「総合的な探究の時間」と「知の理論」(TOK授業研究セミナー・井上先生)

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目次

1 はじめに

本記事は、2018年6月30日(土)に立命館大学大阪いばらきキャンパスで開催された「TOK授業研究セミナー(主催:ESN英語教育総合研究会)」内の井上志音先生の講演を編集・記事化したものです。TOKの考え方を利用した総合的な探究の時間、国語科教育の方法について、理論と実践の両面からご講演くださいました。

2 セミナー講演

 キーワードは「問い/Question」

探究学習におけるキーワードは「問い/Question」だと考えています。課題を発見するということは、目の前のことに対して何か疑問を感じたり、ここは違うのではないかと気づいたりしなければなりません。その端緒となるのが「問い」です。学習者も授業者も、自らの問いの精度について、今一度考え直す必要があります。

 それでは早速ですが、「問い/Question」について一つ問題を出しましょう。

以下の5つの言葉は「問い/Question」に関わるものです。どのような意味の違いがあるでしょうか。

① 問い  ② 質問  ③ 疑問  ④ 発問  ⑤ 詰問

いずれも普段学校で使う身近な単語です。皆さんはどのように使い分けているでしょうか。
 少し考えると、「Question」には様々な意味の広がりがあることにお気づきになるのではないかと思います。

「問い」には様々な要素があります。
 ・ 相手(返答者)の有無
 ・ 明確な答えがあるか否か
 ・ 用いる場面、空間
 ・「価値観念」や「意識」は関係するかなど

大切なことは、授業者と学習者が「Question」に様々な広がりがあることを相互に認識し、そしてそれを共有しているかどうかです。例えば「問いに答えなさい」と「質問に答えなさい」ではニュアンスが異なります。でもその境界線は授業のなかでしっかりと共有されているでしょうか。
 学習者が授業者の問いかけの意図をちゃんと理解出来るように、授業者が言葉のニュアンスの違いを事前に説明し、それに基づいて発問していくことが重要です。「問い」を通じて授業者と学習者が繋がること。こでが探究学習の一歩です。

 学び方を学ぶ

IBならではの特徴の一つに、学び方を学ぶいうものがあります。この特徴は「Approaches to learning(ATL:学習の方法)」、「Approaches to Teaching(ATT:指導の方法)」として、IBの教科学習の根幹に据えられています。
 高校生になってから、いきなり「TOK(知の理論)を学びましょう」「探究しましょう」と言われても難しいと思います。総合学習も同じです。例えばアカデミックライティング、情報リテラシー、情報の集め方、安心安全の場作りのように、何かを探究するにあたっての基礎的な技能というものを前段階としてしっかり訓練しなければ、総合的な学習はできません。これを学校ごとのカリキュラムのもとでどのように積み上げていけるか、これが課題となるでしょう。
 学び方を考える上で、問い立てのスキルは非常に大切です。授業者が答えの絞られた発問ばかりを発したり、学習者の抱いた疑問に拾ったりしない授業ばかりしていては、問い立てのスキルは向上しません。授業者の問いをきっかけにして、学習者が主体的に問いを作ったり、問いに向き合ったりしていく機会をどのように作っていくか。この意味でも、TOKの考え方は非常に大きな役割を果たすでしょう。

 灘中高の実践例① 「担任団持ち上がり制度」の教育

さて、灘中高では伝統的にどのように総合学習が展開されてきたのでしょうか。本校には、3年間/6年間持ち上がりで英数国を含む7~8人がタッグを組み、入学から卒業するまで生徒を見続ける「担任団持ち上がり制度」というものがあります。担任団の教員は、そのまま学年を持ち上がっていくため、個々の裁量のもと、自由に授業を作ることができます。時に教科の枠をこえた個々の専門の話をすることもある一方、テーマを合わせて授業を展開したりすることも可能です。
 学習者は「総合的な学習の時間」で知識を繋げるのではなく、個別的な教科の知識を6年間の一貫教育のなかで、一人一人の興味・関心に応じて知識を反芻しながら体系立てていく。これが灘校の総合的な学びの実態ではないかと思います。

 灘中高の実践例② 土曜講座

このように、担任団持ち上がり制度は3年間/6年間のカリキュラムの中で展開されていくという利点がありますが、その反面、学習者の学びは一つの学年に閉ざされてしまうという欠点もあります。そこで本校では2007年から「総合的な学習の時間」の一環として、学年を飛び越えた特別講座を年6回開講し、卒業生・外部講師・本校教員らによる講演・ワークショップ等を行っています。
 例えば、卒業生のレゴのプロビルマーの方を講師に呼んで一緒にレゴを作ったり、宝塚歌劇に務めるOBの方の協力の下で宝塚を鑑賞して「女性が男性の役を演じるとはどういうことか」などを考えたりしたこともあります。この土曜講座も歴史が10年を超え、コンテンツも一層充実してきました。

 総合的な学習の時間の諸課題

一般的に「総合的な学習の時間」には課題がいくつかあります。一部を取り上げてみましょう。

・単発的なイベント化。単発的になり、学びっぱなしで積み上げがない状況がうまれる。

・他校種との重複。小学校の時にも同じようなことをやった。等がおこる。

・評価の問題。単発的なものに対しての評価ができるのか否か。

・人材さがし。地域との連携をするのであれば、誰がそれを請け負うのか。

・コーディネーターの労働負担。2~3人の先生方だけに準備が押しつけられてしまう。

・形骸化の問題。総合の時間という名の下、実際は国語や数学の補習の時間に当てられる。など。

個人的な見解を述べると、私自身、「総合」や「横断型」という言葉に少し違和感を抱いています。というのも、総合/横断はそもそも教科の境界線を認めた上でそれを繋げるという考え方です。「総合的な学習の時間」を推進すればするほど、「総合の時間で教科を横断するのだから、国語の時間は国語だけすれば良い」というように、各教科教育の観念を強化させてしまう可能性があるのではないかと危惧するのです。

 IBにおける各教科の考え方

そこでIBのディプロマ・プログラム(DP)の中で、総合/横断はどのように考えられているのか自分なりに解釈してみました。
 IBには教科を束ねる上で、コアの科目となるTOK(知の理論)、CAS(創造性・活動・奉仕)、EE(課題論文)の3つがあります。この3つのコア科目に対する、私の考え方は以下のようになります。

このように、概念学習のTOKと経験学習のCASが教育の両輪となり、その総括としてEEが存在するのではないかと考えています。
 私はDPのプログラムモデルでよく用いられる円形の図は非常に良く出来ていると思っています。

中心に①理想の学習者像があり、同心円状に②ATL(学習の方法)・ATT(指導の方法)、③コア科目(TOK・CAS・EE)、④6つの教科、⑤国際的な視野と広がっています。円形である意味は非常に大きいと思っています。分化された教科を横断しようという考え方ではなく、もともと教科は一つの概念から生まれたもの、根っこは同じという考え方を示すからです。このことを参考にして、新課程の「総合的な探究の時間」を考えられるのではないかと思います。

 「IB」・「TOK」と「総合的な探究の時間」とのつながり

以下は、新学習指導要領における「総合的な探究の時間」が目指す目標の引用です。

第1章 目標

 探究的な見方・考え方を働かせ,横断的・総合的な学習を行うことを通して,よりよく課題を解決し,自己の生き方を考えていくための資質・能力を次のとおり育成することを目指す。

(1) 探究的な学習の過程において,課題の解決に必要な知識及び技能を身に付け,課題に関わる概念を形成し,探究的な学習のよさを理解するようにする。

(2) 実社会や実生活の中から問いを見いだし,自分で課題を立て,情報を集め,整理・分析して,まとめ・表現することができるようにする。

(3) 探究的な学習に主体的・協働的に取り組むとともに,互いのよさを生かしながら,積極的に社会に参画しようとする態度を養う。

           文部科学省 『高等学校学習指導要領(平成30年告示)』より引用

ここで要点をまとめると、

・ 中等教育のまとめとして、「探究」の技能を仕上げること。

・ 主体性の強調。一生涯にわたって探究し続ける個人となること。

・「社会に開かれた教育」。探究の中身を実社会と繋げていくこと。

・「何が出来るようになったか」必須能力・具体化を図ること。

→そしてこれらを達成するためのカリキュラムマネジメントを各学校が構築すること。

新しい学習指導要領で生まれる科目は「探究」という名のつくものが多いですが、探究のスキルを全教科に広げる方向性と関連していると思います。このように考えると、IBで示される円形の図のように、資質・能力の大きな柱(そしてそれらを貫く「主体的・対話的で深い学び」)を中心とした円形モデルに近づくのではないかと思います
 また、目標(2)を見ると、TOKの趣旨説明と見間違うほどの内容になっています。しかしながら、私は「総合的な探究の時間」はTOKだけの視点で実現できるものではないと考えます。というのも、TOKは知識の概念化という探究活動の一翼を担っているに過ぎないからです。教室の外での学び、振り返りはもちろん、成果として取りまとめることも重要です。ですから、TOKだけでなく、CASやEEの視点・考え方にもバランス良く目を配る必要があるでしょう。

 探究のキーワード 矛盾/Antinomy

さて、それでは最後に探究活動のなかに「TOK的視点」を採り入れるヒントをお話ししたいと思います。いわば「問い」を生み出す授業作りの肝ですが、それは「矛盾の創出」だと考えています。

 従来の学習スタイルというのは、「教材ー授業者ー学習者」のトライアングルの中で、授業者が教材を読解し、時に批判的に捉えていくという様子を、学習者がまねして理解するというのが主流でした。これはこれで一定の効果はありますが、「学習者が授業者の手を離れて主体的に教材を超えていけるか」という面で課題が残ります。
 そうではなく、ある教材Aを分析するときに、学習者が教材Aに対して矛盾や衝突(違和感)に気づけるような教材B・教材C……を他の学的領域や他教科/科目から準備し、授業者は後ろに引く、というスタイルを私は提案します。
 こうすることで、学習者は教材Aで主張されている知識が自明(当たり前)のものではないことに気づき、比較教材の根拠を参照しながら、異なる意見を持つ者と対話をはじめるきっかけとすることができます。このような授業づくりが主体的な学びの一歩だと考えます。(これは2020年の新テストで目指されている、複合教材から思考力をはかる方向性とも軌を一にしています。)
 「安楽死」や「死刑制度」など、テーマを絞って対立させるのも悪くはありませんが、対立軸そのものを生徒に考えさせるのが良いと思います。教員は、生徒が教材と向き合う中で、なにが対立しているのかに自分で気づけるように、ファシリテーに徹する必要があります。

 境界線に気づかせる

矛盾や衝突を生み出すというと難しそうですが、構える必要はありません。
 ちょっとした言葉や発問もきっかけになりえます。ちょっと具体例を挙げましょう。

Q.いま、目の前に芥川の『羅生門』があります。甲さんは「羅生門は、みんなが読むから名作だ」といいました。これに対して乙さんは、「いや、名作だからみんな読むんだ」と指摘しました。あなたがもし、この後のコメントを求められたら、どのように話しますか。グループで意見を出し合って下さい。

ここで常識に異議を申し立てているのが乙さんのコメントです。このような教材・コメントを教員が用意できるかです。このコメントを通して、私たちは、様々な問いを持つことができます。
ある本が名作だとされている場合、
・私たちはそれをどのようにして名作だと知るのか?
・名作の定義とは何か?
・名作を決めるのは誰か?
・羅生門はオリジナルの作品と言えるのか?など。
 このように、学習者が物事を多角的・批判的(クリティカル)に見つめ、主体的に目の前の事象から課題を発見していくためには、彼らが普段から信じて疑わない知識・固定観念・先入観を揺さぶるきっかけを、意図的に授業に盛り込んでいかなければなりません。ものの見方の面でどうしても同質性が高くなりがちな一般的なクラスで、教材を通じてどのように多様な議論の渦を巻き起こせるか。授業者の教材選びやファシリテーション・スキルがその鍵を握っています。

3 講演者紹介 

神戸大学大学院国際協力研究科博士後期課程在籍。専門は探究学習を軸にした教科教育学。洛南中高、関西学院千里国際中高を経て現職。大学教職課程科目の非常勤講師、IB試験官(日本語A:文学)を兼任し、新課程国語科教科書(高校)の編集委員、文部科学省「大学入学者選抜改革推進委託事業(主体性等分野)」研究グループ委員も務める。著書に『「知の理論」をひもとくーUNPACKING TOKー』(共著)など。  
  
(2018年8月現在)

4 著書紹介

『「知の理論」をひもとく—UNPACKING TOK—』(ふくろう出版)
キャロル・犬飼・ディクソン、森岡明美、井上志音、田原誠、山口えりか 著

国際バカロレアのコア科目「知の理論」、Theory of Knowledge(TOK)について、その理論と方法、知識の領域ごとの実践例、実際の学習に活用、応用できる素材文などを盛り込み、極力分かりやすく解説したワークブック。 前半が日本語、後半は同内容を英語で記述。それぞれおよそ130ページにわたる内容を1冊にまとめたバイリンガルテキスト。高校・大学の探究型学習にも利用可能。

5 編集後記

TOKを使った理論的・実践的な教科教育、総合の時間のやり方を分かりやすくご講演くださいました。わかりやすいキーワードとつながりを教えてくださり、特に「矛盾」や「境界線」といった考え方は、総合や国語の授業だけでなく、各教科様々な場面で応用できるのではないかと感じました。(編集・文責 EDUPEDIA編集部 井上・中澤・内山)

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