1 はじめに
こちらの記事は、静岡県で30年間以上続く教員サークル、シリウスのホームページに掲載されている教育実践法の一つをご紹介しています。
http://homepage1.nifty.com/moritake/
2 実践内容
作品のキーセンテンスを探す
「野の馬」はファンタジー教材ですが、父親から自立しようという少年の揺れ動く心が描かれています。屏風に描かれた馬が実際に生きた馬となって人を乗せて走ることなど、起こり得ることではありません。しかし、太郎の側に立って読み進めていくうちに、それは不思議ではあっても十分納得できる、それ以上に「やった!」という感動をともなった結果として受け止めることができます。
この教材の感動は、太郎自らの手で自由な世界を獲得するところにあります。太郎の手によって屏風に引かれた太い " 緑の線 " は、自由や父親からの独立を象徴していると考えられます。思春期を迎えた子どもたちに、自由や独立について、考えさせたいです。
さて授業では、物語を一通り読んだあとで、気になる文をあげていくことにしました。気になる文とは、一通り読んだ時に、心に残った文や「あれっ」と印象に残った文のことを指しています。
発問1 「野の馬」で気になる文を短く書き出そう。(※青色=教師の発問/以下同様)
- "みるみるうちに草原の向こうに消えていった" −太郎と馬はどこへ行ったのか?
- "太郎はこの屏風を見て、一目で気に入ってしまった" −なんで一目で気に入ったのか
- "こんな白一色の背景の中に置いておくのは、いかにも悲しかった" −なぜ太郎は悲しいのか?
- "馬の後ろに一息に太い線を引いた" −太郎はなぜ線を引いたのか
- "年に一度の花祭りの時にしかかざらない" −お父さんの宝物なら、ずっと飾っておけばいいと思う。
- "(よかった!)" −馬のたてがみが揺れはじめて、太郎は何がよかったのか。
- "走ってみるみるうちに、草原の向こうに消えてしまった" −この馬と太郎はどこへ行ってしまったのか
- "さあさあ、外に出て友達と遊んで来るんだ" −友達が引っ越しているのはわかっているはずなのに、なぜ父は「友達と遊んで来るんだ」と言ったのか
- "太郎は馬のことが忘れられなかった"−なんで太郎は馬のことが忘れられなかったのか
- "あとには太郎が力いっぱい引いた緑色のクレヨンだけが残っていた" −このあと太郎はどうなったのか
- "誰も倉へやってきてくれなかった" −太郎は誰か倉へ来てほしかったのか
- "けれど太郎は決して振り向かなかった" −なぜ太郎は父ちゃんに会おうとしなかったのか(振り返らなかったのか)
このように気になる文をあげていくと、作品中の重要だと思われるキーセンテンスが浮かび上がってきます。以降このキーセンテンスを中心に学習を組み立てていくことにします。
六つと明くる年ではどちらが気持ちが強いか
太郎の屏風(馬)に対する気持ちは、どんどん強くなっていきます。太郎の馬に対する気持ちを考えてみることにしました。まずは主人公について検討しました。
発問1 「野の馬」の中心人物は誰ですか
太郎
すぐに上のような返事が返ってきました。次に馬との出逢いを確認しました。
発問2 太郎が屏風の馬を見たのはいくつの時ですか?次に見た時のことを書いてあるのは何文ですか。
< 初めて見た時 > (3)文:六つの時
< 次に見た時 > (20)文:明くる年
初めて見たのが、六つの時(6才)、次に見たのが明くる年の花祭りの日(7才)であることを確かめてから、こう尋ねました。
発問3 (3)文:六つの時と(20)文:明くる年では、どちらの方が、馬に対する気持ちが強いと言えるでしょうか。文中にある言葉のかけらを手がかりに考えてみましょう。
子どもたちは、教科書をあっちへ行ったり、こっちへ行ったりしながら比べて読んでいました。
< (3)六つの時 > 9人
- (3)"一目で気に入ってしまった"と書いてあって、太郎が気に入ったことが分かる。
- ゲームとか初めはすごく欲しいんだけれど、あとで飽きてしまうことがあるから、これも同じじゃないか?
- 太郎は、(17)"毎晩のようにあの馬の夢を見た"と書いてある。毎晩夢を見ているから。
- (12)"心のどこかであの馬のことを考えていた"とあるから、それだけ考えていたと分かる。
- (7)"たった半日"しか見ていなくても、太郎はその馬のことを忘れられなかったから
このような根拠がいくつか出されました。これに対して反論が起きました。
< (20)明くる年 > 25人
- 一年の間見ていなかったから。もしゲームとか取られちゃったら「やりたい、やりたい」と思っていて、それがやれるようになったら気持ちは強いと思う。
- (27)"野に置かれたような気持ち"とあって、馬の気持ちになっているから
- (26)"緑の線" は馬のために書いてやったから、書いてあげている。
- (6)"本物の馬のように"と書いてあったのが、(23)"悲しい気持ち" のように馬の気持ちのことまで考えるようになったから。
- (7)"半日ほどもはなれなかった"→(20)"一日中動かなかった"のように、一日中馬の絵を見るようになったから。
- (20)"一日中見ていた"とあって、父ちゃんにはまた外に行くように言われたと思うけれど、それでも一日中見ていたから。一年たっても嬉しいことばかり書いてあって、いやなことは書いていない。だから、気持ちが弱くなったということはないと思う。
- (30)"思わず"とあって、「ついつい」という意味だから、気持ちが強い。
- (24)"まわりに誰もいない"ことを確かめてやっている。悪いこととは知っていても、線を引いたから。
- 太郎は、"明くる年"になっても、馬から新しい発見をしている。飽きているということはないと思う。馬のいいところをたくさん見つけている。
- (20)で太郎が我慢してきたことがかなった。いいことをしてあげたいと思うようになったから、気持ちが強いと思う。
- (25)"一息に太い線を引いた"と書いてあって、馬のために行動したことが分かる。
このようにたくさんの言葉があげられました。 < 六つの時 > からこれ以上反論が出なかったので、 < 明くる年 > の方が気持ちが強いのだろう、ということに落ち着きました。そこで、他にも強い気持ちを表す言葉があるかどうか、言葉のかけらを探すことにしました。
発問4 (20)文以降、他にも強い気持ちを表す言葉のかけらがあるかどうか探してみましょう。
文を細かく読んでいくと、まだ他にも太郎に強い気持ちを表す言葉が見つかりました。
- (20)"屏風の−いや、あの馬の"という言い方になっている。
- (21)"まっすぐに太郎を見つめていた"
- (22)"いかにも"いかにもは無くても意味が通る。協調している。
- (24)"つと"は、[急に、はっと]という意味で、これもなくても意味は通る。
- (25)"一息"もだけれど、"太い"も強い言葉を表している。
- (30)"思わず手を伸ばして"も思わずという言葉が、我慢しきれない感じ。
このように太郎は、 < 六つの時 > にも増して < 明くる年 > の方が気持ちが強いことがわかりました。
太郎と父ちゃんのどちらに賛成するか
前回の授業で、太郎の馬に対する気持ちの強さについて学習しました。(20)"明くる年"思いの強まった太郎は、(25)"一息に太い線"を引いたのです。しかしそれを父ちゃんは許すことができませんでした。(31)"ばかもん"と叩かれ、(32)"倉へ入れられた"のです。太郎と父ちゃんの間にある屏風に対する気持ちの違いについて検討しました。
発問1 太郎のしたことと父ちゃんのしたことのどちらに賛成しますか。太郎のしたことや気持ち、父ちゃんのしたことや気持ちをノートに書き出して考えてみましょう。
初め「どちらに賛成しますか?」の問いかけには「う~ん、難しい」「悩む」という声があがったので、太郎や父ちゃんの行動を書き出したあと、考えることにしました。太郎、父ちゃん共に賛成者がいました。
話し合いは、どちらにより共感できるかという論点で進められていきました。普段の学校生活で独立心が旺盛な子ほど太郎に共感し、まだ精神的に幼い子ほど父ちゃんに共感したのが、興味深かったです。
< 父ちゃん > 18人
- 自分が大切にしているもの(屏風)を傷つけられたのだから、怒るのは当たり前。
- (31)"ばかもん"と書いてある。ばかもんだけなら少しだけ怒っているけれど、げんこつまでしているから、相当怒っているのが分かる。
- ずっと大切にしていたから、太郎が緑の線を引いたことに怒ったと思う。
- (1)"年に一度しかかざらない"と書いてあって、父ちゃんの宝物。落書きをすると、先祖からの宝物ではなくなってしまう。ぼくもゲームボーイとか壊された時には頭に来た。
- (2)"先祖代々の宝物"と書いてある。宝物を傷つけられたら怒ると思う。
- (32)"倉に入れた" (60)"もうよかろう"と言っている。悪いことをしたらしつけているから、父ちゃんはいいと思う。
- (8)"子どもなんかに分かるかよ"と言っているので、大切にしているのが分かる。
< 太郎 > 12人
- (34)"馬にいいことしてやったのに"と太郎は馬にいいことだと思ってしているから。
- 新しいものを買うと忘れられないように、太郎は馬のことを忘れられなかった。
- (69)"振り向かなかった"とある。父ちゃんも見ているけれど、太郎は悪いことをしていないと思っていなくて、いいことをしたと思っているから、振り向かなかったと思う。
- 屏風は飾るもので、飾らなければ宝物だとは言えない。
- (3)"一目で気に入ってしまった"とあるので、太郎のしたことには賛成。
- (23)"いかにも悲しかった"とあるから、馬のことを思ってしたからいい。
- (8)"外へ出て友達と遊んで来るんだ"と書いてあって、太郎を屏風のために、あんなこと(外へ出すこと)をしている。父ちゃんは屏風ばかりを大切にしている。(39)"ばちがあたっど"と言っているけれど、太郎は馬に命を与えたのに、父ちゃんは緑の線を落書きとしか思っていない。だから太郎は、「父ちゃんやだ」と思って消えたんじゃないか。
- (2)文で父ちゃんは屏風のことしか考えていない。でも太郎は(51)"(よかった!)"と言っているように、馬のことを大切に思っている。
- 父ちゃんは悪い言い方をすると、屏風のことを金目あてみたいに思っている。でも太郎は(51)"(よかった!)"と言っているように、馬のことを大切に思っている。
- 父ちゃんは、(8)文のように、落書きが心配なだけで、太郎を追い出したけれど、太郎は(13)文のように、馬に食べさせてあげたいという思いがこみ上げてきた。それに馬のことを思って(24)(25)(26)(27)文のようにやってあげている。
黒板に意見を整理してまとめていくと、太郎と父ちゃんの対比ができあがっていました。
太郎が夢の世界に入ったのはいつか
これまでの学習で、太郎=夢の世界、父ちゃん=現実の世界、夢と現実を分けるものは、緑の線であることがわかりました。太郎だけが夢の世界と現実の世界を行ったり来たりしていることを押さえてから、次のように尋ねました。
発問1 太郎が夢の世界に入ったのはいつでしょうか。
全部で7カ所があげられました。それぞれに理由があり興味深かったです。
( 3)"一目で気に入ってしまった"1人
- 太郎は、一目で気に入ってしまって、ここから始まったから。
(18)"海のように広がる草原をかけているのだった" 1人
- 草原という夢の中の言葉が出てきているから。
- 夢の中の馬が出てきているから
(44)"青い光の中へ"1人
- (39)文では、月の光となっていて、(40)文では明かりとなっている。
- (44)文では青い光となっているので、これまでの月の光とは違う。だからここで夢の世界に入った。
(46)"ふっと、ほおにかかる風の冷たさに"17人
- 頬にかかる風は夢の世界でこの風は"あの高い窓から吹き込んだ風ではなかった"からもう(46)文で夢の世界に入っている。
- (44)文までは入っていないけれど、(46)文からは、夢の世界に入っている。
- "風の冷たさ"とあって、高い窓から吹き込んだ風ではないから。
- 夢の世界のドアがあるとすれば、(44)文はドアの前に立っている感じ。
- (46)文で完全に入った。(44)文の"その前に"というのがドアの前というのが分かる。
- 屏風からの風は、現実の世界にはないから。
(48)"太郎はまさかと思いながら、馬のたてがみに目をやった"2人
- まさか"と書いてあって、驚いたりびっくりしたということ。ここでびっくりしたんだから。ここで夢の世界に入ったといえる。
- 屏風の中の馬が生きているのがここでわかったから。
(50)"馬のたてがみがふうわりとなびき始めている"1人
- この文は全て夢のことが書いてある。(47)(48)はまだ夢と現実のものがあって、(50)で初めて全てのものが夢の世界のものになったから。
(52)"太郎は馬の首に手をやった"3人
- 太郎は(52)文で初めて馬に触った。これまでは見ているだけだけれど、(52)文で初めて触って確かめているから。
- "確かに手触りがあるのだ"と書いてあって、"びっしり生えている"など様子がわかったから。
このように7カ所があげられました。一番多かったのが(46)文です。どうもこの前後に夢の世界に入ったようです。検討を続けることにしました。
発問2 太郎が夢の世界に入ったのは、(44)(46)(48)(50)(52)のいつだと言えますか。
(44)"青い光の中へ"
- "立ちつくす"を調べたんだけれど、[心を引かれ、感激してじっと立っていられない様子]と書いてあって、太郎は感激したから、ここで変わったと思う。
(46)"ふっと、ほおにかかる風の冷たさに"
- 絵から風が吹いてくるわけがない。
- 普通ではあり得ないことが、この時点で起こっているから。
- 風は夢の世界のことで、(46)文は夢の世界に半分だけ入っている。
- (50)文で完全に入ったことを太郎は確認した。(46)文で風が吹き込んでいるから、夢の世界に入っている。
- (48)"太郎はまさかと思いながら、馬のたてがみに目をやった"
- "まさか"を調べたら、[いくら何でも、よもや]とありました。馬が生きていることに気づいているから、ここで入ったと思う。
- (46)文は夢の世界に入っているのを肌で感じている。けれど(48)文は"まさか"と頭で気づいた。
(50)~(52)
- (46)文で半分くらい夢の世界に入って、(50)文で完全に入った。
- これまで太郎は見たり、聞いたり、触ったりして夢の世界に入ってきた。(50)で初めて完全に夢の中に入ったと思う。
- (46)文では完全に入ってはいないが、(50)文で完全に入った。
太郎の体のどこが、いつ夢の世界に入ったのかという視点は面白かったので、確認をしていくと、 (44)目 (46)はだ (48)脳(気づいた) (50)体全体(53)手触り のように、少しずつ夢の世界に入っていくのがわかりました。
3 プロフィール
静岡県教育サークル シリウス
1984年創立。
「理論より実践を語る」「子どもの事実で語る」「小さな事実から大きな結論を導かない」これがサークルの主な柱です。
最近では、技術だけではない理論の大切さも感じています。それは「子どもをよくみる」という誰もがしている当たり前のことでした。思想、信条関係なし。「子どもにとってより価値ある教師になりたい」という願いだけを共有しています。
4 書籍のご紹介
「教室掲示 レイアウトアイデア事典」(明治図書2014/2/21発売)
「学級&授業ゲームアイデア事典」(2014/7/25発売)
「係活動システム&アイデア事典」(2015/2/27発売)
「学級開きルール&アイデア事典」(2015/3/12発売)
5 編集後記
教師の発問に対する子どもの洞察力がなかなか鋭いものが見られます。そんな児童の発言内容から授業が上手く組み立てられ、父と子二人の感情を教科書の文中から丁寧に読み解いている様子がうかがえました。
(編集・文責:EDUPEDIA編集部 河村寛希)
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