はじめに
「『海の命』を読み解く」は7つの記事からなるシリーズになっています。是非、下記リンク先の記事とともにお読みください。
① 並行読書(廃版「海鳴星」)
② 太一の前にいるクエは「お父を殺したクエ」なのか
③ クエ目線で考える【クエの無罪】
④ 「海の命」とは?
⑤ 「太一はなぜクエを殺さなかったのか」という謎
⑥ 太一は本当の一人前の漁師になれたのか
⑦ 「海の命たち」からのメッセージ
「海の命」は「一人の海」という題名の物語の短縮バージョンなのです。「海の命」の授業がしにくい原因は、「一人の海」を短くし過ぎたからなのではないかと私は考えています。できれば「海の命」と「一人の海」との関係が書かれた「① 並行読書」(本記事)から順に読んでいただくと分かりやすいと思います。
※※※「① 並行読書」(本記事)はとても長いので、時間がない方は下記の「海鳴星に関して記述した段落」(←クリック)だけお読みいただき、②以下の記事に進んでください。
本記事では引用文の末に【一人の海】または【海の命】、両方同じ場合は【一人の海&海の命】と記して、どちらの物語からの引用であるかを区別するようにしています。
なおこのシリーズ記事は、私の授業実践だけを元に書いているわけではなく、今までに見聞きしてきた授業や資料、教員仲間との対話を元にして書かれています。
難解な「海の命」
初めて「海の命」の授業をした際(1998年?)、何だか心がモヤモヤしたのを覚えています。子供たちはこの作品をうまく理解できていない様子でした。私自身もこの作品を理解しきれないところがありました。「まあ、立松さんだから自然への畏怖とか自然(海)の中での命のやりとりについて書いたのだろうけど、何だか雑な話だなあ・・・。」くらいにしか受け止められず、その後6年生の担任になった時も授業をするのは気が進みませんでした。
立松和平は「黄色いボール」という童話作品について語った際、以下のように発言しています。
子どもの絵本と言うものは、作者が道筋を、というより、大きな世界を提示してね、いろんなことをぼくが全く根拠なく想像したように、いろいろと考えてもらえば、それでいいんです。子どもたちが、また周りの大人たちが考えた道筋というのは、全部、正しいというか、間違ってないと言ったほうがいいですね。そうやって考えることが、考えてもらうことが目的ですね。
芸術関連の方が自分の作品について語る時、よくこのような言い回しをします。
そう言われても、教師としては「海の命」を元にして数時間の授業をする羽目になり「子供たちがそれぞれに、いろいろと考えた」で終わるわけにもいきません。自分なりに作品や作者に対する理解を深めていかねばならないと思い、「海の命」に対する私の考えを文章化してみました。モヤモヤが晴れるかどうかは分かりませんが、「海の命」に関する考察をシリーズとして本記事を含む7つの記事で述べてゆきたいと思います。
本記事は並行読書と立松和平に関して記述してみたいと思います。
並行読書
物語作品について考察をする際に、並行読書はとても有効な手段になります。作者の他の作品を読むことによって、作者の考えの全体像がぼんやりと分かってくることがあります。作風とでも言いましょうか。「ごんぎつね」を読む時には新見南吉の作品群を、「やまなし」を読む時には宮沢賢治の作品群を読むとよいと思います。
子供にとっても教師にとっても並行読書は、作品理解への有効な手立てです。
立松和平は多作で知られており、並行読書をしようと思ってもどれから読み始めたらよいのか分からないです。通算、20冊以上読んでいますが、残念ながらあまり私の感性には合っていないようです。都市化・自然・環境問題に関する著作をたくさん書いており、TV番組(ニュースステーション)に出演していた頃にも環境問題について問いかけることが多かったです。自然を礼賛したり、自然への畏怖を語ったりすることが多かった方です。方言を交えながら話す様子が「純朴な団塊世代」といったイメージでした。道元や親鸞について書かれた仏教に言及する事も多く、独特な世界観があります。「海の命」を読み解くために、参考となりそうな立松和平の作品の数冊を、以下に紹介します。
立松和平の「命」シリーズ
立松和平は「◎◎の命」という題の作品をたくさん書いています。これなら子供でも短時間で読めるので、用意してあげたいです。下の7冊を見つけました。
「海のいのち」・・・・・光村国語教科書に長年掲載され続けている。
「山のいのち」・・・・・祖父から川魚を獲る方法を教えてもらう。イタチをさばく場面がリアル。
「街のいのち」・・・・・母を亡くす小学生「瞳」の話。町の木々と共に、瞳も再生する。
「田んぼのいのち」・・・・・農家をやめていく仲間たちの中で、一人田んぼを耕し続ける賢治さんの話。
「木のいのち」・・・・・都市化する街で枯れそうになりながらも生き続ける気の話。
「牧場のいのち」・・・・・牧場での暮らし、牛の出産場面がある。
「川のいのち」・・・・・3人の小学生が川で遊びながら成長するひと夏の話。
主人公たちは、命の不思議さや命の尊厳に気づくことを通して成長します。自然の中で生きる主人公たちの姿を通して「自分の命」「他の生き物の命」「自然に対する畏怖の念」について読者に考えてほしかったのではないかと思えます。
「田んぼのいのち」には立松和平と娘の横松桃子(絵を担当)のミニ対談のリーフレットがついていました。主人公の名前は賢治であり、宮沢賢治をイメージして描いたそうです。立松和平は「田んぼのいのち」のテーマについては、
人間の苦しみと、しかし、苦しいだけではないと応えてくれる自然への信頼
と、語っています。
「いのち」シリーズ7冊には、自然の中あるいは都会で生きるリアルや葛藤、そして自然の力による主人公たちの再生が描かれているように思えました。ちなみに「立松和平との絵本集」という5冊のシリーズもあり、こちらもまた自然に関する内容の本が揃っています。」
「海の命」のロングバージョンが掲載されている「海鳴星」
「海鳴星」は立松和平の3作品「海鳴星」「一人の海」「父の海」を収録した本で、1993年に「JUMP J BOOKS」シリーズの1冊として「少年ジャンプ」の集英社から出版されています。その中の「一人の海」が「海の命」のロングバージョンであると考えられます。少年向けという位置づけで書かれたようです。残念ながら廃版になっており、かつ、入手が難しいようです。中古市場でもかなりの高値がついています。近くの図書館で見つかるとよいのですが・・・。
小学校の教科書に長く掲載されているのだから、「海鳴星」を復刊させればけっこう売れるだろうと思うし、教師も子供の学びにもつながるだろうと思います。それでも復刊をしないのは、もしかしたら立松和平に「一人の海」のショートバージョンの「海の命」から子供たちに読み取って欲しいという想いがあるのかも知れません。

時代設定は違うようですが、収録されている3作品はどれも海に関係した話です。小学生にとっては少し難しい内容かも知れません。中学生あたりを対象としている気がします。「海鳴星」「一人の海」「父の海」の3作品を読むことを通して、「立松和平は海の怖さと美しさ・優しさの中で、自然と一体となって息づく人間の命について描いているのではないか」というのが私の感想です。3作品の概要は以下の通りです。
「海鳴星」
表題作「海鳴星」は爺さと少年という「海の命」とよく似た組み合わせの人物設定であるものの、時代設定は昭和初期、あるいはもっと昔ではないかと思えます。少年と爺さの交流が描かれているシーンが続いていくのかと思っていたら、突然大津波に襲われます。家族も爺さも村の人たちも流されて少年が独りぼっちになるところで話は終わってしまいます。「命」の過酷さを描いたのでしょうか。自然は時として冷厳であることを描いたのは、次の「一人の海」「父の海」での父の死につながっているのかも知れません。
「一人の海」
「一人の海」は「海の命」のロングバージョンであり、元になった作品だと言えます。後述するように、時代設定は昭和後期でしょうか。「一人の海」では、太一の父「太助」と「与吉爺さ」は津波被害の生き残りという設定になっています。「海鳴星」の「爺さ」(名前は記述されていない)は津波に流されて亡くなっています。立松和平の中で「海鳴星」と「一人の海」は設定した時代を超えてつながっているのかも知れません。
「父の海」
「父の海」の時代設定は、昭和後期、1970年代~1980年代ぐらいであるように感じられました。浪人中の受験生・良一が亡き父の故郷を訪ねる物語です。良一の父は風・波が強い朝に漁に出かけ、エンジンの故障で船が流されてしまいます。長い漂流の末、海岸で遺骸となって発見されます。良一は雪深い父の故郷を遭難しそうになりながら訪れるます。
この作品もまた、生き方(運命)や命、そして自然に関わるリアルを描いた作品です。
「一人の海」詳細
「一人の海」については特に重要なのでもう少し詳しく解説します。「一人の海」はイラストを除いて46ページほどの作品で、これをどんどん短くしていくと「海の命」になります。ざっくりと計算して、「一人の海」は「海の命」の10倍以上の長さになります。はじめて「海の命」を読んだ後に、「なんだか散文詩みたいだな」思えたのはそのせいでしょう。
「海の命」では時代背景が分かりませんでしたが、「一人の海」には「エンジン」「レーダー」「ソナー」「ウエットスーツ」等の言葉が使われています。1970年から本の出版年の1993年の間ぐらいの設定ではないかと推定されます。私はもっと古い設定(戦後まもなく、あるいは戦前ぐらい)かと思っていたので少し意外でした。
長いだけあって「海の命」に比べて登場人物(父・母・太一・与吉爺さ)に関する描写が詳しく、互いの関係性もよく分かります。漁の様子についても詳しく書かれています。クライマックスシーンまでの記述が、太一がクエを仕留めなかった事へとつながっていくのがわかります。
例えば亡くなった父(夫)に関して母は、
「あんな幸せな男はないばい。今ではクエになって海ん底ば泳いでいるんじゃないだろうかねえ。」【一人の海】
と、語っています。太一がクエと対峙した場面で
「お父、ここにおられたとですか。また会いにきますばい。」
とクエに対して話しかけるのは、母の言葉に呼応しているのかも知れません。
「海の命」では父の死後、すぐにクエに出会ったかのような紙数になっていますが、「一人の海」では太一も母も葛藤しながらクエに出会う日までを過ごします。
次のような太一の台詞もあります。
海には生命があふれかえっていたが、同時にそこは死の世界でもあったのだ。もし海で死ねるのなら満足であった。【一人の海】
こうした「一人の海」の描写を読むと、ずいぶん「海の命」のイメージが変わってきます。
また、実は太一はお父の敵のクエに会うまでに他のクエを何匹も仕留めていた」「『~ばい』という方言を使っていた」ことなども、「海の命」から受けるイメージと違っていて面白いです。
なぜ題名が「一人の海」なのかというと、太一の同世代の若者たちが海に背を向けてしまい昔ながらの漁を続けるのは太一だけとなり、「一人の海」で漁をすることになることに由来しています。それでもなお、太一はクエを追い、一人前の漁師への道を歩み続けます。それは、後述する「遠雷」の主人公・満男に重なる姿です。ただし、「一人の海」で描かれている「過疎化する漁村で一人で漁を続ける太一」の姿は「海の命」ではカットされています。
軍曹かく戦わず
「戦わず」という題名からして立松和平らしいと思います。
実際に中国戦線に参加した元日本兵(小松啓二軍曹)をモデルとして、本人に取材をしながら書き上げたそうです。

太平洋戦争では兵站が不足して食うに困り、多くの軍隊が戦地で食料の現地調達をせざるを得ない羽目になりました。戦地の一般人から食料を略奪せざるを得ない状況へと追い込まれました。中国の奥へ奥へと戦線が伸びてゆく中、小松軍曹が所属する隊も避難した住民の家や畑に立ち入って糊口をしのぎます。小松軍曹たちはやむを得ず略奪を働きますが、この物語の中では決して人を殺すことなく仲間を助け、仲間の死者を弔いながら先へ先へと進んで行きます。
任務に背いて進軍を止めるわけにはいかないという当時の厳しい状況下にありながらも、小松軍曹は「不殺生」を貫こうとします。そんな軍曹の姿が、どちらかというと「淡々」と描かれています。殺し合わなくてもいい、他者を殺してしまう事なく「いかに共生の道を歩むのか」という立松和平が大切に抱えてきたであろうテーマが垣間見られる作品でした。物語の設定はずいぶん違っていても、「海の命」のテーマにも通じるものを感じました。
遠雷
立松和平ら団塊世代は戦後の急激な都市化を目の当たりにしています。映画化もされた「遠雷」は高度成長期の波にのまれて廃れていく戦後の農村を描いています。立松和平の出世作と言えるでしょう。映画化もされており、作品に描かれた時代の雰囲気を映像で確かめてみるのもよいと思います。
「遠雷」の若い主人公・満夫は都市化にのまれていく農村に残り、夫婦で農業を続けようと試みます。
「田んぼのいのち」の賢治も次々と村を出ていく仲間たちが去った田んぼに夫婦で残り続けます。街に住む息子が街で暮らそうと年を取った賢治さんに呼びかけても、村を出ません。
「遠雷」の主人公・満夫は近郊農家でトマト栽培をしています。満夫は完全な田舎暮らしをして都会に背中を向けているわけではありません。ただただストイックで強い男ではなく、満夫の人間臭くて弱さを抱えた姿が描かれています。都会と田舎の狭間で、都会的な生活・都会的な欲望に染まりながらも「嫁」をもらって難しい農業経営を続ける道を模索します。立松和平は一人前の作家として自活を目指していた頃の自分を満夫に投影していたのでしょう。それは「海の命」で一人前の漁師を目指していた太一、ひいては教科書を読んでいる中学生になろうとする時期の子供たちにも通じると思います。
遠雷 (河出文庫) [ 立松和平 ]
「遠雷」はその後の「春雷」「性的黙示録」「地霊」と併せて「遠雷四部作」と呼ばれています。「春雷」以降は話がダークで重くなってゆき、荒廃してゆく日本の地方と都会が描かれてゆくことになります。
振り返れば私が、そして父がいる
立松和平の絶筆となった作品「振り返れば私がいる」に息子の横松心平が父の生涯を語る形で加筆して、「振り返れば私が、そして父がいる」は完成されています。息子から見た「素の立松和平」という一面を知ることができて興味深いです。横松心平は仕事人間の父と反りが合わなかったことを言及しながらも、父への愛と憧憬があふれた内容になっています。
「海の命」について語ったわけではないものの、横松心平は、
これから私がしなければならないことは、父のような人物になることではなく、父を乗り越えることでもなく、ただ自分の道を自分の足で歩く、という単純な事だけなのだ。
と語っています。「父が挑んで破れたクエ」を仕留めることが一人前の漁師であると思い込んでいた太一が、結局は「不殺生」という自分の道を歩む選択をしたことと何か似ているような気がして興味深いです。
また、立松和平は息子が作家になることに反対しながらも応援していたことも本書から分かります。立松和平と横松心平の親子関係と、太一と太一の母の関係も似ていて面白いです。
立松和平について ~自然への回帰と折れ合い
立松和平は1947年生まれ。団塊世代のど真ん中であり、学生運動にも影響を受けているし、日本国内のみならず、諸外国を流浪し、波乱万丈の人生だったようです。村上春樹(2歳年下)と同時期に早稲田大学に在籍しています。全共闘世代であるこの2人の作品を比較しながら読むのも面白いです。
立松和平は多作で能弁であることが特徴です。行動派なので様々な言動の記録が残っています。ボクシングに目覚めたり、パリ・ダカールラリーに出場したり、知床に居ついたり。情報が多すぎるので「立松和平の世界」の全貌を掴むことはなかなか難しそうです。
自然環境を訴えながら車を愛し、真面目なのかと思っていると小説の中にはどろどろとした人間の欲望を描いているのもの少なくありません。「いのち」シリーズ(絵本)に見られる純朴さだけでは語れない俗な部分も併せ持った人だと思います。俗な部分もまた「あるがまま、人間の自然な姿」であると捉えていたのかも知れません。
連合赤軍事件に関する作品「光の雨」には理想に燃えて突き進んだ全共闘世代が迷走し、屈折し、敗れてゆく姿が描かれています。自分たちの(全共闘)世代が「現実との折り合い」をつけることに難渋したという時代背景は立松作品の中に深く影響しているように感じます。
仏教にも造詣が深く、「道元」「良寛」「日蓮」に関する著作がありますが、私は読了できませんでした。五木寛之との対談本「親鸞と道元」が読みやすくて分かりやすかったです。
また、ただただ自然を美しいと賛辞しているわけでもありません。前述したように「海鳴星」は津波による救いようのない突然のバッドエンドで、この作品単品を読んだだけでは何が言いたいのか訳が分かりません。
ただただ自然に帰れと自然回帰を目指しているわけでもありません。自然から離れ、自然を失ってゆく現代人が、様々な矛盾を抱えながらもどこに着地をすればよいのか・・・。「遠雷」の登場人物たちのように、立松作品には「理想を貫くのか、現実と折れ合うのか」という問いに悩まされる主人公たちの生き様が描かれていることが多いように思います。
「海の命」は立松和平が模索してきた「自然への回帰と折れ合い」を表した作品の一つなのかもしれません。殺生はするが余分な命をとらない太一。父の仇をとるのを諦める太一。「海の命」のクライマックスでは、太一が厳しくも優しい自然の中に溶け込んだようにも思えます。
「やまなし」と「海の命」
最後に宮沢賢治「やまなし」と「海の命」の比較についても少し述べてみます。光村図書国語6年の教科書では「やまなし」→「海の命」の順で2つの物語が掲載されています。子供たちも教師も並行読書として自動的に「やまなし」を読むことになります。おそらく光村図書は意図的に「やまなし」→「海の命」の順に配列したのではないかと思います。大雑把に言うと、「やまなし」も「海の命」も、「自然の厳しさ」「殺生の悪」「共生」について描いているように思っています。「やまなし」に関しては下記リンク先で詳しく述べていますので、是非ご参照ください。

実は立松和平の絵本作品「田んぼの命」の主人公は宮沢賢治にちなんで「賢治」なのです。この作品に付属していたリーフレットで立松和平は宮沢賢治について言及をしています。宮沢賢治(法華経信者)も立松和平(道元や良寛に関する著作が数冊)も仏教に造詣が深いです。立松和平はけっこう宮沢賢治を意識していたと思います。前述の「振り返れば私が、そして父がいる」の中で横松心平は、
父は賢治が好きだった。書斎には全集がある。家族で岩手県花巻市の宮沢賢治記念館へ行ったこともあった。
と記しています。「やまなし」が掲載されている国語の教科書に自分の作品「海の命」が載ることについて、立松和平には特別な感慨があっただろうと思います。光村図書側もそのことを承知の上での「海の命」掲載であると私は推察しています。
宮沢賢治が理想を追い求めて自身に「ベジタリアン」であることまで課していたのに比べると、立松和平はやや現実的な生き方をしていたように思います。宮沢賢治の作品に比べると、立松和平の作品は人間の中にある「悪」や「だらしなさ」をある程度認めていたように私には感じられるのです。・・・と言っても立松和平のストイックさも一般人にはとても真似できないレベルですが・・・。尋常ではない量の著作・旅・車・ボクシング・仏教探求・知床居住・農業実践等々・・・行動力・行動範囲は質量ともに圧巻です。
「海の命」で与吉爺さは、
「千匹に一匹でいいんだ。千匹いるうち一匹をつれば、ずっとこの海で生きていけるよ」
と太一に語り、太一がこの言葉をずっと守り続けたことが物語のラストでも示されます。現代の漁船が大きな網でごっそりと魚を獲ってしまう漁法に比べれば「千匹に一匹でいい」はずいぶん慎ましい考え方です。この与吉爺さの言葉は命の「尊厳」や自然との「共生」、自然への「畏怖」というテーマを示しているのだろうと思います。
「海の命」が描き出す世界も十分に求道的だと思いますが、宮沢賢治が「やまなし」や「よだかの星」で描き出した不殺生の世界はさらに求道的です。やまなしは身を挺してカニの兄弟の喧嘩を止め、カニの親子をイサドへと誘います。よだかは虫を食べてしまう己の煩悩から解脱するかのように星となります。
立松和平が「海の命」で「余分な殺生をせずに自然と共生する」ことを描いているのは宮沢賢治に比べると少し妥協的で、「殺生」という人間の悪を認めているような気もします。「千匹に一匹」であっても、殺生はしています。人間なら一人を殺しても大罪です。大きいクエは海の命なので殺すのをやめるのに、小魚なら殺して食べてもいいと言う論理であるようにも思えてきます。「一人の海」では次のような記述があります。
あれからまた五十キロのクエを3匹獲った。サザエやアワビやウニならば、もう数えるのが不可能なほどに海から上げた。【一人の海】
何者も殺すまいとベジタリアンを志した超絶ストイックな宮沢賢治。彼が不殺生の世界を描いた「やまなし」に触れた数か月後に、「かなり現実寄りの『海の命』」をわざわざ同じ教科書上で読ませることもなかろうに・・・と、私は思ってしまいます。
光村図書が「やまなし」の後、子供たちが中学校へと進学する直前に「海の命」を配置した意図は「菜食主義は現実的ではないにしても、自然への畏怖を大切にしながら殺生は少しだけにしましょう」のように私には思えてしまうのです。自然の摂理としての食物連鎖(≒弱肉強食≒殺生)を現実的に認めているのはほとんどの人がそうです。立松和平の宮沢賢治へのアンサーかつ、中学生になる子供たちへの問いかけは「なるべく理想は掲げつつ、現実との妥協点を探ろう」となるのでしょうか。
私自身だって菜食主義などできないし、日々、現実に巻かれっぱなしのくせに、なんだか「海の命」が「やまなし」と同じ教科書に載っていることが少し「残念」な気がするのです。
NEXT!「『海の命』を読み解く」シリーズが続きます
「海の命」で太一がクエを殺すのをやめた部分は物語のクライマックスで、謎・不可解とされることが多いです。これから「一人の海」と「海の命」を読み比べながら「『海の命』を読み解く」シリーズを書き進めてゆきたいと思います。


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