1 はじめに
本記事は、教育をめぐる様々なテーマについて、興味を持ち学んでいる学生の目線で論じる企画【Review as Student】の第4弾です。第4回となる今回取り上げるテーマは「教育格差」です。
日本社会に社会階層が明確に存在していることや教育がその格差の生成に寄与していることは、ここ10年来徐々に問題化されてきました。一見、子ども自身の力が如実に反映されるように見える教育の領域において、格差はどのように現れ、生成されるのか。松岡先生の著作『教育格差』を基に紐解いていきます。
シリーズ【Review as Student】とは
シリーズ【Review as Student】とは、教育に関わる様々なテーマについて、専門にしている学生や興味を持って学んでいる学生が、書籍や資料の内容を土台に論じる企画です。ベースにする書籍や資料の論点をとりあげながら、それに対して学生の目線で評論を加えていく形になっています。理論的な議論に終始するのではなく、教育現場で働く方々や、これから教育に携わっていく方々が、それぞれのテーマについて具体的に何ができるか、という点にも踏み込んで議論していきます。
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2 「教育格差」とは何か
「教育格差」とは何なのでしょうか。一見難なく理解できそうな語彙ですが、少し細かく考えてみましょう。
まずは前半の「教育」の方からみていきます。ここでは大きく2つの論点があります。1つ目は公教育、つまり学校教育(私立学校を含む)のみを取り扱うのか、それとも私教育(塾や習い事、家庭教育など)も含めて取り扱うのか、です。これは「教育」がどこまでの範囲を示しているのか、という論点ですね。そして2つ目は「学業達成」[1]、つまり学業成績や取得学歴などの格差を問題にするのか、それとも「教育機会」の格差を問題にするのか、です。
次に、後半の「格差」についてみていきます。教育の過程や結果生じる「個人差」は、同一の人間は一人としていない以上必然的に生じるものでしょう。この「個人差」に対して、「格差」は「集団」間の差です。そして「格差」における「集団」とは、出身家庭の社会階層や出身地域など、「生まれ」と言われるような本人が選択できない属性です。
本書では、「教育格差」のなかでも私教育を含め、出身家庭・地域による学力の格差に主に焦点を当てて論じています。
[*1] 「学業達成」という言葉には馴染みが薄い方もいらっしゃると思うので、以下は「学力」という言葉で表します。厳密には、「学業達成」は「学力」が何らかの形で測られた結果(成績や学歴など)を表します。
3 「教育格差」の歴史的推移
出身家庭の階層による格差
父親の最終学歴と子どもの最終学歴にどのような関連が存在してきたかを表したのが下記の図です。出身家庭の階層は日本社会では父親の学歴との相関が高いことが指摘されているため、ここでは簡易的に父親の最終学歴によって表しています。子どもの学力は、ここでは子どもの最終学歴を表しています。
NHK教育サイト 子どもたちのいま:新型コロナが突きつけた「教育格差」(前編)より引用
上の図からは、戦後から現在まで父親の最終学歴と子どもの最終学歴の関連の強さは大きく変わっていないことがわかります。父親の最終学歴が大卒の集団と、非大卒の集団の間で、子どもが四年制大学を卒業する割合には常に40%~50%の差異が存在していました。
出身地域による格差
下の図は、「三大都市圏/非三大都市圏」「大都市部/市部/郡部」という2つの地域の表し方それぞれで、子どもの最終学歴がどのように異なるかを表したものです。図の横軸の数値は調査時点(2015年)の調査対象の年齢を示しています。
松岡亮二(2018)「教育格差の趨勢—出身地域・出身階層と最終学歴の関連—」古田和久編『2015年SSM調査報告書4 教育I』p194,p196より引用
上の図からは、戦後から現在まで地域格差が存在し続けてきたことが確認できます。三大都市圏出身か否かで比較すると、男性の場合子どもの最終学歴が四年制大学を卒業する割合の差異は、1975年~90年の間に政策の影響で一時的に縮小したのを例外として、基本的に拡大傾向にあります。出身地域が大都市部か市部か郡部で比較すると、子どもが四年制大学を卒業する割合に一貫してそれぞれ25%程度の差異が存在しています。女性の場合、出身地域による子どもが四年制大学を卒業する割合の差異は一貫して拡大傾向にあり、最近は男性と同程度まで拡大していることがわかります。
4 本書が切り込む「教育格差」の具体的な性質
教育格差を生み出す諸要素
これまで説明してきた「教育格差」は、どのような過程を経て生じているのでしょうか。ここでは、出身家庭の社会的属性が学力の格差に結びつくまでに、どのような要素が絡んでいるのか、本書にて言及されているものを段階的に示していきます。
幼児期
- どのような子育ての方法(家庭内コミュニケーション)を取るか
- 幼稚園に通うか保育園に通うか
- 習い事を(いつから)活用するかどうか
小学校
- どのような子育ての方法(家庭内コミュニケーション)を取るか
- どれだけ読書をするか
- 親がどこまでの進学を子どもに期待するか
- 塾を(いつから)活用するかどうか
- 習い事を活用するかどうか
- 親が学校参加に積極的かどうか
- どのような(どこの)公立小学校に通うか
中学校・高校
- 親がどこまでの進学を子どもに期待するか
- どのような(どこの)中学校、高校に通うか
- 塾を活用するかどうか
このような様々な要素が出身家庭の階層や地域といった属性と関わることで、学力に差が生まれやすい環境が構築されていることが本書では指摘されます。具体的に、これらの要素がどのように関連し、それが学力にどのような影響を与えていると考えられるのかは、本書にてご確認ください。
教育格差の日本的特徴
ここまでの教育格差の説明からは、日本は世界のなかでも教育格差の大きい国だと思われるかもしれませんが、日本の教育格差の程度はOECD諸国の中でも平均的です。日本の教育制度は、カリキュラムの統一性の高さなどから比較的「平等主義的」という特徴があります。しかし、平等的な制度のもとでも、小中学校の間に「生まれ」による学力の格差を埋められていません。そして、平等的な制度だからこそ、「生まれ」による学力の格差が見えにくくなっているという特徴もあります。
そして、学力の格差は統一的な学力選抜である高校受験を経ることで、「学校間の学力格差」という形で制度的に可視化されます。同じ程度の学力の生徒のみを集める制度は、ある意味では効率的といえるでしょう。しかし、小中学校までで生まれによる学力の格差が縮小されないままでの選抜のため、実質的に生徒を「生まれ」により区分する制度になっているともいえます。
5 本書を読んだ感想
本書では教育格差を考えるうえで基本的かつ重要なデータが数多く掲載されており、その性質がわかりやすく解説されています。その徹底ぶりに、教育格差について議論するまえにデータを基に現状把握をするべき、という考え方が現れています。本書で示されている様々なデータやその解釈は、具体的に教育実践を考えることにも、教育制度を考えることにも、有益な知見を提供してくれるでしょう。
ただし、本書が取り上げているのは基本的に受験に関係する学力である、という点も重要です[2]。もちろん現代社会では、学力の差異は単に学生自体の学力の差を表すだけでなく、職業、収入など生活を構成する重要な要素への影響を持っています。したがって教育格差を学力の面から問題提起する本書の議論の価値は非常に高いものでしょう。しかし、学校教育は児童生徒に学力をつけさせる以外の機能も持っています。本書の示すデータは、学校教育の学力をつけさせること以外の側面にも存在する格差を推測する手掛かりとしても有用かもしれません。
[*2] 本書ではPISAやTIMSSといった調査を基にしたデータも分析に用いられており、完全に受験に関係する学力のみが問題にされているわけではありません。
6 教育に携わる者に何ができるか
本書の提示する議論は、教育者が実際に教えている子どもたちが置かれている社会的環境、言い換えれば「教育現場以外の生活」に目を向け、想像するためにも活用できるでしょう。子どもたちの置かれている社会的環境を前提に考えることで、教育実践の改善の道も開けるかもしれません。環境の差異を完全になくすことは難しく、どの生徒にも同じ対応を取るだけでは教育格差は埋まりません。
もちろん、学力の格差を埋めることが常に教育の第一目的というわけではありません。しかし、そもそもどのような教育実践が可能なのか、そして有効なのかは、子どもたちが置かれている環境という前提条件によっても異なるでしょう。環境による制約と目指したい実践の方向性を往復するように考えながら実践を発展させていくことが、教育格差に向き合う教育に繋がるのではないでしょうか。
7 より学びたい方はこちら
地域の側面から教育格差について学びたい方
吉川徹著(2019)『[新装版] 学歴社会のローカル・トラック』
教育格差が存在するこの社会で地方出身であるとはどういうことなのか。どのように学生時代に進路を選択し、進学後の人生を歩んでいるのか。この点について時系列データの統計分析とライフヒストリーのインタビューを組み合わせて取り組んだ、画期的な学術書です。
出身家庭の側面から教育格差について学びたい方
荒牧草平著(2019)『教育格差のかくれた背景: 親のパーソナルネットワークと学歴志向』
教育格差を研究する第一線の研究者である荒牧先生の最新の著作です。教育格差について、親の学歴志向、教育意識という要素に着目して、人同士の繋がりの側面から読み解く内容となっています。
8 著者紹介
松岡亮二
ハワイ州立大学マノア校教育学部博士課程教育政策学専攻修了。博士(教育学)。
東北大学大学院COEフェロー(研究員)、統計数理研究所特任研究員、早稲田大学助教を経て、現在同大学准教授。(2021年4月現在)
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9 ライター紹介
新井理志
EDUPEDIA編集部編集委員。東京大学教育学研究科修士課程所属。専門は教育社会学、高等教育論。
(2021年5月現在)
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