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大きく注目をあびる「大学入試改革」「高校基礎学力テスト導入」
小学校から高校までの教育現場や子どもたちへの影響について、改革のキーマンとして文部科学大臣補佐官に就任した鈴木寛氏に緊急インタビューを実施しました。

高大接続や大学入試改革の目的を教えてください。

高校や大学の時期すなわち15歳から25歳までの時期というのは、人の最も成長する時期です。その時期に、夢中になるものに取り組み、自分を磨いてほしいと思っています。しかし現状は、大学入試のための知識暗記に少なからず時間が割かれています。これでは、忍耐力以外の力をつけることができません。
 もちろん今も、入試のためではなく、これからの人生を豊かにするために、創意工夫をして授業を行う先生方はたくさんいます。

 しかし、そういった先生方は子どもからは評価されても保護者や校長たちには十分に評価されづらいです。なぜなら、入試の結果につながらないからです。保護者や校長も子どものためを思うがゆえに、入試結果、進学先を大きな目標にせざるをえないのが現実です。入試が目標になることが現実問題として避けられないならば、これからの激動の時代の中で自ら学びつづけ生きていく上で役立つ力をつけた人が受かる入学者選考に変えればいいということで、入試改革(「大学入学希望者学力評価テスト(仮称)」への変更)に取り組みます。

具体的に何を変えるべきなのでしょうか。

最たるものは試験の出題方法ですよね。重箱の隅をつつくような、非常に細かい知識のみを問う問題です。誰もいい問題だとは思っていませんよね。そしてその知識を暗記するために、高校の貴重な時間が奪われています。
 私のゼミ生に、吹奏楽部で高校3年夏のコンクールに出たかったが、受験のために出場をあきらめた生徒がいます。

 もしコンクールにでたら、それが成功体験や、チームをまとめる難しさや乗り越えた時の自信につながったかもしれないですよね。コンクールに向けた努力は大変なことだけど、人生にとってすごく意義深いことな気がします。それを放棄してまで、あの問題のために勉強するのは、もったいないと思います。だから、入試を変えるのです。

保護者からの要望として、学歴や偏差値ではない評価は受け入れられにくいのでは
ありませんか?

そうです、学歴や偏差値を重視してしまう社会を直ちに変えることはできません。だから、入試が変わればいいんです。やりがいのある、思考力を問う問題にすればいいのです。一部の入試問題には、知識のみでなくその背景やつながりを通じて人間や社会を考えるきっかけとなるものもあります。
クイズ型の「機械が人間を選ぶ」入試から、面接や論述、デ

ィスカッションという「人間が人間を選ぶ入試」に変えることで、一義的でない正解に対応できるかどうかを問えばいいのです。例えば、「人はなぜ戦争をしてしまうのか」は永遠の課題です。答えは見つかりません。この問題に対して、歴史的事実を踏まえて、なにを考えられるか。こういった難問に向き合って議論ができるかどうか。そのためにタフネス(強靭性)とレディネス(準備)が必要です。

EDUPEDIAの利用者には小中学校の教員の方が多いのですが、 義務教育期間で、
タフネスやレディネスを持った子どもを育てるための準備とはどのようなものが
ありますか。また、現状の小中学校の教育についてはどのようにお考えですか。

小中学校の先生について言うと、大きな変化を心配する必要はありません。21世紀型の、思考力・判断力・表現力を見るテストとしてOECD(経済協力開発機構)のPISA調査があります。

 2012年に日本は、OECD加盟国中総合1位に返り咲きました。読解力科学的リテラシーは1位、数学的リテラシーは2位で総合1位。これは現場の小中の先生方、学校をとりまく多くの方々の努力の成果です。

再び1位を獲得するまでに学力が上がった要因は何であると考えられるでしょうか

まず、2009年にレベル5(習熟度レベル上位層)が増えました。これは民間教育と家庭教育が大きいと思います。ただし、家庭力(塾へ通う経済力、家庭教育の充実度)によって差は大きく出てしまいました。2012年においては、2009年の調査時には減らなかったレベル1,2(習熟度レベル下位層)に対して対策をしたことも一因だと思っています。例えば、朝読書や地域コミュニティーでのボランティア、コミュニティースクールの実施などです。コミュニティースクールは2000校、放課後子ども教室は1万2000校あります。教員も増やされて、成績困難校に多く送られました。
このようにして、学校教育が底上げをしました。よって平均

点が上がりました。もちろん、いちばん頑張ったのは、それを大事だと理解してくれてサポートしてくれた小中の先生方ですが、政策、現場、教員養成、地域どの方々誰がかけても駄目であったと思います。
 また2001年から始まった総合学習も功を奏しているといわれます。10年を経て、総合の時間を意義深くするための指導力の向上、教育方法の開発、教材の充実などが起こってきました。
 よって、小中学校の先生は今までどおり、子どもたちと向き合っていただければいいと思います。我が国は15歳までは世界一なのに、高大になるとそうではなくなる。だから、そのためにまずは入試を変えるべきです。

入試で思考力や判断力、表現力、人間性を問うことはできるのでしょうか。

簡単ではないと思います。目指す方向性は理解されても、実現可能性についてはまだ問題があります。それはもちろん、文科省、教育学者、現場の先生たちが知恵を出し合って考えるしかありません。できるかどうかといっていてはできません。むしろ現場からもアイディアを発信してほしいです。
 現在の入試でも、決して良問がないわけではありません。すべての入試問題作成者が、暗記ではない思考判断表現をメインに良問を考えればいいのです。

 入試は、自分の学校に入れたい生徒を示すためのメッセージです。落とすためではなく、その学校で学ぶための準備ができているのかを問うものなのです。逆に言えば、大学には今回の改革でカリキュラムポリシーを見せていただきたい。だから東大は、思考・判断・表現を問います。単に暗記ができるだけの人はいりませんというメッセージです。その教育機関での授業の仕方を縮小して、どういうことができる人間がほしいかを表すものが入試です。

一方で大学入試改革とは別に、基礎学力を確認する「高校基礎学力テスト(仮称)」は
何を目的にした施策なのですか

混同されやすいのですが、今までお話した大学入試を受ける人は、高校基礎学力テストのメインターゲットではありません。まず、高校基礎学力テストと入学者選抜試験の改革は、働きかけたい対象が違うことをお話します。

 毎年、高校三年生は約100万人強おり、そのうち27万人は一般、31万人はAOや推薦で入学します。
 大学入学希望者学力評価テストは、27万人の一般受験者をターゲットにしています。入試を変えることで、勉強のしかたを変えさせるために行うことは先に述べたとおりです。

参考  ・学校基本調査(平成26年度)(文部科学省)          EDUPEDIA作成
   ・平成25年度国公私立大学・短期大学入学者選抜実施状況の概要(文部科学省)  

高校基礎学力テストは、31万人のAOや推薦入試者と、大学進学をしない人(専門学校への進学・就職等)などをはじめとして、できるだけ多くの生徒が参加することが望ましいと考えています。まずAO入試や推薦入試の合格者の中には、高校の本当に基礎部分の学力が定着していない学生も多くいます。願書さえ出せば入れてしまうという実態です。そんな、大学生としての準備を著しく欠く学生、およびそれを許している学校への対応として、高校基礎学力テストがあります。
 教科試験はないにしても、高校基礎学力テストの結果を選考基準に入れることで、大学生足りうる基礎学力が定着しているかを測ることが可能です。また、就職や専門学校に進学

する生徒達には、高校卒業レベルの学力を習得した証とします。教育カリキュラムの考え方の中には、履修主義、到達主義のふたつがあります。履修主義は出席しているかどうかを見る考え方で、到達主義は学力が基準に達しているかのみを見る考え方です。全面的に到達主義に移行しないまでも、部分的に学習指導要領に基づく到達度を上げることを導入していくべきだと考えます。もちろん「到達しなければ卒業させない」ということではありません。テストの結果を学校や生徒に還元することで、意識改革を図ります。学力基準に到達できていない生徒達を責めるのではなく、到達するまで教えられていない学校や、その教育のありかたを問いたいと思っています。

高校基礎学力テストの評価は、どのような形式になるのですか?

学習指導要領の内容が理解できているかどうかを問う試験になるでしょう。
努力すれば到達できる、あくまで基礎レベルです。

高校基礎学力テストの存在によって、小中の教育が知識重視に変わってしまうことは
懸念されませんか。

高校基礎学力テストの導入で、基礎的な知識の定着がより重視されるようにはなります。
細かい知識を膨大に身につけていることを重視するわけではありません。しかし、思考するためには知識が必要不可欠です。基礎学力の定着の徹底と、入試改革による思考・判断・表現力の向上、どちらもやるということです。

高校によっては、高校基礎学力テスト重視な学校と大学入試重視の学校に分かれて
いきませんか?

出てくるでしょう。そもそも、なぜ重箱の隅をつつくような問題が出るのかといえば、センターレベルの難易度では、基礎的な知識を身につけた受験生同士ではあまり差がつかないからです。マニアックな知識問題を使わずにその差をつけるためには論述しかないが、論述にすると採点の基準が難しく手間も増えるし、受験者が減るから行われません。
 大学受験者は明治11万人、慶應は4万人です。受験料も

大事な収入で、1万人減るだけでも約3億円の減収につながります。そういった理由もあって、なかなか入試改革というのは進んできませんでした。個々の大学ごとに別のタイミングで論述試験を導入すると受験生は減りますが全校一斉に論述を出すようにすれば受験生は減りません。
 また、手間や採点にかかる時間の問題に関しては、論述ではなくマークでも思考力を問える設問を考えだすという方法もあります。

今後求められる、理想とされる教員像とはどんなものであるとお考えですか

15歳以下の日本の子どもはトップだと先ほど申し上げました。しかし、OECDから指摘されているのは、「学ぶ意欲や喜びの低さ」です。これは学力より大きな問題です。学ぶ喜びがないと、入試や就活といった強制力がないと学べなくなってしまうからです。試験の有無にかかわらず、学びを通じて成長させなければなりません。
 また、視野の広さとコーディネーションの力も必要です。公教育は「平等」を考えるから、今は子どもの荷重が大きくなりすぎています。先生はその子をみながら、個別に必要な教育を与えるべきです。難しいのは、例えば小学校で進路が確定している子どもは多くないから、絞りすぎてもいけないということです。学校の先生は自分の担当学年が、どこまで進路を狭めていくべきか考えながら生徒の人生設計をしていきます。ここの塩梅が教師力です。

 また、ある意味で教師にとって、21世紀型教育(PBL(後述)やアクティブラーニング(※))は自己否定につながる事かもしれません。なぜならば、教師は 20世紀の 暗記型学力の勝者であるからです。21世紀型の教育を行なうために、自らも、より学びつづける姿勢が必要となります。日々の学びの中で理解し確信を持てた ものを子どもに伝えれば、それは伝わります。もっと、子どもに対してフランクになればいいのです。「先生も今ね、勉強してるんだよー」って言えばいいのです。「昨日勉強した本にね、こういう話が載っててねー…」と話し出せばいいのです。先生が面白がっているものを子どもたちは一番面白がります。先生が学徒になるのです。そのために学ぶ時間を増やすための環境整備も重要です。管理職や教育委員会との役割を明確にし、教育委員会の書類作成や、モンスターペアレントへの対応業務などに追われる時間を減らす施策も必要になっていきます。

※アクティブラーニング:教員による一方向的な講義形式の教育とは異なり、学修者の能動的な学修への参加を取り入れた教授・学習法の総称。
学修者が能動的に学修することによって、認知的、倫理的、社会的能力、教養、知識、経験を含めた汎用的能力の育成を図る、
発見学習、問題解決学習、体験学習、調査学習等が含まれるが、グループ・ディスカッション、ディベート、チームワーク等も有効なアクティブラーニングの方法。

先生の成長が、子どもたちの信頼や意欲につながっているということですか。

そう。だから、スタートはどこでもいいのです。一合目でも構いません。今からどのくらい伸びられる幅があるか、その成長が最も教育的なのです。子どもに本を読ませたいなら、自分が十冊読む。そうすれば子どもは一冊読みます。

今回の入試改革に伴う教育現場の変化はどういうことがあるでしょうか?

二つの大きな変化が考えられます。
一つは、PBL(Project-Based Learning、課題解決型学習)、アクティブラーニングがより重視されることです。これらを教えられる教育力、教育方法、教材が洗練、普及されるにはある程度時間がかかるのは仕方がないと思います。
 OECDのPisa調査に関して言えば2012年にトップになったことはもちろんですが、2014年OECD東北スクール(http://oecdtohokuschool.sub.jp/)が大成功を収めたことに注目したいです。OECD2030年に必要な教育ということで、PBLなどは考えられつつあります。あるいは2015年のPISA調査では、「協働型問題解決能力」が図られることが核になってきます。その能力を高めるということにおいて、OECE東北スクールの子ども達は見事にモデルとなりました。OECDが今最もある種頼りにしているのは日本なのです。OECDと日本、あと10か国くらいの有識者が中心になっていくでしょう。だから、我々は日本のPBLを作っていくと同時に、OECDのPBLを作っていきます。今までは西欧諸国が作ってきた教育をまねするだけであった日本が、PBLについては日本が

先駆者になっていきます。福島県、和歌山県、福井県、広島県の四県が一緒になって、PBLのモデル校を作ります。
 もう一つは、マインドセットの変化です。学校の中に、社会の中で学び続け、豊かな人生をおくるための力を意識し教育活動をしている先生は必ずいます。しかし、そうした先生は少数派であり、非難する保護者や教育委員会ないしは議員もいます。そういう先生を守れている校長・教頭と、守りきれずに流されている方もいるのです。例えば、学校行事や部活を制限させてまで、東大に入れろという考え方があります。それでは、豊かな学校生活を全うできません。当たり前なのに、それが分からない人が多くいます。
 保護者も教育委員会も議員も、教育に関して得る情報に偏りがあるのでしょう。本来は、大学に入ることがゴールではありません。いかに動けたか、大学でどう自分を磨けたかが大事なのです。こういったことを、教員も校長も保護者も教育委員会も理解すべきです。また反対勢力に流されず、むしろ彼らを説得できる校長、人生を生き抜く力を教える先生を守る校長を、これからもっと採用していかなくてはならないでしょう。

最後に EDUPEDIAを主に利用する小中学校の先生方にメッセージをお願いします。

自分を信じてください。日本の小中学校の先生は世界一なのだから、そのことに自信と誇りを持ってください。
 教師というのは生徒のお手本であり、最も身近なロールモデルです。だからこそ、教師こそが学び続けてください。自ら、考え、判断し、表現し続けていくことに貪欲であってほ

しいです。現在の力ではなく学ぼうとする姿勢があるかどうかが大事です。
 OECDからの学ぶ意欲の低さに関しても動ずることはありません。学ぼうとする姿勢が一番教育的なのです。学問は無知の知。今学ぼうとしている先生方は、そのまま走り続けてください。

(インタビュー日:2015年2月、聞き手:EDUPEDIA)

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鈴木寛

文部科学省大臣補佐官
東京大学公共政策大学院・慶應義塾大学教授

1964年生まれ。東京大学法学部卒業後、1986年通商産業省に入省。山口県庁出向中に吉田松陰の松下村塾を何度も通い、人材育成の重要性に目覚めた。官僚の限界を痛感し、霞が関から大学教員に転身。その後、2001年参議院議員初当選(東京都)。12年間の国会議員任務の中、文部科学副大臣を2期務めるなど、教育、医療、スポーツ・文化・情報を中心に活動。大阪大学等の教授、独立行政法人日本スポーツ振興センター顧問、日本サッカー協会理事を務める。2012年4月、自身の原点である「人づくり」「社会づくり」にいっそう邁進するべく、一般社団法人社会創発塾を設立し、社会起業家の育成に力を入れる。2014年2月より、東京大学公共政策大学院教授、慶應義塾大学政策メディア研究科兼総合政策学部教授に同時就任、日本初の私立・国立大学のクロスアポイントメント。10月より文部科学省参与、2015年2月文部科学大臣補佐官就任。 
若い世代とともに、世代横断的な視野でより良い社会づくりを目指している。