「教えないスキル」が子どもの意欲を伸ばす!~指導者のコーチングマインド~(佐伯夕利子さん 教育技術×EDUPEDIA スペシャル・インタビュー)

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目次

1 はじめに

本記事は、雑誌『教育技術』(小学館)とEDUPEDIAのコラボ企画として行われたインタビューを記事化したものです。

2021年2月に小学館より発刊された『教えないスキル ビジャレアルに学ぶ7つの人材育成術』の著者であり、30年にわたり、スペインでサッカー指導者として活躍され、名門「ビジャレアル」での育成・指導大改革に携わった佐伯夕利子さんに、自ら考え学びに向かうためのチーム作りのポイントや指導者の心構えなどについて伺いました。

(2020年12月22日取材)

2 インタビュー

指導者の心構え

子どもを無条件にリスペクトする

指導の前提として、子どもとは無条件にリスペクトされる存在である、という認識を持っています。子どもを無条件にリスペクトするとは、子どもが感じていることや思っていること、やりたいことを尊重して、しっかりと耳を傾けることです。

しかし、実際の指導現場では、大人が子どもを支配・管理しようとすることも少なくありません。他にも、「子どもだから分からないだろう」「まだ2年生なので、この子には無理だ」といった思い込みもあります。しかし、年齢が小さな子でも、実は大人が思うより物事を分かっていることもあるのです。

そこで今一度、子どもとはどのような存在なのか、大人の認識を再確認すべきだと思います。正しく再確認できれば、教育現場やスポーツの指導現場においても、子どもに対するコミュニケーションの仕方が変わり、物事がよい方向に進んでいくでしょう。

改革に込められたメッセージ

新しい指導へのチャレンジ

サッカーの指導者は、フルタイムもしくはパートタイムでクラブから雇われており、指導者とクラブは雇用関係にあります。

育成・指導の改革を初めた頃、私たち指導者をマネジメントするクラブから、どんなアドバイスを言われても、自分たちのこれまでのやり方を否定されているように受け止めてしまうことがありました。これまでの自分たちの指導が、未熟で傲慢だったことに気付かされるので、改革を行うことは面白くはない状態でした。そんな中、クラブから言われて救われたのが次の言葉です。

「我々は、君たちがどんなに酷い指導者だったのかを言ってるわけじゃない。それは、君たちが指導の方法を1つしか知らなかったから、それを一生懸命やってきただけだ。これからは、他のやり方にみんなで挑戦していこう」

そう言われてから、今までの自分たちを否定するのではなく、違ったやり方を試してみよう、というチャレンジになりました。

指導者も選手と同じように学ぶ

他には「1周しておいで」とよく言われました。それは、「いろいろなやり方を試してみて、それでもやっぱり今までの指導がいいと思ったら、また戻ってくればいいよ」といったニュアンスで、私たちに心のゆとりを持たせてくれました。選手に対しても、「今まで悪かった点を矯正します」「これからチームを改革します」という一方的な姿勢ではなく、彼らの気付きを導きながら、学びを高めることを大事にしました。そして、指導者である私たち自身も同じプロセスで学ぶよう努力しました。


     (本書より)

改革の中身

選手の思いを汲み取る

サッカー現場で起こるシチュエーションの一つとして、選手が右にパスを出したとします。指導者は自分の主観で「今は右ではなく左に出すべきだった」と思うと、つい「なぜ右に出したのか? 右ではなく左に出すべきだ」と言ってしまうわけです。

「ビジャレアル」では、こうしたコミュニケーションは浅はかで意味がないことに気付かされました。選手が右にパスを出したのなら、それには何か理由があるはずです。そこに至った経緯は彼にしか分からないはずで、選手から見える角度と指導者から見える角度は違います。その時選手が恐怖や不安を感じたなど、アクションを起こすには何かの背景があるはずです。しかし、それまでの私は、選手に何が見えて、何を感じ、なぜその選択肢を選んだのかといった思いを汲むことすらできませんでした。

試行錯誤のコミュニケーション

初めは、選手の思いを汲んでのコミュニケーションが上手くできず、指導者が予想しなかった状況になると黙ってしまうという現象が起こりました。なぜなら、今まで「そこは左にパスだ」と言っていたので、それ以外の伝え方を私は知らなかったからです。そのような状態から始まり、試行錯誤していろいろな言葉を探しながらコミュニケーションをしました。

オープンに問いかける

新しい指導法で身につけた、選手への声かけの具体的なスキルは、選手にオープンに問いかけることです。例えば、「なぜ右にパスを出したの?」と聞きます。大人が期待する答えを導くために問うのではなく、フラットにその選手に聞くのです。そしてどんな答えでも、なるべくフラットな状態で聞き、こちらが意図しない答えや言い訳が返ってきても、「そうなんだ」とリスペクトして受け止めるということを訓練しました。

このようなコミュニケーションを通して、選手との関係性を再構築する作業を繰り返しました。私はこのような作業を繰り返しながら、これまで20年間、指導者と言いながらどれだけ偉そうにしていたのかと反省しました。

指導者が待つこと

子どもが自分の思いや感じたことを表現できるよう、大人は子どもが発言するのを、いつまでも待ってあげましょう。クラブからは、「音を発していないサイレント、いるかいないか分からない・聞こえないところに意識を向け、そこに耳を傾けなさい」とよく言われました。

チームの雰囲気

何を言っても許される雰囲気をチームの中につくることも大切です。選手同士でも「この子は変なことを言っている」という雰囲気を醸し出してしまうことがありますが、そのような時は指導者が、「いやいや、それも一つの貴重な意見だよ」というフィードバックをみんなの前ですることで、雰囲気が前向きに変わっていきます。

言葉の共通理解の大切さ

改革において、言葉にとてもこだわりました。例えば、「相手にプレッシャーをかける」と言っても、人によって理解の仕方が全く違います。「プレッシャーがゆるい」と言われても、選手としては、「すごく頑張ったのに、なぜそう言われるのだろう?」と思うこともあるわけです。そこで、「私の言う『プレッシャー』の意味を全員が理解していないかもしれない」という認識を持ち、コミュニケーションの際に、選手との間に温度差を感じたら、全体で言葉の理解を確かめ合うアクティビティをするようにしました。

「ちゃんとする」とは?

例えば、選手たちが理解している「ちゃんとする」とはどういうことなのかを話し合います。そして、全体の意見を擦り合わせていき、最後にまとめてチームとしての「ちゃんとする」の理解を作り出します。この作業は、共通の理解を目指すのではなく、ある程度お互いの認識を了解した状態をつくるのが大事です。みんなが、完璧に同じように理解するのは難しいので、お互いに譲り合い、擦り合わせながら了解を目指すのです。

みんなで共通の了解を持った状態にあると、「ちゃんとする」の理解がフィットしてきたり、「『ちゃんとする』とはこういうことだと話したけど、今はできてないね」のように、フィードバックが説得力を持つことを学びました。

「よい姿勢」とは?

学校の例ですと、「よい姿勢」と言っても、先生と子どもで捉え方が違いますよね。そこで、「よい姿勢とは、どういうことだろう?」とブレインストーミングをしたら、いろいろな意見が出て面白いでしょう。例えば、「気をつけをしていることです」「ちょっとでも姿勢がずれたらだめ」など。それを擦り合わせていって、「本当に大事なことは何だろう?」と考えます。体の向きなのか、先生の目を見ていることなのか、目では見ていても耳は全然聞こえないこともあるよね、など言い合って、みんなで了解をつくっていきます。

「時間を守る」とは?

他には、「時間を守る」をみんなで考えてみます。サッカーは団体スポーツですから遅刻は基本的に許されないことですよね。そこで「遅刻しちゃいけないのはなぜ?」と聞くと、中には「10分ぐらいいいと思う」と言う子もいます。一見ありえないそのような意見も真摯に受け止めて、「10分ぐらいいいと思うのね、そっかそっか。そういう考えもあるよね」と返します。「意見として、そういう考え方もあるよね」と受け止めて、子どもに自由に発言させる空間を与えるのが大事です。

このような活動の中で、選手から「10分ぐらい遅れてもいいじゃん、別に試合には間に合うでしょ。だって30分前に着くようにバスを予定してるんだから」と言われると、それが指導者としての成功を感じさせます。なぜなら、彼らの思いや感じたことを素直に言ってもらえているからです。この作業でも、子どもたちを無条件にリスペクトし、彼らの意見や言葉を真摯に受け止める姿勢が必要です。

指導者が感情をコントロールするコツ

アンガーマネージメント

指導者が自分の思いを選手に押し付けないためには、感情をコントロールする力も大切です。私はメンタルコーチに、怒りをコントロールするアンガーマネージメントをしていただいてます。大事なのは、自分が怒るポイントを知ることです。選手に対して怒った状況を分析して、何が起こったのかを、コーチと振り返ります。例えば、「何度も遅刻をしてきた選手がいたので怒りました。スタメンで使う予定でしたが、ベンチ外にしました」ということがあったとします。

自分の内側をみつめる

まずは、「その時に自分は何を感じたのか」について振り返ります。例えば「身体的に体温がカッと熱くなる」と言えば、「どの辺りが熱くなる? 頬、頭、心臓、手?」のように問いかけてもらい、自分が感じたことを認知していきます。

それから、「その時に自分の感情はどうだったのか」について、「自分が何か言ってはいけないことまで言い出したくなるような衝動に駆られる怒りでした」などと振り返ります。

次に、「そこにある自分の想いや思考」について「団体スポーツとして規律が大切なのに、それを破ることは許せない。しかも1回目は許して、次にやったらダメだと言ったのに、2回目も遅刻した。だから怒った」と振り返ります。

無駄な怒りを改善していく

このように、自分の感情をひとつひとつ分解して表現し、自分の思考の経路を確認をしていき、怒りスイッチが入るきっかけを自分自身で認知するような作業をしていきます。そして、「自分の怒りは、本当にコントロールが効かないぐらいに怒るに値することなのかどうか」「その怒りは選手のためなのか、自分が安堵感を持つためなのか」ということを問われます。今まで意識しなかったことを意識することで、無駄な怒りや一方的な怒りが改善されてきたと思います。

しかし、これは、「怒ることはいけない」ということではありません。一方的な身勝手な怒りを、お互いに意味のある怒りにしていくのです。例えば、「ここは絶対に妥協しない」という大事な約束があったとしたら、それを破ったことに対して怒りという感情をきちんと表現することで、子どもたちも「この約束は守らなければいけなかった」と分かると思います。

1人でもできる振り返りの方法

もし一緒に振り返る人がいない場合、1人でもできる振り返り方があります。それは、怒りを感じた時の現象を紙に書くのです。例えば、「バスに遅れてきた選手がいて、ものすごく腹がたった。もう3分前ぐらいからイライラしてました」など、とにかく書き出します。そして、その時の感情や身体的な感覚を書き出します。その次に、ロジックを立てて自分の怒りを正当化し、思考を分析します。このように書き出すことで、自分の怒りの仕組みが分かってきます。

選手に社会活動を経験させる

クラブの日常は当たり前ではない

「ビジャレアル」では、全国のサッカーが上手な子達をスカウトして選手になってもらっています。選手寮では、衣食住が確保されていて、サッカーに専念できる恵まれた環境があります。そして、選手は寮に入ると周りが見えない状態になります。

そこで、今の環境が当たり前だと思い、一般的な社会の常識や日常生活を知らないことは危険だ、という考えに至りました。スポーツ選手の中には、そのような生活で感覚が麻痺してしまい、引退した後に自己破産宣告をする人の割合が多いと言われています。

心の琴線に触れる関わり

そこで、選手に社会との接点を作ってあげるのが私たちの責任ではないかと考えました。社会と接点を作るとは、単に社会科見学に出かけるということではなく、選手の価値観が変わるような、エモーショナルな部分に響く経験をさせることです。個人差はあるにせよ、どんなに生意気でかっこつけている年頃の子でも、それぞれ心の琴線があります。お年寄り、子ども、障害者、動物との関わりなど、それぞれにとって、心の琴線に触れられるような経験を提供しています。

そういう社会的弱者と言われる方々の団体は、実は町の中にたくさんあります。例えば、脳性麻痺の障害者のセンターや動物愛護団体、認知症の方々が来るデイケアセンターなどが、サッカークラブがあるのと同じ町にあります。

地域と共に成長する

そういう方々に、選手達を育ててほしいという思いがあります。「自分たちのような弱者が、あなたたちと同じ社会で生きている」ということを、選手たちに伝えてほしいというのが、私たちから社会に対してお願いしていることです。そうすると、選手が刺激を受けるだけでなく、センターや団体の方々も、若いスポーツ選手と触れ合うことで、新たな世界が広がることもあります。そして、街にありながらもあまり知られなかったようなセンターや団体が、私たちの活動を通して社会に認知されるなど、お互いによい関係を築き上げています。

新しい指導者像を目指す

私たちがこの改革に取り組んだのは、私たちの指導の上手さを伝えるものではない、ということが大前提にあります。

集団生活において、お互いの尊厳に基づいた規律は必要だと思います。しかし、それが子どもへの支配・統率といった管理になってしまわないように、これまでの反省を含め、気を付けています。

統率という手段は、上に立つ指導者からすると、解決策として簡単なのです。しかし、統率・支配をする以外のやり方でも、よい指導ができるのではないかということを、一人一人の大人が考えなければいけないと思います。「自分が楽だから・やりやすいから・これまでずっとこうしてきたから」という理由ではなくて、「相手がどう感じているのか・相手がどう思っているのか」を、一度立ち止まって考える作業を、いずれの指導者もするべきだと思います。

選手とのコミュニケーションでも、これまでは指示・命令を繰り返してきましたが、他のやり方をすれば、もっと意味のある、豊かなコミュニケーションや指導現場が広がる可能性があります。そのような姿を目指す指導者が増えると嬉しいです。

3 著者プロフィール

佐伯 夕利子(さえき・ゆりこ)

前Villarreal Club de Fútbol, S.A.D.社員(フットボール総務部)
UEFA Pro/スペインサッカー協会公認ナショナルライセンス監督
JFA女子委員会
公益社団法人 日本プロサッカーリーグ常勤理事
WEリーグ理事
(2021年8月時点)

4 著書紹介

『教えないスキル ビジャレアルに学ぶ7つの人材育成術』著/佐伯夕利子

サッカー(フットボール)の指導のみならず、ビジネスの現場で若手を育成する際に、学校教育の現場でも、日常の家庭での教育にも、置き換えてみれば取り入れ可能なメソッドが多い。「教えない」ことで「学びの意欲が増す、成長する」。そのヒントが満載の書。

試し読みはこちらから

5 編集後記

「改革には痛みが伴う」という言葉がありますが、「ビジャレアル」の指導者の方々は、まさに過去の自分と戦いながら、選手と向き合っていらっしゃるのだと感じました。そのような強い思うが、子どもにも火をつけ、チームを成長させるのだと思いました。

(編集・文責:EDUPEDIA編集部 大和信治  撮影:五十嵐美弥 小学館)

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