はじめに
本記事は2025年1月12日、現在埼玉県の公立学校で教員として働きながら、自らの教育実践の発信に力を入れている石井雄大先生に取材した内容を記事化したものです。石井先生が実際に教員として経験した体験談をもとに、そこから得られたものや、現在意識している児童への向き合い方について取材をしました。
私の実践
私が2年前に担当した、6年生の11月の話です。卒業が近づいてくる時期でした。
そのとき、私は子どもたちが自由に意見を言えるような環境を作るために、学級会に向けて「提案ポスト」を設置しました。このポストに子どもたちの意見や提案を入れてもらい、その内容を参考にしながら、学級会で先生たちが行うことを話し合って決めていくという仕組みです。
ある日、その提案ポストの中に一通のメッセージが投函されていました。
『先生と私たちとの距離が離れている』
まさにその通りでした。私と子どもたちの関係はあまり良い状態とは言えず、心の距離が遠くなっていたのです。クラスが荒れていたわけではありませんが、お互いの気持ちにズレが生じ、子どもたちも私もやりづらさを感じる日々が続いていました。こちらの思いがうまく伝わらないことも多く、苦しい1年間でした。
一方で、その翌年、1年生を担任していたときは、「いつもありがとう」や「大好き」などと手紙に書いてくれる子が多く、とても暖かい時間を過ごしました。もちろん、6年生と1年生では発達段階が違いますが、3年目と4年目で私自身の子どもたちとの向き合い方にも大きな変化があったように思います。
今回は「なぜ子どもたちとの関係性に大きな変化が生まれたのか」について振り返りながらお話ししたいと思います。
教員1年目、私は2年生を担当しました。子どもたちが黒板にみんなの良いところを書いたり、お互いに褒め合ったりして、毎日楽しく、温かい雰囲気の中で過ごしていました。
教員2年目は4年生を担当し、子どもたちがそれぞれの目標を書いて教室に貼ったり、クラスの思い出を掲示したりして、子どもたち主体でクラスを作り上げているのを実感する日々でした。黒板にクラスメイトへのメッセージを書いた時もあり、メッセージが読めなくなるほどにクラスの良かったところをたくさん書いてくれました。そんな子どもたちの姿を見て、「本当に大きく成長したな」と感じました。

私は初任の時からずっと、一人一人が輝ける、子どもたちの中にある温かさや優しさが溢れるようなクラス作りを大切にしてきました。
そんな私が、3年目に6年生の担任となったときのことです。子どもたちと交換する『成長ノート』というノートを使って、クラスのことについて自由に思いを書いてもらっていました。あるとき、複数の子がこのように書いていました。
「友達と授業などで話し合うことが面倒くさい」
「先生とみんなとの距離が開いちゃってる」
「同じクラスになったのに 1回も話したことがない友達がいる」
この子どもたちからのフィードバックを受けて、「どうしてこんな風に感じているんだろう」と深く悩みました。申し訳なさや悔しさがあり、教室に入ることも苦しく、悩み抜いた日々を過ごしました。
しかし、どんなに苦しくても逃げずに子どもたちの前に立ち続けること、それが私なりの「子どもたちへの信頼の形」だと思い、毎日考え続けました。
その中で一番意識していたことは、子どもたちと良い関係を築くことです。『先生と子どもが共に息を合わせて何かを作っていく』姿勢を大切にしてきました。
それでも、ズレが生まれてしまったのはなぜだったのか。今振り返ってみると、その原因として、子どもたちのペースではなく、先生のペースに引き込もうとし過ぎていたのではないかと私自身反省しています。
6年生のクラスは全体的に落ち着いていて、物静かで大人しい子が多い印象でした。ただ、何事にも「面倒くさい」という雰囲気もありました。私はこのような傾向を変えたくて、お互いの良いところを褒め合う活動など様々なことを実践しました。
しかし今思えば、私は
「その実践を子どもたちは本当に行いたいと思っていたのか?」
「子どもたちが行なっていることに対して、必要性や納得感をきちんと感じてくれていたのか?」
という点を疎かにしていました。
先生ばかりがクラスの状態を変えようと一生懸命になるあまり、子ども達の気持ちを置き去りにしてしまったのです。先生のペースに子どもたちを持っていこうとしすぎていたように思います。結果的に、先生と子どもたちの間でズレが生じてしまっていました。
この一年の反省を経て、私は次年度から大きく意識を変えました。
『先生ではなくて子どもたちの呼吸に合わせる』
この姿勢を一番大切にしました。
先生のペースで引っ張っていくのではなく、子どもたちと同じ目線に立ち、何を感じているのか、何を思っているのか、その「声」をしっかりと受け止めるように努めました。
『子どもたちの声を聴くこと』
「きく」は2種類の漢字がありますが、耳と心を使う「聴く」を大事にしています。
子どもたちの声を耳と心で聴くこと。それが、関係づくりの第一歩だと、今は確信しています。
石井先生へのQ&A
先生になろうと思ったきっかけは何でしたか?
私が先生になろうと思ったのは中学校2年生のときです。そのとき私は病気で入院していて、1年間学校に行くことができませんでした。そんな中、当時の担任の先生を含めた学年団の先生方が、心理的なサポートをしてくれました。具体的には、楽しかった学校に行けないことによる悩みを聞いたり、なかなか会えないクラスメイトと自分を繋ぐために授業のノートや色紙を持ってきたりしてくれました。
その時に初めて先生という職業に興味を持ち、先生になりたいと思いました。
そして、大学や大学院で勉強する中で、小学校の先生になろうと思うようになりました。中学生のときの経験も先生になろうと思ったきっかけのひとつですが、そのときは校種は考えていませんでした。小学校は基本的に教科担任制ではないので、より長い時間子どもと一緒にいられることに魅力を感じて、小学校の先生を選びました。
子どもの声を聴くために、具体的にどのような工夫をしていますか?
クラスに対する自分の想いを書いてもらうアンケートを行っています。また、子どもへの声掛けはとても大事にしていて、何気ない会話の中でいろいろなことを話すようにしています。
特に心掛けていることは、自分から先生に話しかけに来ない子どもの想いを聴くことです。活発な子どもは自分から話をしてくれます。しかし、そうではない子どももいるため、小さなサインを見逃さないように、よく見たり声掛けをしたりして想いを聴いています。
自分から話しかけてこない子どもに対して声掛けをする際にどのようなことに気を付けていますか?
声を掛けるタイミングに気をつけています。学年や子どもの実態などによって対応は異なるので一概には言えませんが、低学年~中学年の児童にはいつでも話しかけて大丈夫だと思います。しかし、私は男性教員なので、高学年の女の子に話しかけようとするときには、仲の良い友達と話しているときに混じって声掛けをしてみたり、「今、大丈夫そうかな?」というときにサッと声掛けしたりしています。
学生の頃に教育を学ぶ際にどのようなことをしていましたか。
私は大学や大学院における日々の授業での学びを大切にするのと同時に、自ら子どもと関わる機会をつくって学びました。授業での学びを実践の場で活かすために、塾でのアルバイトやボランティア活動、教育実習などに取り組み、子どもと実際に触れ合う機会を積み重ねてきました。
そして、教育の中でもいろいろな分野を学ぶようにしていました。例えば、「国語の先生になりたい人は国語のことだけを学ぶ」ということではなく、いろいろな分野に興味を持ちながら広く学びました。教育はとても幅が広いので、そういったことが現場に出てからも活きると思います。
今、先生の多忙化が問題になっていますが、石井さんのように精力的に活動するためには、どのように時間の使い方を工夫すれば良いのでしょうか。
土日や祝日にも出勤する先生もいますが、メリハリをつけるため、私は休日には学校に行かないようにしています。平日も18時までには帰ると決めています。仕事量は確かに多いですが、このように時間を意識することも大事だと思います。
プロフィール
石井雄大先生

公立小学校教諭。教育学者。中学時代の入院がきっかけで教師を志す。大学院卒業後、教員となる。全国の教育関係者と繋がりながら、日々の教育実践を理論化し、広く世の中に貢献したいと考えている。執筆活動や学会発表などを精力的に行なっている。
《関連メディアのご紹介》
X:https://x.com/yudai_ishii8195
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Researchmmap:https://researchmap.jp/yudai_ishii
編集後記
子どもたちの声を大切にする石井先生の考えを聞いて、改めて、学ぶ主体のことを考える教室の大切さを実感しました。私自身も、教員になりたいという夢があるのですが、私も将来子どもの声を聞くということを忘れてしまう場面があるのではないかと思います。しかし、今回聞かせていただいた石井先生の言葉を忘れず心にとめておきたいと強く感じました。常に教室、子どもだけではなく、自分自身を見つめなおすことを大切にする姿勢は教員という仕事以外にも通ずるものだと思います。貴重なお話を聞かせていただき、これをきっかけに今の自分を見つめなおしたいと思うことができました。(毛利)
石井先生が大切にされている「子どもたちの声を聴くこと」は、子どもと関わるすべての大人が意識すべき姿勢だと改めて感じました。私たち大人は、経験を重ねてきたがゆえに、意識的にも無意識のうちにも、自分のペースに子どもを合わせようとしてしまいがちです。そんな中で、子どもの気持ちや考えを見落としてしまうことがある――そのことに気づかせてくれるような、深いお話を石井先生から伺うことができました。今回のお話は、子どもとの関わり方を見つめ直す貴重なきっかけとなりました。(楊)
(編集・文責:EDUPEDIA編集部 毛利優花、楊嘉瀅)

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