中学歴史〜江戸の身分制度〜(自主学習用教材「こころの窓」第26回)

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作成者: EDUPEDIA編集部さん

1 はじめに

本記事は、東近江市の元中学校校長で現在は小学校講師を務める雁瀬徳彦さんが作成した「こころの窓」の内容を引用・加筆させていただいたものです。「こころの窓」は中学生向けの日本史教材で、不登校の生徒や、学校に登校できても教室に居られず別室で過ごす生徒が一人で勉強できるように作られています。雁瀬さんの取り組みに関しては、こちらの記事もご参照ください。

本記事では、第26回「江戸の身分制度」の内容について紹介しています(教材の本文は編集せずに掲載しております)。ほかの単元の記事をご覧になりたい方はこちら

2 「こころの窓」について

教材の一枚目を見ていただくと分かりますが、教材の文章を読むと歴史の流れがよく分かります。現在使用されている学校の教科書は写真も多くとても見やすいように思いますが、初めて歴史を学ぶ子どもたちにとって、とても難しい写真や資料です。また、教科書の文章には事実が羅列されているだけなので、歴史の事象がドラマティックであることや、当時の武将がどんな思いで戦いや政治を行っていたかという感動が伝わってきません。だから、不登校の子どもたちが学校の教科書だけを使って一人で勉強しようと思ってもなかなか続かないのです。

そこで、子どもたちが一人で楽しく歴史の勉強ができるようにプリントを作成しました。また、次のページには復習問題があります。ほかの教材だと、「794年に何がありましたか」という語句を答えさせる問題が主流です。このプリントには語句を答えさせる問題ではなく、「なぜ、都を奈良から京都に移したのですか」という問題が載っており、起こった事実に対して、その原因や結果について子どもたちに考えさせる問いになっています。

解説編

は~い! こんにちは。元気ですか。今日も一緒に勉強しましょう。

今日のお題は「江戸時代の身分制度(みぶんせいど)」です。

江戸時代の人口を調べてみると、日本を支配していた武士はなんと、全人口の7%しかいなかったのです。それにくらべて農民は、全人口の84%もいたのです。だから、幕府は大名を取り締まることも大事でしたが、それ以上に農民を取り締まることが必要だったのです。だって、84%の農民が一度に反乱を起こせば、徳川幕府はあっという間につぶされてしまうからです。

そこで、幕府は、まず武士と農民と町人の身分をしっかりと分けました。そのために、農民や町人が武士になることはできなくなったのです。これには理由があり、高い年貢(ねんぐ・・・お米で払う税金のこと)を払わなくてはいけない農民が、逃げ出して武士や町人になったら、年貢が集められなくなり幕府の収入が減ると困るからです。

さらに、農民がぜいたくをして年貢が払えなくならないように、幕府は「慶安の御触書(けいあんのおふれがき)」を出しました。下の図がそれです。びっくりですね。農民はこんなことまで決められていたんですね。とにかく幕府は、農民から年貢をしぼり取るために、いろんなことをしたのですね。

また、幕府は農民や町人に「五人組(ごにんぐみ)」をつくらせました。これは、5軒を一組にグループを作らせ、連帯責任を負わせるものです。たとえば、一軒でも年貢が納められなかったら、他の4軒に納めさせたり、一軒が悪いことをしたら5軒全部が罰せられたのです。これも、年貢を確実に取ったり、一揆を起こさせないための制度ですね。とにかく幕府の農民に対する政策は、徹底して厳しいものだったのですね。

さて、幕府はこうした身分制度を定着させるために、もう一つ、学問を大切にさせました。この学問が儒教(じゅきょう)です。この儒教は紀元前6世紀頃に中国の孔子(こうし・・・下の絵の人)が広めた学問で、親を大切にすることや主人(ここでは将軍や大名をイメージさせています)の言うことをしっかり聞きなさいと教えた学問です。言い方は悪いですが、この儒教は幕府の政策に都合がよかったので、これを利用したのですね。

今日の歴史はどうでしたか。江戸幕府の将軍さんは、きびしい身分制度を整え、強い幕府をつくっていったのですね。 

それでは、復習問題に挑戦してみてください。

復習問題

1.幕府は何のために、農民が武士や町民になれないようにしたのですか。自分の言葉でまとめてきてください。

高い年貢を払わなくてはいけない農民が逃げ出して、武士や町人になると、確実に年貢が集められなくなり、幕府の収入が減るからです。しかし、江戸時代の農民の年貢はものすごく高かったのに対して、町民が払う税は意外と安かったので、逃げ出して町民になろうとする農民がたくさんいたようです。

2.幕府は何のために、「五人組」の制度をつくったのですか。「五人組」の内容と目的をまとめてください。

これは、5軒を一組にグループを作らせ、連帯責任を負わせるものです。たとえば、一軒でも年貢が納められなかったら、他の4軒に納めさせたり、一軒が悪いことをしたら5軒全部が罰せられたのです。これらは、年貢を確実に取ると同時に、一揆を起こさせないための制度です。

農民とひとまとめに言ってますが、農民にもいろいろな身分がありました。たとえば、田んぼや畑を持っている農民は本百姓(ほんびゃくしょう)と言いました。後には地主(じぬし)と言われます。これに対して、田んぼや畑を持っていない農民を水呑百姓(みずのみびゃくしょう)と言います。水呑百姓は後には小作人(こさくにん)というようになります。また、本百姓の中でも特に力を持った農民は、名主(なぬし)とか庄屋(しょうや)とよばれ、その他に組頭(くみがしら)や百姓代(しゃくしょうだい)と言われた人たちがいて、この人たちが村の運営をしたのです。

3 ダウンロードはこちらから

こころの窓 第26回「江戸の身分制度」

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4 おわりに

不登校の子どもたちにとって一番大切なことは、何が何でも学校に登校させることではなく、家であろうが別室であろうが自立の力をつけてあげることだと考えます。誰かに言われて取り組む学習を重ねるのではなく、自分で考えて自分で学習できる力をつけることが大切です。その上で、学力をつけていくことが「生きる力」につながっていくと思います。

この「こころの窓」は、一人で勉強するために作ったプリントです。閉ざした『こころの窓』を開けて、社会に出て行くための勉強をがんばってほしいと考えてこの題名をつけました。

不登校に悩む子ども達の力になることを祈っております。

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