【早来学園インタビュー前編】一世一代!北の大地で学校改革〜安平町教育委員会井内聖氏〜

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目次

はじめに

 当記事は、令和5年に開校した北海道の安平町立早来学園(あびらちょうりつ はやきたがくえん)にて、安平町教育委員会井内聖氏にインタビューした内容を記事化したものです。前編では、主に義務教育学校である早来学園を設立する際に大事にした理念や、地方の公教育の可能性についてお話を伺いました。

 当記事は2部構成の前編となっています。後編はこちらをご覧ください。

安平町における公教育と早来学園に込める想い

——井内様が考える公教育の役割とはどのようなものでしょうか。

 公立校と比べると、私立校では確かに最先端といえるような教育が行われています。しかし、私立校には学校の教育理念に共感した者だけが集まるので、集まる子どもたちの価値観に偏りが生じやすいです。一方、公立校には分け隔てなく人が集まるので、未来の社会の基盤になり得るのはやはり公立校であると考えています。

 また、教育の役割を考えるときに、「子どもたちを●●ができるような子どもに育てたい」といったことがよく目標としてあげられます。その目標をすべて体現できる理想的な子どもはいるのでしょうか。大谷翔平選手が東北の公立校出身であったり、松井秀喜さんやイチローさんが初めは硬式野球でなく軟式野球出身であったりするように、スーパースターになる人は私立やエリートコースから生まれてくるとは限りません。つまり、大人の理想やスーパースターを「教育」によってつくることは非常に難しいのです。

 そのため、教育、特に公教育を考えるうえでは、「子どもたちがどんな大人になってほしいか」ではなく「子どもたちがどんな社会を作るのか」を大事にする必要があるわけです。安平町では学校を「30年後の社会を作るベース」として捉え、まちの一世一代の大事業として学校づくりを行いました。このように、公教育の重要な役割として「未来の社会の基盤をつくること」があげられます。

 また、公教育の役割として「すべての子どもに平等かつ公平な機会を与えること」もあげられます。その際に、勉強面だけではなく、社会交流や実習などの体験的な面での機会を与えてあげることが重要です。早来学園では、図書室などに自然と地域の方と交流できる空間が設けられているので、教員の負担なしに生徒がいろいろな体験の機会を得ることができています。

早来学園設立のきっかけと過程

早来学園設立のきっかけ

——北海道胆振東部地震からの復興の過程で再建されてできた学校と伺いました。改めて早来学園ができたきっかけを教えていただきたいです。

 2018年9月6日に安平町が被災して、早来中学校の校舎が使えなくなりました。その際、校舎の老朽化もあり、改修するのではなく新しい学校を建てることを町長が決めました。そのときに早来小学校も老朽化していたので、それなら合わせて義務教育学校にしようと教育長から提案があり、今の早来学園になりました。

避難訓練の様子から

 取材日は9月6日、震災の日であり、学校では避難訓練が行われました。

 生徒の移動がかなりスムーズであり、全体的に真剣に取り組めていました。

 また、職員の方々は、生徒が実際に避難する前に安全確保がなされているかの確認などを実際の災害時と同じように丁寧に動くことで、より実践的な避難訓練が出来ていると感じました。

義務教育学校

——新しい学校を設立するにあたって、義務教育学校にしようと思った理由は何ですか?

 義務教育学校という形には、中1ギャップの解消が可能になるほか、9年間通したカリキュラムを組むことができ、高い教育効果が期待できます。道内に義務教育学校が何校かあり、そういった教育効果に町の教育長が着目しました。そして、教育長は私たちの自治体の規模ならば小学校と中学校を別々に作るのではなく、小中一貫の義務教育学校という形で設置するのが良いと考えました。

注)中1ギャップ:児童が小学校から中学校への進学において、新しい環境での学習や生活に移行する段階で、いじめや不登校等が増加することから使われている用語                                https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/siryo/attach/1325896.htm                                 (平成24年7月13日 中央教育審議会初等中等教育分科会 学校段階間の連携・接続等に関する作業部会)

——9学年の子どもたちがともに学ぶ意義や、小学生と中学生それぞれにとって良い点があれば教えていただきたいです。

 まず中1ギャップの解消というのは大きな点だと思います。小中が繋がっているので小学生が中学校の先まで見ることができます。また、この学校は教科教室型なので、小学校の段階から理数室(算数や数学を学ぶ部屋)や実験室(理科室のようなところ)に移動して授業を受けることがあります。そして、小中を通して教科担任制になっており、国が推進している小中連携や小学校の教科専科などが当たり前にできるのは良い点であると思います。それにより、子どもたちも自分たちの学習の見通しをもつことができます。

 また、9学年の子どもたちがともに学ぶことによって、同質性が低下するのも良い点であると思います。例えば中学生しかいないような同質性の高い空間では、異質な存在を排除しがちになります。しかし、明らかに自分たちとは異質な存在がこの校舎の中にいるときには、それらの存在に対して配慮しなくてはいけません。例えば9年生の子たちの頭の中に「そっか、1年生もいるもんね」ということが浮かぶようになったり、生徒が施設を利用する際に地域の方の存在を感じる機会が生まれたりするわけです。このように明らかに異質な存在がいることによって、異質な存在の排除という理屈が生まれにくくなります。

 低学年の子と中学生が交流するにあたって多様性が生まれることも大事だと思っています。多様性と共生は、同質性の高い空間では生まれづらく、異質な他者が存在する中でないと生まれません。思春期である中学生は、「自分って何者なんだ」や、「自分って何のために生きているんだろう」と考えることが多いです。そのように考えている子どもたちが集まる同質性が高い集団のなかに異質な人が入ってくるのは、中学生にとって別の視点が生まれるきっかけになるはずです。

 このように、義務教育学校という形には小学生と中学生双方にメリットがあるのですが、その良い点を活かすためには仕組みづくりが欠かせないと思います。いくら義務教育学校であったとしても、1年生から6年生までの前期課程と、7年生から9年生の後期課程の子どもたちが絡む場面がなかったら意味がないわけです。だから、前期課程の子どもたちと後期課程の子どもたちが交流する仕組みを積極的に作ってあげる必要があります。例えば、私たちの学校では1年生から9年生までに掃除当番を縦割りで分担しており、1年生と9年生が一緒になって掃除をしています。このようにすることで明らかに異質な人(1年生と9年生)同士が交流する機会を作れるのです。

 一方、この仕組みだと9年生に低学年の子どもの面倒を見る負担がかかってしまうことが問題になると思うので、そういった部分の負担を減らす仕組みについてはこれから学校で考えていくべきことだと思っています。

まちと学校

——地方であることや公立であることの良かった点はありますか?

 早来学園の利点はクラスや学校の規模が小さいことにあります。1学年1クラス、多くても2クラス程度の規模は、何をするにしても動かしやすいです。教育先進国といわれる海外の国は、1クラスだいたい2.30人弱ですよね。やはり、自分の頭の中で把握できる空間の広さは限られている気がします。そういった意味で地方の公立においては学校規模の優位性があると思います。社会教育や幼児教育などの小さなピースをひとつひとつ積み重ねていくのが学校づくりです。小規模自治体ではそうしたピースを機能的に当てはめる実現可能性が高くなります。特に、安平町は人口が1万人未満であり、小規模自治体だからこそのやりやすさがあります。

 これこそが地方の教育まちづくりのメリットです。本校の教室は個別最適な学びや協働的な学びなど対話による学び方に適しています。しかし、一斉指導、一斉授業をやるには広く、黒板はないうえに、掲示物を貼ることもできません。これは、「本気で振り切ったらここまでできる」ということの現れです。

幼児教育の視点から環境づくり

——幼稚園のときには1クラス10人・20人と少人数で過ごしていたのに、小学校・中学校に入ると1クラスが30人・40人に変わります。やはり、この違いは大きいですよね。

 この学校は、幼児教育の思想がたくさん入っています。幼児は複雑な言葉を使用できないため、幼児教育は環境で子どもを育てるのです。つまり、環境を構成することがそのまま教育になるというのが幼児教育の思想です。しかもその環境に主体的に関わっていくのが幼児教育の発想であり、その発想・思想を学校に取り入れていったのが早来学園です。それでもここはかなり学校チックです。

管理教育からの脱却

 多くの場合、学校教育は管理することが前提です。そのため、ほとんどの教室は四角になっています。しかし、管理ではなく子どもたちひとりの学びを展開させ想像性・創造性を大切にしようとなったら、想像力を刺激するような空間でなくてはならないですよね。想像力が刺激されないところで想像しろというのは無茶ですから。

 早来学園はそのような空間を作ろうと試行錯誤しましたが、従来の教室の形を完全に変えることはできず、一般的な四角い教室の中でできることを頑張りました。ただ、正直なところ予算が限られておりすべての備品までは手をつけられませんでした。従来形状の机と椅子などの備品が本当にベストなのかという議論は今後も必要だと思います。

環境がすべてではない

 ここまで、環境で子どもを育てることや、想像力を刺激する空間をつくることの重要性について話してきました。私たちがいかに学校の環境面を重要視しているかがわかったと思います。 

 とはいえ、環境が100%行動を決めるわけではありません。自ら学ぶ意思があり行動することで、不利な環境は克服することができるからです。環境ですべて決まらないところに夢や希望が生まれます。つまり、教育は仮定、もしもの話でしかないのです。

選択肢が少ない環境でも決めるのは子ども自身

 それにもかかわらず、教育を語る人は「自分の教育でこの子たちがこうなった」、「この教育だからこうなった」と言いがちになります。そんなとき、私はこう思います。「いや、ちょっと待って。それは子どもたちに失礼ではないか」と。

 ある環境でいろいろな選択をして自分をつくっているのは子ども自身です。私たち教育者は、より良い選択のためのお手伝いをしているのです。教育を語る人は気をつけなければならないと思います。

プロフィール

井内聖氏

安平町教育委員会 子育て・教育総合専門員

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編集後記

 前編では、地方公立校ならではの従来の学校教育にとらわれない教育の在り方について紹介してきました。後編は、早来学園における教育の独自性と普遍性を知っていただける構成になっています。未来を見据えた学校づくりや教育について井内氏のお考えを交えながら紹介しています。また、教育を提供するうえで大切にしたいことや教育の価値にも触れています。教員の方々に限らず、学生や保護者、全国の教育に関わる皆様にご一読いただければと思います。(知野)

 今回の取材の中で、地方だからこそ、公立だからこそ思い切った教育の形をとれる、というお話を聞いて、地方の公教育の大きな可能性を感じました。また、教育にかかわる人として、最後に井内氏がおっしゃていた「ある環境のなかで自分を作っているのは子ども自身である」ということばは心にとどめておく必要があると感じました。(角谷)

 「幼児教育の発想・思想を学校に取り入れた」と井内氏がおっしゃったとき、自分の中の教育観が大きく変わりました。また、教育者が子どもたちを教育するのではなく、子どもたちが自己形成する過程を教育者はできる限りサポートすることが重要なのだと学びました。(吉田) 

 (編集・文責:EDUPEDIA編集部 知野皆弥・角谷圭太・吉田悠真)

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