「先生2.0」(能澤英樹)【書籍紹介】 ~次世代の学校への提言と応援

62
目次

現場のリアルと客観的データ

著者は本書で、

学校は、同一地区に住む、6~15歳の子どもを全員集め、同年齢の40人以下の「学級」を作り、部屋に閉じ込め、一斉に(半強制的に)好きでもない勉強をさせる(場所)

であると表現している。そして、それはもはや「無理ゲー」であると述べる。
著者である能澤氏はまず、こうした「現状認識」に多くの紙数を割いている。80ページにわたる第一章「学校と子どもたちの姿」で、現場教員にもそれ以外の読者にも伝わるように筋道を立てて明快に論じている。
もろ平成時代の教育現場に身を置いてきた著者の言葉には十分な説得力がある。平成の30年間を通じて多忙化が進み、混迷から抜け出せなくなった学校の背景を本書は紐解いてゆく。その変化の中で感じてきたことを具体的な事実や法律、数字、そもそも論を散りばめながら伝える。
実はこの「現状認識」はとても難しい。著者自身が学校の多忙化について、

「何がそんなに忙しいのか分からない」と学校の外部からは言われるが、それを的確に表現できる教員も皆無だ。

と、述べている。
私も、本サイトEDUPEDIAにおいて、学校現場の実状を伝えようと試みてきたが、的確に表現することはとても難しい。文科省や社会・保護者・教育委員会・管理職・子供たち・教員自身が発する「要請」や「正論」に学校は逐一応じてきた。正論はしばしば人を追い込みがちである。正論によって追い込まれてゆく学校現場。時間をかけてじりじりと、「多忙という大きな渦」に「巻き込まれていった感」がある。現場の苦悩は伝わりにくい。

著者は学校が多忙化へと追い込まれてきた過程をできるだけ明確に記そうと努めている。教育論は各人の立ち位置や経歴・思惑によって認識の差が大きくなりがちである。「日本の教育は大失敗だ」「教員はよくやっている」「こうすれば上手くいく」「いや無理」「教員が悪い」「当事者でもない人にそんな雑にまとめられたくない」 等等、教育論議は混乱しやすい。論点がかみ合わずに堂々巡りが繰り返され、結局は「うーん、難しいですねー。」と言う話になってしまう。改革は修正主義を重ねる結果に陥り、現場(子ども・教員)は置き去りにされてしまう。

教育に関する「現状認識」が困難であり、それが教育改革の阻害要因や混迷になっていることを著者はよく理解した上で論考している。「現状認識」「論点整理」「改革案」と順を追って丁寧に論考が進められているため、誰が本書を手にとっても253ページというやや長い紙数をグイグイ読み進めることができる。読み返してみるとさらに滋味が深まる。

著者はベテランの小学校の現場教員(2023年現在)であり、富山県教職員組合の執行委員長を務めた経歴もあるが、そうした「自分の立場から雑な主張をする」ことを回避している。事実や法律を引用しながら、丁寧な教育論を語ろうと努めている姿勢は素晴らしいと思う。

[商品価格に関しましては、リンクが作成された時点と現時点で情報が変更されている場合がございます。]

先生2.0 日本型「新」学校教育をつくる [ 能澤 英樹 ]
楽天:価格:2,200円(税込、送料無料) (2023/8/24時点)

Amazon.co.jp : 先生2.0

スタンスを示し、論点を整理した 上で

「現状認識」「論点整理」「改革案」という流れとともに、3つのスタンス「制度に則る」「二律測範を乗り越えない」「『子供の幸せ』が基準」を最初の段階で示し、読み手の混乱を最小限に留めようとしている。
抽象的になり過ぎず、具体的過ぎて脱線気味にもなっていない。教育の課題は一つ一つの事案に対して細かい分析をし始めると往々にして冗長になりがちなところを、3つのスタンスに立ち返ることで巧く防いでいる。第二章「論点整理」にも十分な紙数を割き、軸をぶらさない。

加えて、本書の全体を通して「教科指導と生徒指導のアクロバット」「部分最適」「ベター業務」などのワードがとても効果的に用いられているので読者に刺さりやすく、理解を促す。著者が現場で教育に向き合ってきた当事者であるからこそ書ける内容である。それでいて、現場との関りの濃淡に関係なく、読みやすく分かりやすく書かれている。

名著であると思う。

転換への模索

明治時代に始まった「学校1.0」は、基本構造を変えないまま「学校1.1」・・・「学校1.9」へとバージョンアップしてきた。このまま「学校1.9」「学校1.99」と転換を拒み続けるのか、「学校2.0」へと進化するのかのターニングポイントに立っている。

「先生2.0」という本書の題名は「教育改革の修正主義」からの脱出への試みを意味しているのだと、私は受け止めている。
8年という歳月をかけて書き上げられたという本書は「誰かを強く責める」ものでも、「誰かのせいにして終わる」ものでもない。「現実離れした提案をする」ものでも、「大転換を拒んで修正主義に走る」ものでもない。著者はギリギリの線で提言する。
同時に、第三章「未来の学校を描く」の冒頭では、

ここからは、かなりぼくの主観的な意見を述べることになる。もちろん「これが正解だ」というつもりはなく、多くの人を「未来の学校」を考える議論に巻き込むためのものだ。

と、述べられている。

教育改革は簡単ではない。混迷する議論を乗り越える手がかりとして、教育関係者はもちろんのこと、多様な立場の方々にも本書を手に取っていただきたい。

当事者へのエール

終章「ぼくたちは無力じゃない」には、

教育の「ラストワンマイル」は常にぼくら教員の手の中にある

と綴られている。「ラストワンマイル」とは、

楡周平さんの「ラストワンマイル」という小説がある。ある運輸会社が強力なベンチャー通販会社に買い叩かれようとしながらも、「ラストワンマイル」(最後に物をお客さんに届ける力)は自分たちにあることを認識し、不当な要求をはねつけるという話だ。同じように、子どもたちへの教育の「ラストワンマイル」を握るのは教員だ。誰もが幸せに生きる社会への扉の鍵は僕ら教員がもっていることを忘れてはいけない。

と、著者が第一章の最後に述べた言葉である。私はこれを、「当事者としての現役教員」へのエールであり、能澤氏の優しい問いかけでもあると感じる。

ぼくたちは無力じゃない」の「ぼく」は誰にも当てはまる言葉でもあると、私は勝手に思っている。教員・管理職・委員会・文科省・政治家・学者・保護者・地域住民・子ども・・・。つまり教育に関しては全国民が当事者だと思う。当事者意識を失い、立場論で物を言いがち、或いは沈黙しがちになってしまっていないだろうか。「各論」では正しいように思えることでも、「総論」になると破綻をきたしている状況がある。議論が空転したまま処方が先延ばしになり、いつの間にか教育現場では授業のコマ数分の教員が足らなかったり、学級担任がいなかったりするような事態も珍しくなくなっている。
教育問題に対して「一億総懺悔の無責任」にも「無力の停滞」にも陥ってはならない。決して棚上げにしたままにしたり、諦めてしまったりしてよい問題ではない。当事者たちにはタフでクレバーなチャレンジが求められている。

著者がどのような提案を述べているかについてはぜひ本著を手に取ってお読みいただきたい。受け止め方は人それぞれだとは思うが、私は十分に現実的・具体的な提案がなされていると思う。

連携と連帯、戦術と戦略

この本書が発売される直前に、能澤氏が富山県教職員組合執行委員として関わった教員の過労死裁判で、「市と県に賠償命じる判決」が下されている。能澤氏が連携や連帯を大切にし、戦術や戦略を熟考した中で得られた末の勝利であると思う。

長時間労働で中学校教員死亡 市と県に賠償命じる判決 富山地裁

また、能澤氏は

フキダシ|School Voice Project – 学校現場の声を見える化

の理事でもあり、

NPO法人「共育の杜」

の「学校の働き方改革推進チーム」のメンバーとしても活躍している。

教育問題(校内暴力・いじめ・不登校・学級崩壊・学力低下・モンスターペアレンツ・教員の多忙化)の噴出を校内暴力の激化から数えるとするとすでに40年以上が経過している。教育問題に関する戦術・戦略の成否は連携・連帯にかかっていると思う。
本書は著者が大切にしてきた「連携・連帯の成果物」であるようにも思える。

著者からのメッセージ

能澤氏より、この記事にメッセージを寄せていただいた。氏が書かれている通り、「景色を変え」て2.0へと進まねばならないと私も強く思う。

こんにちは。著者の能澤英樹(のざわひでき)です。

学校がかなり多忙で厳しい状態になっていることを世に問いたいと原稿を書き始めて、8年がかりの執筆となりました。その真ん中の6年間は、学校を離れ、教職員組合という、まさに書籍のテーマが仕事のような環境に身を置くこととなりました。そうして、学校を外側から見つめ直した時に、ショックだったのは、政治の大きなうねりの中で、教員も子どもたちも翻弄されている姿が見えてきたことです。さらにショックだったのは、弱者を見捨ててしまっている社会の構造に、教員自身が加担してしまっているという事実です。そして、そこから脱出することは極めて困難であることにも気づかされました。

この局面を打開するために、現状を分析し、論点を整理し、導き出した結論は、意外なところにありました。それは針の穴を通すような狭く曲がりくねった道ではなく、「ど真ん中の一本道」(制度どおりにやればいい)だったのです。詳細は、ぜひ書籍を手に取ってお確かめいただければと思います。

本書は、暗闇を歩いていた筆者が、遠くに一筋の光を見つけ、追い求め続けた最後に、鮮明な景色を目の当たりにするまでの過程そのものです。読まれた方の見える「景色」を変える1冊であると確信しています。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

コメント

コメントする

CAPTCHA


目次