1 はじめに
本記事は、2017年10月7日(土)に石川県女性センターで行われた「第3回 谷和樹&石坂陽 ブレイクスルーセミナー」(主催:NPO法人いしかわ子ども未来ネット 主催)を取材し、編集させていただいたものです。
2 谷和樹氏の考える、「プロの教師の持つ能力」
プロ(玄人)の教師の仕事は素人の仕事と何が違うだろうかと思って、若いころ書き留めたことがあります。これらのことは、今でもおおむね正しいと思っています。
- プロはシンプルにできる
- プロは分解できる
- プロは再現できる
- プロは使いこなす
- プロは知っている
- プロは速い
- プロは逃げない
- プロはノートをつくる
プロはシンプルにできる
素人はしばしば物事を複雑にして考え、教えてしまうことがあります。
しかし、プロは違います。例えば生命保険について教えるとき、「相互扶助」という概念について、
「たくさんの人がいて、皆が千円や一万円と出し合って助け合っているんだね」
といった分かりやすくてシンプルな教え方の基本形を持っているのです。
そしてプロは、入り口として子どもにとって身近な例を出すことができます。例えば「信託」とは何かを教えるとき、旅行に行くとき猫を預ける例などは、子どもにも分かりやすいものです。
そうしたうえで、プロはものごとの正確な仕組みを教えることができます。
さらに、上記をぱっと見で分かるビジュアルにできるのがプロでしょう。
プロは使いこなす
プロは「シンプルにできる」能力をさらに応用することができます。現場で求められるのは常に応用です。場面に応じて教え方の基本形を組み合わせたり、オプションを付けたりと柔軟に対応する能力です。
特に長い間なじんだ教材のユニットなどについては熟練のボクサーのように、あるいは囲碁の定石のように連続技が無意識に出るということです。
プロは分解できる
プロは、授業場面を詳細に分析できます。
私は校内研究で、45分間で8クラスの授業を見てください、と言われたことがよくありました。教室移動の時間がありますから、1クラス当たり見られる時間は5分もありません。しかし私はそれだけ見れば30分でも1時間でも担当教員にコメントできます。なぜなら細かく視点を分けて分析するからです。例えば、
- 教師の授業技量
- 教師の使う教材教具
- 授業進行のタイミング
- 子どものすがた
- 子どものノート
- 子どもの使っている教材
等のように、いくらでも細かく分析していくことができるのがプロです。
さらにプロは、仕組みを作ることができます。すなわちものごとを要素に分解して考え、そして再び統合し、学級の係分担のようなシステムを作れるということです。
プロは再現できる
プロには授業での自分の発言、生徒の発言等を記憶し、後で振り返って反省、評価する能力があります。
また子どもの現在の状態を把握し、目の前にいるように思い浮かべ分析し、自分がどのような指導をすると3,4か月後どのようになるか、見通しを立てられる能力も含まれます。
プロは知っている
プロは教える内容について、知識が豊富で整理されています。よって列挙できる情報量が多いです。さらに知識が深く、また相互につながっているということも大切です。単元間のみならず、教科をまたいで知識がつながっている必要があります。
また教科の内容の知識だけでなく、先行の教育研究の知識も豊富です。例えば、自分の専門教科の民間教育研究団体、主要な機関誌、実践家、授業実践
などといったものを詳しく知っているのです。
知識や経験を得るため、勉強に私費を投じ、また色々な人に会いに行くのがプロです。
プロは速い
その場主義、つまり何でも後回しにしないでその場その場でやってしまうのが、効率の良いプロの仕事法だと思います。
また、自分の動作や作業にどれくらいの時間がかかるかを把握しており、仕事は総じて素人よりも速い傾向にあるのがプロでしょう。
当然、何でも速ければいいというわけではなく、時間をかけるべきところにはかけるべきです。それを選り分けられるのもプロの仕事と言えるでしょう。
プロは逃げない
プロはどんな困難な状況も直視する、ということです。
これに関しては、以下に私が学級崩壊に繰り返し対応していたとき、自分に言い聞かせていたことを挙げます。こう言い聞かせることで、自らの精神の安定を保ち、困難に立ち向かい続けることができました。
- どうしても重要なことだけ叱れ。(他人に怪我をさせるなど)
- 教師が親になり、謝ってやれ。
- 生徒はそれぞれの背景を背負っており解決策は一人一人違う。どんな生徒にも効く特効薬はない。
- 困難は神様からのプレゼント。それ自体を楽しむ余裕を持とう。命も職も奪われはしないのだから。
- 正しい方向(授業力向上、学級経営の原理原則を学ぶこと)に努力せよ。一つ一つの現象に対症療法的に必死になってしまうのは一番まずい。より大きな基本のところを改善することに努力していこう。
教師として実力が伸びたのは、逃げなかったから
そしてさらに「逃げない」という観点でいえば、教師としてどうすれば実力が伸びるのか、ということがよく聞かれます。
「谷先生はどうして実力が伸びたのですか?」と聞かれたこともあり、自分の場合について考え、書いてみたのが以下の要素です。
しかし、正直どうしてなのか、直接的な原因はわかりません。運もあったのかもしれません。そうした前提で聞いてください。
- 言い訳しなかった
- 人のせいにしなかった (子ども、保護者、教材などのせいにしなかった。)
- 師の言葉を100%信じた (私の場合は向山洋一先生。)
- あきらめなかった (絶対に何とかなるはずだと思っていた。)
- 笑顔を忘れなかった
- 自分はできると信じた
- でも、できなくても命までは取られないと思っていた
- 経験はどんなものでも何かを教えてくれる、役に立つと考えた
- よく考え紙に書いた
- ゼロの状態でもやり始めた(例えば書くことが思い浮かばないときも、とにかく書き始めた。)
要するに素直だったんだろう、と思います。
プロはノートをつくる
これはやや傾向が違う気もしますが、後々になって付け足したものです。フランスの哲学者アランは1932に出版した「教育論」のなかで以下のように述べています。
何度も読むこと、暗誦すること、さらにいいのは、ゆっくりと、版画家の慎重さで書くこと、立派なノートに、美しい余白をとって文字を書くこと、充実した、均衡のとれた美しい文例を筆写すること、これこそ、思想のための巣をつくる優れた、柔軟体操である
ノートを作り情報や思考を整理する重要性は、向山洋一先生(TOSS主宰者、元小学校教諭)もたびたび指摘されています。非常に普遍的なことではないかと思います。
3 講師紹介
谷 和樹(たに かずき) 玉川大学教職大学院教授。TOSS会員(中央事務局、TOSS授業技量検定代表、TOSS和(川崎市)代表)(2017年10月7日現在)
4 講師著書紹介
5 編集後記
教員に求められる役割がますます大きくなっている現代日本において、教員の皆さんは仕事のスキルを向上させる必要に迫られているとともに、教育のプロとして教育の技術向上も当然していきたいと思われていると思います。谷和樹先生は教員時代、定時で帰宅できていたそうです。授業技術においても大きな評価を得ている谷先生の考えを、自らの能力向上を考える参考にしていただければ幸いです。
(取材・編集:EDUPEDIA編集部 高木敏行)
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