プロの演奏家から学ぶ! コロナ禍での学校教育への音楽の取り入れ方について(ORCHESTRA POSSIBLE コンサートマスター 枝並様)

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目次

1 はじめに

この記事は、2020年7月29日に行った、枝並千花さんへのオンラインインタビューを記事にしたものです。枝並さんは、プロのヴァイオリニストとして活躍されています。2018年には自身が率いるオーケストラプロジェクト"ORCHESTRA POSSIBLE"初のフルオーケストラ公演を成功させ、現在はその公演映像をYouTubeに投稿することで音楽の力を発信されています。

今回のインタビューでは、ORCHESTRA POSSIBLEの活動についてとプロの視点から考える学校教育の中の音楽についてお話を伺いました。

2 ORCHESTRA POSSIBLE(オーケストラ・ポッシブル)の活動について

ORCHESTRA POSSIBLE活動のきっかけ

私は15年程前に東京交響楽団に所属していました。普通のオーケストラはそこに団員が所属して、定期演奏会があったり、外部からの仕事の依頼を受けてコンサートを公演するという仕組みで動いています。一方で、ORCHESTRA POSSIBLEは「寄せ集めのオーケストラ」と呼んでいるように、固定したメンバーで活動するのではなく、一つの演奏会に向かってメンバーを集めてオーケストラを作ります。このことが現在の名のあるオーケストラ団員として活動することとの違いとなっています。個人でオーケストラを立ち上げることはあまりみられず、非常に大変なことなので一人の力ではできません。このように困難なことではありますが、音楽を演奏するうえで同じ気持ちを持つメンバーを集めて、一つの演奏会に向けて集中して取り組み、演奏会を開催したいという思いで結成しました。

「音楽は心のくすり」というテーマに対する思い

2年前のコンサートでは「音楽は心のくすり」というテーマを決めて公演しました。クラシック音楽を難しく感じていらっしゃるお客様に対して、医療ドラマという聴きやすく聴くきっかけになりやすいテーマを設定して演奏しました。

医療ドラマで扱っているものは、人間が誰しも直面する生きることとか死ぬことに関わっていて、人間としてすごく大切な部分を扱っています。やはり心に刺さるストーリーであり、それぞれのドラマでは手術のシーンがメインであったり、『コウノドリ』であれば出産がメインであったりします。ドラマによってテーマは違えどそこには生きることが関わっていて、助けるお医者様がいるストーリーが多く、その部分がメインであるストーリーだけでも胸に刺さる部分があると思います。そこに音楽が加わることでさらに心の奥に刺さってくると思います。その音楽を聴いただけでそのシーンが蘇ったりすることもあります。だから、言葉で表すことができない癒しであったり、次の日も頑張ろうという勇気であったり、非常に悲しい出来事があったけれども前向きに次に進もうという気持ちを与える力を音楽は持っていると思います。これらから普通のドラマと比べて医療の現場を扱うドラマは、音楽そのものが心の奥に刺さって何か大きなエネルギーになってくれると思っています。

YouTubeで公演を発信したきっかけ、思い

先ほど話した「音楽は心のくすり」という言葉と繋がると思いますが、私たちはコロナ禍の自粛期間、先が見えないなかで不安が続いていますが、医療従事者の方々は過酷な現場で懸命に戦ってくださっています。医療の現場については想像でしかありませんが、非常に過酷だと思います。医療の現場で戦っている方々、医療の現場以外でも病気と闘っている方々のために何か力になりたいと2年前の公演時にも全く同じ気持ちでいたことを思い出しました。音楽を発信したい気持ちや活動のきっかけとなった気持ちは、世の中の状況は変わっても一貫して変わらないことに気づきました。私の音楽を発信して少しでもエネルギーを与えたい、音楽が人の心に寄り添えるものであってほしいという思いはコロナ禍だから生まれたわけではなく、コロナ前の公演の時から持っていました。現在私たちは公演を開催することがなかなかできず、観客人数を限定したコンサート活動を少しずつ再開するしかありません。このような音楽をより多くの方に聴いていただきたいと思っていたので、この時代だからこそ活用できるYouTubeを通して動画をアップをすることになりました。

3 学校教育への芸術鑑賞の取り入れ方

学校現場での鑑賞教材の活用方法

オーケストラの仕組みや演奏人数、楽器の紹介を曲を通して行ってみてはいかがでしょうか。中高生に対してはドラマ音楽を活用しての授業を行い、小学生に対してはドラマ音楽よりも聴いたことがある人が多く馴染みのあるディズニー音楽などの方が良いと思います。YouTubeにアップしている動画で私のオリジナル曲もあるのですが、その曲だけ私が前に立って弾いています。そのような曲を用いてオーケストラが後ろにいてソリストが前に立って弾くことがあると教えたり、いろんなカメラワークを通して映る指揮者を観察して、指揮者の役割を考えてみたりすることも面白いと思います。高校生に対してだと、60~70名の演奏者が一斉に演奏する際に何に気を付けて、どこにアンテナを張って最初の音を出すのか、ずれないようにどのような目線を送っているのか考えてみてはどうでしょうか。オーケストラの楽しみ方が増えていくので、そのような形で見ていただけると面白いと思います。

学校現場でのORCHESTRA POSSIBLEの公演動画の活用方法

生演奏の映像を編集しているので、芸術鑑賞として見ていただけるとよいと思います。医療ドラマと絡めて、命の大切さと結び付けて鑑賞してもすてきな活動になると思います。例えば、『コウノドリ』は出産がテーマのドラマです。赤ちゃんを授かり産むときの音楽を、産むときの困難さと結び付けて鑑賞したり、『コード・ブルー』であれば一番緊急性の高いヘリが降りてくるときの音楽と急ぐ気持ちを結び付けてみたりしてみてはいかがでしょうか。心への響き方を音楽と絡めて鑑賞してもらえると嬉しいです。

プロの視点から考える音楽教育で養うべき力

生の音を聴く体験は非常に大切だと思います。私自身の活動のなかで、ヴァイオリンの音を初めて聞いたという大人の方によくお会いします。ヴァイオリンは知っているが、テレビでしか見たことがないという方もいらっしゃいます。実際お会いして私が演奏してみると、ヴァイオリンの大きな音に驚かれます。オーケストラを初めて聴かれる方の中には音圧や迫力を通してとてつもない衝撃を受けてクラシックファンになる方もいらっしゃいます。人によって様々ですが、一度生の音を聴いてみると新たな発見がたくさんあると思います。私は町にホールがないような小学校に出向いて体育館で生の演奏をするコンサート活動もしてきました。最初は児童はみんな不思議そうに見ているのですが、音を出した瞬間に明らかに前のめりで目を大きく見開いて聴いてくれました。そのような体験が音楽への興味に関わってくると思います。

ポップスの音楽の魅力

クラシックは伝統芸術なので守っていかないといけません。それゆえクラシックだけの演奏にこだわる方が多いように思います。私たち演奏家はより様々なジャンルの曲を演奏してもよいと思います。モーツァルトやベートーヴェンなどあらゆる作曲家はもちろん素晴らしいです。しかし、クラシックに比べてポップスは単純という考えを持たれている方もいらっしゃいます。どんな音楽も一緒です。発信するのも演奏するのも一緒です。クラシックを演奏する我々が「私たちはクラシック専門だから」のような気持ちが強すぎることは問題だと思います。私たちはジャンルを分けないところを大切にしています。

授業にクラシックを取り入れるときの注意点

これは非常に難しいです。クラシックは敷居が高いと思われがちなので、敷居を下げてエンターテインメントとして聴かせている方もいらっしゃいます。しかし、私はクラシックは敷居は高くていいと思っています。そこがクラシックの一番素晴らしいところではないでしょうか。分かりやすい曲は弾こうと思っていますが、クラシックは難しいくらいでもよいと思っています。生音を聴くということが一番大切だと思います。

コロナ禍で芸術鑑賞教室をするときの先生の声かけについて

現在のコロナの状況が落ち着くまではホールに行けなかったり演奏家が学校に出向くことも難しかったりと生音を聴くことはあまりできないと思います。そこで、ORCHESTRA POSSIBLEの映像を芸術鑑賞として見ていただけたらと思います。一番先生方にフォローしていただきたいことは、映像と生音は全く異なることを伝えてほしいということです。「生で聴くとどうなるだろう」とか「もう一度同じプログラムのコンサートを聴き比べてみたらどうだろうね」というような問いかけをしていただけると、生の音に対しての興味がでてきて、聴ける日を楽しみにすることができるので、わくわく感を子どもに残してもらいたいと思います。

4 学校現場の先生方へ一言

音楽は教材のようになかなかできあがったもののみで伝えられず、心に響く部分が多いジャンルです。言葉でも、形でも表せないところが一番の魅力だと思います。また、知識がないと聴けないということをあまり言いすぎないでいただきたいです。純粋に聴きたいときに音楽が隣にあって、音楽が寄り添ってくれる関係であるとすてきだと思います。音楽の力が大きいことを押しつけがましく言いすぎてはいけないと思っています。どんどん楽しく音楽を聴いていこうということを常に伝えていただけると嬉しく思います。

5 プロフィール

枝並千花さん

  
4歳よりヴァイオリンを始める。桐朋学園女子高等学校音楽科を経て、同大学音楽学部卒業。
1998年第52回全日本学生音楽コンクール中学生の部全国第1位。東儀賞、兎束賞、都築音楽賞受賞。
2001年第10回日本モーツァルト音楽コンクールヴァイオリン部門第3位入賞。
2003年第24回ミケランジェロ・アバド国際ヴァイオリンコンクール優勝、及びソナタ賞受賞。ミラノにて受賞コンサート出演。
2006年4月東京交響楽団へ入団。退団後はソロ、室内楽など幅広い分野で活動するほか、日本フィルハーモニー交響楽団、東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団等にゲストコンサートマスターとして招かれる。
2009年CHANEL Pygmalion Days アーティスト。同年5月デビューCD「夢のあとに」をリリース。
2013年7月、名古屋フィルハーモニー交響楽団、東京交響楽団と協演。同年6月2ndアルバム「naked」をリリース。
2016年12月ユニバーサルミュージックより3rdアルバム「LOTUS」をリリース。
桐朋学園大学音楽学部非常勤講師として、後進の指導にも力を注いでいる。
2018年6月自身の率いるORCHESTRA POSSIBLE初のフルオーケストラ公演開催。
数々の国内外アーティストの日本公演にてコンサートマスターを務める。
IL DIVO JAPAN TOUR (2014年、2016年、2018年)、イディナ・メンゼル初来日公演(2015年)
2CELLOS JAPAN TOUR (2016年、2017年、2018年)、X JAPAN WORLD TOUR (2017年)
Boyz Ⅱ Men JAPAN TOUR (2018年)
YOSHIKI ディナーショー「Evening with YOSHIKI」(2018年、2019年)
2019年の活動
・1月18日、国立新美術館 ピアソラ「ブエノスアイレスの四季」出演
・2月20日、ホテル「鎌倉古今」クローズドイベント出演
・2月24日、CHANEL クローズドコンサート出演
・3月9日、TOYATAイベント「Dream Drive Dream Live 2019 with TOYOTA GAZOO Racing」出演。共演:Toshl、徳永ゆうき、HANDSIGN、YOKO
・3月18日、東京春音楽祭出演
・4月11日、YOSHIKIクローズドイベント出演
・5月、宮崎国際音楽祭出演
・8月、YOSHIKIディナーショー出演
・11月、シャネル ヤコポ バボーニ スキリンジ スペシャルコンサート 出演

2020年1月より、新しいコンサートスタイルの提案と共に、後輩育成プロジェクトとして自身プロデュース企画を発展させた「Varieta」コンサートシリーズをスタート。

6 編集後記

プロの視点からの大変興味深いお話を伺うことができました。音楽科の先生はクラシック音楽で使われてきた楽器を専攻にしている方が多く、必然的にクラシック音楽に強く親近感をもっている方も多いと思います。そうしたなかで、ポップスも同じ音楽であるという点について今回お話を伺えたので、新たな発見と同時に授業の参考になるかと思います。音楽の先生にはもちろん、まだ生でオーケストラの音を聴いたことのない先生方にも読んでいただきたいです。
(編集・文責:EDUPEDIA編集部 徳田美妃 清水彩乃)

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