発達の段階に応じた漢字の指導法(岡篤先生)

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目次

1 はじめに

本記事は、岡篤先生のメルマガ「教師の基礎技術~発達の段階図~647号~653号」から引用・加筆させていただいたものです。
漢字がどうしても苦手でやる気が出ない子のやる気を引き出すための取り組みを紹介します。
岡篤先生のメルマガはこちらを参照ください。→http://archive.mag2.com/0001346435/index.htm

2 実践内容

発達の過程はどの子も同じ

「発達の過程はどの子も同じ」という言葉を特別支援の研修の中で、聞いたことがあります。そのときは、ぴんときませんでした。「同じといっても、できることも違うし、早さも違うし…」といった感じでした。しかし、時間がたって、いろいろなタイプの子どもを指導していると、「なるほど、発達の過程は同じだ」と思うようになってきました。

同じならば考えやすい

特別支援学級の担任をしているときにこの言葉にさらに納得しました。発達段階や困り感などが1人1人大きく違います。「何を教えたらいいのだろう」と当惑することも少なくありませんでした。当然、1人1人できることややりたがることが大きく異なります。それでも、「発達の過程はどの子も同じ」と考えることで、迷うことが少なくなりました。このことを考えるきっかけの1つは、漢字の指導でした。

学校ぐるみの漢字の取り組み

私は、学校ぐるみの漢字の取り組みを勤務した職場で提案することにしています。今までに3つの職場で提案し、学校ぐるみの実践に協力してもらってきました。もちろん、色々なことがありました。反対にあったことも何度もあります。案としては通ったのにやってもらえなかったこともあります。しかし、こういったことは提案の仕方を工夫したり、取り組みやすいように問題やテストを作ったりということで乗り越えられました。

学校ぐるみだから分かったこと

学校ぐるみの取り組みをすると自分のクラス以外の仕事が増えることになります。しんどいといえばしんどいです。それでも、それに見合う以上の教師としての経験と知識を得ることもできます。その1つが、A君の例です。学校ぐるみの漢字の取り組みの1つが校内漢字検定です。1文字だけを書けば良い比較的簡単な問題で行います。ただし、9割以上で合格。そして、全員合格を目指す。そのため、何度やり直しても良い。ということになっています。漢字がとても苦手で自分の学年の配当漢字は何度やっても無理という子もいます。その場合は、本人さえ納得すれば下の学年の問題を受けてもよいことになっています。漢字力の向上とともに、達成感・自己肯定感も重視しているわけです。そんな取り組みの最中、休み時間にベテランの女性教員から声をかけられました。

休み時間の職員室で

声をかけてきたのは、ベテランの女性教員です。明るく、指導力もあり、子どもからの人気も高い先生です。コーヒーを入れているところにやってきて言いました。「岡さん、A君の漢字のことだけど」私は、A君を思い浮かべました。6年生の男の子です。毎日のように、遅刻してきていました。他の子をからかったり、授業中の妨害も頻繁にあったりと、何かと名前が挙がる子でした。学力的にも厳しいと聞いていました。すぐに、校内漢字検定のことだと分かりました。9割以上で合格として、全員合格を学校の取り組みとして目指すことを職員会で提案しました。

A君の校内漢字検定

「難しいですか?」
「そうなのよ」
「6年の漢字が無理なら、5年の漢字でもいいですよ。」
「5年なんて、全然無理」
「そうですね。なら、4年でも3年でもできるところまで下げてもらえば」
私は、これで話が終わると思っていました。ところが、話はここからでした。

「3年生でもだめなのよ」
「まあ、2年生でもいいですけど…」
「…」
「えっ、何回やってもいいんですよ」
通常学級の6年生が2年生の漢字を何回練習しても覚えられないというのです。校内漢字検定の漢字の取り組みを提案したときに、達成感や自己肯定感を味わわせることも、目的の1つであることを説明しました。そのために、全員合格を目標にし、同じ問題を何度やってもかまわないことも確認しました。それでも無理なら、「下の学年の問題をやってもかまいません」とも加えました。とはいえ、いくらなんでも通常学級に在籍する6年生が2年生の問題をいくらやっても
できない、ということは想定していませんでした。

プライドの問題も

声をかけてきたベテランの女性教員に答えました。
「2年生が無理なら1年生でもいいですが…。」
「それが、1年生の漢字もだめなの。どうしたらいい?」
私は、入れたコーヒーを口にすることも忘れたままでした。
「1年の漢字の下となると」
せっかく私の提案に真剣に取り組み、質問までしてくれているのです。何か答えなくては、と必死で考えました。
「かたかな、ですね…。」
理論上は、そうなります。

かたかなは、漢字の一部

確かに、かたかなは、漢字の一部です。だから、1年漢字ができない子にかたかなをやらせることは、理論上は、まちがっていません。しかし、A君はやるでしょうか。「ツ」と「シ」の間違いなどは、高学年になってもよくあります。この指導は、これまでも何度もありました。今回は、位置づけがちがいます。正面切って、「1年生の漢字もできないから、かたかなからやり直せ」といっているのと同じです。プライドを傷つけるかもしれません。

決断

私が迷っていると、「やってみるわ」とあっさりと返事が返ってきました。
「だめでもともと。このままじゃ、何もできないんだから」
「そうですね。無理しないで下さいね」
「大丈夫」
その女性教員は、いつの間にか、紅茶を入れていました。それをもって、いつものように早足で職員室の自分の席へもどっていきました。私も、冷めかけたコーヒーをゆっくり一口飲みました。かたかなのことをアドバイスしたのは、正しかったのでしょうか。それから、ずっと気になっていました。あの態度の悪いことで有名なA君が、かたかなに素直に取り組むでしょうか。「ばかにするな」と、キレることはないでしょうか。もし、そうなったとしたら、私が余計なことをいったことに
なります。せっかく、私の提案にそってなんとかしようと思ってくれたあの先生に申し訳ないことをしたかもしれません。

一週間後

それから、一週間くらい経った頃でしょうか、その先生が声をかけてきました。
「岡さん、かたかな、教えてくれてありがとう」
「どうでしたか?」
「どうって?やったわよ」
「A君が、かなかな、やったんですか?」
「やったわよ。」
「ふてくされたりしなかったんですか」
「全然。今までで一番、がんばってるわ。やっぱり、漢字はむずかしかったのよね」
その後もA君は、前向きに練習し、1年漢字も合格しました。卒業までに、あまり時間がなかったので、2年生の漢字までしか進めませんでした。それでも、全くやる気がなかったことを思えば、大きな進歩でした。

考えるきっかけに

A君への取り組みは、色々なことを考えさせられました。担任の決断と行動力、
A君がかたかななら前向きに取り組んだ事実、かたかなをきっかけに漢字もやるようになったという変化、校内漢字検定があったからこそA君の実態が浮かび上がったということ、もし、A君が1年生のときから漢字の練習をかたかなのように取り組んでいたらどうなっていたか、もう、ずいぶん前のことですが、私にとっても貴重な経験でした。

できることの意義

A君は、1年生の漢字さえ覚えることができないほど、漢字が苦手だったわけです。(苦手意識があったということも含むでしょう)そのA君でも、自分ができる
課題(かたかな)であれば、前向きに取り組んだのです。そして、それをきっかけに1年漢字、2年漢字と覚えるようになっていったのです。発達の過程はどの子も同じ、ということを表す一つの例といえないでしょうか。

3 執筆者プロフィール

岡 篤(おか あつし)先生
1964年生まれ。神戸市立小学校教諭。「学力の基礎をきたえどの子も伸ばす研究会(略称学力研)」会員。硬筆書写と漢字、俳句の実践に力を入れている。

4 書籍のご紹介

『読み書き計算を豊かな学力へ』2000年

『書きの力を確実につける』2002年

『これならできる!漢字指導法』2002年

『字源・さかのぼりくり返しの漢字指導法』2008年

『教室俳句で言語活動を活性化する』2010年

5 編集後記

ある時点での子どもの到達段階は人それぞれ異なります。しかし、発達過程はみな同じです。このことを漢字の指導に生かした実践が紹介されていました。この「発達段階はみな同じ」ということは、漢字の以外の指導にも生かすことができるのではないでしょうか。

(文責・編集 EDUPEDIA編集部 中丸 和)

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