1 はじめに
この記事は、2023年5月14日に東京大学にて開催予定の五月祭教育フォーラム2023に向けて同年3月11日に行われた、同フォーラム企画班とNPO法人ROJE代表理事の鈴木寛先生による事前打ち合わせの模様を記事化したものです。
五月祭教育フォーラムとは、東京大学の五月祭にてNPO法人ROJEが主催する日本最大級の教育フォーラムです。2006年から毎年開催されており、今年(2023年)で18回目を迎えます。当フォーラムでは、その時々に即した教育の課題をテーマとして扱い、多くの方々と教育について考えます。
この記事の元となった打ち合わせでは、今年のフォーラムのテーマである「個別最適な学び」について「公正」や「認知特性」という観点から、鈴木先生が構想する個別最適な学びについて伺いました。また、その際に教員と生徒が行う1on1の重要性についても熱弁していただきました。
◉当フォーラムは以下のURLから参加申し込みを受け付けております。
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◉当フォーラムの詳細は以下のURLからご覧になれます。
▽特設サイト▽
https://kyouikusaikou.jp/lp/mayfeseduforum2023/
▽公式Twitter▽
https://twitter.com/roje_mayfes
2 個別最適な学びにおける「公正」
形式的平等主義と特性の度外視
従来の教育では、形式的平等主義のもとで「平均的な生徒」を基準にした学力観の押し付けが行われてきました。実際にはそのような生徒像に当てはまる生徒などいないにもかかわらずです。
人にはそれぞれ認知特性というものがあります。学習においても、視覚文字優位、視覚イメージ優位、聴覚優位、身体優位といった、認知の種類による記憶の得意、不得意が人によって異なるのです。
加えて学習特性というものもあり、一人で勉強をするのが向いている子どももいれば、複数人で話しながら勉強した方が良い子どももいて、また、教員から説明を受けるだけで内容が身につく子どももいれば、教員から一方的に教わるのが向いていない子どももいます。
それにもかかわらず、形式的平等主義のもとでは、ある典型的な特性だけが基準とされ、そうでない特性を持っている人は「勉強ができない」という烙印を押され、排除されてしまうという事態が生じます。その最たるものが今の受験競争でしょう。
「公正」で個別最適な学び
このような状況を踏まえて、私が文部科学大臣補佐官を務めた際には、Society5.0に向けた人材育成の報告書において「公正に個別最適化された学び」という言葉を使っていました。
そこには単なる平等主義の追求ではなく、公正にそれぞれの特性に応じた学びのカスタマイズをしなくてはならないという意図が含まれていました。
デジタル教科書を例にとると、あまり学習に熱心でない生徒でも、自らの認知特性に合わせて挿絵や色味、登場するキャラクター、書体などをカスタマイズすることで、積極的に学べるようになります。
また、日常的な活字離れが進む今、映像教材をより積極的に利用することも、生徒の認知特性を考えると大切です。今の中高生はスマートフォンの小さな画面に慣れていて、黒板の大きさに違和感を持つ人もいるでしょう。このように認知特性が様々に変化するなかで、教員自身に適している認知構造が生徒に押し付けられているという事態が起こっていないでしょうか。そうではなく、生徒の認知特性に合わせたカスタマイズをしなくてはならないのです。
「公正」の脱落
こうした私たちの意図に反して、現在の文科省の文書では「公正」という言葉が抜け落ちてしまっています。
このことによって、学習方法も含めて公正に学びをカスタマイズするべきだという本来の意識が薄れ、単なる習熟度別学習のような学習内容のみのカスタマイズに学びが矮小化されてしまうのではないかと私は危惧しています。
3 1on1の重要性
誰のための1on1か
私は、教員の方々などに向けて研修を行う際に、次の2つのことを強調します。それは極端にいえば、授業よりも優先して生徒との1on1、すなわち1対1での面談や指導を増やすべきだということ、そして、1on1の時間を捻出するためにはICTが有効だということです。
なぜなら、7割の生徒は、スタディサプリやNHK for Schoolなどのオンライン教材を使えば自学自習ができる一方で、3割の生徒は自習だけでは習得が難しいからです。
それならば、その3割の生徒に手厚く1on1で指導をして授業中もフォローアップをすれば良いのです。また、生徒はそれぞれが得意、不得意を持っているため、その7割・3割の生徒の内訳が教科ごとに異なるということにも注意が必要です。
公正で個別最適な学びのために
私は、単なる少人数学習には反対しています。一律に少人数、多人数を決めることは個別最適な学びに繋がりません。
それぞれのシチュエーションごとに「今日この生徒にはオンライン教材を見せて自習を促すべきなのか、それとも1対1の指導が必要なのか、はたまた1対2の指導あるいは1対100の指導が良いのか……」ということを決めなくてはならないのです。
そしてこのことを決めるうえで教員は、生徒が今どのようなことに興味があり、どのような特性を持っているのか、さらに趣味は何かといったことまで知っていなければなりません。このような意味でも、公正で個別最適な学びのためには1on1が必要不可欠なのです。
4 プロフィール
鈴木 寛先生
東京大学公共政策大学院教授・慶應義塾大学SFC特任教授・NPO法人日本教育再興連盟代表理事
東京大学法学部卒業。通商産業省、慶應義塾大学助教授を経て参議院議員(12年間)。文部科学副大臣(二期)、文部科学大臣補佐官(四期)などを歴任。教育、医療、スポーツ、文化、科学技術イノベーションに関する政策づくりや各種プロデュースを中心に活動。コミュニティ・スクール法制定、高校無償化、高等教育修学支援金創設などを実現。現在、そのほかに大阪大学招聘教授(医学部)、千葉大学医学部客員教授、電通大学客員教授、福井大学客員教授、和歌山大学客員教授、神奈川県参与、神奈川県立保健福祉大学理事、OECD教育スキル局教育2030プロジェクト役員、Teach for All Global board member, 日本サッカー協会参与なども務める。(2023年4月1日時点のものです。)
5 編集後記
鈴木先生が文部科学大臣補佐官として当初構想されていた「公正に個別最適化された学び」から「公正」という言葉が抜け落ちてしまったというお話が印象的でした。五月祭教育フォーラム2023でも「公正」という言葉がキーワードになるかもしれません。ぜひ当フォーラムへお越しいただき、さらに鈴木先生のお話を深掘りしてみてはいかがでしょうか。
(取材・編集・文責:EDUPEDIA編集部 片岡祐)
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