作文を素直に書かせることについて(宮川俊彦先生)

1 この記事について

この記事では、2012年1月21日に行われた、宮川俊彦先生の講演の一部分を紹介します。「書きたいことを素直に書け、という指導の問題」 というテーマでお話し頂きました。

作文を書く時に「素直に書くように」と指導されることで児童に植え付けられる認識と、それがもたらす問題についていくつかの故事や寓話を引いて説明しています。

2 「書きたいことを素直に書け」ということの問題

素直に思ったことを書きなさいという作文指導は昭和30年頃から行われてきました。

宮川先生自身、作文などを素直に書いていて、先生には「素直で良いね。子どもらしいね」と褒められてきたそうです。

当時の時代の流れとして、「素直らしさ」が強調され、「素直」が一つの形として求められるようになってきていました。「子どもなんだから子どもらしく書くようにしなさい」といったように、「○○らしく」ということがよく言われました。

しかし、子ども自身は「子どもらしく書く」ことについて、疑問をもつようになってきます。
「普通恥ずかしくて書けないことを、素直に表現する」ということについては、人によって好みがわかれます。

素直に書いてそれで良いなら過ごしやすいけれども、本当にそのままで良いのでしょうか?
 
素直なのは良いけれども、素の自分で書こうとしたら崖っぷちにたたされてしまいます。

3 今までに一度でも「素の自分」で社会に触れたことがあるか。

そもそも、本当の意味でこれまでに一度でも「素の自分」で社会に触れたことがあるのでしょうか?

この問いに関して、イソップ寓話「北風と太陽」をもとに説明します。
 
この寓話から読み取れる教訓として、一般的に次のような事が言われています。
「(服を脱がすために)手っ取り早く物事を片付けようとするよりも、ゆっくり着実に行なう方が、最終的に大きな効果を得ることができる。また、冷たく厳しい態度で人を動かそうとすると、かえって人は頑なになるが、暖かく優しい言葉を掛けたり、態度を示したりすることによって初めて人は自分から行動してくれる。」
 
実は、これだけではなく、この先にこの寓話の本当の意味があります。
 
それが表されているのは、最後に旅人が川に飛び込む場面です。この場面において、旅人は服を脱いでも結局は完全な裸にはならず、透明な水をまとっています。
 
このように、世の中(北風と太陽)が人の心をあらわにしよう(服を脱がそう)としても、結局は出来ないのです。
 
これと同じように、「人間の表現」というものは、ありのままに存在するというものではなく、何か違うものをまといながら存在しています。
 
そういった意味では、言葉は本来、語れば語るほど誤解を招くものであり、多くの場合、それを聞いた者は分かった気になっているだけです。そのため、言葉を扱う際には、聞き手の理解の水準や、話し手の力量、言葉の生かし方などが重要です。

4 「嬉しい」ではなく「嬉しさ」を書く。

気持ちがまとってしまうような言語を使うと、合理化が進み、言語が抽象的になります。そして最終的には、言語が記号としての意味しか持たないようになってしまいます。
 
道具や材料、場面や客観的背景をいかにして使うかが重要で、作文指導の際には様々な手法を教え、それらを使って書くようにさせます。

そのような手法を使えば、新聞の天気図だけでも作文を書くことができます。あらゆるジャンルの言葉を使えば文章が面白いものになるのです。

藤原定家は、「『嬉しい』という気持ちを表す際に、そのまま『嬉しい』と書くのでは駄作である。」と述べたそうです。直接的でない、違う表現を使うことによってその気持ちを表すことで、文章がより味わい深いものとなります。

作文とは?表現とは?

宮川先生は、最近、「最高の作文は『沈黙』ではないか?」と思うようになったそうです。

それはつまり、自分の意見を安易に晒さないという事です。

作文の世界では一人ディベートができます。

作文を書く際には、以上に述べてきた通り、自分の意見を書くことをそそのかされますが、自分の意見とは異なる視点から作文を書くことも評価されるべきです。
「書いたとおりに思っている」という前提がありますが、必ずしもそうでは無いのです。

一人ディベートする中で調べ、考えるのが勉強です。

時には演技や振りも必要です。むしろ、それが学習ではないのでしょうか?

このような点に気づいた人が、次の段階に進もうとするときにいい指導者と出会えば良いのです。

言いたいことを言ってすっきりするのは表現では無く、言うべきことを言うのが作文や表現の本来です。
「あえて語る」「あえてこう生きる」「あえてこの道を進む」ということが「表現する」ということです。そのために準備をするのです。

つまり、表現とは「あえて」何かをすることなのです。

本当の作文指導とは?

宮川先生は、常に子どもに限らず、人の「見たい」「知りたい」という感情を引っ張り出したいと思っているそうです。

一回しかない人生、自分の能力をフルに活用できたら面白いはずです。

自分でも気づいていない能力があったらどうするか?そしてそれはどうすれば見えてくるか?あるいはどう作っていくか?

このような部分に関して、コミュニケーションの中で見えてくるものをキャッチします。

一般の人は普通、「作文が上手ければ作家になればいい」と考えますが、作文が上手くなるという事はその人の才能が首を持ち上げてきた合図でしかないのです。それを見逃さず、磨き続けることを疎かにしなければ才能になっていきます。磨き続けること自体も才能なのです。

言語様式は「人間の空間」です。書くのは自分、読むのは他者。どこにどんな文字でどう表現するかが問われています。本当の作文指導はそのような「表現の本質」を問うものです。

講師プロフィール

宮川 俊彦 先生

国語作文教育研究所所長。この研究所は日本の作文・表現教育の奥の院と評されており、実践の場として展開。 http://www.miyagawa.tv/

小中学生を中心に100万人におよぶ作文を分析し指導、学校教育における文章力向上「作文教育」を提唱。更に、イベントなどを通して、30年にわたり計170万人以上の子どもたちに国語の面白さを伝えている。一方で、教育評論家としても活躍。テレビなどのコメンテーターとしても定評がある。また、大手上場企業など500社を超す企業昇進昇格論文や入社試験の作文などを開発、分析。日本で唯一の文章分析のスペシャリストとして多岐にわたり活躍。

作文する中で、子どもが自分なりに世界を捉えて考え、どう生きようかと思っていることに向き合い、子ども自身も自分と向き合い、それに先生が立ち会うことで、また自分自身とも向き合う。

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EDUPEDIA編集部 薗田誠也

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