大学に行く目的って?オンライン授業の発展から見る大学の役割【変わりゆく時代、変わりゆく大学〜問い直そう!大学の役割〜】ROJE関東教育フォーラム2021パネルディスカッション

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目次

1 はじめに

当記事は、2021年5月15日にYouTubeでライブ配信されたNPO法人ROJE主催ROJE関東教育フォーラム2021「変わりゆく時代、変わりゆく大学~問い直そう!大学の役割~」内で行われた、パネルディスカッションの内容を編集し記事化したものです。

登壇者である伊藤羊一先生(武蔵野大学アントレプレナーシップ学部学部長)、鈴木寛先生(東京大学、慶應義塾大学教授)、森田裕介先生(早稲田大学教授)、角田雅治(本フォーラムを主催するNPO法人ROJEの学生登壇者)、隂山英男先生(隂山ラボ代表、学生登壇者サポーター)の5名が議論を交わしました。

当記事では、主にオフライン授業との比較から見るオンライン授業の特性や、オンライン授業が発展したことにより見えてきた、大学に行く目的を問い直す必要性について取り上げています。

※当フォーラムでは、新型コロナウイルスの感染防止のために適切な対策を講じています。

☆ROJE関東教育フォーラム2021のアーカイブ配信はこちらからご覧ください。

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2 オンラインシステムの活用可能性

オフライン・オンライン授業それぞれの可能性

角田:オフライン授業とオンライン授業のそれぞれよい面と悪い面をお聞かせください。

鈴木:コロナ禍によって劇的にオンライン授業が増え、学生も大学教員も「大学とは何か」「学校とは何か」を改めて考えさせられました。伊藤先生がイントロダクション(パネルディスカッション前に行ったもの)で仰った「圧縮された人間関係」[*1]は非常に重要なキーワードだと思います。

約25年間東京大学と慶應義塾大学の学部、大学院で「すずかんゼミ」を行っていますが、そのゼミでは、「知人・友人・同志」という言葉が語録になっています。SNSでの交流で「知人」は増えますが、オフラインで語り合わないと「友人」にはなれないと思っています。さらに、一緒にプロジェクトに取り組み、「共苦共楽」体験をすることで「同志」になるのです。私は、特に大学は「同志」を作るとても大事な時期だと思っています。そのためには、オフラインで会い語り合ったり、雑談のような本筋から外れたコミュニケーションを取ったりして濃密な人間関係を作ることが必要です。

大教室での授業はオンラインで行う方がよいと思います。なぜなら、オフラインだと教員の目が届きにくいことからゲームをしたり寝たりする学生もいましたが、オンラインであれば学生全員が教室の1列目に座っているような形になり授業の質がよくなるからです。

今は教員として、毎週試行錯誤しながらハイブリッド型の授業にチャレンジしています。学生側も工夫しており、色々なパターンの学び方が出てきていてとても面白いです。たとえば、ゼミの中で4~5人のサテライトができ、学生同士で学び合うなどしています。

[*1] 伊藤先生が学部長を務める武蔵野大学アントレプレナーシップ学部では、学部1年生全員が寮で共同生活を行う。寮で生活することで通常より他人と深く関わる関係を「圧縮された人間関係」と呼ぶ。

森田:オンラインでの授業は、オンラインツールの接続を切ってしまうと授業後の時間という余白が作れません。私はオンライン授業推進派ですが、濃密なコミュニケ—ションのためにはオフラインの授業が大事だと思います。

伊藤:学部1年生が全員入る寮で過ごす中で感じたオフラインのよさは2つあります。1つは、ハイタッチなどの物理的な接触ができることです。物理的な接触によってオキシトシン(ストレス緩和や記憶力向上などに効果がある)が出てきます。もう1つは、学生が、周囲の受講生の空気を感じ取ることができることです。オンラインの授業でも教員のエネルギーを学生に伝えることはできますが、学生はお互いの空気を感じ取ることができません。

角田:オンライン授業でのディスカッションを円滑に進めるにはどうすればよいですか。

森田:私は、ブレイクアウトルームでのディスカッションをするときはカメラをオンにするよう伝えています。カメラオンでディスカッションをすることが効果的であることは分かっているので、そのようなルールを決めています。私が100人くらいの学生に向けて話すときは、全員を見きれないのでカメラオンは任意としています。

また、ディスカッションの時間に話し合うべき内容が学生に伝わっているか、ディスカッションが円滑に進んでいるかを確認するために、教員が進捗を把握できるよう工夫したりTAがブレイクアウトルームに入り声をかけたりしています。

鈴木:ディスカッションでは、ファシリテーター、ファシリテーターをフォローする人、偏った議論の流れを変える人が大切です。オンライン授業でディスカッションをすることを、これら3つの役割に挑戦するチャンスだと捉えてほしいと思います。

オフライン・オンラインで学ぶための環境整備

角田:オフラインで語り合う場を作るのは難しいと思いますが、2020年度に早稲田大学ではどのような施策を講じていましたか。

森田:早稲田大学では、2020年6月にはキャンパスをオープンしていました。しかし、当時は新型コロナウイルス感染症の影響が分からなかったので、密にならないように配慮はしていました。この時期に、大学の職員の方がキャンパスの改善に向けて非常に努力してくださりました。夏と冬には数億円をかけて空調の取り換えを行いました。学生個人に向けては、ネットワークの環境を整えるために中古機器の貸し出しをしたり、学生のモバイルデータ量を増やしたりしました。

角田:寮で人間関係が圧縮されすぎて、揉め事などの問題が発生する可能性があると思いますが、このことに対して施策を講じていますか。

伊藤:私はほとんどずっと学生たちの寮にいて、学生一人一人の顔を見たり、一人一人に声をかけたりしながら人間関係をじっくり見ています。ギリギリまでは学生たちを放置しているふりをしますが、常に教員がマネジメントできている状態を作ることが必要だと思います。

角田:寮の学生の中で、教員、学生に加えてサードプレイスを持つ人はいますか。

伊藤:いちごを作る農業生産法人を経営している教員がいるのですが、その農場を訪れて農家の方々と知り合いになる学生もいました。色々な形・関係で、学生が社会全体と関われる場所を作るのが理想だと思っています。

角田:学生の自発的な行動による「友人」「知人」の繋がりの発生について、具体的な事例はありますか。

鈴木「圧縮された人間関係」を誰と作るのかという点を考えなければなりません。研究をする上で大事なのは、ラポール形成(問題の現場との濃密な人間関係の形成)がなされている状態をもつことです。「すずかんゼミ」では、大学院の半期だけ慶應義塾大学の授業を受けてもらい、残りの1年半は地方の農村漁村に住んでもらっていました。すると、その地の人々と非常に濃密な人間関係を形成することができ、それが研究に役立ちます。

また、1回オフラインで濃密な関係を作ることができれば、その後はオンラインでの関係でも問題ないと思っています。オンラインには魔法瓶の保温機能のようなものがあると思っていて、オフラインで熱を高めることができれば、その後はオンラインでも濃密な関係を保持することができるのです。

3 これからの大学の在り方

修得単位の制度や学費について

角田:2020年に日本私立大学連盟が、卒業要件単位のうち、オンライン授業による単位は60単位までしか認められないと規定しました。なぜこのようになったのでしょうか。

鈴木:大学では124単位を修得しないと卒業できませんが、日本の法律ではオンライン授業での修得上限は60単位となっています。しかし、大学、学部、学年によってオフラインとオンラインの最適な割合は変わると思います。個人的には、文部科学省ではなく各大学が決める方がよいと思っています。内閣府の規制改革推進会議では、上限60単位という規定を緩和するよう求めています。

通信制大学ではほとんどオンラインの授業をしていますが、約25%はオフラインの授業をしなければなりません。通学制の大学で上限60単位の制限をなくすと、通信制大学との差がなくなってしまいます。このように差がなくなるにもかかわらず、通信制大学は、卒業するまでに100~150万円がかかり、通学制の大学は、400~450万円がかかる、という差はなくならないのです。

「学生が」大学に何を求めるのか

鈴木:こうした中で学生に考えてほしいのは、大学に払う授業料の対価は何か、ということです。大学の運営には、3つのポリシー(アドミッション・ポリシー、カリキュラム・ポリシー、ディプロマ・ポリシー)[*2]が関連しています。これらのポリシーを含めて、自分が大学に何を求めているのかを学生が議論していくことが生産的であると思います。

また、日本ではユーザーが感じる価値をベースに価格を決めるのか、提供する側のコストに見合った価格を決めるのかの議論がなされてきませんでした。これについても議論の余地があります。

[*2]
・アドミッション・ポリシー:入学者受入れの方針。入学者に求める学力の明確化、 具体的な入学者選抜方法の明示をする。
・ディプロマ・ポリシー:卒業認定・学位授与の方針。学生が身に付けるべき資質・能力の明確化をする。
・カリキュラム・ポリシー:教育課程編成・実施の方針。体系的で組織的な教育活動の展開のための教育課程編成、 教育内容・方法、学修成果の評価方法の明確化をする。
(文部科学省、「高大接続改革:『三つのポリシー』に基づく大学教育改革の実現に向けて」より)

角田:大学が求める学生の姿をディプロマ・ポリシーで明示していたとしても、言葉だけでは表現できない、定量化できない部分があると思います。どのようにしたら、高校生が自分に適した進学先を選ぶことができると考えますか。

角田:私は、高校の中に大学が入っていき、交流の機会を作るべきだと思います。これにより、高校生自身が自分の最適な進学先を見つけることができると思います。

鈴木:最近では、偏差値による序列が崩れてきています。これを加速させるためにも、大学に何を求めるのかを議論することが重要です。

伊藤マーケティングの4P—どのような教育を施すか(プロダクト)、鈴木先生が仰った価格について(プライス)、オフラインかオンラインかというチャンネル(プレイス)、大学が3つのポリシーを高校に伝えること(プロモーション)—を考えながら大学が動くことが必要だと思いました。

隂山:何を目的として学校に通うか、という点は高校以下でも重要なことです。最近は、学力を高めるための条件が整い始めていますが、これが何のためなのかが見えづらい状況にあります。自分の将来をどう見据え、世界がどう変わっていくのかを考えなければいけないと思います。

角田:学生が大学で自分の得たいものを会得できたとしても、社会に出るときには社会的な圧迫(偏差値による序列)があると思います。学生がそこから抜け出すにはどうすればよいですか。

鈴木:起業家や政治家の偏差値は必ずしも高いというわけではありません。学生が4年間の中で様々なロールモデルに出会い、自分の人生について内省し議論するために、大学があるのだと思います。

森田:必ず大学に進学しなければいけないということはありません。コロナ禍の今、自分のやりたいことを見つけて、学びたいことを学ぶというフェーズに入ってきていると思います。

角田:将来やりたいことが見つかっていない状態で、高校生の時点で自分にとって最適な選択をすることはできますか。

伊藤最初は、やりたいことはなくてよいのです。大学を選択する段階であれば、オープンキャンパスに行ってみるということが大切です。そこでのフィーリングは、振り返るととても大事なものになります。

鈴木:私は旅をして未知のものと出会うことが重要だと思います。多様な人、こと、場所と出会うことは大学に行くことの意味でもあると思います。

隂山:子どもが冒険をするためには親のマインドのあり方を考えなければなりません。親が偏差値や世間の評価にこだわってしまっていると、子どものやりたいことができません。

4 皆さんへのメッセージ

角田:大学教員や大学に関わる人に向けて、オンライン授業をする上での心得などメッセージをお願いします。

森田:私は30年くらい前まで、オンラインよりオフラインがよいと思っていました。オンラインには、0が0.1や0.2になること、完璧ではないですが今まで情報が届かなった層まで届けることができることの素晴らしさがあることを感じました。しかし、やればやるほどオンラインでの授業は大変だと分かります。教える側は、効果が見込めるように適宜オフラインとオンラインを使い分け、学ぶ側もそれぞれの形態の特性を理解して学び方を変えていくのがよいと思います。

鈴木その時に選択した授業形式は個別最適解、かつ、個別暫定解でしかないのです。オンラインがよい時やよい人もあれば、オフラインでないとだめなときもあります。今までは一般普遍解を求めすぎてきました。世界中の人の成功・失敗の色々な経験を集合知としてラーニングコミュニティから学び、状況に応じた最善の方法を模索することが大切です。

伊藤:個別暫定解という言葉が全てだと思います。オフラインかオンラインかの選択ではないのです。その上で私たちは何をなさなければいけないのかを考え、個別暫定解を最適解に持っていけたらよいと思っています。

角田:オフライン・オンライン授業についてや大学のあり方など多岐にわたって議論し、学びの多い時間となりました。コロナ禍によりできることは限られますが、その中で自分は何ができるかということを掴み取って歩んでいければと思います。本日はありがとうございました。

5 登壇者のプロフィール

伊藤羊一先生

Zホールディングス株式会社 Zアカデミア学長/ヤフー株式会社 コーポレートエバンジェリスト Yahoo!アカデミア学長/武蔵野大学アントレプレナーシップ学部 学部長/株式会社ウェイウェイ 代表取締役/グロービス経営大学院 客員教授

東京大学経済学部卒、1990年日本興業銀行入行、企業金融、債券流動化、企業再生支援などに従事。2003年プラスに転じ、ジョインテックスカンパニーにてロジスティクス再編、マーケティング、事業再編・再生などを担当後、執行役員マーケティング本部長、ヴァイスプレジデントを歴任、経営と新規事業開発に携わる。2015年4月ヤフーに転じ、現在Zアカデミア学長、Yahoo!アカデミア学長としてZホールディングス、ヤフーの次世代リーダー開発を行う。またウェイウェイ代表、グロービス経営大学院客員教授としてリーダー開発を行う。若い世代のアントレプレナーシップ醸成のために2021年4月より武蔵野大学アントレプレナーシップ学部(武蔵野EMC)を開設、学部長に就任。代表作「1分で話せ」は52万部を超えるベストセラーに。その他『0秒で動け』『1行書くだけ日記』『FREE, FLAT, FUN』など。

※プロフィールは2021年5月現在のものです。

鈴木寛先生

東京大学公共政策大学院教授/慶應義塾大学政策・メディア研究科教授/NPO法人日本教育再興連盟代表理事

東京大学法学部卒業。通商産業省、慶應義塾大学助教授を経て参議院議員(12年間)。文部科学副大臣(二期)、文部科学大臣補佐官(四期)などを歴任。教育、医療、スポーツ、文化、科学技術イノベーションに関する政策づくりや各種プロデュースを中心に活動。現在、そのほかに大阪大学招聘教授(医学部)、千葉大学医学部客員教授、電通大学客員教授、福井大学客員教授、和歌山大学客員教授、神奈川県参与、神奈川県立保健福祉大学理事、OECD教育スキル局教育2030プロジェクト役員、World
Economic Forum Global Future Council member、Asia Society Global
Education Center Advisor、Teach for All Global board member、日本サッカー協会理事、ユニバーサル未来推進協議会会長なども務める。

※プロフィールは2021年5月現在のものです。

森田裕介先生

早稲田大学 人間科学学術院 人間科学部 教授

静岡県出身。東京工業大学大学院社会理工学研究科人間行動システム専攻博士課程修了。鳴門教育大学学校教育研究センター助手、長崎大学教育学部専任講師、同助教授を経て、米国テキサス大学オースティン校 客員研究員、マサチューセッツ工科大学客員研究員を歴任。2007年から現職。大学総合研究センター副所長、早稲田ポータルオフィス長として、大学全体のICTをサポートする。WasedaXプロジェクトリーダーとして、大学全体のデジタルトランスフォーメーションを検討する。日本教育工学会理事、日本科学教育学会理事、日本教育メディア学会理事、日本教育工学協会理事、NPO法人通信制高等学校評価機構理事長なども務める。主な専門分野は、教育工学・科学教育・STEAM教育。公益財団法人 大学基準協会「効果的オンライン教育のあり方と評価基準・視点に関する調査研究部会」委員。

※プロフィールは2021年5月現在のものです。

隂山英男先生

陰山ラボ代表(教育クリエイター)/一般財団法人基礎力財団理事長/NPO法人日本教育再興連盟代表理事

1958年兵庫県生まれ。岡山大学法学部卒。反復学習や規則正しい生活習慣の定着で基礎学力の向上を目指す「陰山メソッド」を確立し、脚光を浴びる。
2003年4月、尾道市土堂小学校校長に全国公募により就任。2006年4月から2016年まで、立命館大学教授を務める傍ら、立命館小学校で副校長、校長顧問を歴任。
現在は陰山ラボ代表、一般財団法人基礎力財団理事長、NPO法人日本教育再興連盟代表理事、徹底反復研究会代表を務める他、全国各地で学力向上アドバイザーを務める。
内閣官房教育再生会議委員、文部科学省中央教育審議会特別委員、大阪府教育委員長などを歴任。

※プロフィールは2021年5月現在のものです。

角田雅治

慶應義塾大学環境情報学部2年/ROJE関東教育フォーラム学生登壇者

※プロフィールは2021年5月現在のものです。

6 編集後記

「学生が大学に何を求めるのか」が繰り返し議論されていたのが非常に印象的でした。今ある環境を存分に活かすためにも、学生が学ぶ目的を改めて問い直す必要性を感じました。また、大学の教員の方もオンライン授業に苦労し、そして多くの工夫をされていることを知り、大学での授業は教員と学生が一緒に創っていくものだという気づきを得ました。

(編集・文責:EDUPEDIA編集部 小林)

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