1 はじめに
2019年2月1日(金) 所沢市立三ケ島中学校で"三ケ島アートプロジェクトⅢ「所沢市学び創造アクティブプラン学校クリエイト研究委託校発表会」"が行われました。
本記事はその内容を元に作成したものです。
三ケ島アートプロジェクトの趣旨
三ケ島中学校では所沢市教育委員会の委託を受け、授業の構造化を主体として「学び創造プラン学校クリエイト研究」が始められました。テーマは「豊かな心をはぐくみ思考力・表現力を伸ばす三ヶ島アートプロジェクト」。
武蔵野美術大学 三澤一実教授、聖徳大学 奥村高明教授と提携し、生徒の学びに向かう力を高める手法として「朝鑑賞」を媒介に、答えのない世界を味わい「考え、表現する」ことを楽しむことを主軸に学びを広げています。
2 記事内容
■対話とは
■事例発表
・朝鑑賞
・国語×鑑賞 別記事参照
・対話型鑑賞-旅するムサビ- 別記事参照
■三ケ島アートプロジェクトの効果
■まとめ
■関連HP
3 三ケ島アートプロジェクトの鍵となる「対話」とは
三ケ島アートプロジェクトでは、武蔵野美術大学の協力のもと毎週金曜日の朝の10分間に対話型鑑賞を行う「朝鑑賞」を実施しています。「対話型鑑賞」とは、美術作品を対話的に鑑賞する活動です。
対話とは「異なる立場の人たちが意見を交換し合い自分の価値観を広げていくこと」です。単に言葉が行き交うのではなく、お互いの意見を尊重し合い価値観が広がっていく、深い学びの営みとなります。
対話をするにはまず、相手の話を聞かなくてはなりません。その相手の意見が自分と対立することもあるでしょう。それでも聞くためには「自分の意思と他人の意思が違うものである」ということを理解する必要があります。また、多少のことでは揺るがない自分の価値観があって初めて人の意見を尊重することができます。しかし自分だけが聞く準備ができていても、相手にも聞く準備ができていることが確認できないと、不安で意見など発信できません。自分の気持ちを意見として述べるとき、そこには「相手が自分の話を受け止めてくれる」という信頼があるのではないでしょうか。
つまり、健やかな対話を進めていくには
- 自分の価値観を大切にすること
- 相手を尊重すること
- 他者を信頼できること
という3つの能力・環境が必要なのです。この3つの能力は、学習指導要領の中で重要視される「生きる力」そのものと言えます。
4 三ケ島アートプロジェクト 事例発表
朝鑑賞
<流れ>
①作品を見やすい教室配置にする
②ファシリテーターが質問を投げかける
③造形的な根拠と共に生徒が感想を述べる
④ファシリテーターが絵の情報を開示する
⑤振り返り
(⑥机の配置を変えた場合は戻す)
朝鑑賞では、鑑賞対象の「作品」と作品を深い鑑賞へといざなう「ファシリテーター」と共に作品を掘り下げていく「複数人の鑑賞者」によって成り立ちます。今回の発表ではファシリテーターを代表の生徒が行い、教師がそれをサポートするという形態を取っていました。
教室配置は、ファシリテーターや作品によって異なります。
今回取材させていただいた教室では、班の形になり先生が作品を高く持ち見やすいように動きながら鑑賞していました。
作品は白黒で顔のない少女の絵。
前回の鑑賞でも人の絵を鑑賞したらしく「この絵の主人公はどんな人ですか? (前回見た絵と)同じ人かな? 」というような質問から始まりました。生徒は「何かが流れているように見える」「ワンピースみたい」というように次々と作品の造形的な特徴を拾い上げていました。それに対してファシリテーターが「何色のワンピースに見える?」というように内容を深めていきます。また、「もしも顔があったらどんな表情に見える?」と、その作品の主人公に焦点を合わせて作品の感情なども掘り下げていました。最後に作品の情報を開示し「みんなが悲しそうだと感じていたのは絵に表れていたのかな」と肯定的な振り返りをしていました。
肯定的な視線に関して、三ケ島中学校の先生方は誰かが発言したことに「全然違うじゃん」などと否定的な発言をする生徒に、「そうしたらあなたはどのように見えるの?」と、掘り下げることが大切だと言っていました。否定的な発言は絵の見方を広げるそうです。
しかし、これがもしも誰かを傷つける発言であった場合はきちんと生徒指導的な観点から注意をするべきとも言っていました。その見極めは今後、教師の重要な役割となりそうです。
10分の鑑賞を終えた生徒たちは次の授業へ素早く向かいます。今回、学年ごとに対話に主軸を置いた授業を行っていました。
今回取材させていただいたのは2学年の国語科との連携授業・3学年の対話型鑑賞の授業です。それぞれ別の記事にまとめましたので、詳しくはそちらをご確認ください。
国語×鑑賞
評論『君は「最後の晩餐」を知っているか』
カリキュラム・デザインの視点を生かし、美術で鑑賞した生徒の見方・考え方と評論で述べられた筆者の見方・考え方を比較し、そこから気づいたことをまとめ、自分の言葉で発信します。 授業者 長尾久美子教諭 (三ヶ島アートプロジェクトⅢ 案内 より)
対話型鑑賞featuring by 旅ムサ 協力:武蔵野美術大学
朝鑑賞拡大版。作者と語り合いながらより深く作品を掘り下げる充実した内容となっています。同時に行われていた特別授業「美大生、生き様を語る」という、アートからデザインまで様々な研究をする学生が生徒に語り掛ける授業をもとに記事化。
授業者 志賀大樹教諭 西澤 浩教諭 田沼佐江子教諭 中尾恭子教諭 荒井晴香教諭 石塚申子教諭
5 三ケ島アートプロジェクトの効果
朝鑑賞を実施し、三ケ島中学校の生徒たちはどのように変わったのでしょうか。最初に変化に気づいたのは体育の授業でのことだそうです。
「授業中に生徒が話し合う声が聞かれるようになった」
数値には表れにくいものですが、普段から生徒の様子を見ている先生には顕著に分かる変化でした。
その後、学校全体で体力測定の記録が伸び、体育が苦手な生徒の「出来ないから分からない」が「分かるから出来るかも」にだんだんと変わってきています。他にも、様々な教科で変化が表れています。例えば英語では、例文をもとに自分で文章を作るときに、1年生のうちから自分の作りたい文章に合わせて「ここはどう言えばいいのですか?」というような質問が出て来るようになりました。以前と比較すると、授業に参加している意識が強くなっています。
どの教科でも共通して言えることは、積極的になったこと。プリントを配る役を「やりましょうか?」と手伝ったり、授業中に質問が増えたり、自分からよく動くようになったそうです。実施前は朝鑑賞に対して「面倒くさい」「何でやらなきゃいけないの?」というような声が多くありました。しかし、現在では他人の意見を聞くようになり、自分で考える力が身についてきたと言います。
考える方法のフレームワークは授業などで紹介することができますが、考える力を身につけるには自分で考える(実践する)しかありません。朝鑑賞は、生徒が自分で考える時間を自然と作り出す装置になっているのではないでしょうか。
また、教員にとっても大きな学びの機会になったそうです。
今回の発表会では、放課後に教員や見学者で集まってグループディスカッションをする機会がありました。その中で「教員にとって授業中の”沈黙”は恐怖だ」と言う先生がいましたが、その方は別の学校で対話型鑑賞を実践する中で「沈黙は生徒が自分との対話をしている時間かもしれない」と考え、生徒をよく見るようになったようです。
同じように「授業や話の最後は必ずまとめなければならない」という思いが常にあった先生は「授業ではないので評価をしなくてもいい」「あくまで生徒に自分で考える種を植える活動」だと割り切って、ゆるく・言いたいことを言える環境づくりを心掛けているようでした。
ここまでだけでも多くの良い効果がありましたが、目で見てわかりやすい事象・大きな数字に結びついてくることはもっと先になると先生方は言います。
中学生という人生で初めて自分を見つめだんだんと大人になっていく大きな転換期に「相手の話を聞くこと」「周りを信頼すること」そして、「正解のない事柄について自分で考えること」を仲間とともに経験することが、その後の未来どんなに大きな躍進につながるのか、考えるまでもありません。長い目で見たとき、数字として結果が表れてくるのはもっと先なのではないでしょうか。
今後は、教科の壁を越えて授業を通じてお互いの教科がより深く学べるような環境を考え、カリキュラムデザインの観点から学校全体の授業改善を実践していくようです。
6 まとめ
対話とは「異なる立場の人たちが意見を交換し合い自分の価値観を広げていくこと」
<対話に必要な条件>
・自分の価値観を大切にすること
・相手を尊重すること
・他者を信頼できること
→対話する力を育てることは、自立を目指すことにつながる
⇓⇓⇓
「生きる力」
三ケ島中学校での実践:朝鑑賞
<朝鑑賞のポイント>
・発言した人の言葉を大切にする(突拍子のない発言も楽しんで聞いてみる)
・鑑賞者は思ったことを素直に言う
・授業ではないので生徒が考えている沈黙の時間も大切にする
・ 〃 綺麗にまとまらなくてもよしとする
・否定的な言葉と傷つける言葉を教師自身が分けて見ることは必要
|人を傷つける発言→指導
|否定的な発言→根拠があるはずなので掘り下げて広げる
<効果>
・人の話を聞くようになった
・授業に積極的に参加するようになった
⇓⇓⇓
今後の人生の学びに大きな影響を与えている
<今後の展開>
教科の壁を越えたカリキュラムデザイン
7 編集後記
現在、図工・美術は義務教育において重要な立ち位置ではありませんが、100%の正解がない中で自ら考えを巡らせて形にしていく唯一の科目です。また、科目を通して他の事柄を学べる利点は稀有なものです。
三ケ島中学校がこれからの時代を考え図工・美術の鑑賞に注目したこと、大々的に実践していることはとても重要です。生徒ひとりひとりが生涯学習し続ける土台として根付くことを期待しています。(取材・編集 EDUPEDIA編集部 藤井和恵・横田和也)
8 関連HP
外部リンク
「学び創造プラン学校クリエイト研究」として金曜の朝の時間に朝鑑賞を実施しています。
内部リンク
三ケ島アートプロジェクトVol.2 旅するムサビプロジェクトが提案する美術教育の可能性
対話型鑑賞という鑑賞のあり方、そして三ヶ島中学校で行われた対話型鑑賞のリアルな様子をご紹介しています。
三ケ島アートプロジェクトVol.3 君は「最後の晩餐」を知っているか 〜美術鑑賞を活かした、新しい国語のカタチ〜
三ヶ島中学校の取り組みの次なる形として、クロスカリキュラムがあげられています。こちらの記事では国語科との連携授業の様子をご紹介しています。
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