「万糸乱れて」踊るニャティティソーラン(松下隼司先生インタビュー)

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目次

1  はじめに

この記事は、2020年1月20日(月)に大阪市立豊仁小学校の松下隼司先生にインタビューした内容を記事化したものです。松下先生は、子どもたちが個性豊かに踊る運動会ダンス「ニャティティソーラン」の指導実践により、2018年11月に行われた「第4回全日本ダンス教育指導者指導技術コンクール」で教師として初めて文部科学大臣賞を受賞されました。今回はそんな松下先生に、「ニャティティソーラン」を用いたダンス指導法を中心に、運動会ダンスの指導のコツについてお伺いしました。

2 ニャティティソーランとは

ニャティティソーランは、アニャンゴ(向山恵理子氏)がつくったダンスです。

アニャンゴは、アフリカのケニアの伝統楽器であるニャティティの演奏者です。アニャンゴが、ケニアの伝統楽器と日本のよさこいソーランを融合させたダンスをつくりました。それがニャティティソーランです。

普通のダンスは「一糸乱れず」踊ることを目標に、基本全員が揃っていなくてはならないという指導をします。それに対して、ニャティティソーランにおける一番の魅力は、全員が自由に「万糸乱れて」踊るのを目標としているところです。ニャティティソーランは、学校にしんどさを抱えている子の多い学年の方が、より面白くなります。

なぜなら、ニャティティソーランはそれぞれがばらばらの動きをすることを特徴としているからです。全員で振り付けを揃えるところは、3箇所だけでいいのです。1つ目は1番初めのしゃがみ始める振り付けの部分、2つ目は1つ目の直後に真っ直ぐ立つ部分、3つ目は1番最後の決めポーズの部分です。その他は、自由に踊ることができるのです。

その前提があるので、踊ることを楽しめる子が増えるのではないかと考えました。子どもたちには、ダンスを上手に踊れるようになってほしいというより、ダンスを踊ることを通して学年や学級が仲良くなってほしいと考えています。そのためには、全員が決められた型にはめられ過ぎず伸び伸びと踊ることのできるニャティティソーランは効果的なのではないかと考えました。だから、思い切って運動会でニャティティソーランを実践させていただくことを提案したのです。

ニャティティソーランを広めたいと思ったきっかけ

私がニャティティソーランを広めたいと強く思うようになったきっかけは、ニャティティソーランの指導を始めたときに、1ヶ月で平均11人(22人中)も遅刻する学年を受け持ったことです。子どもたちは皆、家に帰るとYouTubeやインターネットに触れる時間が長く、朝食を食べてこない子も多くいました。それらの理由で学校に遅れてくる子たちを担任したときに、すべての授業及び学級経営の方針を変えようと思いました。係活動に対する見方も、問題行動の多い子や発達障害を抱える子のいる学年を受け持ってから変わり、どんな子も過ごしやすく満足できる学級づくりをしたいと思うようになりました。そこから派生して、ダンス指導も自由度の高いものにしたいと考えるようになりました。ニャティティソーランは、男の子も女の子も、やんちゃな子も目立たない子も、万糸乱れて踊れるダンスなのではないかと思います。

3  ニャティティソーランの指導方法

ニャティティソーランのお手本の動画の準備に関しては、教師自身が踊ってお手本の動画を準備するのではなく、ニャティティソーランの既存のテキスト本を使う方がいいと思います。これは、ニャティティソーランに限らず他のダンス指導についても言えることだと思います。なぜなら、教師が見本になり子どもたちの前で踊ったとしても、列の後ろのほうで踊っている子どもには、教師の踊る振り付けが小さ過ぎてよく見えないからです。

教師本人も子どもたちと一緒になって踊ってしまうと、子どもに目線が行き届きにくいため、子どもたち一人ひとりに目を配り、褒めることができないのです。さらに、何回も繰り返して踊っていると、教師も疲れてしまいます。

ですが、講堂でニャティティソーランのお手本の動画(教師が準備したのではないもの)をプロジェクターで投影すれば、子どもたちに見て踊ってもらいながら、教師自ら子どもたちに近付いて褒めることができるのです。

また、ニャティティソーランの指導をするうえで教師がすることは、子どもにニャティティソーランの動画を見せることだけです。私が初めてニャティティソーランを導入したときは、子どもたちに動画を見せて覚えてもらいました。そのDVDは、休み時間などに見てもらっていました。

ニャティティソーランの良いところは、3回(下記画像参照, 指導案の②③④)の練習で振り入れが終わることです。⑤からは通しの練習です。

学習指導案より抜粋
  

カウントのとり方

実際にニャティティソーランを踊ってもらうときは、リズムを取るための数字によるカウントは行いません。子どもたちが踊る様子を見ていて、それぞれの振り付けに数字でカウントを取るよりも言葉でカウントを取るほうが踊りやすいのかも知れないと気付いたからです。私は、このときカウントを取るために振り付けにつける言葉を「イメージ言葉」と呼んでいます。「右・左・右・ガオー」、「けん・けん・けん・けん」、「とん・けん・とん・けん・くるりんぱ」というように、振り付けに名前を付けた方が、子どもたちからすると振り付けのイメージが湧きやすいのです。今は教師自身が踊ってお手本の動画を準備するということはしていませんが、かつては準備していたニャティティソーランの教師によるお手本の動画においても、「イメージ言葉」を使っていました。ニャティティソーランに限らず、他のダンスでも「イメージ言葉」を付けると、子どもたちも踊りやすくなると思います。

ニャティティソーランを練習する時間

ニャティティソーランの練習は、給食の時間に当番の子たちが給食室に行って帰ってくるまでの間や休み時間にしてもらっています。また、座学が続いたら息抜きとして教師がニャティティソーランの動画を流して、踊らせてあげるといいと思います。授業が終わってから、チャイムが鳴る5分前にもしています。また、雨の日を有効活用して教室で動画を見ながら練習をすることもあります。教師に練習しなさいと指示されなくても、子どもたちから進んで楽しみながら練習を始めることもあります。

教師と子どもの役割分担

子どもたちと教師とで、ニャティティソーランの練習をするにあたって役割分担をすることが大切です。子どもたちがニャティティソーランを踊れるようにするために全て教師が準備をすると、自分が疲れていないときは平気でも、忙しくて疲れてくると「どうしてこの子は積極的に踊りの練習をしてくれないのだろうか」と思ってしまう場面が出てきてしまいます。なので、教室のプロジェクターの準備をする担当の子、パソコンを持ってくる担当の子、小道具を用意する担当の子などを置くことにしています。こうすることで、体育の授業開始の5分前には全員がニャティティソーランの練習を始められる環境づくりを、教師と子どもたちの全員で作ることができます。

ダンスを恥ずかしがる子どもたち

練習をするうえで、始めは恥ずかしがって踊りたがらない子どもたちもいます。例えば、私が受け持った子の中に、踊ることを恥ずかしがる男の子がいました。その子は野球をやっていました。なので、ある甲子園に出場している選手が実は僕の元教え子で、小学4年生の頃にニャティティソーランを踊ったことをその男の子に伝えました。すると、その男の子もニャティティソーランに興味を持ち、自分から進んで踊ることを楽しんでくれるようになりました。女の子で踊ることを恥ずかしがる子もいますが、女の子たちの多くは周りが踊ることを楽しんでいる様子を見て自然と取り組むようになります。

4  指導における工夫

ニャティティソーランの指導をするうえで大切なことは、いきなり子どもたちに動画を見せて踊ってもらうよう指示するのではなくどのようにして子どもたちにニャティティソーランの導入をするかを考えることです。まずは子どもたちには、ニャティティソーランを覚えてもらうのではなく、ただ見て聞いてもらいます。この際、動画を前面ダンスと背面ダンスの二種類用意した方がいいと思います。背面ダンスの方が、子どもたちが練習をするときに分かりやすいからです。

動画を見せるタイミングとしては、初めは長期休みに入る前に講堂で全員を集めて見てもらいます。その次に、教室でも子どもたちに動画を見せます。動画を見せているだけでも、子どもたちの中には自然と踊り出してくる子どもたちもいます。クラスの半分くらいの子が自然と踊り出せるようになると、練習に入るという流れが好ましいです。

また、ニャティティソーランの練習をしてもらっている過程でダンスバトルをさせると盛り上がりやすいのでお勧めです。よく指示するダンスバトルの方法は、子どもに一対一で向かい合って踊ってもらう方法です。お互いにお互いの踊りをチェックするのです。踊りのチェックポイント(観点)は教師が与えます。教師が子どもたちの踊っているところを巡視しながら、ダンスパフォーマンスが高いほうの子の肩を軽くタッチしていく方法です。

他の方法としては、子どもたち全員を二つのブロックに分け、前半・後半に分けて踊ってもらう方法です。前半の子どもたちが踊っている間は後半の子どもたちが前半の子どもたちの踊りを見て、後半の子どもたちが踊っている間は前半の子どもたちが後半の子どもたちの踊りを見ます。この場合も、踊りのチェックポイント(観点)は教師が与えます。ただし、どんな方法で踊って練習してもらうにしろ、必ず全員のことを一度は褒めるように心がけています。

 子どもたちを飽きさせない方法

最初は、子どもたちも踊ることに興味を持って踊ってくれますが、段々と踊ることに飽きてきます。ですから、教師は子どもたちに動画を見せる方法を工夫する必要があります。例えば、動画の半分だけを隠したり、足の振り付けだけを見せたり、手の振り付けだけを見せたりという工夫です。また、動画を隠す時間を増やしたり、音のみ流したりすることも効果があります。こうすることで、子どもたちは楽しみながら自然に振り付けを覚えることができるのです。

5  指導における注意点

ダンス指導は、学校によっては、平日毎日2時間費やさないといけないダンスを採用しているところもあります。しかし、そのようなダンスだと子どもも体力的に大変なうえに、授業も遅れます。

ですが、ニャティティソーランならテキスト本があり、これには隊形移動を含めた全ての指示が書いてあります。これなら相方の教師にもどんな踊りをするのかのイメージを伝えやすく、子どもも個性豊かに自由に踊ることができます。発達障害を抱えている子もいるので、一糸乱れぬ踊りを無理にさせてしまうと、負担に感じさせてしまうこともあるかも知れないので、長くても3時間で全ての振り付け指導を終わらせることをモットーにしています。

また、運動会が終わるとダンス指導に使った時間の分、授業時数がオーバーしてしまい体育の授業が出来なくなってしまいますが、ニャティティソーランは国際理解(アフリカ)も目的に含んでいるので、総合の時間としてもカウントすることができます。

運動会当日に注意すべきこと

ニャティティソーランを運動会で披露するにあたって注意すべきことは、本番前の最後の詰めを怠らないことです。運動会は、大抵日曜日に実施されます。土曜日は子どもたちは学校を休んでいます。なので、土曜日を挟んで振り付けの一部を忘れてしまったり体が鈍ったりすることもあります。そのため、踊りの披露が運動会の昼からの部なら直前に、あるいは本番当日の朝などにもう一度、ニャティティソーランのおさらいをしてもらうことが大切です。また、運動会の日までに学級通信を通して、保護者にもニャティティソーランを紹介するのもいいと思います。

6  ニャティティソーランのデメリット・それに対する対応策

ニャティティソーランには体力的にかなりハードだというデメリットがあって、どのようにして子どもたちにとってしんどくなり過ぎないように45分の授業を組み立てるか、ということはよく考えます。例えば、本来は授業開始のチャイムが鳴った後に準備体操をすべきなのですが、休み時間から自主的に踊っている子がいれば、「今踊ってた子、えらいね! 準備体操はそれで終わりね」というふうに声をかけて休憩させます。また、一回通して踊った後は、一分間休憩をとり、水分をとらせます。一分後練習を再開しますが、同じ練習は二回はしません。見本のDVDの画面を半分ずつ隠しながら踊らせたり、ダンスバトルをしたり、変化をつけます。

また、スロー動画がないと、子どもたちにとってなかなかダンスを覚えることが難しいです。そのため、まずはスロー動画を使って教えることから始めます。その次に、通常の速度の動画を見せます。動画を見てもらったうえでわからない部分があれば、その振り付けについて調べるためのポイント解説書もあります。これなら、教師がやらなくてもいいうえに、プロジェクターを使って大画面で見ることができます。しかしながら、ここで教師自身がニャティティソーランを子どもと一緒になって踊ってしまうと、子ども一人ひとりの様子を見ることはできません。常に、子どもに目線を送ることが大切です。また、この方法なら何回練習しても教師は疲れません。ある部分の振り付けだけ練習することも可能なうえに、1.5倍速にして見ることもできます。

7  衣装作り

衣装は図工の時間に作ります。腰みののベースカラーは黄色と緑ですが、アクセントでいろんな色を入れたり、裂いてひらひらさせたりもします。そうすれば、付けたときに動きが大きく見えます。腰みのを作り終えた子には、まだできていない子に教えてもらいます。終わった子とまだできていない子の時間調整は何の授業においても難しいですが、これならその心配はありません。

鳴子は大抵の場合は借りてこないといけませんが、実は探せば200円で見つかります。絵具やペンで、図工の時間に色を塗ってもらいました。バンダナはクラスによって変えるために、四色購入します。これは100均で購入しました。

腰みのは、保護者の方と女の子にはとても喜んでもらえます。しかし男の子の中には、最初は嫌がる子もいます。ですが、腰みのを作ってもらい、作り終えて教師が確認したうえで合格した子には、次は鳴子を自分で作らせます。最終的には、全員が合格できるようにします。こうしていくうちに、皆腰みのに愛着が湧いてきます。

8  ニャティティソーラン以外のダンス指導の経験

これまで、南中ソーランやその他ヒップホップの指導など様々なものを行ってきました。フォークダンスの授業も作りました。フォークダンスってやったことありますか?という問いを子どもたちに投げて、何人かに当ててみます。大抵、知らないという反応が返ってきます。ですが、小学校ではやらないものの、中学校や高校ではやらなくてはならない場面もあります。そこで、現代的な創作ダンスとフォークダンスを1時間で授業するという内容の、ニャティティソーランの中学生版を作りました。その他で、個人的に運動会で取り扱うのにおすすめなものは、前述の南中ソーランです。

9  最後に一言

今後、ニャティティソーランが運動会において定番の種目の一つになってほしいです。それこそ、各学年でやりたい種目として取り合いになるような種目の一つになってくれたらと考えています。

10 プロフィール

松下 隼司(まつした じゅんじ)
大阪市立豊仁小学校 勤務
TOSS会員(TOSS大阪みおつくし、法則化きた代表)、日本教育技術学会会員、日本学級経営学会会員、一般社団法人ダンス教育振興連盟認定ダンス指導員2級
2018年「第4回全日本ダンス教育指導者指導技術コンクール」で文部科学大臣賞を受賞
(2020年2月14日時点のものです)

11 編集後記

ダンス指導を子どもたちの思い出作りとしてだけでなく、学級経営にどのような影響があるのかや国際理解の一環も交えた指導にするにはどのようにすればよいかお話いただくことができ、貴重な経験になりました。

(編集・文責:EDUPEDIA編集部 金田 取材:EDUPEDIA編集部 石川、金田、川島)

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