自閉症の子の意欲を引き出す①(岡篤先生)

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目次

1 はじめに

本記事は、岡篤先生のメルマガ「教師の基礎技術~学級経営~246号~251号」から引用・加筆させていただいたものです。自閉症の子と、偶然をきっかけにコミュニケーションを取れるようになったお話です。

岡篤先生のメルマガはこちらを参照ください。→http://archive.mag2.com/0001346435/index.htm

2 実践内容

■Aさんの困らせる行動

Aさんは自閉症を持った4年生の女の子です。「だー」「あー」などの発声はありますが、言葉は使いませんでした。文字も書けません。Aさんは私のいうことは何も従わないのです。鉛筆を渡してもすぐに投げてしまいますし、ボールを渡して「こっちにちょうだい」と手をさしのべても、わざと違う方向に投げてしまいます。何も指示通りにしませんでした。その代わり、すきを見せると教室から脱走し、そのままどこまでも走り、校門も出て行ってしまいます。こういったこと全てを笑いながらやっています。つまり確信犯です。私が困ることを喜んでいるのです。

■ヒントは実践の中にしかない

Aさんの課題を、少しずつでも出来るようにしていくことが担任の仕事だと思っていました。特別支援関係の本を読んでも色々ありすぎて、Aさんに合うものが何かはわからず、片っ端から試してもほとんど手応えを得ることはできませんでした。それでも、あきらめるものではありません。きっかけは本の中ではなく、実践の中にありました。

■サイコロ

私はいつものように、Aさんがわざと横に投げたサイコロを、ため息をつきながら取りに行きました。すると、Aさんは笑いながら立ち上がりました。私がサイコロを拾おうとすると寸前に横取りし、また別の方へ投げたのです。大笑いしています。サイコロに関心があるのかと思い、「サイコロ、ちょうだい」といってみましたが、やはり知らん顔です。諦めて拾いに行くと、また大喜びで先回りし、横に投げます。

■3度目の正直

3回目、さいころの方へ歩き出すと、Aさんもまた動き出しました。思った通り、私がサイコロに近づくと急いで駆け寄ってきます。今度も、横取りして別のところに投げ、私を困らせるつもりでしょう。そして、大笑いするのです。私は、Aさんが近づいてきたところで、予定通り急に走り出しました。Aさんもあわてて取りにきました。すでに大笑いしています。タッチの差で私が拾うことができました。Aさんは、楽しくて仕方ないという笑い方をしています。

■これが遊びになっている

私は、はっとしました。ボールやサイコロを投げ返してこないことで、ずっとこちらを拒否していると思い込んでいました。考えてみると、本当に拒否していれば何のリアクションも起こさないはずです。笑いながら、必ず横に投げるということは、反応はしているということでした。このことに気付いた時、私は初めて、Aさんと意志が通じた気がしました。もどかしそうに私に何かを伝えようとしているAさんに、「何?」と尋ねました。言葉はありません。その代わり、両方の掌は上を向けて広げ、重ねられています。そして私の方につきだしています。何かを伝えようとしていることは分かります。しかし、初めて見る動きです。私が考えていると、Aさんは、掌を広げたままの格好で、両手でパンパンとならしました。そして、また突き出します。やはり、笑いがこみ上げてくるような顔です。

■「ちょうだい」

「ちょうだいだ!」 表情と仕草から確信しました。
それまで、私に向けて具体的な意志表示をしたことがありませんでした。もしくは、私がAさんの意思表示を受け取ったことはありませんでした。Aさんは、サイコロを取り合うのがとても楽しかったので、「もっとサイコロで遊ぼう!」という意味で、「ちょうだい」をしたのです。私は、サイコロを広げて突き出した掌に載せました。すぐに、我慢できないというように笑い声をあげながら、誰もいないところへ投げました。絨毯がしいてあるのは部屋の一部だけなので、サイコロは床に高い音をたててころがりました。

■はじめてのコミュニケーション

Aさんは急いで立ち上がり、サイコロを追いかけました。私も追いかけました。今度は、私も「よーし!」と大きな声を出しました。これもAさんを刺激したようで、笑い声は大きくなり、動きも速くなりました。私は、わざとぎりぎりで負けてみました。Aさんにサイコロを取らせたのです。Aさんは、得意そうに私の顔を見つめました。そして、すぐにまたサイコロを投げました。また、音を立ててサイコロが転がります。今後は、私が取りました。すぐに、Aさんは「ちょうだい」の仕草をします。私は、やっとAさんとコミュニケーションを取ることができました。

■特別支援地域支援部 

私にとっては、何もコミュニケーションが取れなかった約1ヶ月の後に、「ちょうだい」が出たことは感動的な出来事でした。ただ、試行錯誤の末にたまたま起きたことでもあります。特別支援教育の専門家から見ると、この行為はどう評価されるのか全く予想できませんでした。地域支援担当の先生は、サイコロ遊びについて「すばらしい」とコメントをしてくれました。 

■「ちょうだい」を使いたくなる場面の設定

地域支援担当の先生は、「サイコロ以外で、Aさんがちょうだいを使いたくなる場面の設定」を提案してくださいました。私がまず思いついたのは、給食でした。Aさんの食欲は、すさまじいといってよいでしょう。毎日、おかわりをします。Aさんは、いただきますをすると、すぐにすごい勢いで食べます。食べ終わると空の食器を私に差し出します。このときは、笑っていません。むしろ無表情に近い感じです。それだけ、真剣なのでしょうか。給食のおかわりなら、サイコロほどこちらも動き回らなくてすみます。Aさんが、ちょうだいをするくらいなら食べない、という場面もとても想像できません。 

■給食のおかわり

それまでは、給食のときに、Aさんが食べて空になった食器を振ると「おかわり」の合図でした。それをしたら、私がおかわりを入れていました。そこにちょっと、意地悪をすることにしました。空の食器を見せて「ちょうだい」をしないとおかわりを入れないことにしたのです。地域支援部の先生からアドバイスしてもらった「ちょうだいをしたくなる場の設定」です。給食なら毎日のことです。それに、何と言ってもAさんは食べるのが大好きなのですから、これほど効果的な場面はありません。もちろん、すぐにAさんはちょうだいをするようになりました。

■おわりに

頭では分かっているつもりでしたが、子ども一人一人の持つ課題をさぐる必要と適切な手立ての有効性をAさんが改めて実感させてくれました。そういった実践をしているときの充実感はまさに教師冥利に尽きるといった言葉が当てはまります。Aさんとは、この一年で他にもいくつかの印象的なことがありました。

3 執筆者プロフィール

岡 篤(おか あつし)先生
 1964年生まれ。神戸市立小学校教諭。「学力の基礎をきたえどの子も伸ばす研究会(略称学力研)」会員。硬筆書写と漢字、俳句の実践に力を入れている。(2017年8月27日時点のものです)

4 書籍のご紹介

『読み書き計算を豊かな学力へ』2000年

『書きの力を確実につける』2002年

『これならできる!漢字指導法』2002年

『字源・さかのぼりくり返しの漢字指導法』2008年

『教室俳句で言語活動を活性化する』2010年

5 編集後記 

自閉症のAさんとだんだん心が通じてきているのがよくわかりますね。
分からないことだらけでも、諦めずに試行錯誤する大切さを改めて感じました。少しずつでも前に進んでいけたらいいですね。(文責・編集 EDUPEDIA編集部 桑原沙羅)

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