日本史近現代史『「財閥」と「市民と戦争」』を題材に、ICTを活用した主体的な学びを考える(関西学院千里国際高等部・米田謙三先生)

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目次

1 はじめに

この記事は、2018年3月8日に行われた関西学院千里国際中等部・高等部の米田謙三先生の授業とインタビューを取材・記事化したものです。この記事では、一方的な講義授業ではない生徒主体・参加型の日本史授業と、全国に先駆けて行われている「ICT教育」をご紹介します。

米田先生は、アクティブ・ラーニングの普及と子どもたちの主体的な学びを促進する授業研究・実践に長年取り組んでこられました。また、ICT教育の第一人者でもあります。 

今回は、米田先生による日本史の授業を見学し、そのあと先生ご本人からお話を伺いました。

2 授業の流れ

授業は、まず最初に先生による用語説明があり、各般の発表、先生によるまとめ、といった流れで進んでいきます。

用語の説明

生徒主体の授業といっても先生が全く教えないわけではなく、まず最初に発表の前提となる時代背景や用語等についてざっくりと解説します。

今回は、明治期から戦後にかけての時代を「財閥」と「市民と戦争」をテーマに学習していく授業だったので、最初に復習もかねて、先生が電子辞書(日本史用語集)の画面をプロジェクターに映し出しながら基本的な用語を確認していきました

一方的に説明をするだけではなく、解説の中で重要と思われる用語は、「この時代のドイツを指導していた党とその党首は誰だった?(答え ナチス/ヒトラー)」という風に、生徒に質問して答えさせていました。このように、解説においてもただ講義をするだけでなく、双方向性のある授業をするよう工夫されていました。

また、真珠湾陰謀説[ルーズベルト大統領が、日本による真珠湾攻撃を事前に察知していながらわざと放置したという説。]にも言及し、生徒にどう思うか意見を言わせることで、生徒の歴史に対する興味関心を喚起していました。

各班の発表

用語説明の後は、まず生徒たちがいくつかのグループに分かれて発表を行い、発表内容をもとに生徒同士で質疑応答やディスカッションをし、それに対して先生が適宜コメントをしていくという流れになっています。大学のゼミ形式の授業を思い出していただけるとわかりやすいかもしれません。

生徒の発表は、基本的にその時代の出来事を

  • 「よいこと」
  • 「悪いこと」
  • 「心に引っかかること」

の3つに分類し、その理由を説明するという形式でした。のちに米田先生から聞いたところによると、中高生くらいの子供たちは1から10まで自由にやらせてもうまくいかないことが多いので、あらかじめ一定の枠組み(シンキングツールのようなものを、テーマに応じて)を用意してあげて、その中で自由にやらせたほうが良いとのことでした。発表中、関連する用語は先生がプロジェクターに映しながら進めていました。

①1班の発表

1班は明治期の増税について、政府が国民から集めたお金はすべて軍事費に消えたため、経済が良くならず、「悪いこと」と評価していました。

また、今回のキーワードの一つである「財閥解体」については、アメリカが金融資本の対抗勢力となる日本をつぶしたかったのではないかとして、「悪いこと」と評価していました。一般的な日本史教科書では、日本の経済の民主化につながったとして、財閥解体を肯定的に評価していますが、生徒たちの評価は必ずしもそうではありませんでした。しかし、それを一般的な見解と違うからという理由で頭ごなしに否定することはなく、むしろ、生徒が疑問に思ったことについて「もっと調べてみようよ」と言って知的好奇心を促進していました。

ほかの班の感想・質疑応答の時間には、基本的に生徒が自由に発言していました。また、「財閥による国民の負担はどう思うのか。」といった反対の立場からの質問もあり、発表者の生徒は「反対の意見も聞けて良かった。」と言っていました。

米田先生によると、常に自分たちの意見を相対化する視点が入ることは、1つの見解に拘泥しないという意味で、非常に重要であるとのことでした

②2班の発表

2班は松方財政から軍国主義の強化、財閥解体に至るまでの流れを扱っていました。松方財政についてはインフレになりすぎていた日本経済を抑制したので「よいこと」、軍国主義の強化は「心に引っかかること」、そして「財閥解体」については、経済が民主化されたのはよかったが、もし朝鮮特需がなかったら経済を牽引する財閥が存在しない中で日本は発展途上国のままだったのではないかと「心にひっかかること」に分類していました。

③3班の発表

3班の発表は、途中先生による用語確認もはさみながら進んでいきました。用語の説明では、「過度経済集中禁止法」という法律について、この法律では十分な財閥の解体は実施されず、生き残る財閥もあったことや、政商が財閥の起源であったことなどを解説していました。生徒による発表の時間は基本的に生徒主体で授業が進行しますが、このように、先生が全く教えないというわけではなく、適宜先生によるポイント解説もはさみながら進んでいきます。

発表内容は、1班・2班と重複する部分もかなりありました。GHQによる財閥解体については、経済民主化、近代的な資本主義体制の確立につながり「よいこと」としており、1班・2班・3班で、くしくも3つに見解がきれいに分かれることとなりました。

まとめ

次回授業は、「国民生活と戦争」というテーマで、「国民精神総動員法」「国家総動員法」「切符制・配給制」等の語彙について、調べてきた班が発表するということでした。

最後に、縦軸を大人と子ども、横軸を負担と加担として、戦争というものの座標軸について次回授業までに考えてくるよう指示があって、今回の授業は終了となりました。

3 インタビュー

日本史の授業全体の流れを教えていただけますか。

単元の最初はチームを作り、チーム内でキャプテンを決めさせるところから始めます。

今日扱った「財閥」というテーマでは、政府と財閥がどのような関係だったかということを学習するので、各グループに政府と財閥の秘密の関係というポストイット形式の項目と年表を渡しています。そして年表の流れに沿って、財閥が何を行ったかということをキャプテンを中心にして表に整理させています。

整理させた後、ワークシートを用いて歴史的事実を「いいこと」、「悪いこと」、「こころに引っかかったこと」に分類させます。それを元にグループで話し合い、今日のような発表をする、という流れになります。そして、発表後には必ず文章化をさせます。今の子どもたちは文章化が苦手だからです。

また、文章化した後、各自に100字で要約させています。これからの入試では要約する力も今まで以上に問われるようになりますから、結果的に受験にもつながるように意識しています。

今日の授業は単元の最後にあたる部分ですか。

そうですね。色々な話をしたり動画を見せたりするレクチャーに2時間、グループワークでまとめる時間を1時間、発表の時間を1時間、という流れで時間配分しています。ですからトータルで4時間くらいですね。あまり時間をかけすぎると通史が終わらなくなってしまいます。このくらいの時間配分なら予定通り終えることができます。

生徒が他のグループの発表もちゃんと聞いていて、質疑応答の時間に意見を話し出したのが印象的でした。

参加することは大事ですからね。日本史は嫌い・苦手だと思っている生徒もいますから。

そうした生徒への対応についてはどうお考えですか。

ただ穴埋めや一問一答で丸暗記するだけでは結局キーワードがつながらないことが多いと言われます。キーワードどうしがつながったり、今(現在)に結び付くことで日本史(歴史)はもっと面白くなるはずです。

今日の内容の「財閥解体」の部分も、理解することで就職活動等にも(経済的知識の取得という意味で)つながるはずです。財閥がどういう背景で政府と関わっていたのかなど、キーワードがつながってくることが大切です。これからは日本史でも世界史でも単なる語句の説明や一方的な解説ではなく、今(現在)にどうつながって、どう影響しているか考えることが大事になると考えています。

このようなやり方の方が生徒側も楽しんで覚えられますよね。

そうですね。あと、今日の発表では、キーワードや内容を間違って使っている(発表している)生徒はいなかったと思いますが、間違っていたとしても、この後に要約を私がチェックするので、間違ったまま覚えてしまうというようなこともないようにはしています。

一般的には、財閥は悪いもので財閥解体はいいことだ、というイメージがありますが、一部では財閥解体を否定的に捉えている班もありました。それでも先生は否定はされなかったですね。

考え方は色々ありますから、しっかり考えてさえいればそれはいいと思います。ある国や政府のことを悪く言う生徒もいますが、じゃあ何が悪いのかというポイントを言わせないと駄目です。批判的に考えることはとても大切な視点だと思っています。

もちろん歴史に「もし」はありませんが、考えるということは大事です。事実は存在しているけれど、「もしあそこでこうだったら」と考えさせる必要はあります。

財閥解体にしても、賛成派と反対派がいていいはずです。いまご質問されたように、財閥は解体されてよかった、という賛成派のイメージだけにとらわれず、本当にそうなのか、なぜそんなイメージがあるのか、その反対の見方・考え方はないのか、考えていく必要があります。そしてそれを1人、そしてグループで考え、共有して、意見をまとめて発表し、それに対して他のグループからのフィードバックをもらってまた考えることが大切なのだと思っています。

シンキングツールの活用は意識されているのですか。

そうですね。今回のシンキングツールはあくまで一例です。テーマに応じていろいろなツールを提示してあげてサポートの1つにすることも大事だと思っています。習ったこと、知っていること、それらは考えるための材料であり、そこでさらに調べて、聞いて、いろいろな考えに触れて、新しい一面を見つけて そして最終的には自分の判断で歴史を考えてほしいと思っています。

グループを作ることやプレゼンが苦手な生徒にはどのように対応していますか。

本校ではどの教科も同じようなスタイルの授業をしているので、プレゼンやグループワークには結構慣れてきています。グループを作るよう指示すると、すぐグループが作れるような環境になっています。この環境をいかに作れるかというところが、初歩的で大事な部分です。発表の前の段階のところでグループが作れず、人前で発表するところで引いてしまう、ということはよく言われていますよね。

しかし、まさにチームプレイ、チームラーニングということですが、ピッチャーやキャッチャーというような役割がそれぞれあります。不得意な部分は、得意な人がサポートするという体制を必ずとることにしています。

社会科一般のアクティブ・ラーニングについてはどうお考えですか。

社会科は割とアクティブ・ラーニング型授業の事例が少ないと思いますが、このスタイルでやってみて、生徒にも評判が良く、知識も定着したので、さらなる可能性を感じています。

例えば講義形式の授業で、私が松方正義や高橋是清を板書して1回言って聞かせたくらいでは、生徒たちにはなかなか定着が難しいことが多いのです。しかし、たった50分の中ではありますが、あのように生徒たちの発表の中で、つながりを持って何回も繰り返し出てくると、個人レベルの段階でいろいろとつながって定着していくのです。

歴史を学ぶのは、今とこれからのためなのです。授業でも「今ネタ」、「未来ネタ」を一緒に入れるようにしています。

次期指導要領で設置される歴史総合は、「近代化」「大衆化」「グローバル化」をキーワードに、現代的な諸課題につながる歴史的な状況を考えさせることに主眼を置きます。そうして身に付けた「歴史の学び方」をもとに、選択科目の世界史と日本史では、資料に基づいて考察したり、現代につながる諸課題を多面的・多角的に追究したりする学習活動を展開することになっています。そのためにもアクティブラーニング型授業は、大変効果的な授業であると思います。できればもっと他教科との連携も考えたいと思っています。

他教科との連携という話がありましたが、教員同士の連携はどのようにされているのですか。

日本史の教員だけではなく、教科全体で話をしています。

また、本校では学期に1回程度のぺースで校内の公開授業(教科限定をしない)をしていまます。先生同士で授業を見学し合い、「この授業はこのあたりがよかった」という風に後でディスカッションをします。

公開授業は他教科の先生も見に来ることはありますか。

ありますね。体育の先生が数学の授業を見たり、数学の先生が情報の授業を見たりします。自分の担当以外の教科から学べることはたくさんあります。 指導方法や運営、カリキュラムの考え方なども含めてですね。

教科を問わず、先生が授業について考えていらっしゃることはありますか。

次を見据えることですね。高校卒業後の学びにつながるような授業をしたいと思っています。

特に論理的思考力やクリティカルシンキングはとても大事だと思うので、どんどん教科横断型にしていかなくてはならないと思っています。

最後に、この記事をご覧になっている先生方に、何かアドバイスやメッセージがあればお願いします。

アクティブ・ラーニングは、学習に向かう際の学習者の能動的な態度に焦点を当てたものであり、その手法や指導の方法の開発には、今までも国内外の数多くの教育者や研究者が取り組み、実践知を蓄積してきました。そして、こうした学習や指導方法が、知識や技能を定着させる上でも、また、学習者の学習意欲を高める上でも効果的であることが、これまでの成果から指摘されています。

そして大事なことは、学習者が能動的に学ぶアクティブ・ラーニングについて、学校を含めたすべての教育にかかわる機関・団体・企業・研究者・教育者が連携しながら、アクティブ・ラーニングに関連した手法や指導の方法、その評価、アクティブ・ラーニングを促進する物理的な教育環境など、アクティブ・ラーニングを巡る諸課題をテーマとして、研修会の実施などを通じて、アクティブ・ラーニングの向上発達に取り組んでいくことだと思います。

私もまだまだ 改善点もたくさんあると思っています。アクティブラーナーを育てていくために、こんな取り組みがあるよなど、ぜひ情報交換をお願いします。

4 プロフィール

米田謙三先生(関西学院千里国際中等部・高等部 教諭)

専門分野はICTを活用した効果的な教育と協働学習。英語・情報・地歴公民科の教員免許を持ち、早くから教育の情報化や教科横断型に関する実践と研究を基に授業を行い、各地で教育の情報化に関するセミナーや研修会講師を務める。現在は同校の社会科・総合探究科に所属。

文科省委託事業 先導的教育情報化推進プログラム調査研究協力会議委員、大阪府高等学校情報科研究会 幹事、大阪私学教育情報化研究会 副会長、モバイルコンテンツ監視機構(EMA)啓発・教育プログラム部会リーダー会 構成員、等数々の委員を兼任

主な著書・著作物:『デジタル教材活用ガイドブック』(大修館書店)、『すぐできる教育活用ブログ入門』(明治図書)、『電子黒板が創る学びの未来』(ぎょうせい)、その他多数

5 著書紹介

6 編集後記

今回は、米田先生の日本史授業見学とインタビューを通して、アクティブ・ラーニングとICT教育を取り入れた授業を取材させていただきました。

社会科は、近い将来、近現代の日本史と世界史を統合した「歴史総合」や、「公共」といった新しい教科も生まれるため、指導方法などを今のうちから考えておられる先生方も多いと思います。また、選挙権年齢が18歳に引き下げられたことに伴い、主権者教育の充実も課題となっています。その意味でも、今後社会科は単なる受験に向けた暗記科目にとどまらず、非常に重要な科目となっていくと思われます。

今回の取材を通して、私たちも多くの発見があり、「歴史はこんなに面白いものだったのか」と目からうろこが落ちるようなこともたくさんありました。アクティブ・ラーニングの事例が少ないといわれる社会科ですが、この記事が、「こんなユニークな授業もあるのだな」と皆さんの授業実践の参考となれば幸いです。

(取材・編集:EDUPEDIA編集部 吉田周平・平原由羽・中澤歩)

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