主権者教育の基礎基本(3)政治的中立とは

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アンケートによる教職員の声

朝日新聞社が行った2015年のアンケート調査の中で、教職員から次のような声が聞かれました。
http://www.asahi.com/articles/ASH9X6KSXH9XUPQJ01P.html

  • 「中立とは様々な視点で考えることであって、ハレモノに触るようなものではないことを自覚すべきだ」(石川・30代男性)
  • 「生徒が政治的発言を控えざるをえないような環境から、自由な発言をどう引き出すかがカギ」(北海道・40代男性)
  • 「何が自民党のいう中立なのか知りたい。憲法に戦争放棄がうたわれているのに、戦争反対といえば中立でないとされるのだろうか」(東京・30代女性)
  • 「一定の根拠にもとづいて決断できる生徒を育てる必要があるなかで、教員だけが中立性に縛られることに矛盾を感じる」(広島・20代男性)
  • 「教員と生徒が問答により理解を深めていくために、時として自分の意見を表明するのも必要だ。そうでないと、何も掘り下げられない」(岩手・40代女性)
  • 「政治的中立は絶対に必要で、教員が考えを押し付けることはあってはならない。だが、自分の意見を聞かれて答えられないような現場も問題」(東京・30代女性)
  • 「罰則が科されるなら自粛ムードが広がる。どこまで許され、許されないのかが分からないことが、これを助長させる」(神奈川・60代男性)

これらの発言から見ても、主権者教育の実施において、政治的中立の確保が非常に大きな問題であることが分かります。

政治的中立を分けて考えてみる

政治的中立に対する議論は、整理して考える必要があります。

  • 主体は「生徒」なのか「教員」なのか
  • 場所は「学校内」なのか「学校外」なのか
  • 内容は「政治教育」なのか「政治活動」なのか

来年の改正公職選挙法施行を考えるときに、最も優先順位が高いものは次の5点だと思われます。

  • 「教員」が「学校内」で行う「政治教育」
  • 「教員」が「学校内」で行う「政治活動」
  • 「教員」が「学校外」で行う「政治活動」
  • 「生徒」が「学校内」で行う「政治活動」
  • 「生徒」が「学校外」で行う「政治活動」

ケース1 教員の授業における政治教育

教育基本法第14条第1項には、「良識ある公民たるに必要な政治的教養は、教育上これを尊重しなければならない」とあり、政治教育は全ての学校で取り組む必要があることが明確に示されています。

その一方で、教育基本法第14条第2項には、「法律に定める学校は、特定の政党を支持し、又はこれに反対するための政治教育その他政治活動をしてはならない」と定められています。

地方公務員法第36条第2項には、「特定の政党その他の政治的団体(中略)を支持し、又はこれに反対する目的をもつて、あるいは公の選挙又は投票において特定の人又は事件を支持し、又はこれに反対する目的をもつて、次に掲げる政治的行為をしてはならない」と定められています。

ケース2 教員の学校内・学校外における政治活動

公職選挙法第137条には「教育者は、学校の児童、生徒及び学生に対する教育上の地位を利用して選挙運動をすることができない」と定められています。

「教職員等の選挙運動の禁止等について」(平成15年 文部科学省初等中等教育局長通知)では、一般の地方公務員に比べて、教育公務員はより政治活動等に制約を受けることが占めさめています。

  • 教育公務員以外の地方公務員について制限されている政治的行為とは異なる
  • 選挙運動の制限の範囲は勤務地域の内外を問わずに全国に及ぶ
  • 選挙運動の禁止又は制限は、公務員としての身分を有する限り、勤務時間の内外を問わず適用される

同通知では、教職員の学校内における政治活動での具体的な禁止事項として、以下のような例を示しています。

  • PTA等の会合の席上で特定の候補者へ投票するよう依頼すること。
  • 児童・生徒に対する面接指導の際、自分の支持する政党や候補者の名を挙げること。
  • 家庭訪問の際に、特定の政党や候補者に投票するよう勧誘すること。
  • 特定の政党や候補者の名を挙げて、賛成又は反対の署名運動をすること。
  • 特定の政党や候補者を推薦する保護者あての文書を児童生徒に持ち帰らせること。
  • 「○○候補者の当選を期す」というようなポスターなどを職員室の壁にはること。
  • 同通知では、教職員の学校外における政治活動の禁止事項の例も示しています。
  • 選挙用ポスターをはってまわること。
  • 教職員としての地位を利用して電話で投票を依頼すること。
  • 選挙運動員として、候補者の自動車などに乗り、投票を呼びかけること。
  • 選挙運動用のポスターや葉書に推薦人として肩書を付して名前を連ねること。

教職員の政治活動については、人事院規定により国家公務員の禁止または制限されている政治行為に準じるという規定もあります。その具体例は以下の通りです。

  • 政党その他の政治的団体の機関紙等の刊行物を発行し、編集し、配布すること。
  • 政治的目的のために署名運動を企画・指導したり、積極的に参与すること。
  • 政治的目的をもつて、多数の人の行進や示威運動を企画したり、援助すること。
  • 集会等の場所で、拡声器等を利用して、政治的意見を述べること。
  • 政治的目的を有する文書又は図画を施設等に掲示すること。
  • 政治的目的を有する署名又は無署名の文書を発行し、回覧し、配布すること。
  • 政治的目的をもつて、政治上の主義主張等の表示に用いられる旗、腕章、記章、えり章、服飾その他これらに類するものを製作し又は配布すること。および、政治的目的をもつて、勤務時間中において、それらを着用し又は表示すること。

ケース3 高校生の学校内・学校外での政治活動

平成24年の文部省通達で、高校生の政治活動は次のように示されました。

  • 学校の教育活動の場で生徒が政治的活動を行なうことは禁止。
  • 生徒の政治的活動は種々の制約を受ける。
  • 学校は、平素から生徒の政治的活動が教育上望ましくないことを生徒に理解させ、政治的活動にはしることのないよう十分指導を行なわなければならない。

今回の公職選挙法改正を受けて、平成27年の文部科学省から通知が出され、その中には、高校生の政治活動について、次のように示されました。

  • 生徒が教育活動の場を利用して選挙運動や政治的活動を行うことは禁止。
  • 学校の構内での選挙運動や政治的活動については制限又は禁止。
  • 放課後や休日等に学校の構外で行われる生徒の政治的活動については十分留意する。
  • インターネットを利用した政治的活動等については十分注意する。
  • 生徒による政治的活動等に関して、学校としての方針を保護者やPTA等に十分説明し、共有すること等を通じ、家庭や地域の等との連携・協力を図る。

特に懸念されるのが選挙期間中の高校生の選挙運動の可否です。以下の7つの事例について、可否を考えてみましょう。
事例1.知人・友人に直接投票や応援を依頼する
事例2.知人・友人に、電話により投票や応援を依頼する
事例3.選挙運動メッセージをSNSなどで広める
事例4.選挙運動の様子を動画サイトなどに投稿する
事例5.自分で選挙運動メッセージをブログなどに書き込む
事例6.放課後に、学校内で選挙運動を行う
事例7.知人・友人に、電子メールを利用して投票を依頼する

まず、満18歳未満の高校生には、選挙運動が一切認められていません。満18歳以上の高校生は、有権者として公職選挙法で認められた選挙運動が可能となります。上記の事例1~事例5は、有権者全てに認められていますので、満18歳以上の高校生も選挙運動が可能となります。

事例6については、教育活動の場かどうかで禁止または制限を受ける場合があります。

事例7については、公職選挙法において、全ての有権者に認められていないので、満18歳以上の高校生についても禁止となります。

ドイツの政治教育に学ぶ

上記のように、ネガティブリストのように羅列された禁止事項を見せられると、教員は、禁止された事項だけでなく、主権者教育全般に対する取り組みに躊躇してしまいかねません。生徒も政治や投票に対して、萎縮してしまうかもしれません。どうしたら、自信を持って政治に向き合うことができるのでしょうか。

政治的中立について、政治教育の先進国と言われるドイツの事例に学んでみましょう。

1960~70年代のドイツでは、政治教育に関する混乱があったため、1976年に政治教育学者が南ドイツの小さな街、ボイテルスバッハに集まり協議しました。この会議後に合意された以下の3項目が「ボイテルスバッハ・コンセンサス」と呼ばれ、以後のドイツの政治教育の基本原則とされました。

  • 教員が生徒を圧倒し、生徒の判断を侵してはならない
  • 学問的・政治的論争のある事柄は、授業でも論争があるものとして扱わなければならない
  • 生徒が自分の関心や利害に基づき、効果的に政治に参加できるように、必要な能力の獲得を促す

このコンセンサスから学ぶべきこととしては、まず、政治教育は、特定の思想に基づく「正しい」見方や考え方を生徒に伝達するのではないということです。そして、社会に存在する様々な対立する考え方を理解させることを通じて、1人ひとりが自分で政治的立場を形成できるようになることを、共通の目標とすべきであることです。このボイテルスバッハ・コンセンサスは、政治中立を守りながら、子どもたちに政治的・社会的な課題を考えさせるためのガイドラインとして、日本でも参考にすべきではないでしょうか。

政治的中立のための「争点学習」

ボイテルスバッハ・コンセンサスにもとづくドイツの政治教育では、「争点学習」が重視されています。

争点学習では、「正しさ」を押しつけたり、特定の「正しさ」を理解させることはしません。争点学習では、世の中で何が問題になっているかを理解させることを重視し、「どういった意見があるのか?」「どれが賛成で、どれが反対の意見か?」「一部賛成の意見はどれか?」などを問いながら授業を進めます。

シリーズで投稿しています。
主権者教育の基礎基本(1)いま何が求められているのか
主権者教育の基礎基本(2)世界の大きな潮流から考える
主権者教育の基礎基本(3)政治的中立とは
主権者教育の基礎基本(4)カリキュラムをデザインする

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