「深い学び」を生む授業・教材研究~クラス会議による対話力を土台に~(教育技術×EDUPEDIAスペシャル・インタビュー第7回 松尾英明先生)

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目次

1 はじめに

本記事は、雑誌『教育技術』(小学館)とEDUPEDIAのコラボ企画として行われた松尾英明先生へのインタビューを記事化したものです。

新学習指導要領が目指す「主体的・対話的で深い学び」に関して、深い学びとそれを支える対話、教材研究の意義、教師の心構えなどについて深くお聞きしました。

なお、本企画は小学館発行の教育誌『教育技術』とのコラボ企画となっております。『小一教育技術』~『小六教育技術』5月号にもインタビュー記事が載っていますので、そちらも合わせてご覧ください。
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2 インタビュー

「主体的・対話的」<「深い学び」

——新学習指導要領のキーワードでもある「深い学び」とは、どのような学習なのでしょうか。

「主体的・対話的で深い学び」において、主体的で対話的な学習のためのキーワードは「子ども同士をつなげていくこと」です。これは比較的実現しやすいと思います。
しかし、それを「深い学び」につなげることが難しいのです。「深い学びとは」つまり、学習において創造的な発見があるか、ということです。ただ「楽しかった」「分かった」だけではなく、それぞれの子どもたちが自分なりに何かを発見するといったクリエイティブな学習。私はこれが深い学びであると考えていて、教師が手放しにしてできるものではないでしょう。

子どもに任せきる

主体的・対話的な学習は、極端に言えば、子どもたちに任せきることができれば可能です。普段の子どもたちの関係性づくりをしておくことと時間があれば大丈夫。
ただし、学校は授業時数や時間割といった時間という枠がすごく強いですよね。やるべきことが多い中で、全てを子どもたちに任せきるのは現実的ではありません。しかし、「自分たちでやった」「獲得した」という意識を持たせるには、任せきる時間が必要。

具体的な例をあげましょう。例えば、「体育のサッカー」。子どもたちに任せきりにプレーさせたらどうなるだろうでしょうか。できる子が進めて苦手な子は棒立ちで見ているだけという状態になるのは容易に予想できますよね。
しかし、話し合いの時間を設ければ、「面白くない」とか「ルールを変えていこう」など、対話をしながら状況を変えることができます。(対話には、お互いに意見を言える関係を築けていることが前提)

つまり、話し合いの場を設けることで、対話が生まれ、子どもたちの主体性も出てくるのです。ルールを作るには対話が必要。対話は合意形成だと考えているので、一部の誰かにとってだけ良いルールというのは通らないのです。

対話だけでは成り立たない

ただし、「深い学び」の実現にはこれだけでは十分ではありません。「気づき(発展性)」が必要です。
サッカーの例でいうと、既存のルールはサッカーの競技者たちのルール。しかし、体育の授業はチームワークや体力、蹴る・走るなどの技能を身につけていくことが目的です。だから、そもそもサッカーのルールそのままでやることはナンセンスだということを、子どもたちが対話を通して気付き、新しい取り組み方を見つけることができれば理想的です。

——なかなか「気づき」を得られない場合の手立てはありますか?

まず基礎的な知識は教師が必ず教えなければなりません。その基礎を踏まえた上で「こうした方がやりやすい」「こっちの方がいい」など気づいていけばよいのですが、なかなか気づかない時もあります。
その場合は、教師が何らかの形で示さなければなりません。ただし、こちらがあからさまに提示するのではなく、子どもたちに「発見させる」というプロセスを踏ませつつ、示すことが大事です。そのような働きかけにより、主体性が出てくるし、対話も必要になってきて、そこから気づきも生まれます。

ただし、ここが難しいのです。時間があれば子どもたちから「気づき」が起きる時まで待っていられますが、限られた時間の中では限界がります。子どもにある程度委ねていくということは絶対条件、必要条件ではありますが、十分条件ではありません。子どもに委ねたら「主体的・対話的で深い学び」になるというものではないのです。

深い学びに必要な「対話する力」

——深い学びの土台には対話があるようですが、対話の力はどうように育まれるのでしょうか。

子どもたちが自分たちで話し合う場を普段から設けないで、授業の時だけ議論させるというのは難しいです。そのため、クラスの中に対話するための基礎がしっかり作られていることが重要です。

例えば、ペアトークは基本中の基本で、しかも、何度も繰り返し取り組まないと対話の力は身に付きません。私のクラスは「クラス会議」において、子どもたちが話し合い、問題を解決して、新しい解を導いていくというベースをつくる。その力を各教科の授業で転用していくという形です。

——話し合いや学級会がうまくいかず、結局は多数決や教師が誘導して決めてしまう、といった難しさを聞くことがありますが、いかがでしょうか。

話し合いを「うまくいかせるため」にクラス会議をするのではありません。「うまくいかないこと」自体がクラスにとって学習になるのです。
話し合いの初期の段階では、偏った発言になる、全然話を聞いてくれない、おしゃべりしている、そもそも話し合いにならない、ということを、自分たちが話し合いを通して体験として理解していく。
そうなると、話し合いにはルールが必要だということを、子どもはそこで理解する。ルールがないとめちゃくちゃで自分たちが困るということに、ぐちゃぐちゃの話し合いの中で気づいていく。このように、一見「酷い」クラス会議を通して考えていかないと力は付きません。

教師が全てお膳立てするのではなく、最初の場だけ与える。「今日はこれを話すんだよ」と。あとは、話の聞き方などのルールが、子どもたちの中から出てくるのを待ちます。

——うまくいかない話し合いを目の前に、教師がじっと待つことは難しいように感じます。

そうですね、一番難しいのは「信頼して見守る」ことだと思います。忍耐力がいる。
うまく話し合いが進むように、こちらが引っ張った方が早いんじゃないかと思っちゃいます。信頼して待つには、待ってうまくいった経験が必要なのです。自分が耐えて耐えて、それでも子どもたちがうまくいくっていう自信がなければできません。
ぐちゃぐちゃの話し合いを見ながら、「このままいったら学級崩壊するんじゃないか」と思うこともありますが、成功した経験のある人は待てるのです。

ただし、いじめに関わるような発言には容赦なく指導を入れていきます。「暴言をはかない」「攻撃しない」「人をさげすむようなことは言わない」といった絶対ルール、安全ルールだけは決めています。
後は、時間がきたら途中でも止める。時間だけは制約があるということを教えなきゃいけない。終わらなかったら次回に持ち越しといえば大丈夫です。

価値のある課題提示

対話を成り立たせるためにもう一つ大事な要素は、「これが話し合うべき内容かどうか」ということです。子どもが主体的になるためには、子どもにとって価値のあることを話し合わなければいけません。自分にとってどうでもいいことだと、子どもは真剣に話し合わないです。

例えば、算数で答えが分かりきっているのに、みんなで考えましょうというのは全然盛り上がらない。小学6年生の巻末にフィボナッチ数列という法則性を見つける問題があります。「なぜそうなるのか」といった難しい問題は考える題材になります。
ただし、子どもたちだけで解決が難しい場合には「気づき」のヒントを与えてあげることも必要です。もちろん単に難しい問題をすればよいという訳ではありません。クラスの実態に応じて、目の前の子どもたちが考えたくなるような課題を提示することが大切です。

また、私の勤務校の教師の実践ですが、割り算「19÷3」という問題を「金魚だったらどうする?」と問うのです。子どもからは、「残り1匹どうする?」「池に返す?」「ほかのクラスだけ1匹多く買う?」「1匹だけバラバラに出来ないよ」など様々な意見が出ます。

——「19÷3」という何気ない問題でも、提示の工夫次第でそんなに盛り上がる授業になるのですね。

そうですね。このように、題材を生活に結びつけて初めて深い学びにつながるのです。学習者にいかに切実感を持たせるか。機械的に答えを出して、「そんなこと分かってるよ」と思わせないこと。

また、子どもが独自の考え方をするには、答えは一つではないのだと思わせる工夫が大切です。教師にもいくつか考え方があって、それを越える時に感動が生まれるわけです。
そのためには、考える価値がある題材を見極め、知的好奇心を刺激するような課題を提示できる教師の力が必要です。

「深い教材研究」

——対話の力が身に付いた後、深い学びはどのように実現されるのでしょうか。

「主体的・対話的で深い学び」と言うと、子どもが問いも答えも勝手に発見してくれるというイメージも強いのではないでしょうか。

教育実習生が分かりやすい例でしょう。実習生は子どもによく問いを投げかけます。その際に、ものすごく大きな質問を投げてしまいます。しかし、実習生は経験が少ないゆえにどうしても予想できる解が少ないので、子どもからいろいろな答えが出てくると、話し合いがぐちゃぐちゃになってしまいがちです。

しかし、教材研究をしている教師は、今までの学習の状況からこれからどうなるか、これからどのように展開していけばよいか想定できる。だから、この姿のままじゃまずいよね、とタイミングをみて話し合いをさせられる。このままいってもこうなっちゃうけど、ここでこうすればこういう風になっていく、と見通しがある。そこで初めて子どもの中で教師を超える解がでてくる。

サッカーでも、教師が考えつかなかったルールが出てきたりします。こちらは10個くらい予想を持っているのだけど、子どもから11個目、12個目のアイデアが出てくる。教師の手のひらに収まらないくらいになってきます。

つまり、子どもに深い学びをさせるためには、教師がより深い教材解釈、深い学びをしていることが前提です。子ども頼みの授業では、深い学びは生まれません。教師にいくつもの解釈があり、それを子どもが超える時に感動があるのです。

「無知の知」

——塾で先に学習している子もいると思いますが、クラス内の学力差についてはどのように対応していますか。

最近は塾に行っていて、学校の授業の内容を既に学習している子が多いです。しかし、分かっている内容が浅いのです。その分かっている子の「分かったつもり」「生分かり」を出させて、面白い発見や深い学びにつなげていくことが、これから大切になってくると思います。

「無知の知」、つまり、知れば知るほど知らないことが増えてくるという、学問に対する謙虚さというものを、これからの子どもたちに身に付けさせたいと考えています。深い学びとは、知らないものを知っているものから掘り下げていくもの、自分で知らないことを発見していくものです。

そして、それは対話を通して気付くものだと言えます。人に説明してみて「あれ、伝わらない。分かってもらえない」といった経験から気付くのです。子ども同士の教え合いも、教える子が一番教わっています。

これは、教師の教材研究と同じです。「面積の求め方はこう」「計算の順番はこう」といった「浅い分かる」ではなく、根本的な理解をする必要があります。子どものレベルは教師のレベルを超えません。教師が教材研究をして、学習に対する深い視点を持っていないと子どもたちに問えない。教師自身が気付いていないからスルーしてしまうのです。

私は、子どもの力を信頼して尊敬しています。あくまで教師も勉強しますが、子どもは自分よりも賢い可能性があると常に思っています。知識量は大人の方が多いでしょうが、子どもは柔らかさを持っています。

——子どもの持つ柔らかさとは?

子どもの柔らかさとは、真っ白い姿で教材と向き合う、驚きの目でみる、ということだと言えます。大人は「もう知っている、出来る」と思っていて、頭が固いです。生分かりでスルーしてもテストの点数は取れる。しかし、本質的には分かっていない。

一方、子どもは物事を新鮮な目でみようとします。分かったつもりでみると傲慢になってしまう。そうではなくて、教材を驚きの目でみて、「勉強って楽しい」「新しいことを知る喜び」を感じてもらいたいです。

授業をしていて、「子どもはそこにビックリするんだ」「そこを間違えるんだ」と思うことがよくあります。教師はとことん教材研究をしていきますが、子どもの発見が容易にそれを超えてきます。私は授業中に「よく気付いた」「そうやって見たのか、天才だね」とよく言いますね。本当にそう思うからです。

——授業でこちらが情報を伝えるだけではなく、それを伝えた上で子どもから何が生まれるのかを楽しむという心構えで授業を楽しんでいるのですね。

教科内容をこなせばよいと思うだけでは足りないです。例えばですが、旅行に行く際に、旅先の知識があるかないかで旅の楽しみが全く変わりますよね。同じように、教師が深い教材研究をしないと、子どもたちに教科の奥深さに辿り着いてほしいとすら思いません。授業を楽しむには教材研究しかありません。

(取材・編集 EDUPEDIA編集部 大和信治)

3 松尾英明先生のプロフィール

千葉大学教育学部附属小学校教諭

信条は「教育を、志事(しごと)にする」。
野口芳宏氏の「木更津技法研」で国語、道徳教育について学ぶ他、原田隆史氏の「東京教師塾」で目標設定や理想の学級作りの手法についても学ぶ。

著書に「ピンチがチャンスになる『切り返し』の技術」(明治図書・単著)、『やる気スイッチ押してみよう!元気で前向き、頑張るクラスづくり』(明治図書・共著)、「学級を最高のチームにする極意」シリーズ(赤坂真二編 明治図書・部分執筆)等がある他、「プレジデントオンライン」でも記事を連載中。

メルマガ「二十代で身に付けたい!教育観と仕事術」が「2014まぐまぐ大賞」教育部門大賞、「2015まぐまぐ大賞」知識知恵・人生哲学部門を受賞。ブログ「教師の寺子屋」で、日々の実践を紹介している。

4 著書紹介

5 関連ページ

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『小一教育技術』~『小六教育技術』5月号に掲載のインタビュー記事も合わせてご覧ください。

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【教育技術×EDUPEDIAコラボ】スペシャルインタビュー

第1回からのインタビューまとめページはコチラ

コラボ企画・特集ページ

公開研究会のご案内

6月23日(金)、24日(土)に松尾先生の勤務校である千葉大学教育学部附属小学校 で公開研究会が行われます。
研究主題「学びを楽しむ授業」のまとめの年として、これまでの研究成果と次期学習指導要領の「主体的・対話的で深い学び」との関連を意識した授業公開が行われる予定です。奮ってご参加ください。
詳細はこちら(小学校HP)

大縄 10の基本技術(松尾英明先生)

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