はじめに
「『海の命』を読み解く」は7つの記事からなるシリーズになっています。是非、下記リンク先の記事とともにお読みください。
① 並行読書(廃版「海鳴星」)
② 太一の前にいるクエは「お父を殺したクエ」なのか
③ クエ目線で考える【クエの無罪】
④ 「海の命」とは?
⑤ 「太一はなぜクエを殺さなかったのか」という謎
⑥ 太一は本当の一人前の漁師になれたのか
⑦ 「海の命たち」からのメッセージ
「海の命」は「一人の海」という題名の物語の短縮バージョンなのです。「海の命」の授業がしにくい原因は、「一人の海」を短くし過ぎたからなのではないかと私は考えています。できれば「海の命」と「一人の海」との関係が書かれた「① 並行読書」から順に読んでいただくと分かりやすいと思います。

本記事では引用文の末に【一人の海】または【海の命】、両方同じ場合は【一人の海&海の命】と記して、どちらの物語からの引用であるかを示すようにしています。
なおこのシリーズは、私の授業実践だけを元に書いているわけではなく、今までに見聞きしてきた授業や資料、教員仲間との対話を元にして書かれています。
命のやり取り
現代はもう漁師や猟師に直に接する機会がある人は稀でしょうし、昭和にはけっこう見られた彼らの姿を描いた物語・映像・漫画等の作品に触れる機会も少なくなりました。
私たち現代人には、人と動物(魚)との「命のやり取り」の事など考える場面がほとんどありません。子供や若い教師は「海の命」の世界観が分かりにくいだろうなと思います。人間が「生きるために食べること」「儲けるために殺すこと」の陰にはそれぞれの動物の失われた命があります。
本記事では殺される側のクエにフォーカスを合わせて「海の命」を読み解いてみたいと考えます。
クエの無罪 ~「クエ目線」でこの物語眺めてみる
殺される側の立場はどんなものなのでしょう。クエに「クエ目線」で「海の命」について語ってもらいましょう。
ア.何も攻撃していないのに、ワシはじっとして休んでいただけなのに、一方的に父が攻撃してきた。怖い。(クエには人間に対する攻撃性はない)
イ.もりで突かれて痛いし、殺気を感じるから暴れただけ。結果的に父が死んでしまっただけ。
ウ.これって、ワシの正当防衛だよ。何で太一に復讐心持たれてつけ狙われるのか分からない。
エ.この話の読者は勝手に息子の気持ちに同調して、息子に正義があるかのように勘違いしている。
オ.息子が来たけどワシが堂々と動かずにいたら、突然息子が笑みを浮かべた。何か気持ちが変わったのだろうか?
カ.息子の太一は勝手にワシの事を「父さん、ここにいたのですか」とか変な事を言って、納得して帰って行った。なんだ、あいつ?
キ.人間って、独善的で面倒な奴らだ。仲間はこいつらに殺されて高級魚として売られているらしい。
ク.わしらクエの仲間だけでなく、たくさんの海の生き物が毎日つかまえられては食べられている。
ケ.いやいや、何言ってるんだよ。ワシは太一の父さんの事なんか知らんわ。そもそも人(クエ)違いだよ。
等というようになりはしないですか?太一がクエを発見した場面以降は「ケ」で、単なる勘違いである可能性だってあります。
「殺される側に立って考えること」がこの物語や授業のテーマではないでしょう。宮沢賢治の「注文の多い料理店」ではないですからあまり深入りすることもないとは思います。しかし、こうして考えると太一の【父を殺された】という長期間の独りよがり浮き上がってきます。クエの立場に立ってみれば父の事も太一の事も「なんだよ、あいつら?」となってしまうでしょう。クエは無罪です。そして太一(人間)が食してきた海の生き物たち全てが罪もないのに殺されています。「キ」や「ク」の視点については、子供たちに気づかせておく必要はあると思います。
子供に考えさせる
「クエから見た人間」について考えさせるために、こんな発問をしてみました。
【発問】みんなは、クエの立場についてはどう思うかな?
私のクラスは自由奔放になりがちなので面白い話にしがちです。ですから、例えば「クエは太一を殺人鬼!!!!と思っている」など、激しくて面白おかしい発言が出てきたら、大喜利にはならないように言い換えさせるといいと思います。6年の最後になって授業が大喜利大会になってしまうのは不味いです。
この(子供たちに「クエの立場を考えさせる」)辺りで「実はクエは攻撃的なサメはフカとは違い、自ら人を襲うような性質ではない」ということを子供たちに明かしてもよいかと思います。
クエはどうして動こうとはしなかったのか
教科書には、
太一は鼻づらに向かってもりをつき出すのだが、クエは動こうとはしない。【海の命】
とあります。
それで、太一の目の前にいるクエが父を破ったクエであると仮定した上で、
【発問】クエはどうして動こうとはしなかったのでしょう?
と、子供たちに問いかけると、次のような考えが出てくると思います。
A. 死を覚悟していた
B. 瀬の主だから堂々としていた
C. 海の命だから
D. 太一に負けるとは思っていなかった
E. 優しくなっていた
F. 太一に殺されたいと思っている
J. もう、お父に対する恨みは消えていた
H. クエは殺し合いをしたくなかった
いくつか出た所で自分の考えに近い理由を選ばせます。そしてさらに、そう考えた理由を発表させていきます。教科書には、
この大魚は自分に殺されたがっているのだと、太一は思ったほどだった。【一人の海&海の命】
と書いているのでFが正解みたいになるかもしれませんが、あくまでそれは太一が思ったことです。クエ側の理由が記述されているわけではありません。
個人的には、立松和平はクエが動かないことで「瀬の主としてのクエの存在感」「クエが海の命としての神性を帯びていたから」「静かなるクエの偉大さ」を表したかったのではないかと思っています。BやCあるいはHですかね・・・。
「一人の海」で太一が与吉爺さんの船で釣り上げたタイを扱うこのシーンで「魚の神性」について言及される場面があります。
「粗末にしたらいかんよ。神様として大切にお触りするばい」
暴れまわるタイに手を焼いて乱暴に生簀に蹴りこんだ太一に、笑いながらではあるが与吉爺さはこういった。【一人の海】
タイは勿論のこと、巨大なクエはより強い神性を帯びた存在として描かれていたのだと思います。
NEXT!
どこまで深入りするかは別にして、「② 太一の前にいるクエは「お父を殺したクエ」なのか」及びこの「③ クエ目線で考える【クエの無罪】」のようにクエについて考えてみることは必要ではないかと思います。子供たちの混乱を上手に整理しながら、授業を進めなければなりませんね。
次の記事ではタイトルである「海の命」は何なのかについて読み解いてゆきたいと思います。


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