主権者教育について考えるpart.1 〜近藤先生の考える主権者教育とは〜

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目次

1 はじめに

この記事は主権者教育について考えようという企画の第一弾として、早稲田大学教育・総合科学学術院教授である近藤孝弘教授にインタビューをした内容を基に作成しています。

2 主権者教育の実態について

Q1.近藤教授の考える主権者教育とは

A.主権者教育と政治教育はほとんど同じと考えています。例えば、教育基本法の中には、政治教育という言葉がありますが、主権者教育という言葉はありません。つまり主権者教育という言葉は比較的新しい言葉として出てきているのです。これは18歳選挙の登場などに影響を受けたものです。それに対して、政治教育という言葉は、私の専門であるドイツでも昔から使われてきた言葉です。ただ、政治教育というと少し政治的な思想を扱うような教科を連想しやすいため、抵抗が少ないということで主権者教育という言葉を使用しているというのが現状です。このような意味で主権者教育と政治教育は同じであると考えると、それは主権者が合理的かつ倫理的な思考判断行動ができるようになるための教育活動ぐらいに大きく捉えておいた方がいいと思います。

Q2.なぜ今、主権者教育が必要なのか

A.主権者教育はやるべきことだというのは決まりきっています。民主主義社会は、主権者教育なしでは機能しません。ですが、かつて日本では学生運動が華やかだった頃、若者が政治に対して関心をあまり持たないようにしようとする政策が取られていました。つまり若者の政治離れは、必ずしも若者のせいではなくて、今までそういう政策を続けてきた結果であるということも言えます。しかし、今では若者の政治的な過激化という心配はなくなりました。一方で若者がもっと政治に参加しないと若者に不利な世の中になってしまいます。こういった理由からも若者が政治に対して無関心では困るのです。無関心は政治に対する無責任にもつながります。無責任な不満ではなく、批判的でもいいからよくわかった上で政治に参加してほしいという状況になったことが、いま主権者教育が話題になっている理由なのです。

3 教育としての主権者教育

Q3.学校という教育現場ではどのように政治的中立性を保ちながら、主権者教育をしていくべきか

A.政治的中立性を定義することは難しいです。教師にできるのは、教員としての資質を高め、教員としての職務に基づく職業上の倫理を守ると言うことでしょう。もちろん、授業のなかで教員は特定の政治的な立場に肩入れするべきではありません。しかし、中立性というのは客観的に規定できるようなものではありません。だからこそ教員には資質と倫理が求められるのです。

Q4.主権者教育はどの段階で始めるのが良いか

A.このことについては政治教育に一つの考え方があります。まず政治教育には大きく分けると2つの柱があります。1つは狭い意味での政治的学習、もう1つは狭い意味での社会的学習です。この政治的学習とは、国内あるいは世界の政治的状況を理解して、自らの価値観に即して判断できるようになるための学習を言い、社会的学習とは、社会の一員として必要な資質を身につける(道徳に近い)ことを言います。こういった社会的な学習は小学校の低学年からできるものであり、高学年に上がるにつれてだんだんと政治的学習に移していくといった構造が普通なのではと思います。ただ、例えば政治的学習の面で言えば、今日本では中学校3年の公民がスタートですが、私は中学3年から公民を始めることは遅いと思っています。つまり小学校高学年に政治的学習と社会的学習の両方とも取り入れて、次第に前者の比率を高めていくというのが良いのではないかと思います。

4 主権者教育をするにあたって

Q5.教員は生徒に関心を持ってもらうためには、どうすればいいか

A.一番重要なことは今の現実の政治の問題を扱うことです。ただ現実の問題を扱うとなると特に保護者からの批判を受けることがあるので、その保護者からいかにして理解を得ながら授業をしていくかということが大事になってきます。そのためには、授業で扱う内容をいかに普段から保護者に説明できているかがカギになります。

Q5a. 教員一人一人の質を高めていく体系的なシステムを構築するにはどうすればいいか

A. これは大学の教員養成の課題であると同時に、教員になってからの学習機会をどう保障するかという問題です。前者について言えば、もっと政治についての知識を獲得する機会を教員養成カリキュラムの中に組み込む必要があるでしょう。教員養成課程はすでにとても過密ですので大変なのですが、他の時間を少しずつ削ってでも、民主主義の過去と現在、そして未来について学問的に考える時間が望まれるところです。そして実際に勤務してからは、学校内外の同僚はもちろん、大学の研究者やジャーナリストなど、広い意味での政治教育関係者と意見や経験を交換する機会を増やすことが大切だと私は考えます。

5b. 具体的な政党名などは出すべきか

A.具体的な名前を出さなければならないということはありません。しかし、特に中学生以上になれば、やはり言わないとリアリティがない、つまり教育効果が乏しくなるのも間違いないでしょう。そして、もしこの点で批判があるようなら、管理職や保護者の理解が必要になってくるでしょう。教師はもはや子どもを教えるだけではなく、保護者や地域社会をも巻き込んで政治教育に取り組む必要があります。もちろん、これは何も◯◯党に投票しようとかそういった類のものではありません。そうではなく、現実の政治問題について、子どもも大人も一人ひとりに考えてもらうことが大事なのです。

5 近藤教授の考える理想的な主権者教育とは

Q6.教授が素晴らしいと思う教育をしている例はあるか

A.ドイツのベルリンには「クムルス」というNPOの政治教育団体があります。ここの活動で一番有名なのは「ジュニア選挙」という模擬選挙なのですが、日本の模擬選挙とはレベルが違います。日本では、投票を実際に経験し学ぶといった一般的な内容が多いように思います。このやり方だと、一度教材を作ってしまえば何度でも使えるのですが、選挙は毎回争点が違います。それなのに毎回同じ教材で学ぶのはおかしいのではないでしょうか。ドイツの先ほどの団体では選挙のたびに教材を作り変えています。それは選挙のたびに争点が違うからです。我々が学ぶ必要のあるのは選挙の制度についての知識よりも、その時の選挙では何が問題なのかです。そして選挙のたびにこうした学習を繰り返すことが、政治的市民としての成長につながるのだと思います。

Q6a. 争点について議論しようとすると政治的中立性に関わってきます。この問題についてはどう考えるか

A. 政治的中立性とは、特定の考え方をそぎ落とすのではなく、逆にいろんな考えを教えることで保たれると考えられます。そもそも中立性については大きく分けて2つの考え方があります。1つは意見が分かれる問題はシャットアウトするという考え方で、これは今までの日本の教育現場と同じ発想で、確かなことだけを伝えていくのが特徴です。それに対して、いろんな意見をできるだけ満遍なく教えていく、という考えもあります。ドイツはこちらの考え方です。前者のような考え方では意見の多様性を前提とする政治を扱えないため、政治教育をすることができません。中立性は客観的に定義できないので、教員が自分の意見を持ちながらもそれ以外の考え方についても深く話すよう努力する以外に方法はありません。逆に言うと、それができなければ満足できる政治教育は不可能だと思います。

Q7.教授が考える理論側の理想的な主権者教育とは

A.繰り返しになりますが、現実の政治についての判断と選択、行動を繰り返していくことです。まず、中高あたりで基礎を作ります。しかし、中高で学び切るのは無理なので、あとは大学など生涯にわたる学習システムの中で常に政治について学んでいくことが大切です。そうした中では自分から行動していくことが重要です。また、いわゆるメディア・リテラシーも重要になります。なぜなら今日の政治はメディアと切っても切れない関係にあるからです。そもそも政治の多くは言葉によって行われています。政治の言葉に対する感受性や批判的な分析力を獲得することは、実際に身近な政治を体験することともに、政治学習の中心を占めることになると思います。

6 教授プロフィール

近藤 孝弘
早稲田大学教育・総合科学学術院教授。
東京大学教養学部卒業後、東京大学大学院教育学研究科修了。
専門はドイツ、オーストリアの政治教育。
『歴史教育と教科書——ドイツ、オーストリア、そして日本』岩波書店、 2001年
『ドイツの政治教育——成熟した民主社会への課題』岩波書店、2005年
をはじめ様々な書籍を出版している。

7 編集後記

主権者教育に関しての理論面を取り扱った記事でした。
近藤教授には主権者教育に関する基本的な部分を非常にわかりやすくお話ししていただき、学校において教員が主権者教育をどのように実践していくかということを考える上で指針となる内容になっていると思います。
主権者教育を具体的に実践に移していく前に、理論面における基本的な整理をしていくことは非常に意味のあることなのではないでしょうか。

(編集・文責:EDU公民科プロジェクト)

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