当記事は、2023年5月14日に東京大学本郷キャンパスで実施されたNPO法人ROJE主催五月祭教育フォーラム2023「『個別最適な学び』の核心に迫る〜ひとりひとりに向き合う教育のこれから〜」後に行われた、山口文洋さんへのインタビューの内容を記事化したものです。
当記事では、自己理解し興味を深めていく生徒を育てるために学校現場で意識するべきことについて扱っています。
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◉同フォーラムの関連記事もこちらからご覧ください。
奈須正裕先生インタビュー:「有能な学び手」としての子どもを信じる【「個別最適な学び」の核心に迫る〜ひとりひとりに向き合う教育のこれから〜】
安居長敏先生インタビュー:実践の現場からみる個別最適な学びの理想と現実【「個別最適な学び」の核心に迫る〜ひとりひとりに向き合う教育のこれから〜】
フォーラムの感想
そうですね。4人の登壇者がある意味二項対立になっていたという印象です。ただ、4人それぞれの考えが全く違っているというわけではなくて、目指す方向性は全員同じでした。その中でも、浅野さんは教育行政の立場から、私は民間の立場から、教育がどうあるべきかについて考えています。奈須さんは学者の立場から、安居さんは私たちが「こうあって欲しい」と感じていることをドルトン東京学園の中で実践し始めています。このように、教育に関係する人たちがさまざまな視点から話し合ったフォーラムでした。聞いている方たちは「なんだかこの人たちは言っていることが一緒だね。」や「そのような学校もあるんだな。」といったように多様な気づきがあったのではないでしょうか。
あとは聞いた皆さんの感想にお任せします。
学びのモチベーション作り
ーー好きなことの追求と同時に苦手科目もバランスよく学習してもらうには、生徒をどのように指導したらいいのでしょうか。
好きなことと、今学ばなければならない・しなければならないことを、生徒さんがどのように自己解釈・自己理解していくかがポイントだと思っています。
中高一貫校の広尾学園の事例が素敵なので紹介します。広尾学園では、入学時に自由研究というお題を出します。具体的には、1年生の頃に授業とは別に「恋愛でも趣味でも何でもいいから、今夢中になっていることを夏休みが終わったあとに皆で発表しあう」という課題を出すのです。そうすると生徒の中にも様々な趣味を持つ子がいますよね。担任の先生は一人ひとりの趣味の内容などには詳しくないけれど、それを一つひとつ肯定して、「じゃあその魅力をみんなの前で伝えてみよう。」と生徒の背中を押します。1学期の3、4ヶ月の間、最後のアウトプットとしてプレゼンをするまでの期間は、先生は生徒の視点を少し広げるためのアドバイスをするに留まります。というのも、先生はあくまでもコーチであって、ティーチャーではないからです。そのようにして進捗確認のために1on1をする際に、その生徒の興味・関心が学習に繋がるようにアドバイスをするのです。例えば趣味がボーカロイドの生徒が相手なら、「ボーカロイドは今日に至るまでどのような歴史を歩んできたのだろう。調べてアウトプットの観点として加えてみてはどうか。」や「ボーカロイドは裏側でどのような技術が組み合わさって実現できているのだろう。仕組みを知るためにも、発表する際に実際に曲を作ってみてはどうか。」、また「初音ミクなどは世界でも有名だが、ボーカロイドは世界でどのように捉えられているのだろうか。英語のサイトなどで調べてみてはどうか。」などと助言していくのです。
しかし、結局のところアウトプット自体は主眼ではありません。広尾学園の先生が大切にされているのは以下のようなことです。
皆さんの好きなこと・夢中なことは、この後もさまざまに出てくるでしょう。さらに、夢中になれることを仕事にできたら素敵ですよね。その物事を深く探求する時には、今授業で学んでいることが重要になっていきます。例えば、英語を学んでおくと世界の文献を参照できます。歴史を学ぶと物事の背景を掴めます。数学や理科を学んでおくと、自分でものの仕組みを理解し創作できます。国語を学び語彙を増やしておくと、多くの人に伝わる言語表現ができます。
このように説明をすると、目の前の科目勉強の必要性を感じていない生徒も納得して勉強することができます。「今の勉強も無駄なことではない。」「自分に間接的に繋がることを勉強しているのだ。」と感じたら、学び方も変わっていきます。つまり、生徒のモチベーションを高めるためには、生徒が今勉強していることが自分自身の興味・関心と間接的に繋がっているという実感を持たせることが大事だと考えています。
学校現場でのコーチングの活用方法
今話したことについては、就職した後も同じことが言えます。例えば、新卒で企業に入社したとして、1年目からいきなり自分がやりたかった仕事に携わることは難しいと思います。その際に、「理想と現実は違う」という状況になり、新入社員が上司に「理想と違うので転職します。」という話をする場面があるかもしれません。ここで重要なのは、上司が新入社員のこれからを見据えたうえで今やっている仕事に対して意味づけをする、つまりコーチングをすることです。
上司が「あなたのやりたかったことは確かに〇〇だよ。でも、今やっているこの仕事の中に、こういった経験とか学びとかがあるよ。その経験は、いつか理想の仕事をするときに活きてくるし、絶対無駄にならないよ。」というように諭します。そうすると、新入社員も「まず1、2年は基礎を身につけるために今の仕事場で頑張ります。いつか結果を出したら理想の仕事場に異動させてください。」と頑張ることができるのです。
このようにして、企業では部下のキャリアプランやモチベーションに合わせて上司がコーチングを行います。ただ、学校の担任の先生とは、こういった話をしたことはないと思います。学校現場にコーチングを導入すると、生徒の目標設定やモチベーション向上のためにいい影響をもたらすと考えています。このようなサイクルが学校現場においても取り入れられると理想的だと思います。
教職過程のカリキュラム変革
ーーコーチング力を育成するためには、大学の教職課程をどのようにしたらいいとお考えですか。
私は実際に教壇に立った経験はありませんし、カリキュラムの専門家でもないのですが、やはり感じるのは学校改革・教育改革の第一歩は教職志望の学生が学んでいるカリキュラムの大変革だということです。教職課程は今まさに変化の途上だと思いますが、やはりどこかで先生=ティーチャー、つまり「基礎知識や社会的教養を教え諭す人」という大前提の下にカリキュラムが組まれているのではないでしょうか。
たしかに、先生=ティーチャーという認識は正しいです。しかし今の時代、そのティーチャーの内実は、ICTやスタディサプリなどの教育ツールを使い生徒皆に個別最適な勉強を行わせるというものに変わった方がいいと考えています。
今の大学生の世代も、既に高校時代に何らかのEdTechを使って学習をした経験がある人が大半です。それなら次の世代は、EdTechをさらにメインに使って授業を進めていく方がいいのではないでしょうか。その授業の中での先生の役割はEdTechを使っている子どもの管理です。そうなると、適切に管理するための素養を教育学部のカリキュラムで養うべきですよね。また、それ以外にもコーチやメンターのように、相手に対してどのようにコーチングをしていくのかという力、あるいは、先程の探求学習や共同創作・ディベートなどを行う時のコーディネーターやファシリテーターのスキルなども必要です。今挙げたような専門スキルを教職課程で学んだ方がいいと思っています。
そのように先生として必要なスキルを全部学んでいくと、教職志望の学生の中にもそれぞれの得意分野や深めたいスキルが生まれてきます。一人ひとりが自分の得意なことや好きなことを深めていく中で、段々とそれぞれの特質に合わせた「教師の分業化」がなされていくといいですよね。
現代は先生に全てを求めているように思えます。その期待に応えるため、多くの先生はその中で1番重視されるティーチャーの部分ばかりに気を取られていて、本当に大切なコーチ・メンター・ファシリテーター・コーディネーターとしての役割を疎かにしてしまっています。それらのスキルの基礎を教職課程で本格的に育成し、知識やインターンなどを含め突き詰めていく教職課程に進化・変化すると、新任の先生でも、あるべき教師像を理解した上で学校現場に参入することができますね。教職課程で様々な専門スキルを学んだ先生方が、教育現場を変革するイノベーターになる未来が訪れることを願っています。
保護者のマインドセットの変革
ーー教職課程のカリキュラムを変えるには保護者のマインドセットの変革も必要だと感じています。山口さんは、勉強以外に重きを置くスタイルを保護者に説明する時、どのようにすればいいとお考えですか。
働いている保護者の方へ説明するのなら、「職場」というメタファーでお話しすると、意外と分かりやすく伝わるかもしれませんね。結局、仕事も動機づけをなされないとモチベーションが下がってしまい効率が悪くなってしまいますよね。学校においても同じことが言えます。勉強させる内容に重点を置いても、実際に行う子どものモチベーションが下がっていたらあまり身になりません。効率を上げるためにも、まずは子どもをやる気にさせるというところに時間を割くのです。
加えて、最近では知識を詰め込む学習よりも、学園祭を盛り上げるなど、課外活動に力を入れている学校さんも多いですよね。個人的にはあの校風はとてもいいと思っています。
書記や応援団、会計係などと子ども自身で役割を分担してひとつのイベントを成功させるために協力すること。それってまさに小さな会社運営ですよね。仕事も皆で共同して役割分担して行うものですから。今挙げたようなことを保護者の方に伝えてみてはいかがでしょうか。
生徒の特色に合わせたカリキュラム
個人的には、カリキュラム全体として「本当に全ての高校三年生があそこまで高度なものを学ばないといけないのか」という疑念があります。数Aや数Bといったもの自体をもう1段階減らしてもいいし、カリキュラムの密度を薄くしてもいいのではないかと思ってしまいますね。
加えて、進路多様校みたいに就職する生徒が多い学校のカリキュラムに高度化した数学を組み込む必要はないと思いますね。そうではなく、浅野さんが言っていたような英数国社理等の主要科目に収まらない、一市民として生きる上で必要なことを学んで、正しき社会・よき市民になるための教育が必要だと考えています。具体的には、選挙に行くことの意義、税金のかかる仕組みなどを教えること等に時間を使った方がいいのではないかと思います。
絶対評価でものごとを見る
ーー最近の生徒の傾向として、自分のやりたいことが見つからず進路に悩んでいる印象があります。やりたいことのない生徒にはどのようなアプローチをしたらいいでしょうか。
やりたいことが見つからないという悩みは日本人ならではのものだと思います。実際に会社でも、社員とこれからのキャリアや仕事のことについて話し合う時、具体的なものが思いつかないと答える人がたくさんいます(笑)。
ただ、日本人は、好きなことや挑戦したいこととして話すのなら崇高なものでなければならないと思い込んでいるのではないでしょうか。例えば、「新規事業を立ち上げる」や「全国大会を目指す」といったように、相対比較の中でTOP10%に入る目標や志を抱かないと堂々と好きと言えないという風に思っているのではないでしょうか。
しかし、「自分のやりたいこと」というのは周りと比べてどうかということではなくて、ちょっとした日常の中の嬉しい瞬間や楽しい瞬間だと思います。その瞬間を自ら見つけるのか、コーチングをして気づかせてあげるのか、どちらかを通して自覚することが大事なのだと思います。自分の気持ちに気づき、それを掘り下げていくと、自己効力感が高まるのはどの瞬間で、何に適性を持ち何をしたいと思っているのか、段々とはっきりしてきます。
また、相対比較で自分の得意・不得意を考えないことが大切です。人と比べるとどうしても「あの人の方が」という思考になっていくものです。そうではなく、自分との絶対比較でものごとを考えるべきです。「過去の自分より今何が好きか」や「どう成長してるか」という思考のサイクルを回すことが大切です。
ーー人と比べると際限がありませんが、過去の自分と比べるのなら、少しの成長も実感できるということでしょうか。
そうですね。だから、親や先生、周りの友達も、その子の好きなことややりたいことを絶対比較という観点から観察してあげるべきです。半年前と比べて何かに夢中になっているとしたら、何故そのコンテンツを好きになったのかを掘り下げてあげます。そうすると、そのコンテンツがただ好きだというだけでなく、その内部にある何かのエッセンスが好きだと分かります。その好きな要素を更にもう少し深めていくと、生徒に自分の好きなことの傾向を自覚させることに繋がります。
意外と自分の好みは自身で気づきにくいものですから、広尾学園のように学校の中で半年おきに丸一日使って自己発表する機会が大切になってきます。その学習の中で、周りのよく観察している友達などから小さなことでも自分の性質を伝えられ自覚していく、そのような時間が大事になります。
現代の人の傾向として、「好きなことや夢が周りの人と比べてすごいことでないと自分の志・目標と言えない」という呪縛に囚われすぎているように感じます。私は、日本の教育の根本からこの思考を変えたいです。そんなものは全く関係ありません! みんな違っていていいのです!
絶対評価で「今の自分が過去の自分より勇気を振り絞って頑張っている」「次のステップを進もうとしている」と思えることが重要です。そして、その様子を周りの人間もしっかりと見てあげること、個々人をリスペクトしつつ、絶対評価でフィードバックをしてあげることが大事です。
愛すべきお互いの弱み
ーー自分の好きなことや得意なことを標準によらずに自分で判断していくことが大切なのですね。しかし、私たちは他人に評価されることや標準から外れることを怖いと思ってしまうことがあります。その恐怖を乗り越えるにはどのようにしたらいいのでしょうか。
実は、他人に評価されたり標準から外れてしまうことへの恐怖は乗り越えなくていいと考えています。
私が以前働いていたリクルートという会社や現在働いているLITALICOという会社などは、「みんな違っていること」を大切にしているところです。みんなそれぞれ強みや好きなこともあれば、苦手で嫌いなこともあります。でも、その凸凹も含めて一人の人間です。今挙げた2つの会社では、日々仕事や共同生活をする中で「信頼関係を培うこと」を重視します。そして、信頼関係という基盤があって初めて、安心感をもってお互いの得意なこと、苦手なことをさらけ出せると考えています。
例えば、私も社長をやらせて頂いていますが、完全無欠な社長ではありません。だからこそ、むしろ得意なところや苦手なところをさらけ出してしまいます。そして、他のメンバーに自身の苦手な部分を助けてもらい、やっと社長として到達するべきところに辿り着くのですね。
私はむしろ自分の弱いところや苦手なところなどを愛しく思ってしまいます。それに、周りの人も私の不得意なところを見て好きになってくれているように思います。何でもできるすごい社長なのではなく、好きなことに突き抜けているけれど苦手なことは分かりやすく表情に出るような、助けが必要な社長だからこそ、好きになってもらえているのかもしれませんね。
ーー苦手なことも助け合える信頼関係みたいなものも、クラスや学級の中でできるといいですね。そうすると自己開示や弱さも見せられるようになるのですね。
そうなんです。お互いにお互いの優れていることや苦手としていることを把握しあっていて、なおかつそれを相互に信頼しあっているからこそ、チームでの凸凹が上手く成り立ちます。そして、自分ひとりではできないことがチームや仲間とならできるという原体験が生まれます。それを小中高を通じて学級委員や部活などの異なるコミュニティやチームで何回何十回と繰り返していると、そのうちどのようなコミュニティに入っても、その中での自分の立ち位置を把握したり、自分らしい入り方をしたりできるようになります。自己開示も同じことが言えます。何度も人前で弱みを出していくうちに、コミュニティ成立初期からスムーズに出せるようになっていきます。そのようなコミュニティが増えていくと生きやすくなると感じています。
教師の方々へのメッセージ
1番伝えたいのは、生徒さんはみんな違っていていいということだと思います。つまり、一人ひとりの特性・個性やその人にしかない魅力を教師がしっかり分かってあげて、加えてそれを生徒さんに実感させる・認知させるということが大事です。あとは、周囲にもその個性を分かってもらうということですね。
とはいえ、教師のみなさんは日々さまざまな仕事で忙しくされていると思います。しかし、むしろ一人ひとりの生徒を観察し個性を伝えることに時間をかければ、生徒に自己肯定感・自己効力感といった生きていく上で真に土台となる自己認知が生まれると思います。なので、忙しい中でも学習ソフトなどを活用して時間を上手く生み出し、受け持った生徒一人ひとりに周りと違う自分の個性に気づかせることができたらとてもいいと思いますね。
プロフィール
山口文洋さん
株式会社LITALICO代表取締役社長。慶應義塾大学商学部を卒業後、ITベンチャー企業にてマーケティング・システム開発を経験し、その後株式会社リクルートホールディングスへ中途入社。 進学事業本部の事業戦略・統括を担当し、オンライン予備校事業「受験サプリ」、現在の「スタディサプリ」を立ち上げる。社内起業制度において、グランプリを獲得するなど、スタディサプリにより教育界においても名をはせる。その後、2015年にリクルートホールディングス執行役員およびリクルートマーケティングパートナーズ代表取締役社長に就任。2018年から、リクルート執行役員に就任。2022年にリクルートを退社し、2022年4月から株式会社LITALICO代表取締役副社長を務める。
編集後記
これからの社会を生きる子どもたちに対して、「自分自身の小さな『個性・強み』に気が付き、弱みを愛する」という考え方を伝え続けたいと思いました。先進国と比較して若者の幸福度が低い日本ですが、この考えを当たり前のように内面化した子どもたちが増えることを願っています。
(編集・文責:EDUPEDIA編集部 松田珠璃)
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