様々な書く材料と「であい」やがて自ら書く材料を選べる書き手へ ~「言葉を引用し活かす力」の育みという視点から~

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作成者:matui hiroshi (Edupedia編集部)さん

2007年度までは川崎市立鷺沼小学校、現在は川崎市教育委員会学校教育部に在籍している、渡邉信二先生の実践の紹介です。

渡邉先生は2007年6月23日に朝日新聞夕刊に「花まる先生 公開授業」で紹介されました。
http://www.asahi.com/edu/student/teacher/TKY200706240124.html

この記事は、2008.3月に執筆、2009.12加筆したものです。

1 はじめに

~2007年度川崎市立鷺沼小学校4年1組の実践を中心に~
 
子ども達と毎日顔を合わせる中で、相手や場に応じて即時的に話を返したり、印象深い言葉を大切に引用したりしながら、相手と対話できる大人になってほしいと日々願って教壇に立ち続けてきました。また、他者と対話する前に、自分自身と対話すること、つまり想像力や理解力を働かせて、自分の考えと対峙するという習慣をつけさせたいと常々思ってきました。そのためには、書き手としての成長が必要不可欠だということもわかってきました。書く行為は、自分の思考を確認したり、自ら波紋を投げかけたりするための「内なる声を表舞台に引っ張り出す表現活動」だと思えます。そのために、悩み、躓きながら実践していることの一端をここで紹介したいと思います。実践を通して思い描く表現者、思索者としての子ども像、人間像は、『自分と対話し、他者と対話し、言葉に自分を重ね、自分に言葉を重ね、思考を練り上げようとする人』だと言えます。
そして、言語による表現力を身につけるということは、器用に言葉を操ることではなく、奥行きのある力強い言葉と出あい、それらを相手や場や目的に応じて引用しながら、言葉のもつ力そのものに語らせるような言葉の担い手を志向することだと思います。

2 引用力」を中心に据えた表現力を育む教育のねらい

2-1 3つの教師の願い

 「はじめに」でふれた願いを体現するためには、もう少し国語的にその「願い」を整理してみたいと思います。話したり、書いたりするためには、「材料」が必要です。その材料を選ぶということに対して、実は大変難しいと感じている児童が多いのです。目の前に「何を話したり書いたりすればいいのだろう?」という壁が立ちはだかるのです。「どのように話したり書いたりすればいいのか?」という壁よりもこれは、遥かに高い障壁だと言えます。書くことが決まれば、方法は後から必要感を帯びてくるものです。「形式」はわかっているけれど、表現すべき「内容」がないことで行き詰まるのは、「言葉の力」について考える時の大きなヒントにもなるような気がしています。この「書く内容」というのは、実は、活かしたい言葉のこと、つまり、「引用する言葉の内容」と換言すると解決の糸口が見える気がするのです。先日、詩人のア−サ−・ビナ—ドさんのコラム集を読む機会がありました。引用する言葉や逸話そのもののもつ「言葉の力」に心惹かれる魅力的な文章です。中には、文章の80%が引用で構成されているコラムもあります。しかしながら、挿入されている逸話に読み手を惹きつける力があるからこそ20%の意見が効果的に生きるのです。つまり、言葉のもつ力そのものに語らせるというビナ−ドさんの立ち位置にこそ、私たちがめざす「豊かな言葉の担い手」に近づいていくヒントが隠されていると思えるのです。 そこで今回は、「書く活動」を柱にしながら、「願い」を3つにまとめてみました。

① 様々な書く材料を通して「ものの見方」、「引用して感想や意見などを書く力」などを少しずつ育みたいです。

② 「話す・聞く」活動を、書く活動の前後に積極的に織り込むことによって、自分と他者との共通点や違いに気づかせ、書くことの内容にもそれらを取り入れながら、より豊かな書き手に成長する意識を持たせたいです。

③ そして、人から提示されなくても、書くための素材を自ら探したり、選んだりできる書き手になってほしいと願います。
  この3つによって、「言葉のもつ力そのものに語らせるような豊かな引用力をもった言葉の担い手」に近づけるのではないかと考えるわけです。

2-2 実践の主な柱

実践の中核には「ものの見方を鍛える、想像力を耕す」というこだわりがあります。表現の「ノウハウ」以前に、「何を表現するのか」という内容がとても大切なのです。
だからこそ、ものの見方、読み取り方という「読む領域」の力が、表現活動を支える柱になり得るのだと考えます。その柱の支えを原動力にし、人は、話したり書いたりする一歩を踏み出していけると思っています。そのためには、表現活動に必要な様々な素材に出会わせ、素材の可能性にふれさせたいと考えるわけです。では、実践の柱立てを整理してみましょう。
○ 自分の生活に活かしたい言葉や心の琴線にふれるような言葉を引用し、感想や意見を書く活動
○ 書く活動の前後に「話す・聞く」活動を入れることで、ものの見方を広げ、さらに豊かな書き手を目指す活動
○ 書いたものを日常的に冊子化することで自分の考えを開示したり、読み合ったりする活動に慣れること
○ 絵、写真、絵本、漫画、映画、人の言葉など、書くための様々な素材にたくさん出会わせます。そして、ものの見方、考え方、引用の仕方などを日々磨くように刺激を与え続けます。そのためには教師自身が書店に足を運ぶことや、美術館巡り、演奏活動なども含めて、つくり手としての感性、感覚の「自主トレ」を怠らないようにすることを心がけています。指導する立場の人間は、私を筆頭にして、人の「世話」を焼くことになれると、しばしば自己鍛錬への意識を忘れてしまいます。「言葉の力をつける」云々の前に、自身のそれはどうなっているのかを自問しなければならないと強く思う昨今です。「児童の実態」ならぬ、教師としての「私の実態」こそ、これからもっと問わなければならない大切な視点だと痛感しています。

3 日常的に書き続ける「年間帯単元」の開発

3-1 単元開発の構想

光村図書の教科書に『学んだことを生かして』という単元があります。本校のカリキュラムでは22時間の大単元です。単元構想では次のようなことが一般的だと言えます。
(例)①『ごんぎつね』の学習と新美南吉さんの他の作品への読み広げ。
   ②『ごんぎつね』の学習の後、総合や学習発表会と関連させて人形劇化や作曲、演奏などの表現活動に発展。
①は、すでに『車の色は空の色』を活かして、「私の松井さん」というテ—マで感想交流会を行っているので、同様な言語活動は避けたいです。②は、11月の学芸大会と学習発表会で『化け猫になりたい』という劇を上演するので考え難いです。
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単元構想の入り口
教師の迷い
○週2回の全校朝読書。読書で出あった言葉を「引用」の材料として活かせそうです。
○朝の帯タイムは、日常的に書いたり話し合ったりする言語活動には日程や時間的にも向いていません。
○単元学習の内容と時間をどのように工夫して再構成するか?
   
そこで・・・
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22時間『ごんぎつね』の読み深めに8時間を費やし、後の14時間を切り離し、独立させながら、年間の帯単元として再構成しようと考えました。
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14時間の単元構想への教師の願い
・絵、写真、漫画の一コマ、人の言葉、読書や読み聞かせで出会った言葉などの多様な題材を通して、引用したり活かしたりしながら書く活動をさせたい。
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・書いたものを交流し、あるいは、書く前に感想交流し、自分と友達の違いや共通点に気づき、ものの見方を広げるような学びの姿勢を育てたい。
・書く材料を選び、力強く豊かな言葉を引用しながら、言葉そのものに語らせるような、豊かな書き手に育てたい。
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単元開発への教師の決意
この14時間の活動を一年間の帯単元として捉えて
みることにしました。
以上のような意識の流れから、年間の帯単元を構想するに至りました。その内容について以下のように簡単な表にまとめます。

3-2 日常的に書き続ける「年間帯単元計画」の骨子と学習活動


↑図をダウンロードするともう少し鮮明に見えます。

4 実際の活動事例

4-1 引用力の育成

全校による朝読書や読み聞かせの取り組みを、週に2度行っていたので、これを活かさない手はないと思いました。そこで、子ども達が担任や図書ボランティアの絵本の読み聞かせを聞いて、心に響いたり活かしたりしたい言葉をメモし、引用しながら感想や意見を書く活動をおこないました。
引用する力は、自分の感想や意見を裏付ける「事例」を生み出す力として、話したり書いたりする活動を支援する重要な役割を果たします。
この「年間帯単元」開発で重点的につけようとした力の1つです。引用した言葉を筆ペンなどで大きく書いた後に、それについての感想や意見を書くのは、書くことに抵抗を感じている子ども(大人も)にとっても有効な方法です。
また、大切にしたい言葉、読み手に受け止めてほしい言葉を太字で書くなどさせると、相手意識や言葉磨きの意識を高めることにもつながります。
この書く活動の前に、「話す・聞く」活動による感想交流を挿入してみました。すると、自分と友達の共通点や違いに気づき、書く活動にとりいれたり、自分の考えに自信をもったりする姿が確かにみられました。書く活動に他領域の力を関連させて効果をあげていくことをどのように工夫していくかは、これからのさらなる課題であり楽しみでもあります。

4-2 書いたものを冊子化する 

書いた文章を冊子化して配布します。つまり文詩集作りです。子どもとその保護者、そして、教職員も読みます。児童理解の一つの手立てにもなります。読み合うことで、対話の資料にもなります。「話す・聞く」「読みの交流」など、他領域の活動にも再利用できる美点もあります。たくさんの「も」が続くのだから「一石二鳥」どころではありません。また、書き続ける意欲を持続させるためにも文集化、冊子化の継続は、有効です。そこに寄せる教師のコメントは、いわば子どもへの恋文です。   

4-3 「絵本」や写真、絵、人の言葉などのもつ「行間力」

 凝縮された密度の濃い短い言葉は、豊かな行間の広がりを生み出します。行間の広がりは、想像力を書き立てる奥行きにつながるものです。私が、絵本や写真、短く力強い言葉(岡本太郎さん、五木寛之さんらの語録集)を話したり書いたりする素材として大切にするのは、まさにその可能性に心惹かれたからです。短く、力強い言葉だからこそ、それを素材にすることで、話し手や書き手は、言葉を広げ、深めることが比較的実現しやすくなるのです。「言葉の力」とは、それにふれた人を魔法にかけてしまうような、感化力を持ち合わせているのです。だからこそ引用した言葉そのものに語らせるという意識が重要だと考えるのです。

4-4 教師も書き手のひとりとして

~「つぶやき雑記帳」を書く~
「書く素材を自分で探し、引用しながら感想や意見を書く大人になってほしい」というのが私の願いです。
そのことを実がこもった言葉で人に伝えるためには、教師自身も書くための素材を探し、引用しながら書くための自主的な「筋トレ」をしなければならないと思っています。とにかく自ら書くしか近道はないようです。そのためにも、ものの見方を鍛え、見聞を広げることに対して積極的でありたいです。私は不定期ですが、保護者や同僚向けに「つぶやき雑記帳」というコラムを書いて、配布することがあります。タイトルは「渡邉先生のひとりごと」です。ここでも自ら、映画、本、人の発した言葉、経験などを事例として引用しながら自分の考えを表明するという表現力を磨こうとします。そして、忘れてはならないのは、引用する言葉そのもののもつ豊かな力強さが大切であり、言葉のもつ力そのものに語らせていくような表現者を志向する必要があるということです。言葉を巧に「操る」表現者とは一線を画するものであるということを肝に命じています。

4-5 新聞記事に一言

新聞記事を読んで、必要な内容を活用できる大人になってほしいと願います。
未来や命、生きる希望につながるような記事を集め、そこに感想や意見、自分の生活経験などを重ねながら書く活動に取り組ませました。
 書く以前に、「ものの見方」「考え方」の拠り所が必要だといつも思っています。表現力がないのではなくて、「表現したい内容」を持っていないことが表現力の低下に見えているだけなのではないか?そんな自問がずっとありました。また、表現したい内容を自分で生み出すという考えではなく、引用した言葉の内容に豊かな奥行きがあり、その言葉自身に語らせるという「言葉の力」の捉え方がとても重要だと思います。この原稿の中でくりかえし言及していることですが、言葉を巧く操るという表現力の捉え方ではなく、活用・引用した言葉のもつ豊かさそのものに語らせるという捉え方で、「言葉の力」をもう一度見つめ直すということなのです。
やはり、ここでも、記事の言葉や写真の引用が生命線です。書くという表現活動の切り口のために必要な引用を、自ら選んで行うということに、小学校中学年あたりから慣れさせたら、将来どんな青年、大人になるかを問いたいという気にもなってきます。
 相手にきちんと受けとめてほしい言葉を太字で書かせるなど、読み手を意識させることも忘れません。子ども達が「その気」になってきたら、「定着の芽」が育ってきたサインだと思っています。400字程度の文章(初期は200字程度)という目安も持たせました。放っておくと、だらだらと長く書いたり、逆に2文~3文程度で、さらっと書いたりしてしまいます。限られた文字数の中で言葉を選んで表現する経験を時間もかけて積ませる必要があると強く思います。それができてから、長文指導をしても遅くはないです。

4-6書く力を支える「対話力」

書くことの表現力を高めるためには、書くための様々な材料の存在に気づき、書き慣れることが大切なのはわかってきました。それと共に、「話す・聞く活動」を書く活動の前後に挿入し、自分と他者との考え方の共通点や違いを感受しながら、書く内容にそれらを取り入れていく意識をもたせることも重要だということもわかってきました。つまり他者との対話が、書く内容をさらに豊かにする可能性を大いに持ち合わせているということです。やはり引用力です。
子ども達は、絵本や人の話の中で大切にしたい言葉や心の琴線にふれ、活かしたいと思った言葉などを引用し、その言葉についての「ひとことコメント」を出し合います。約20分間で30人弱の子どもが発言します。1人30秒程度で、引用した言葉や内容の中に関連を見つけながら、挙手をしないで、発言をつないでいくような手法をとっています。これは、他者の言葉を「活かすように聞く」意識がないと実現できないことです。「聞く」ことは「引用」することと同様に、「活かす」「取り入れる」という意識なしには、真の効力を発しないと思います。

5 「言葉を活かす力」を中心に据えた自己表現活動の成果

 引用力は、取り入れる力、自分の中に活かそうとする力とも換言できます。私の担任した多くの子ども達は、私が話した言葉、読んだ本で心に響いた言葉などを日常的にメモ帳に自分から書き留めるようになりました。「聞く構え=活かすように聞く構え」が備わっているのです。つまり相手の話の中心や意図を意識して聞く力の育ちのことです。そして、生活場面に合わせてそれらの言葉を引き出しから取り出すように引用して使うことができるようになってきています。また、引用する言葉を抜き出して、筆ペンで大きく書いてから感想や意見を添えるように書くという方法も身につけました。是非、事ある度に活用し、新しく出会った人たちにも広めてほしいと願います。
 表現力を磨くことに意識して取り組むと、素材を探す必要性が出てくるという話は先述の通りです。つまり、引用して語らせる言葉探しの必要性です。すると子ども達は、よく本を読むようになってきます。また、新聞記事や映画の台詞などに関心をもって、日常的にそれらの紹介や交流をするようになりました。こうなると、教室中が紹介したい本や新聞記事の掲示で溢れてきます。教室全体に活気がみなぎってきます。ちなみに私も、「お薦めの絵本コ−ナ−」をつくり、子ども達に自由に読ませていました。
 書く活動をより練り上げるために、「対話力」もつけました。話の内容関連で、子ども達同士が感想や意見を継続していくような「双方向的な聞く・話す力」です。「同感ですが、自分の表現で言いなおします。」「○○さんの話に感想です。」「○○さんの考えの美点について言いながら、自分の考えもいいます。」「話題の流れが変わりますが、いいですか?」「話を戻してもいいですか?」などなど、言葉をつなぐためには、自分の立場や対話の流れを意識した言葉を前置きとして、いろいろ言っていいのだと保障することが大切です。これは、国語科だけではなく、あらゆる教科や、双方向的な話し合いの場面で、徹底して妥協せず、取り組む以外に近道はないです。すると、1年間で言葉をつなげる「達人」になります。つなげることが目的ではなく、「相手の言葉に自分の言葉、考えとの接点を見つけて重ねる」という意識を大切にしてきたのが一番の成果です。自分の生活経験や本、映画の言葉などを自由自在に形式的にならずに、話すことができるようになりました。また、それは、自分の言葉を次に活かしてつないでくれる仲間がいるからという安心感(風土)があるからだともはっきり言えます。
そうなるとさらに望むのは、教室から一歩外へ出た委員会活動などの話し合いでも、是非身につけた力を発揮してほしいということです。また、逆に発揮できなければ、「学びが教室から出ず」ということで終わってしまうのです。子ども達には是非「言葉の種まき人」になってほしいと願います。その継続こそが、将来豊かな言葉の力の担い手として、魅力ある言語生活者としての一歩につなかるのですから。

6 終わりに

 「言葉の力」というと言葉を通じた表現力ということが、すぐに思い浮かびます。表現力を磨くというと、言葉を巧みに操る力を磨くという印象があります。
 でも、私たちがめざす「言葉の力」とは、本当にそのようなものなのでしょうか?
人の意識の琴線にふれるような文章を書いたり、話し言葉で語ったりする人の言葉の力の多くは、その本人の意見や考えを押し付けすぎていない言葉なのではないでしょうか。
 その代わりといっては何ですが、とても豊かな奥行きや行間性をもった言葉や文章を引用し、そこにまさに一期一会とでもいえるような書き手(あるいは話し手)の言葉を添えるように表現していくのです。ですから、何でも引用すればいいのではないのです。引用し、活かす言葉や文章そのものに、言葉の担い手の足跡や思想、哲学が反映されているのです。だからこそ、そこに添える言葉がたとえ短くても多大な効果や説得力を発揮することがあるのではないでしょうか。私たちがめざす「言葉の力」とは、もしかしたら、そのような言葉や文章そのものがもつ「力」に、自ら語らせるような意識を大切にした、「言葉を活かす力」のことなのではないでしょうか。豊かな「引用の引き出し」を増やすためにも、だからこそ読書体験や人と人とのふれあい、生きた体験活動が大切なのだということを、大きな文脈として捉えることで、「言葉の力」の根っこづくりを学校運営の中核に据えて実行できるのではないかと思います。
そのことが、“ことのは案内人”としての私たち教職員の使命だと言えます。

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