教育が島の未来を変える~大野圭司さんインタビュー②~

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目次

1 はじめに

この記事は、山口県東部にある瀬戸内の島・周防大島で株式会社ジブンノオトを立ち上げ、島でのキャリア教育等に携わっている大野圭司さんへの取材をもとに執筆した連載記事(全4回)の第3回です。

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第1回 島の未来をプレゼン~大島中学校でのキャリア教育授業実践~
第2回 教育が島の未来を変える~大野圭司さんインタビュー①~
第4回 地域に開かれた島の教育の仕組み~大島中学校座談会~

第2回・第3回では、大野さんへのインタビュー内容をご紹介しています。この記事では大野さんの実践の内容や理想の教育についてご紹介します。

2 インタビュー

起業家教育について

大野さんは「起業」を重視しているとお聞きしました。キャリア教育というと幅を広げるイメージですが、あえて起業というところに特化しているのはどうしてですか?

起業家は仕事をつくる人です。仕事をつくること、そして継続的に会社を成り立たせることはとても難しいことです。だからそういった一番難しいものをテーマにした方が学びが大きいと思うのです。「みんな社長になれ」という啓蒙活動をしているのではありません。職業を考える上で起業家マインドや起業家としての行動の原理が一番難しいからこそ、そこに学びがあると思うのです。 キャリアの中の働くという部分については、起業家の人たちから一番学ぶことができます。だから起業家というのを一番のテーマにしています。

周防大島はUターンだけでなくIターンも多いそうですが、身近な起業の事例が豊富なのは、起業の教育をする上で恵まれている環境ですよね。

その通りです。どこの町でも真似できるわけではありません。そういったものを全部考えて 、学習テーマを起業家教育にしようと思いました。

また、2030年までに49%の職業が自動化されるだろうという研究結果もあるため、そもそも職業を創るという意識で人生設計をした方がいいと私自身は思っています。年金や退職金はもらえないものと思っておいて、もしもらえたらラッキー、というくらいのライフプランにしておいた方が安全です。会社や政府が私たちを助けられないような時代になっても生き抜ける力を持ちたいし、生徒たちにも持って欲しいのです。そのライフプランというのが、結局は起業家型人生、自分でリスクを負ってリターンを得るという人生設計なんですよね。

なかなか小中学校の段階でそのような発想に触れる機会はないですよね。

先生は公務員ですから、やはりそのような機会はないですね。私はその対極に位置していると思っています。私自身も起業しているので、モデルケースの一つですよね。

実践の成果

このような授業に対する生徒や先生方の反応を教えてください。

島内の中学校で生徒による授業評価を実施していて、授業終わりにiPadを使って5段階評価で入力してもらったものをその場で集計して円グラフに出しています。平均で4.3点以上をもらえることが多いです。記名式なので、満足度が低かった生徒には何故そうだったのかを聞くようにしています。

また自分で授業をするようになって、先生方に頂いた声は主に2つあります。

1つ目は授業が楽になったということです。私が授業者なので、先生方は生徒たちの学びをフォローする過程で生徒が変容していく様子を実感していただいているということです。

2つ目は授業の進め方の参考になるということです。研修のような効果もあるようです。

それは大野さんに対する信頼感があるからでしょうね。

しかしその中学校でも、5年目くらいまでは「なぜ教員ではない大野が授業をしているのか」といった雰囲気がありました。

そんな中でも理解してくださる保護者の方が、水面下で他の保護者の方々に話をしてくれていたり、新聞やテレビへの出演、教育関連の受賞など様々なことが重なり、少しずつ認めてもらえるようになってきたのです。

このような取り組みによって何か変わってきましたか。

最初の頃の生徒はもう就職しています。中には中3の頃の夢をまっすぐ追いかけている女の子もいます。彼女は中3の頃、「島に帰ってきてお野菜カフェで起業する」というライフプランをつくりました。大学は栄養学科に入り、管理栄養士を目指していて、すでに「健康サポート薬局」の内定をもらっています。中学生の頃の夢を実現するために、企業で修行してから帰ってくると言っています。

他にも、現在アメリカ留学中で、大学卒業後は周防大島で教員になりたいという子や、「地元の活性化」というテーマで郵便局を就職先に選んだ子もいますし、中3の時の夢を実現してプロ野球選手になった子もいます。このタイプの授業を受けている子たちの進路決定が、変わってきているのです。大学にしても就職にしても、地元と繋げて考える子が増えています。

ですから、多分私の「義務教育に、ふるさと・起業家精神という要素を入れることで、自然と若者が帰ってくるのではないか」という仮説は正しく、あと5年ぐらいするともっと花が咲いてくるのではないかと思っています。

大野さんの理想の教育

大野さんは、周防大島が将来どんな状態になればいいと思いますか。

やりたいことがいくつかあります。

町立大学の設立

島外から学生を2000人呼ぶつもりです。実現したら島の小学校から高校まで、全て町立大学の附属にしたいですね。

県の教育委員会からの独立

現状では、教職員の人事権と予算権を県教育委員会が持っているため先生方が定期的に島外に異動しますが、町立大学であれば先生方が町職員の扱いになると思うので、島内での異動になります。事務組合も作って、教育長と町長と大学事務局が教育をコントロールしていきます。島のための新しい教育をするということがミッションになります。

学年制をやめる

例えば、算数の得意な小学生は中学生の問題を解けたりしますし、数学の苦手な中学生は九九まで戻らなければならないこともあります。私は小学3年生から中学生まで在籍する塾でプレゼンテーションの指導をしていますが、プレゼンの力も学年は関係ありません。知識の量や考える力も、学年ではなく本をどれだけ読んでいるかなどによって決まりますよね。

一人ひとり学習の進み具合は違うのに学年制がなぜ必要なのか、無かった場合どのような学校ができるのか、といったことを考えています。効果的な学び直しができるように現在の学年制を見直し、タブレット等のICT機器とAIを活用した学習環境をつくりたいと考えています。

教科横断型の教育課程づくり

先ほど、理科と体育科と家庭科を組み合わせた教育課程を作りたいという話をしましたが、真の生きる力を育むためには、体験と知識の習得がセットになった学習手法が必要だと思っています。島だからこそできる新たな学び方を作りたいのです。

あとは、全国学力・学習状況調査や山口県学力定着状況確認問題などのテストに課題があると感じています。確かに各学年・学級の経年変化を捉える効果はありますし、児童生徒それぞれの学力定着状況も把握できますが、学力が定着していない部分の学び直し手法をもっと改善できるのではないかと考えています。

例えば、山口県教育委員会は「やまぐちっ子学習プリント」という、個別対応の5科目の学び直し教材をPDFで公開しています。この教材は紙のプリントを使用しているのですが、これを、iPadと入力ペンで使用できるようにデジタル化し、クラウドとつないでAIを活用し、一人ひとりの未定着部分を的確にサポートできるようにすれば、学力向上の画期的な仕組みになるはずです。

これからの学校教育は、学力定着については一斉授業による集団の最適化ではなく、テクノロジーによる個別最適化を実現するべきだと思っています。このような学習システムが導入された場合、教員の役割は大きく変化すると考えています。まずは「学びの楽しさ」を作ることで学習の動機を作り、AIベースの学習状況をリアルタイムに分析し、人だからこそできる学習フォローを行う必要があります。さらに、教科横断的なテーマによるディスカッションや作文、プレゼンテーションの指導を行い、集団での学び合いを促進するファシリテーターになることが求められます。

加えて、ミニ社会である学校生活や学校運営と、総合的な学習の時間や特別活動を中心に、集団だからこそ学習できる社会性やコミュニケーション能力等を育むメンターとなれる教員が、教員として生き残ることができると考えています。日本の公教育の良さと、社会変革を起こすテクノロジーの良さを融合した、次の時代を作る「公教育2.0」を周防大島から作り上げたいのです。

周防大島の教育を新しいモデルにするのですね。

そうですね。周防大島を、新しい教育を実践しその過程や成果を学習できるショールームにしたいです。

もちろん、日本の公教育の全てが時代遅れとは思っていません。給食や掃除などは世界からも注目されていますし、運動会や修学旅行、宿泊学習等も、一つの目的を集団で達成するという、日本人としての強みを磨く効果的な教育プログラムだと思っています。

全国の先生方に伝えたいことはありますか。

一人で背負わなくていいです、楽になりましょう。

校種によって違うとは思いますが、担任というのはやはり重い仕事です。小規模校だと、担任として総合的な学習の時間、特別活動、道徳を行い、教科指導と部活動の顧問として活動する先生も多いと思います。私はそこまで一人で頑張らなくてはいいのではないかと思っています。

ぜひ学校教育を地域と民間にシェアしてほしいです。教員が持っている教科の専門性と地域とで連携した、教科横断型の教育課程を専門人材とともに作る。つまり、授業を地域と民間にシェアできる政策と体制があれば、教員が教育を一人で背負うことなく、教育活動がもっと楽しくなるのではないでしょうか。

「理科なら理科」「英語なら英語」という教科の専門性を武器にして、「学びの楽しさ」「わかる喜び」を一人でも多くの児童生徒に提供することで、多分野へ興味関心が広がり、生涯学び続ける生き方につながるのだと思います。実はそれが、教科の学習を通じたキャリア教育なのです。授業を地域と民間にシェアしながら、教科の専門性を発揮していただきたいと思っています。

3 プロフィール

大野圭司さん


1978年、山口県周防大島町(旧東和町)伊保田生まれ。油田中学校業後、広島県の崇徳高校から大阪芸術大学環境デザイン学科へ進学。建設コンサルティング(大阪)、Webコンサルティング会社(東京)、Webデザイナー(フリーランス)などでの武者修行を経て2004年7月に帰郷。2005年2月フリーペーパー「島スタイル」を創刊し、2006年から社会人対象の起業家養成講座「島スクエア」(文部科学省助成認可事業)の立ち上げに携わり、2008年から2012年までコーディネーターとして運営にも参画。並行して2009年より、周防大島町立東和中学校などで「コミュニティ・スクール」を展開し、2014年~2016年まで周防大島町教育委員会にて同スクールスーパーバイザーを務め「キャリア教育」の浸透に尽力する。2013年、株式会社ジブンノオトを設立し、代表取締役に就任。キャリア教育デザイナーとして、引き続いて「島おこし」に奔走しながら、島外においても次世代起業家教育に積極的に関わっている。2015年、経済産業省中小企業庁「地域活性100(人を育てる)」選定。2018年、同「創業機運醸成賞」受賞。4児の父。

4 編集後記

今回の取材で一番印象に残ったのは、大野さんをはじめとする周防大島の皆さんの「この島をより良くしたい」という熱い想いでした。大野さん一人ではなく周りの方々も同じ想いを持っているからこそ、このような地域との連携が実現するのだということを強く感じました。

(取材・編集:EDUPEDIA編集部 平原由羽、中澤歩)

5 第4回の記事

第4回の記事はこちらです。

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