予測不能な社会で教育改革をどうデザインするか(石川一郎先生講演)

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目次

1 はじめに

本記事は、2018年10月8日(月)に京都大学芝蘭会館稲盛ホールにて開催された「アクティブラーニングフォーラム2018」の内容を記事にしたものです。

ここでは、石川一郎氏(香里ヌヴェール学院学院長)による特別講演「予測不能な21世紀社会に対応した教育」の内容を編集して記事化しています。

AI等の発達により社会が大きな変化を迎えようとしているなか、30年後、50年後の社会がどのような姿になっているか、だれにも予想できません。このように変化が激しく予測不能な未来の見通しを受けて、教育の世界のおいてもアクティブ・ラーニングの導入をはじめ、大学入試改革や教員の働き方改革など、多くの改革が試みられています。

本講演では、石川先生独自の視点から、これらの教育改革において留意すべきポイントについて語っていただきました。こちらのフォーラムで行われた他の講演の内容も記事化しておりますので、そちらの記事も是非合わせてご覧ください。

『アクティブラーニングにおける対話に基づく「外化」とフレームの発展(アクティブラーニング実践フォーラム2018)』

2 講演

これまでの大学入試

これからの大学入試について考える前提として、現行の大学入試がどのようなものかを概観します。

現行の大学入試の問題点は、例えば日本史でいいますと、教科書の欄外に小さく登場するような、非常に細かい知識や年号が問われることが多いということです。つまり、本当に歴史を学ぶ上で不可欠な知識だけでなく、単に大学入試のためだけに学ぶような、覚えていても社会で役に立たないであろう知識も問われるのですね。

私は、教科書の本文はしっかりと教えたほうが良いと考えています。しかし、現在の学校教育は、大学入試に対応するために、あまりにも細かい事柄まで踏み込みすぎているように思います。そこで、学校の授業では教科書の本文だけを教えて、大学入試で出るような細かい事柄は自分で勉強してもらう、あるいは、塾や予備校でやってもらうというように、役割分担をしても良いと考えています。

2020年の大学入試

では、上記のような現行の入試問題に対して、2020年の大学入試ではどのような問題が問われるのでしょうか。この点、順天堂大学医学部2次試験の入試問題では、「このキングス・クロス駅を見てあなたの感じるところを800字以内で述べなさい」という問題が出題されています。皆さんは、このキングス・クロス駅の写真からどのようなことを感じるでしょうか。

ここでは、明るい、暗い、怖いなど、「何を感じるか」という感性を問うているのです。これまで、感性は時として物事を誤ってとらえる原因となる非論理的なものとして考えられてきましたが、そこが問われるようになったのです。そして、感性を問うこの問題に対する取り組み方は、決してトレーニングが不可能なものではありません。例えば、このキングス・クロス駅の壁に対してどんな意味付けができるのか、壁の色に対してどんな意味付けができるのか、この赤い風船の意味はなんだろう、無かったらどうだろう、青だったらどうだろう、など、トレーニングによって、この文字ではない写真情報から、様々なイマジネーションを膨らませることができるのです。そして、そういった要素を登場人物の心情に結び付けながら、つなぎ合わせて一つのストーリーにすることが求められているのです

では、なぜ医学部でこのような問題が出題されるのでしょうか。それは、これからは科学的な検査などはAIがやってくれるでしょうが、急病で検査している暇がない時に、医師が自分の目で見た情報から何を思うか、どのように判断するかということがこれからは大切になるからだと思います。

ただ、よく誤解されがちなことなのですが、感性といっても何かを感じる時にはそれまでの経験や知識も元になっているのです。だから学校で授業をすることは無駄ではないし、知識を教えることや経験を積ませることも無駄ではないのです。

次の例に参りましょう。「地球が東から西へ自転方向が変わると、何が起きるでしょうか?」という問題です。身近なところでは、マンションなどで西日がきつかった物件が朝日が差し込む物件と逆になったり、時差が逆になったりといったことが考えられますね。しかし地理的な知識があれば、海流や風の向きが変わって気候が変わり、例えば日本はより乾燥していたのではないか、などと考えることもできます。

私は、リベラル・アーツというものはとても大切だと考えています。多くのことを知っていれば知っているほどそれだけ発想が豊かになるからです。これからの入試では、知識の詰込みではなくもっと思考力、発想力が大切だといわれています。これに対して、思い付きで点数が取れるような試験で将来役に立つのかといった批判がありますが、そうではありません。知識と思考というのは分断して考えるべきではなく、ものを知って考えるという意味で、両輪をなしているのです。知っていることが少なければ、浅い解答にしかなりません。頭の中の引き出しに知識がたくさんあって、それを上手く引き出して組み立てる能力が必要なのではないでしょうか。

このような問題は、「もし何々だったら」という一種のクリティカルシンキングの問題です。日本ではあまりイマジネーションは重視されてこなかったと思いますが、教育でもイマジネーションは大切だと考えています。 アクティブ・ラーニングにおいても、イマジネーション(想像)したことを出しあえるというのはとても大切なことだと思うのです。ああでもない、こうでもないと活発に議論する必要があります。つまらない意見なども最初は出てきますが、それらが組み合わさってクリエイティブなものが生まれるのです。クリエイティブとは、ゼロからイチにするものでなくてもいいのです。組み合わせを変えるだけで十分クリエイティブになります。

これからの入試で問われる能力

首都模試研究センターが、これからの中学入試で問う能力を次のように整理しています。

A知識・理解

B応用・論理

C批判・創造

Aの問題の典型例としては、人物名を答えさせる問題があります。Bの問題の典型は要約問題です。筆者がこの文章で言いたいことをこの言葉を使って何字以内でまとめなさいなど、解答欄が大きくて配点も大きい問題です。そしてCは、「もし、あなたがザビエルのように知らない土地に行って、その土地の人々に何かを広めようとする場合、どのようなことをしますか? 600字以内で答えなさい」といった、「もし何々だったら」というクリティカル・シンキングを問う問題になります。

これまでの入試は、主にAとBの問題が中心でした。さきほどの「もしあなたがザビエルだったら……」といった問題は採点が難しいということで、これまではあまり取り入れられてこなかったのですが、これをこれからの学校教育にいかに取り入れていくかが今後の課題だと考えています。定期試験にCの問題を取り入れるのが難しいのであれば、例えばCの問題は授業中にやって、その中で評価をする、ということでもよいのではないかと思います。

ただ、Cの発想を持つ能力も大切なのですが、これを下支えするのは、やはりAとBの能力なのです。発想を持つためには、Aの「知識・理解」が必要です。先ほどのザビエルの問題で言えば、ザビエルがしたことを知らなければ何も書けませんし、ほかにも海外で活躍した人の例を知っていれば知っているほど発想が豊かになります。また、発想したことを表現するスキルやツールとして、Bの要約の仕方を身に着けることも必要です。

いきなり無理にCをやろうとする必要はありません。スポーツで言えば、Aはキャッチボール、Bはノックなどの実践的な練習、そしてCは試合です。まずはCを下支えするAとBをしっかりやって基礎基本を固めてから、Cの試合に臨んでもよいと思います。

ただ、AとBをやってからCへ行ってもよいのですが、これは順番が逆であってもよいのです。よく基礎基本がなっていないと駄目だということが言われますが、勉強はあまりできなくても、面白い発想が得意な子もいるのです。まずは知識を積み重ねていく子がいても、Cのような面白い発想から入る子がいてもよいと思います。 

アクティブ・ラーニングを実践する上での留意点

アクティブ・ラーニングを実践する際に留意すべき点とは何でしょうか。 

1つ目は、タイムマネージメントをしっかりとすることです。アクティブ・ラーニングというと、図書館で調べ学習をして、調べた結果について班ごとに発表をするという活動がよく行われます。時にはこれに3時間分の授業を費やしてしまうことがありますが、1つの事柄にそこまで時間をかけてよいのでしょうか。

時間が限られている以上、効率的に授業をしていかなくてはなりません。一例として、50分の授業のなかで、最初の35分から40分は本文を解説して知識を整理し、残りの10分から15分で子どもたちにグループワークをさせる、というのもよいと思います。

2つ目は、問いのたてかたです。例えば、先ほどの「もしあなたがザビエルだったら……」という問いのような、正解のないものでないと、あまり議論が盛り上がらないように思います。また、広すぎて漠然とした問いであってもいけません。議論がしやすいように、ある程度限定があることが必要です。

3つ目は、問いに対する子どもたちの答えを評価する際に、どこに着目するかです。ここで注意すべきは、クリエイティブな答えや面白い答えでなくてもよいということです。先ほどのザビエルの問題では、考えるための視点が与えられていて、その視点に沿って答えられていればよいのです。視点とは、5W1Hのことです。私はどのような人間なのか(Who)、知らない土地とはどのような土地なのか(Where)、何を広めるのか(What)、なぜ広めるのか(Why)、どうやって広めるのか(How)など、解答を導き出すためのヒントが問題文の随所にちりばめられています。

最初から面白い答えを求めるよりも、このように、子どもたちが考えやすいよう上手く補助線を引いてあげることが大切なのです。

これからの社会で求められる力

今の社会ではどのような力が求められているのでしょうか。

実は、言われたことを指示通りにやる能力はあまり求められておらず、今はそういった仕事は主に非正規労働者が担っています。そういった能力が求められていた時代もあったのですが、これからはAI等の発達により、ますます需要は乏しくなるのではないかと思います。

しかしそのような社会の変化とは反対に、現在の学校では、先生が一方的に指示をして、子どもたちがそのとおりにやるという教育が行われています。指示されたことを言われたとおりにやるだけではなく、自分なりに工夫しながら実行していく力がこれからは必要であり、そういった社会の要請が今の教育改革の原動力となっているのです。

ある企業は、「変化の激しい社会の中に課題を見出し、チームで協力して解決する力」を求める能力として挙げています。上司の命令を忠実にこなすだけでなく、自分たちで活発に議論をして、課題を見つけ出し、新しいものを作り出す人材が求められているのです。トップダウンではなくボトムアップこそがこれからの組織の在り方です。

他にも、「多様性を尊重し、文化を受け入れながら、価値観の異なる相手を相互理解する能力」を挙げる企業もあります。アクティブ・ラーニングや対話では、まったく異なる意見をどこまで受容できるかが大切です。日本社会はやはり同調圧力が強く、一人だけ周りと違うことをいう子はしばしばいじめや仲間外れの対象とされますが、実はそういう子こそが新しいものを生み出すきっかけを作ってくれるのです。これからは周囲と違ったり、一見驚くような意見も受容しつつ、うまくチームとしてまとめていくことが大切なのです。

日本の教育と海外の教育の違い

日本の教育とアメリカの教育を比較すると、大きな違いが一つあります。まず、日本の教育は中間層をとても大切にし、横並びを目指す傾向が強いように感じます。それが日本社会の居心地の良さにつながっているのです。一方アメリカの教育は、1パーセントの優秀な人間を生むことを目的としています。もちろん、アメリカでも日本のようなことを重視しないわけではありません。しかし同時に、「あなたはどう思うか」というクリティカルな問いが常に投げかけられ、それに対してオリジナリティのある答えを返せるかどうかがとても重視されます。当然ですが、全ての生徒がそのような能力に恵まれているわけではありません。一握りの優秀な人間を育て、彼らが新しいものを生み出すというのがアメリカの文化なのです。実際に、アメリカでは様々な新しいものが生み出されています。しかし他方で、1パーセントの優秀な人間のところに富が集まってしまうというマイナス点もあります。したがって、日本の教育とアメリカの教育のどちらがよい、悪いと一概には言えないのです。

しかし、これからのグローバル化の流れの中では、海外の教育も意識しなければ、日本人が世界で活躍することはできません。したがって、日本の教育のよいところを残しつつ、同時に海外の教育が重視している部分をいかに取り入れていくかが、教育改革のポイントだと考えています。

教員の働き方改革

近年、教育界でも働き方改革というキーワードが注目されています。

なぜ教員の働き方を見直さなければいけないのでしょうか。それは、先生自身が現役の学び手として子どもたちとともに成長していくためには、仕事外で本を読んだりいろんな人と会うなどして視野を広げる時間も大切だからです。また、世の中の動きにあわせて学校も変わっていく必要があり、そのためには世の中の動きを感じ取れるだけの心身の余裕が必要なのです。

では、働き方を変えるために具体的に必要なこととは何でしょうか。

1つ目は、子どもたちのために手をかけすぎる姿勢を見直すことだと思います。よく、トマトなどは水や肥料を与えすぎないほうがおいしくなるといいますよね。私は、子育ても同じだと考えています。例えば、「先生どうしたらいい?」と子どもたちが助けを求めてきたときに、「とりあえずそれは自分で考えなさい」とあえて突き放すことも時には必要だと思うのです。何かわからないことがあるときに、答えをすぐ求めるのではなく、自分の中で「モヤモヤ」を抱えて考える時間が人を成長させるのです。子どもたちに手をかけすぎる姿勢を見直さないと、先生たちが自分の時間を確保することも難しいように思います。

2つ目は、何事にも目的意識をもつことです。1つ1つの仕事や行事の目的をはっきりと意識する必要があります。例えば、体育祭や組体操は何のためにするのか。案外そのような目的意識のないまま行っていることが多いのです。しかし目的意識を持たないと、今まで前例でやってきたことや与えられたものをよりよくしていくだけで、達成感以上のものは得ることができません。しかし、一つ一つの仕事や行事を目的ベースで整理していくことで、今何をやるべきなのか、取り組むべきことの優先順位が見えてきます。逆に言えば、そうしないと仕事は増える一方になってしまうのです。

3つ目は生産性です。例えば、文化祭の準備にどれだけ時間をかけるのか。何事もただ一生懸命やるだけでなく、一つ一つの仕事のコストや肉体的な負担を考えて、効率を意識する必要があります。

働き方改革とは、単に仕事を減らせばいいということではありません。是非今申し上げたような視点からご自分の働き方を見直していただきたいと思います。

3 プロフィール

石川 一郎(いしかわ いちろう)先生

香里ヌヴェール学院学院長 / 21世紀型教育機構理事

1962年、東京生まれ。早稲田大学教育学部卒業後、暁星国際学園、ロサンゼルスインターナショナルスクール、かえつ有明中・高等学校などで教鞭を執る。前かえつ有明中・高等学校校長。早くからアクティブラーニングを研究・実践し、「21世紀型教育を創る会」を立ち上げ幹事も務めた。著書に『2020年の大学入試問題』(講談社現代新書)、『2020年からの教師問題』(ベスト新書)。

4 著書紹介

5 編集後記

大学入試改革、学習指導要領の改訂と教育の世界に大きな変革の波が訪れているなか、石川先生に教育改革をテーマにお話をいただきました。石川先生のお話の中には、教育改革を考える上でのヒントや切り口がちりばめられていて、「こんな考え方もあるのか。」と膝を打つようなお話がたくさんありました。

教育改革は答えのない問題であり、この問題をめぐって様々な議論が交わされています。そのような動きの中で、現場の先生方はこれまでの指導をどのように変えていくべきなのか、戸惑いも多いのではないかと思います。

そのような中で、石川先生独自の視点から、教育改革が目指すべき方向性について語っていただきました。この記事が、皆さんが教育改革とそれに合わせてどう授業をデザインするかを考えるヒントになれば幸いです。

(編集・文責:EDUPEDIA編集部 吉田 周平)

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