1 はじめに
この記事では、2017年3月26日に行われたEDUPEDIA主催イベント「関西教育祭りin京都 隂山英男×石川晋コラボ~基礎基本とアクティブラーニングを繋ぐ~」の内容をご紹介します。
石川晋先生は、中学校国語教育の第一人者として「対話」や「読み聞かせ」など、学級経営にもつながる「対話・表現・信頼」を大切にした国語授業づくり・教室デザインを実践してこられました。加えて、地域の人などの学校外部の人を教室に招き、地域と協働して行う「大人トーク」という実践にも取り組んでこられました。
今回は、そんな石川先生の「大人トーク」という実践をご紹介します。
2 コミュニティの中の教師
いま、地方は本当に疲弊しています。止まらない人口流出は特に石川先生の赴任地である北海道の地方部では顕著です。
そんな中で地方部にいる教師がどんな仕事をしなければならないのか。石川先生がたどり着いた答えは、コミュニティの中心としての学校があって、その中でまちづくりに資する授業をつくるというものでした。
まちづくりに資する教師であるためには、教師自身がまちの人と手を取り合っていく必要があります。
3 「大人トーク」の実践
そこで石川先生が開発したのが「大人トーク」という手法です。
これは、まちの役場の人や商店街の人といった近隣の住民や、各業界で活躍する人といった様々な大人を教室に呼んでお話をしてもらうという実践です。
流れ
1時間目 :ゲストがやりたいことを自由にする時間
ゲストが思い思いにワークショップや講演といった形で自分のことを子どもたちに伝えていきます。この時間はなかなかうまくまとまらないことが多いです。
ゲストが伝えたい熱い思いはあっても、それをうまく伝えることができないということが起こり得ます。
2時間目前半:担任とゲストで対談をする時間
ゲストからの話が終わると、今度は担任も入って、担任とゲストで対談をします。この対談の時間を使って、ゲストの伝えたい思いを子どもたちに少しずつ伝えていきます。残念ながら1時間目では伝わらなかったものもこの時間で子どもたちに伝えていきます。
教師には、そのゲストを呼びたいと思った意図があるわけなので、それを子どもにわかるように伝えることが仕事になってきます。
2時間目後半:ゲストが子どもたちからの質問を受ける時間
事前に子どもたちにミニホワイトボードやフリップボードを用意しておきます。ゲストに質問がある子どもは、そのボードに質問を記入し、それに対してゲストに答えてもらいます。質問に対してどう答えていくかはゲストにお任せしています。
事例
貪欲に外部の人を招いていく教師の姿勢(事例①)
花まる先生を担当する朝日新聞記者の宮坂麻子氏を招いたことがあります。これは、石川先生が花まる先生の取材のお話を持ち掛けられた際に、依頼したものです。
東京の一流の記者が無償で地方部の学校を訪れるという機会はまずありません。そこで、こうした機会に対しても貪欲に逃さないという姿勢で講師の依頼をします。
ハプニングとその力(事例②)
教室に外部の人を入れると、教師が予測できない事態が起こる確率はもちろん高まります。しかし、それは諦めて受け入れるしかありません。教育の本質はハプニングだといえます。ハプニングが子どもを育て、教師を育てます。
近くの高校の校長先生を招いた際、2時間目後半の質疑応答の時間にハプニングが起きました。
ある生徒が、「高校の先生になって一番苦労したことは?」という質問をしました。それに対し、ゲストの校長先生が「生徒が不登校になったこと」と回答しました。
この質問をした生徒は中学2年生の1年間一度も登校していない生徒でした。
事情を知っている周りの生徒はどよめきました。
さすがに少し心配になったので、その日の夜に質問をした生徒の家に電話を入れると、生徒の父親が電話に出ました。
「校長先生のお話がものすごくおもしろかったと、授業の話を娘が食事の時にすごい勢いでとても楽しく話してくれました。」とのことでした。そこから、その父親と、「先生も友達も、不登校について腫物をさわるようにして暮らしており、どうして不登校になったのかや、不登校でいる間にまわりがどんなことを思っていたのかなどを、なかなか話せる状況がない。こうした機会に、いろんな人の思いに触れることができてよかった」という話を互いにすることができたのでした。
ゲストは教室の生徒のことを知らないので、こうしたことがよく起こります。
他の例を挙げます。
プロジェクトアドベンチャー(*1)の講師を呼んだ際、「組ませてはいけない生徒はありますか?」と講師から聞かれました。それに対して、「組ませてはいけないペアはあるが教えない」、という対応をしました。
すると、案の定組ませてはいけないペアが組まれました。ハプニングです。
しかし、中学生ともなれば、外部からお客さんがきている場では、きちんと指示された動きをします。
後日、その2人の関係は急速に改善していきました。
教師と子どもたちだけの関係ではこうしたハプニングはなかなか起こせませんが、外部の人が入ることで、こうしたプラスのハプニングが起こって問題解決がされることがあるのです。
(*1)プロジェクトアドベンチャー 「信頼関係」や「人を信頼するこころ」を育むことを目的とした、体験活動型の学習。遊びの要素を多く取り入れる。
子どもたちに育まれた大切な力(事例③)
一流の写真家である小寺卓矢氏を招きました。
小寺氏とは長期間にわたって一緒にプロジェクトを進めました。
具体的には、3つのプロジェクトを段階を追って実行しました。
- ①地域の人向けの展覧会
- 校舎建て替えに伴って、撮りためられた膨大な写真を使ってまちの中で展覧会を行いました。
- ②写真集づくり
- 展覧会で使った写真を使って、小さな写真集を作りました。
- ③自分たちで撮った写真で写真集づくり
- 中学3年生の1年間、自分たちで撮った写真を使って写真集をつくり、それを出版する形で全国に発信しようというプロジェクトを最後に行いました。
3段階目のプロジェクトはかなり大きなものです。
新しいことをする際は校内のコンセンサスを得るのが大変ですが、①②の2つのプロジェクトでエビデンスを得て、同僚の感情的な理解を得ることで実行が可能になりました。
小寺氏との写真の活動を通して気付いた大切なポイントが2つあります。
- ●写真は誰でも撮れる
- 写真はシャッターを押すだけで誰でも簡単に撮ることができます。そうすると、非常に“優秀”な子どもが自分の枠組みから出られなかったり、発達特性がある子が非常にユニークな写真を撮りためてきたりする、いわゆる逆転現象が起こります。
- ●写真集に載せられる写真を選ばなければならない
- どんなにたくさん写真を撮っても、写真集に使える写真は数枚です。小寺氏はさらに、「写真集に使わなかった写真は消しなさい」という指示をしました。どんなに思い入れがあっても最後は自分で選ばなければならないのです。私たちは生きていく中で自分に合わないものを捨て、たくさんのものの中から合うものを選んでいきます。
写真の活動の中で裏目標として考えられているものは「選びとる力を育てる」ということでした。
まちづくりに資するということ(事例④)
北海道ぬかびら源泉郷の蟹谷吉弘氏を招きました。
蟹谷氏は「湯めぐり」という事業をはじめ、小さな温泉街をV字回復させた方です。また、上士幌町のふるさと納税に積極的に関わってきた人物でもありました。
2時間目前半の対談で、なぜこうした改革を進められたのか伺いました。
その答えは以下のものでした。
「ふるさと納税に関わるまちの役場の人も、返礼品を提案する人も、上士幌町の小学校・中学校・高校の出身。自分の前後3年の世代で、同じ学校でほぼ同時期に同じように暮らした仲間たちなのです。」
地方の学校に勤める教師がどういった仕事をしなければならないのか、あらためて実感する機会となりました。
優秀な人材は都市部の高校に転出し、その後中央の企業に勤めていく。そうした優秀な人材の流出も地方の課題です。
そうした中でも地方に残った子どもたちが、基礎的な学力を持ち、みんなで協働して問題解決ができる。コミュニティを支えることができる人材を育てていかなければならないのです。
4 実践者プロフィール
石川 晋(いしかわ しん)先生
1967年、北海道旭川市生まれ
NPO法人授業づくりネットワーク理事長
北海道教育大学大学院修士課程国語科教育専修修了
北海道で公立中学校教員として28年間勤務。2017年3月退職。
5 編集後記
地域との協働ということが文科省の方針でも近年挙げられ続けています。人的資源も含む、地域の教育資源を使って、子どもたちを育み、そしてそれが地域社会の発展にも役立つ、という好循環が学校で生み出されるということがこの実践で期待される大きな効果ではないでしょうか。
地域の人を入れるとハプニングが生じるということもまた事実です。しかし、ハプニングを教育の本質ととらえ、その影の部分ではなく光の部分に注目すると、そこには思わぬ教育的効果があるのかもしれません。
(編集・文責 EDUPEDIA編集部 横山尚人)
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