【安居長敏先生インタビュー】実践の現場からみる個別最適な学びの理想と現実【「個別最適な学び」の核心に迫る〜ひとりひとりに向き合う教育のこれから〜】五月祭教育フォーラム2023

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目次

1 はじめに

2023年5月14日にNPO法人ROJE主催五月祭教育フォーラム2023「『個別最適な学び』の核心に迫る〜ひとりひとりに向き合う教育のこれから〜」が東京大学本郷キャンパスにて開催されました。本記事は、そのフォーラム後に行われた安居長敏先生(ドルトン東京学園中等部・高等部校長)へのインタビューを記事として編集したものです。

本記事では、個別最適な学びをはじめとする先進的な教育をドルトン東京学園で実践されてきた安居先生ならではの視点から「個別最適な学び」を捉え直し、教育実践に携わる教員の手元からその本質を実現するための道標を伺いました。

※当フォーラムでは、新型コロナウイルスの感染防止のために適切な対策を講じています。

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2 そもそも個別最適な学びとは?

生徒が自由に選び、継続的に学べる環境を

個別最適な学びの本質は「生徒一人一人が自分の学びを自由に選んで、継続的に学びに向き合える、そういう環境を学校でつくることに尽きる」とフォーラムを振り返った安居先生。

大切なのは「個別的な学び」と「最適な学び」を切り分けることだと言います。教員が単に「個別にすればいいよ」と言うだけでは、一人一人が自由な内容を学んでいたとしても、教員に言われた通りに同じやり方で取り組むことになるため「最適な学び」は実現できません。「その子にとって最適だというものを、やはり教員側が『見極める』というか、提示してやる必要がある」と釘を刺していました。

見極めるとは、生徒に寄り添うこと

「個別最適な学び」には教員の力量に生徒の学びの質が大きく左右されてしまうのではないか、との指摘がありますが、安居先生にとって教員の「見極める力」とはもっと簡単なことでした。「その生徒にどうなってほしい」「その生徒がこの力をつけたらさらに良くなるはず」といったことではなく、「自分がその生徒だったら……」と想像し、どういうふうにしたいか、どういうアドバイスが欲しいか」に寄り添うことが「見極める」ことだと言うのです。

こうした寄り添う姿勢に、教員それぞれで得手不得手の差が生じるのは仕方ありません。そこで、1人の生徒にそれぞれ1人の教員がマンツーマンで寄り添うのではなく、複数の教員で寄り添えばいい。それが安居先生が校長を務めるドルトン東京学園の発想の転換です。

3 ドルトン東京学園での取り組み

ドルトン・プランをもとに学校をシステムごと再構築

画像は公式サイトより

ドルトン東京学園は、ヘレン・パーカースト(20世紀米国の教育家)によって提唱されたドルトンプランに則ってデザインされ、運営されています。ドルトンプランの核は「学校の使命は、生徒を鋳型にはめることではなく、自分の考えを持てるよう自由な環境を整えてやり、学習する上で生じる問題に立ち向かう力をつけてあげること」である、というものです。安居先生は、工業化に伴う管理教育へのアンチテーゼとして「学校は人間としての存在承認をする場、つまり自分は自分でいいと思える場であってほしい」との想いを込めたと話します。

*ドルトン東京学園について詳しくはこちら(公式サイト)

自発的な学びのための環境

ドルトン・プランの肝である「自発的な学びのための環境」を支えているのは、自由協働の2つの原理です。ここでの「自由」とは、一人一人の興味を出発点に自主性と創造性を育むことを目指しており、「個別最適」に通じます。また、「協働」とは様々な人々との交流を通じて社会性と協調性を身につけることを意味します。

ドルトン東京学園では、この自由と協働は以下の3本の柱によってシステムとして実装されています。

  • ハウス:異学年混合のコミュニティ
  • アサインメント:生徒の意欲を高めて学びを深めるために教員自身が作成する学びの指示書
  • ラボラトリー:生徒が自分で計画した学びを実践するための場所と時間
画像はパンフレットより

特に入学直後の2年間(中学1〜2年次)は、生徒をドルトンならではの学びをできる子どもに育てることが中心です。安居先生は「前提となる教科・科目の基礎知識を詰め込むというよりも、自分の学びを設計するための知識、つまり、自分が学ぶということに対してどういう姿勢で、アサインメントをどう解釈して、学びをどう積み重ねていったらいいのか、といったことを学ぶのが第一。その後に、生徒それぞれが自分に合った方法で教科の知識を学んでほしい」と話します。

オフィスアワー

「ドルトン東京学園では、生徒がやらなきゃいけないことはほとんどない代わりに、『自分でどう決めていくのか』という問いを毎日突きつけられる。そうして生徒の自主性を鍛えていく」というのはフォーラム中の座談会での安居先生の言葉です。一方で、生徒が話したい教員と一対一でしっかり対話する時間も「オフィスアワー」として設けているそう。

インタビューで「セカンドオピニオン、サードオピニオンみたいに先生を渡り歩いてる生徒もいる」と笑いつつ、複数の教員で寄り添う実例を示した安居先生。個別最適な学びの実現のためには、生徒一人一人のデータを蓄積してそれぞれに適切に伝える必要があるため、教員全員で1人の生徒の個別最適な学びを考えることも大切だと言及されていました。

アサインメント

3本柱の一角を担うアサインメントも同様に、教員同士で教科を横断して協力しながら作成されています。そのアサインメントに対してどのように時間をかけてどれだけのことに取り組むかを生徒自身が決めるため、教員側は細心の注意を払って「この単元はこういう期間でこれだけのことをやって、こういう力がついたらこういう評価をします」といったことを可視化し、PBLを基本とした主体的な学びの指示書を段階別に用意しておく必要があると安居先生は話します。

例えば、江戸時代について学ぶためのアサインメントは「江戸時代を知るツアーを作ろう!」というもの。徳川幕府、神社仏閣、伊能忠敬……どの側面を切り取って江戸時代を定義づけ、調べていくかは生徒の興味関心に委ねられていますが、最後に他の同級生のツアーについての発表を聞くことで多様な視点も学べる仕掛けです。自分なりの切り口や調べる手法、タイムマネジメントなどの自己管理力が身に付くうえ、「『自分ごと』として学ぶ姿勢を涵養する」ことができると言います。

4 学力と進路

世の中をサバイブする力

「大学入試に合格するための学力をつけようなんてチンケなことは考えてない」と断言した安居先生。これからの「学力」の位置付けを問うと「世の中をサバイブしていく力があるかどうか」だと話します。安居先生にとっての学校とは「何のために自分は生まれてきて、どういうことで社会に貢献して生きていくのか、都度考え直しながら生きる」ための土台を培う場所なのです。

とはいえ「テストで高得点を取る力が必要な時もある」とも指摘していました。それは、テストに合格しなければ次のステップに進めない場合や資格・検定試験などの場合です。安居先生は「どうしても進みたい先に学力がいるんだったら、それは次に行くための手段として必要だけど、学力それ自体が目的になることはない」と言い切ります。

将来から逆算する受験指導

安居先生は「大学入試は手段」といつも生徒に伝えているそう。大学に勝るとも劣らない良質なコンテンツがインターネット上に溢れている今日、自力で学ぶことができる子にとって、自分が師と仰ぐ先生を見つけて大学の外で学ぶことはそれほど難しいことではありません。だからこそ、「この学校に行きたいとか、この学校でないと将来が描けないというふうな枠にはめた人生ではなくて、やりたいことを実現するためにその大学という場があるんだから、場を探しに行け」というのが安居先生の持論です。

ドルトン東京学園の大学受験の準備は、すぐに終わるものではありません。「お前将来何したいねん? それを教えてくれる先生はどこにいるの?」と一人一人に問いかけて大学をリサーチしていくので、手間がかかるからです。実際、東京大学をはじめとする有名大学を目指す子もいれば、「何? お前ここ?」と驚くようなニッチな大学を選ぶ子もいるとか。次第に学校のカタチが見えてきた開校5年目の今年、保護者からは次のような特徴的な声が届いています。「ドルトンで大学受験の準備は一切しないでください。子どもが好きなことを徹底的に学べるような自由な環境を作ってください。もしうちの子がその中で何かを掴んで、将来それを深めたいから大学を目指すというのであれば、その大学に受かるためのテクニックは親が責任を持って塾なりに預けて身につけさせます。そのために塾・予備校はあるんでしょう?」

自己実現のマインドセットを育む

ドルトン東京学園では日々のアサインメントからキャリアのサポートまで、生徒自身が自己実現できるような形で行われています。学校では生徒たち自身が「やりたいことを見つけて、それをやるための方法とか条件とかをクリアして、自分で作ってやってみて、どこまで実現できるか、誰に助けを求めるか、その時に必要な知識はどこにあるかを明らかにして、といったステップを踏んで自己の実現を目指す」と安居先生は話します。

決められた知識を効率よくインプットしていく現在の学校システムから全てをシフトするのは無理だと考えつつも、安居先生は「学校で教えるべきは教科の知識ではなくて、学ぶべき知識をセレクトして組み立てて、自分のやりたいことに繋げていく思考回路」だと提案しています。

5 教員の役割

生徒の観察が肝心

アサインメントに基づく授業では、45分のうち始めの10〜15分で教員が課題の内容を説明し、残りの時間は生徒が個人で自由に取り組むことになります。とはいえ、自学自習だから放っておくというわけではなく、少人数制のクラスを活かして、教員は課題の与え方や声掛けなど、生徒一人一人がその時間でしっかり学びに向かえるようなきめ細やかなサポートを行なっています。安居先生は、個別最適な学びには「ちゃんと見ている」ということが肝心だと念押ししていました。

「出してきたレポートとか見ても分かるじゃないですか。その教科の特性とか、その教科に対してその生徒がどこまで力があって好きか嫌いかとか、生徒の観察が一番」と安居先生は話します。したがって、全員に対して同じゴールを設定することもありません。不得意な子に対しては、最低限つけてほしい能力・学んでほしい知識を課題として提示するだけにしています。なお、最低限のゴールをどこに置くのか、その教員同士での見極めはまだ試行錯誤中だとか。

憧れの大人を見せる

安居先生は「憧れの大人の姿を見せることが第一。ロールモデルのような教員、この人のようにありたいと思える教員に」と教員像の再考を強く訴えていました。「授業は教科の内容を教える場ではない、教科を通して人生を語る時間だ!」とも強調します。

生徒が何かに取り組もうと思い立ったときに「僕はこの大学に行ってこの先生に学んだからとか、あの時に一生懸命英単語を覚えたからこれができたんだよねとか、失敗談も含めて必要なことはやっぱり教員の話で見えてくる。時には徹夜してやることも必要、とかもね」と教科知識の学習のみならず教員自身の経験も伝えていくことを促します。そうすることで、生徒は学校で学ぶべきとされている内容の薄さ・浅さに気づき、やりたいことを実現するためにはそれだけでは足りないと自覚して、自分で工夫して学びに向かう姿勢ができてくるのです。

6 読者へのメッセージ

変わりたくても変われない人へ、個別最適な学びの実現に踏み出すエール

「大人たちに『そんな毎日つらい顔をして会社に行って人生は何が楽しいのか?』と聞いてみたい。僕自身は大学を出て一旦印刷会社に就職を決めたものの、私立校に空きが出たのでそれを蹴って教職に就いたんです。けれども、教員生活2年目に母親を白血病で亡くした時に、ふっとまわりの景色や勤務校を見たら普通にみんな動いてる。自分に大変なことが起こって一生懸命になってて、『人生どうすんだ?』と思っている時に世間はなんら関係ないと気づいたら、人に合わせるとか世間のためにとか、周りのことを考えて自分のことを決める限界を感じたんです」

「そこで、周りに合わせるんじゃなくて、自分がやりたいことを実現するためにどう周りにアプローチしていくか、というような姿勢になった方がいいと思ったので、もし今の仕事とかやってることに疑問とか無理とかつらいことがあるんだったら、それをやめちゃえ! やめたって人生は何とかなるし、というのが一番。ところが、維持する、しがみつく、昨日と同じことをやらないと気が済まないというマインドがこれまでの人間が日本で美徳とされてきたことがあるので……」

日々を真剣に考えて生きる

「僕も20年間務めた女子校を42歳で辞めて、ラジオ局を2つ作ったけど食べていけなかった。それで、インターネットの接続設定とかを個人の家を1日4軒回る仕事をやって食いつないで、学校に戻って今に至る。地震や震災が起こったら今の生活を続けられないんです。その時にどう自分を立て直してみんなと一緒に行きていくか、という究極の時になったら「人生どうするよ?」とみんな考えると思うんだけど、それが人生だし、自然だし、生きるということだろうと考えたら……」

きれいな土俵の上でああでもない、こうでもないと薄っぺらい議論を積み重ねて会議ばかりやっている会社みたいな感じで、子どもに向き合う学校が果たして意味があるのか、といったら全く意味がないでしょう。そんな予定調和をいかに崩すか、というのも僕の使命でもあるし、学校の運営ではうちの先生をこうしてくださいと言って、組織の中で一人一人の役割を決めてやらせることは一切やってない。『やりたいことは何ですか? では、それを実現するためにどこまで誰とどうやりますか?』というものを組織の中で、ある程度ゆるく作っておいて、あとは任せる」

6 プロフィール

安居 長敏 様

ドルトン東京学園中等部・高等部校長

大学卒業後、滋賀女子高等学校に赴任し、20年間教鞭をとる。その後、コミュニティFM2局の設立やITオンラインサポート事業を起業。2006年から再び学校現場にもどり学校改革、学校経営に取り組む。校長就任後は「PBL×ICT教育」の新しいスタイルを構築し、学校と企業をつなぐなど、現場で様々な活動をアクティブに実践中。現在は学習者中心のドルトンプランを実践したドルトン東京学園中等部・高等部で校長を務める。

7 編集後記

ROJEそしてEDUPEDIAに入会したばかりの私にとって、本記事が初めての取材でした。先進的な教育実践をされているため個人的に興味を持っていたドルトン東京学園について、校長先生から詳しくお話を聞くことができ、非常に楽しく学びの多い時間となりました。個別最適な学びを実現する上で、実践をベースとした現実的な目線からたくさんの助言をいただき、価値のある取材になったのではないかと存じます。本インタビュー記事をはじめ五月祭フォーラム2023の関連記事が、実際の学校現場で個別最適な学びが実現されるきっかけとなれば嬉しいです。
(取材・編集・文責:EDUPEDIA編集部 谷津凜勇)

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