スポーツのもつ力は大きい。パラリンピックをきっかけに、多様性を受け入れる心の土台づくりを(特集企画 #06)

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目次

1 はじめに

第6回は、海外でパラスポーツについて学び、共生社会の実現に向けてセミナーや講習を行われている一般社団法人コ・イノベーション研究所代表理事の橋本大佑(はしもと だいすけ)さんに、学校教育でパラスポーツや障害理解を扱うことの意義についてお話をお伺いしました。
 東京2020パラリンピックが閉幕し、2学期以降改めてパラリンピックや障害理解について授業を行おうと考えている先生もいらっしゃると思います。「障害理解」を子どもたちにどう伝えていくのかのヒントになる内容となっていますので、ぜひご一読ください。

2 障害の有無にかかわらず、スポーツをもっと身近なものに

—東京2020パラリンピックが開催されましたが、パラスポーツの歩みをふりかえって、どんなお気持ちですか?

パラスポーツの歩みは、多くの人の取り組みが積み重なってきた歴史でもあります。既存のスポーツ種目への参加が難しい方が多様な方と協力をして試行錯誤を重ね、どうすれば参加できるかを考え、用具を工夫したり、ルールを決めたりしながら現在の形ができあがってきました。今年は東京2020パラリンピックも開催され、パラスポーツのことを知ってもらったり、興味を持ってもらったりするきっかけになったのではないかと思います。今回の大会が「障害があることでスポーツ参加が難しいのではないか」と感じていた方が「障害があってもスポーツをすることは特別なことではない」と感じてくれるきっかけになったのであればうれしいです。

—そうですね。以前滞在されていたドイツでは、パラスポーツがもっと身近なものだったのでしょうか?

そうです。ドイツではスポーツが人々の生活に密着しており、QOL(生活の質)を高めるものとして大切な役割を果たしています。障害者差別禁止法にあたる「障害者平等法」が2002年に制定されて、公共機関や地域のスポーツ施設が障害の有無にかかわらず利用ができるようになっています。そのため障害のある方にとってもスポーツはより身近なところにあると感じます。

—日本でも、みんながもっと気軽にスポーツを楽しめるようになっていったらいいですね。

スポーツ庁が実施した調査では成人年齢の障害のある方のうち50%を超える割合の方が「過去1年間1回もスポーツをしていない」と回答しています。これは、障害のない人の2倍以上の数字で、障害のある人にとってスポーツ参加へのバリアが多いことを表しています。そして、その参加へのバリアは環境にあります。大学時代に視覚障害や肢体不自由障害のある学生に理科実験の指導をしたことがあります。環境を整備することで障害に関わらず障害のない生徒と同じ実験をすることができました。その経験がきっかけで他の活動への意欲が向上した事例もありました。スポーツに参加することでも、その経験は単なるスポーツ参加以上の教育的な効果が期待できます。

3 障害理解は他者受容の一つ。多様性を受け入れる「心の余裕」が必要

—学校現場における障害理解で、大切なことはどんなことでしょうか?

障害理解教育では、「障害者への支援行動を引き出す」ことがテーマとして設定され、アイマスクや車いすを使った障害体験が多く実施されていることがわかっています。これは、障害者の「大変さ」を効率的に伝え、「大変そうだから」「困っている人だから」「助けてあげよう」というように生徒の「優しさ」や「思いやり」を引き出そうとすることが授業のテーマとして設定されるためです。しかし、こういった方法論は障害に対するネガティブなイメージを助長することになるので逆効果です。障害の有無にかかわらず、困ったときはお互いに支え合うことが大切、それが当たり前なんだという土壌を作ってほしいですね。

—障害という視点だけではなく社会にはいろいろな人がいて、互いに理解し助け合っていくことが大切、ということですね。多様性の理解といってもいいのでしょうか。

そうですね。多様性の理解、他者の理解ということになります。ここで大切なのは、他者を理解し受け入れる心を持つためには、その人自身に心の余裕が必要だということです。その人自身に心の余裕がない状態で、さまざまな考えや価値観をもつ他者のことを理解し、受け入れることは酷なことだと感じます。

—なかなか大人も心の余裕が持てていない昨今、子どもたちがどんな心持ちでいるのか、今一度目を向ける必要がありそうですね。

「集団の中で役割を果たし、集団の利益に貢献することで、自らの居場所が保障される」という関係性は、これまでは公的な空間でのみ、求められることでしたが、能力主義の考え方が根付く中で、家族や友人などの日常の私的な空間でも求められる自分でいなければならないという傾向が強くなってきました。これは、大人だけではなく、子どもたちが抱えている問題でもあります。そういった点から考えると、特にスポーツ体験を活用した障害理解教育には大きなメリットがあります。体験による楽しさや他者との交流によって、他者理解をしやすい心の余裕を作ることができる可能性があるためです。

—スポーツが心の余裕を作ることにつながっていく、ということでしょうか?

はい。スポーツ体験は心の余裕を作ることができると考えています。ただし、単に車いすスポーツ体験をして「こんなに大変なんだ」という体験をするだけでは不十分です。スポーツに参加するためのスキル習得は成功体験になりますし、スキルを習得して取り組めば楽しさを感じることもできます。その中で友人と協力して取り組むという経験を積むことができれば、他者を受け入れる土台となる心の余裕につながっていくと思います。

4 「相手の気持ちを聞き、対話を重ねる」ことの大切さ

—他者理解、障害理解について子どもたちと一緒に考えていくときに、伝えたいメッセージはどんなことでしょうか。

障害のある人と一言に言っても、その中には多様性があります。同じ車いすユーザーであったとしても、身体の状態は一人ひとり違います。何より人格が異なりますので、同じ障害であっても必要なことは一人ひとり違います。そのため、「障害者と支援者」ではなく、「人と人」としてコミュニケーションを取ること、何より「聞くこと」が重要です。

—「相手の気持ちを聞く」というのは、クラスメイト同士のコミュニケーションでも大切なことですよね。

その点、『I’mPOSSIBLE』日本版の教材内で取り上げたドッジボールの作文はちょうどよい題材だと思っています。障害のある友達も含めてドッジボールをするときに、どのようなルール設定で行ったらみんなが楽しめるかを考えた際のことが書かれていますが、この事例には誰も悪意のある人は出てきません。みんな思いやりはあるはずなのですが肝心なことが抜けていて、「障害のある友達の気持ちを聞いていない」のです。街のバリアフリーを考えるときでも、学校現場での合理的配慮を決めていくときでも、基本は「障害者のことを障害者抜きで決めない」という理念が大切なはずなのですが、当事者を除いた一部の人の意見だけで物事が決まってしまうということが実際には起こってしまっているのです。具体的な目的を共有して建設的な対話をすることが重要とされています。

—いろいろな人の気持ちや状況を聞いて、対話をしながらベストな道を模索していくというのは、これからの時代には必要な、大切な経験ですよね。

正解はないことだと思います。でも、それでいいんだと思います。『I’mPOSSIBLE』日本版の教材は、よく練られたテーマ設定で題材が作られています。議論をしたら、さまざまな意見が出てくるでしょう。子どもたちももしかしたらモヤモヤするかもしれませんし、先生方もいっしょに悩まれるかもしれません。答えは一つではないし、時代によっても変わっていきます。でもそうしたことをみんなで考えて失敗も肯定しながら試行錯誤する経験を、積極的に積み重ねていってほしいですね。それこそが未来を生き抜く力につながっていくのではないでしょうか。

—考えたことを表現し、対話を積み重ねながら理解を深め合っていく。それを当たり前の経験として子どもたちが育っていってくれたら、互いを尊重する豊かな社会に近づいていけそうですね。貴重なお話をありがとうございました。

5 おわりに

第6回は、海外でパラスポーツについて学び、共生社会の実現に向けてセミナーや講習を行われている一般社団法人コ・イノベーション研究所代表理事の橋本大佑(はしもと だいすけ)さんに、学校教育でパラスポーツや障害理解を扱うことの意義についてお話をお伺いしました。
〇障害の有無にかかわらず、スポーツをもっと身近なものに
〇障害理解は他者受容の一つ。多様性を受け入れる「心の余裕」が必要
〇「相手の気持ちを聞き、対話を重ねる」ことの大切さ

パラリンピック教育に取り組む現役の先生の生の声からは、パラリンピック教育だけでなく、学校教育に取り組む上でのヒントがもらえます。ぜひご一読ください!

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