握力と根性がなくなった
運動場の施設に雲梯はありますか?通過儀礼として何かを克服することは、子供の自信・成長につながります。雲梯の克服は小学校2・3年の課題として適切だと思います。4年生以上になると体が重くなる子供の比率がぐんと上がるので、出来るようになるまでの時間がより長くかかります。背丈が伸びるので、雲梯が低いと地面に足がついてしまい、苦手な子供にとって足を曲げながら前に進むのはさらに難しい課題となります。
休み時間にやっているうちにいつの間にかできたという子供が多ければいいのですが、苦手な子供に限って寄りつきもしません。私の見立てでは、最近の2年生で、クラスの30%~40%ぐらいの子供ができていないように感じています。それまでの担任がどんな指導をしてきたかにもよりますが、2年生を過ぎると体育の時間に雲梯をやらせるような機会を設ける教師は少なくなります。だから、それまでに何とかしておきたいものです。最近受け持った2年生は初めの段階で41%の子供ができませんでした(数値はデフォルメしています)。雲梯ができないようでは逆上がりなど、鉄棒運動もかなり難しくなってしまいます。
その41%の子供たちはぶら下がったまま、一本分も前に進むことなく、私が「ほれ、一本分でもいいから前に進んでみ!」とちょっと圧をかけると、「ママー、助けてー」みたいな顔をして数秒であっけなく落下します。高くない位置からの垂直落下なので足を着くことは簡単なはずなのに、着地に失敗をして尻もちまでつきます。こんなレベルで体育の授業をするのは安全確保がたいへん難しく、怖いです。
雲梯は「前に進もう」「やり切ろう」というメンタリティーを育てるのによい遊具だと思います。体重に見合った握力がないとぶら下がっている事さえ難しいです。そのため、クラス全員成功というのは難しいかもしれません。肥満気味の子供をあまり追い込むのは得策ではありません。その子供の様子を見極めて、難しそうであれば2・3本前に進めたことをほめてあげましょう。
小さいころからゲームばかりしていて運動をする経験がほとんどなく、体を使うのはゲームのボタンを連打するときぐらいという子供もけっこう増えてきています。小学校2年生が「俺って引きこもりのゲーマー!」と半分自慢、半分自虐で言っているのを見て、暗澹たる気持ちになりました。
彼らのような引きこもりがちの子供たちに体力・気力を呼び戻すために、「ちょっと難しそうだけど超えられないことはない」課題の設定が必要です。低学年のそうした課題設定に、「雲梯の克服」は悪くないと思います。人間が元々おサルであったという説が正しいとすると、人間が雲梯程度の課題を克服することは難しくないでしょう。子供にとって雲梯は、本来とても楽しい遊具であるはずです。雲梯ができる子供は総じてたくましいです。1段とばしや2段とばしに挑戦する姿は子供ながらに頼もしいです。
① 「下り」の練習から始める
では、雲梯をどうやって指導していくかをいかに述べていきます。
ほとんどの雲梯は、「上り」から始まり、真ん中で「水平」となり、「下り」で終わる構造になっています。体力がなくなってきた終盤が「下り」であるのはよい形でしょう。
ところが、雲梯ができない子供たちにとっては、「上り」から始めることは、かなりハードルが高いことになります。「上り」は上方向に体を移動させることになるので負荷が高いです。
そこで、少しだけ、発想を転換してみます。
「下り」の始まりの部分に台を置いてあげて(背の低い子供には最初につかまるために台が必要)、「下り」ばかりを練習させます。「下り→水平→上り」の順で練習をさせるのです。少々できるようになってもすぐに「水平」、「上り」とレベルを上げさせず、「下り」で十分な体力がつくまで練習させるといいと思います(焦らすことによってモチベーションが上がります)。「下り」が楽勝になれば「水平」、「水平」が楽勝になれば「上り」とチャレンジさせてゆきます。
下の写真のように、台を置いてあげて、下りのみをさせてあげると、スモールステップになって次々クリアするモチベーションや体力を得ることができます。
② 「下り」を補助する
苦手な子供にとっては「下り」であってもなかなか克服ができません。そこで、どういう補助をしてあげるとよいのかを考えねばなりません。2年生ぐらいまでなら体が軽いので、教師がズボンのゴムの辺りを持って、少し上方向に引っ張ってあげることによって子供の負担を減らすという方法がいいでしょう。教師は子供が耐えて前に進むことができるギリギリの負荷がどれくらいかを考えながら手を貸し
ましょう。力を貸し過ぎると子供が甘えて自分では進まなくなります。何度も繰り返していくうちに握力もついてきますし、前の棒をつかもうとする気力も充実してきます。
下りができるようになれば、水平や上りは自分で頑張れるようになると思います。暖かい応援をするだけで、子供は頑張ることができるのです。
スモールステップの設定
①「下り→水平→上り」の順で練習をさせることも、②「下り」を補助することも、「スモールステップの設定」という、教師にとって大切なスキルです。
こうしてスモールステップを設定して初期段階である「下り」だけを克服させておけば、後は成功した子供を見て発奮し、次々と成功者が増えていきます。教師の役割は眠っている子供の向上心に火をつける事です。着火すれば、あとはけっこう自力で燃え続けてくれるものです。数人のやる気スイッチを起動させれば、集団として伸びてゆきます。逆に言えば、何もしなければあまり何も起こりません。
この「着火」の段階にある程度の時間が必要になりますが、それほど高い技術が必要ではありません。
EDUPEDIAには、特に腕の優れた教師でなくても子供たちを伸ばすことができる手法をたくさん掲載していますので、是非ご覧ください。
誰にでも、簡単にでき、効果のある教育実践 ~教師の資質や負担に依存しない「点数を稼げる実践」を | EDUPEDIA
子供は一つの事ができると覚醒したかのように、他のできなかったことを克服し始めます。雲梯の隣には吊り輪があります。雲梯にぶら下がることが精いっぱいだった子供が「下り」をクリアしたところから急に目覚め始めて一気に吊り輪をクリアするという現象は少なくありません。
※ 雲梯ができなくて吊り輪ができる子供はあまりいません。スモールステップで言うと、「雲梯→吊り輪」という順番が望ましいと思います。ちなみに吊り輪も腰のあたりを軽く持ってあげて、「前へ振れる動き」「後ろへ振れる動き」「前へ掴みに行く動き」を「いーち、にーーの、さーーーん」で少し力を貸してあげて補助をするとコツをつかんで自分でできるようになり始めます。
ハイタッチで祝福
下りを克服した子供には「よーし、まだまだ余裕があるね。水平にチャレンジしよう!」と声をかけ、全てをクリアした子供とはハイタッチを交わして祝福をします。連絡帳等で全クリの顛末(最初はぶら下がるのが精いっぱいで数秒で落下していたのが・・・)を保護者に伝えて学校と家庭の両方で褒められる経験を促します。
クリアしそうな時は、周囲の子供たちを巻き込んで「がんばれコール」「あと少しコール」「(山田さんなら)ヤーマーダーコール」などで盛り上げます。
これで、ほぼ全員が成功しました(1人だけは2年生のうちにできませんでした)。
「クラス全員成功」という金字塔 | EDUPEDIA
肥満気味で、体重にくらべて握力が弱い子供はそう簡単にできるようにはなりません。教師が出来ない子供を責めないようにするのは勿論、周囲にもバカにする様なことがないように配慮をしなければなりません。あくまで、出来るようになった子供と、成長の喜びを共有し、次の課題へと向かうエネルギーを蓄えることを目的とするべきです。
ほとんどできない状態から全クリを果たした子供たちの多くはは、自分の殻を抜け出せず、すぐに諦めてマイナス発言「どうせ無理」「面白くない」を繰り返し、問題行動を起こしやすい傾向を持っていました。彼らが「俺できた、俺ってスゴイ」と目を輝かせて喜んだ「成長」はその後の学級にとって、学校にとって大きなプラスに繋がることになったと思います。「集団としてのたくましさ」がぐっと増すのです。
この時間を割く余裕がなかなかないのです。体育の時間にできない子供だけに時間を割くと、その他の子供たちが放置されることになってしまいます。多忙化で隙間の時間も埋め尽くされている昨今、個別の対応は難しくなってきています。現状では多くの子供が雲梯さえできないまま小学校を卒業してしまっています。
しかし、①も②も、特に教師がやらなくても誰にでもできる指導だと思いませんか。学校ボランティアや保護者がこうした「誰にでも、簡単にでき、効果のある教育実践」を引き受けてくれれば、子供たちはどんどん伸びるのですが・・・。
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