500円は今のお金にすると、いくらくらいになるのでしょう。当時のお米の値段をもとに計算してみましょう。

明治14年 静岡での米10kg 65銭(0.65円)
 明治25年 大阪での米10kg 46銭(0.65円)
 平成15年     米10kg 4000円

 明治14年、明治25年の資料の間をとって、物価を7280倍としました。
黒板に数値を書きながら説明をしていきました。「電卓で5500円×7280倍をやってみよう」と声をかけるとずらっと並んだ0に「へー!」の声。すぐにいくらなのか読むことができません。5500円×7280倍は、約4000万円だと分かりました。さてこの大金は誰が出したのでしょう

発問2 この4000万円は誰がお金を出したのでしょう。
 ほぼ全員が〈多くの村の人たち〉と考えました。

〈多くの村人〉14人

  • もし一人で4000万円の大金を出してお金が足りなくなったら、どうせ村人にかりなくちゃいけないから村人だと思います。
  • 村人が楽になろうとして川を短くするからお金を出し合ったと思う。
  • 村のみんながお金を出し合って作ったと思う。一人だけでは4000万円も出せないと思う。
  • 記念碑のお地蔵さんのところに[村人一同]と書いてあったから。

こんな意見が続く中、二人の子が〈碑に名前のある人〉と考えました。

〈碑に名前のある人〉

  • 協力してやんなきゃいけないから。たぶん食料もなかったから協力して川の流れを変えたと思う。
  • 村の人たちも出したかもしれないけれど、村の人たちはあんまりお金がなかったから偉い人が出した。

 これは考えて正解が出るわけではないので、私の方から切り抜きをつくった子孫の方に伺った話を伝えました。

  • 出資金は一口100円で集めたこと。
  • 出資者の正確な記録は無いけれど、大口のお金を出したことから考えて、代金を出した人の名前を記念碑に残すのが自然なこと。
  • 記念碑に名前の残っている18人の人がお金を出したと思われること
  • 4000万円を18人で出したとすると、一人当たり222万円となる。これによって四町歩の田畑(学校の敷地4つ分)ができたことも教えました。

指示2 お金やできた田んぼのことを知って思ったことや感想。

  • たった1本の川から四町歩ができた。田や畑ができ家ができた。もしこの大工事がなかったら、今もっと貧乏になっていたと思う。その時の気持ちになってみたらすごく辛かったと思うし、岩が落ちてきてやられたり倒れたりした人がいると思う。そんなことを乗り越えて記念碑に名前がある人はすごいと思うし、一生名が残ると思う。ぼくもなってみたい。
  • たった18人で4000万円を払うなってすごいなあと思いました。でも村のためだからお金を払ってもしょうがない。私は多分石に書いてある人は、村が好きなんだなあと思いました。あと学校が四つ分を田んぼにするなんて広そうだなあと思いました。
  • 切った後に町がどのくらいできたかを先生に教えてもらいました。私はそんなに広くできないと思いました。でもそれは田んぼが学校4個分と聞いてびっくりしました。でもそれに家とかもあるからもっと大きいです。

6 川の流れを変えたのはなぜか

5500円(今の4000万円)という大金を使って、なぜ川の流れを変えたのでしょうか。川の流れを変えたわけについて考えました

発問1 大金を出して川の流れを変えたのはなぜだろう。 

  • もしそのまま川の流れを変えなかったら、田んぼとか畑とかが作れないと思うから、川の流れを変えたと思います。
  • 建物を作りたかったから。田んぼも作りたかったから。あった方が生活にも役立つから。
  • 土地とかを広くするように望んで変えたと思う。人が楽になるし、ずっとそこに住めるから。
  • 川があふれていろいろな人に被害があったから。

〈家を作るため〉〈田畑を作るため〉〈被害から防ぐため〉という三つの考えを確認しました。この新しくできた土地は一体誰が使ったのでしょうか。

発問2 新しくできた土地は、結局誰が使ったのだろう。
すぐに起きたつぶやきは〈村の人たち(みんな)〉たちという声でした。子どもたちは直感的にそう思ったようでした。このことをもう少し深く考えさせたかったので、私はわざと反対意見を出しました

「〈みんな〉のためだと言っているけれど、先生が〈お金を出した人〉だと思うな。だって一人の出したお金が200万以上でしょう。そんなにお金を出したんだから、お金を出していない人に土地を使わせるのは惜しいし、被害を食い止めたと言っているけれど、切り抜きを作ることで川はより氾濫するようになったのです。」

 こう揺さぶると半分ほどの子が〈お金を出した人〉に考えを変えました。それでも〈村の人たち(みんな)〉のためと主張する子がいます。理由を聞くと

〈村の人たち(みんな)〉

  • みんなのためにやったと思う。〈お金を出した人〉なら、みんなのためになっていない。
  • 〈お金を出した人〉はもともとお金を持っていて、自分の畑をたくさん持っていたと思う。それで新しい土地を作って畑のない人に分けてあげた。
  • みんなのためを思って、お金を出している。
  • もし〈みんな〉のためでなかったら、お礼の石(記念碑)なんかできていないと思う。
  • もしケチだったら、みんなのためにお金を出していない。

 とても鋭い意見が多く、うなずかされました。みんなのためでなかったら、記念碑を作るわけがありません。さてこれを確かなものするために

指示1 百年祭の歌の中にヒントが隠されています。この歌をよく読んで誰のために作ったのか考えてみよう。

 子どもたちは辞書を片手に言葉を調べていきました。そのうち「わかった。わかった」という声が聞こえてきました。子どもたちが調べた言葉は次のものであります。難しい言葉が多くありましたが、言葉調べをしていくと、どの言葉も切り抜きにぴったり合う言葉であることがわかってきました。
【営み】仕事、働き、行い
【奮い立つ】元気が出てやる気が起こる
【礎】物事の一番土台のところ
【偲ぶ】懐かしく思う
【築く】土や石を積み上げ固めて作る
【捧げる】両手で物をより高くあげる
【まみれる】土や泥が体中について汚くなる
【御仏】仏像
【開さく】新たに道や川を通すこと

このように百年祭の歌の意味を解読していきました。

「富沢明神山開鑿百年祭奉賛御和讃」 S55.11.23作

 いとなみ少なき富沢の 明神山を切り抜いて くらしの礎を築かんと 結びは固く奮い立つ 岩おば砕き土を掘り 挫ける心に鞭打ちて 迎えて今日は百年碑 開鑿なされしご苦労を 一入深く忍びつつ、捧げまつらん御仏に

7 新しくできた土地は誰が使ったか

百年祭の歌の意味がわかったところでもう一度考えることにしました。

発問1 新しくできた土地は誰が使ったのだろう。

 この段階では全員が〈村の人たちみんな〉という考えでした。

  • “御苦労を”とあるから、土地を広げてくれてありがとう、使わせてくれてありがとうという意味があると思う。
  • “営み少なき富沢の”とあって、仕事をするところや土地とかがなかったから、みんなのために広げたと思う。
  • 富沢で生活する人は仕事が少なかったから、開削をして切り開いた。みんなのために作ってくれてありがとう、という意味だと思う。
  • “偲びつつ”とあるから、大変だったけれどやってくれたことをずっと心に残しておくという意味だったと思うからみんなのためにやった。
  • 土地の少ないところを切り開いてみんなのために土地を作った。生活するにはお金がいるから。
  • 土地を広くしてくれてありがとうという意味があって村人が感謝している歌だと思う。
  • 土地が少ない富沢で、苦労してまで土地を広げてくれたから、村の人はありがとうという気持ちで歌を作ったと思う。

指示1 新しく作った土地は誰が使ったのだろう、話を聞いてみよう

 記念碑に名前が記されている切り抜きをつくった方の子孫の方が学区に住んでいたので、その当時の話を聞くことにしました。伝え聞く話によると、新しくできた土地を富沢村の人たちが田畑を作るために使ったようです。今の時代一人当たり何百万円出して工事した土地を気前よく人に使わせるなど考えられません。明治の時代にはこうした気概を持った人々が各地にいたのです。こうした人々の尽力により今の世があると思うと感謝せずにはいられません

発問2 自分のお金を出して切り抜きを作ってくれた人のことをどう思いますか。

  • お金もないし、仕事もない人のためにやってくれてうれしくて、そんなにお金を出して「自分は大丈夫か」とぼくは思うけれど、そんなに昔に富沢に長者みたいな人がいたのかな。今の時代のぼくたちが金を払っても1万円くらいでもう限界になってしまうと思う。ぼくだったら1万円でもうダウンしてしまう。お金を学校中で集めても200万円の一人分しか集まらないと思うから、昔の人をなめてはいけないと思う。
  • このお金を出した人はすごく優しい人だと思いました。私だったら、こんな200万円人以上も出して切り抜きを作ろうとは思わないからです。でも出してくれたおかげでみんなの生活がすごくよくなって、昔もそうだけれど私たちの住む富沢だから、もしお金を出してくれなかったら、今もたぶん大変だったと思うから、すごくいいことをやってくれたなと思いました。だからその人たちは心豊かな人たちで、自分たちのことだけではなく他の人たちのことも考えてお金を出したと思います。
  • 私だったら絶対にお金を出さないのにそれだけ富沢が好きだったんだなと思った。私も富厚里が好きだけれど、お金を出した人には絶対負けたなと思った。
  • たぶん最初お金を出す人は「何で俺がやんなきゃいけないんだ」と思ったけれど、あとから「しょうがない。みんなのためだ、お金を出してやろう」と思って、お金を出したと思います。
  • 私ならあまりお金を出したくないけれど、やってくれたから「いいな」と思いました。私は記念碑に書いてある人はいい人なんだなと思いました。「今でもそういう人がいればいいのに」と思いました。私が昔の人だったら少しはいやだけれど、ここに書いてあった人に感謝しています。
  • 200万円も出して切り抜き、そのできた土地をみんなに分けてあげたのがすごいなぁと思った。私はその工事のために、今200万円も出してその土地をみんなに分けるのは、なかなかできないと思うからすごいと思った。その人たちは200万円も出せるのもすごいし、みんなに土地を分けてあげたのもすごいと思う。

3 プロフィール

静岡県教育サークル シリウス
1984年創立。
「理論より実践を語る」「子どもの事実で語る」「小さな事実から大きな結論を導かない」これがサークルの主な柱です。
最近では、技術だけではない理論の大切さも感じています。それは「子どもをよくみる」という誰もがしている当たり前のことでした。思想、信条関係なし。「子どもにとってより価値ある教師になりたい」という願いだけを共有しています。
(2015年12月時点のものです)

4 書籍のご紹介

「教室掲示 レイアウトアイデア事典」(明治図書2014/2/21発売)

「学級&授業ゲームアイデア事典」(2014/7/25発売)

「係活動システム&アイデア事典」(2015/2/27発売)

「学級開きルール&アイデア事典」(2015/3/12発売)

5 編集後記

古地図と現在の地図の比較を導入にすることで、昔と現在の地形の違いに興味が沸き、そこからなぜ今のような地形になっているのかを考えるように発展させています。考える際のアプローチは、実際に見学に行ったり、お話を伺ったり、教科書資料を調べたりと様々な角度から入り、理解を深めていきます。今自分たちが住んでいる地域は、先祖方々の強い郷土への思いがあったことを知ることで、自分たちを取り巻く郷土の自然や歴史をを見直し、郷土への思いを深めることにつながったのではないでしょうか。

(編集・文責:EDUPEDIA編集部 河村寛希)

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