子どもと向き合う教員のかまえ【「個別最適な学び」の核心に迫る〜ひとりひとりに向き合う教育のこれから〜】五月祭教育フォーラム2023 パネルディスカッション第2部

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目次

1 はじめに

 この記事は、2023年5月14日に東京大学本郷キャンパスで実施されたNPO法人ROJE主催 五月祭教育フォーラム2023「『個別最適な学び』の核心に迫る〜ひとりひとりに向き合う教育のこれから〜」内で行われた、パネルディスカッション(第2部)の内容を記事化したものです。

 本フォーラムのパネルディスカッションは2部構成で行われました。
 第2部のディスカッションでは、
・奈須正裕先生(上智大学総合人間科学部教育学科 教授)
・安居長敏先生(ドルトン東京学園中等部・高等部 校長)
(2023年5月現在)
の2名のゲストと、NPO法人ROJE 学生登壇者の茨木恵さん(国際基督教大学2年)の計3名で議論を交わしました。

 本記事では、教育の現場に自ら携わってきたゲストの方々による、学級経営や学校経営における「個別最適な学び」の実現方法やその心構えについて紹介しています。

◉五月祭教育フォーラム2023のアーカイブ映像はこちらからご覧になれます。
 ※記事本文にも、見出しごとに対応した動画のリンクを記しております。ぜひご活用ください。

◉五月祭教育フォーラム2023の関連記事はこちらからご覧になれます。

2 協働的な学びの意義

○一斉授業は協働的な学びではない(奈須)(動画 02:01:20〜

茨木:そもそもなぜ個別最適な学びと協働的な学びを両立させなければならないのでしょうか。

奈須:まず大事な前提は、「一斉授業は協働的な学びではない」ということです。教師があらかじめ決めた落としどころに向けて、いきなり児童生徒に話し合いをさせることは協働的な学びとは言えません。教員が隠している正解があり、手を挙げてそれを答えさせるような授業は「協働」というよりむしろ「競争」です

 まず、独自学習として、児童生徒が一人で考えて、もうこれ以上自分だけでは考えられないというところまで行き着かせる。そのようにしてよい意味で自分の考えが煮詰まってくると、児童生徒は同じように考えている友達の考えが聞きたくなります。そこで協働的な学びをするのです。つまり、協働的な学びの前には必ず独自学習があります。一人ひとりが学び深めることで多様な考えや意見が生まれるからこそ、協働的な学びを行う必然性が生じるのです。

3 独自学習における教員の役割

○教員はほとんど何もしなくてよい(奈須)(動画 02:06:15〜

茨木:独自学習において、教員はどのようにサポートや環境整備をしていくことが大事なのでしょうか。

奈須:児童生徒は、自ら経験を積んで訓練をして自分の認知特性についてわかってくると、メタ認知や学習の自己調整と呼ばれるような「こんな作業をこんなふうにやったらうまくいく」とか「それにどのくらいの時間がかかるか」という見積もりができるようになります。

 すると教員はほとんど何もしなくてよいのです。ただうまくいってない児童生徒も当然いて、教員からそのような生徒に声をかけることも大事です。

4 教科書に頼らない授業

○教科書はティーチングマテリアルであってラーニングマテリアルではない。自由進度学習で教科書を配って「独習しろ」というのは無茶(奈須)(動画 02:08:17〜

奈須:教科書は一人で学べるようには作られていません。教科書は、教員が一斉指導するための教材で、学習材ではありません。教科書はティーチングマテリアルであってラーニングマテリアルではないので、教科書では独習はできません。今、自由進度学習で教科書を配って「独習しろ」と無茶なことをやっている人がいますが、絶対うまくいかないんですよ。

 一方、学習参考書は、教科書と比べた厚さの違いからもわかる通り、一人で学ぶための情報が詰まっています。ドルトン東京学園の「アサインメント」は、一人で学ぶための情報が詰まっています。

安居:ドルトン東京学園ではそもそも教科書は使っていません。「これを学んだことによって、社会にどのように貢献できるのか」というところまで思いを巡らせたうえで、その教科なり単元なりの学びをまず作っていきます。

 ドルトン東京学園では、教員が担当の学年のアサインメントを作り、それを教科ごとにシェアし合っています。開校5年目にして「これが絶対正解だ」というものがないので、内容は毎年変わっています。全員が到達するべき最低ラインを超えたら、より学びを深められそうな児童生徒にはさらなる課題を行うという選択肢を与えたり、それが今ひとつ面白くなければ教員と相談して自分で独自のアサインメントを作ったりしています。

5 教員と生徒の対等な関係性

「教員は全て知っていないとダメ」「失敗したらダメ」「児童生徒の前で赤っ恥をかくのがダメ」という思いを捨てるだけでよい(安居)(動画 02:10:31〜

茨木:生徒と教員との対話の中でアサインメントを定めていくというお話でしたが、そのなかでの生徒と教員との関係性はどのようであることが理想なのでしょうか。

安居:学びに向かう姿勢においては対等だということ、つまり教員は教えつつ学ぶ人であり学びつつ教える人でもあるのだということだと思います。ICT教材の操作やダンスの発表会での照明など、もはや生徒の方が優れていることに関しては教員が素直に「やって」とお願いをするのです。ドルトン東京学園では生徒が職員会議で「先生方のTeamsの使い方はよくないです」と言い、30分レクチャーするといったことがありました。「ともに学び、より良くなろうとする相手として一緒に学びましょう」という教員の姿勢は授業のなかにもあります。

茨木:現在の一般的な学校で、実際にその関係性をどのように構築し、実践するのでしょうか。

安居:教員の気持ちが変わると、学校も変わるのではないでしょうか。「教員は全て知っていないとダメ」「失敗したらダメ」「児童生徒の前で赤っ恥をかくのがダメ」という思いを捨てるだけでよいと思います。もし「児童生徒に対してきちんとしなさい」というマインドが強い学校組織であったら、教師自身が自分を守るために自分をよく見せようとしてしまうかもしれません。しかし実際、児童生徒は教師が前に立って二言三言話せば「この人からこんなことが学べるな」「この人はこんな人だな」というのがわかりますから、授業の中で児童生徒が前を向いて静かに教師の話を聞いているということだけをよしとしていてはダメだと思います

奈須:愛知県の春日井の中学校で、できるだけ情報を開示して生徒が自分のペースでどんどん進められるようにする、という実践がありました。すると生徒は自由に立ち歩いたり、友達と勝手に話し合いをしたり、「ちょっと図書館に行ってきます」と言って出て行ったりしていたため、教員は「学習規律は大丈夫なのか」と心配していました。ところが生徒の様子を見ているとちゃんとやるべきことをやっており、嬉しそうで、時間になればきちんと教室に帰ってくるのです。

 逆にこれまで、なぜ座らせて前を向かせて、教員のタイミングと指示で授業をやってきたのだろうと考えるようになりました。そうしたことをやめた途端に全部が変わりました。このように教員の構えが変われば何もかも変わります

6 まずは教員が「ちゃんとやる」

○まずはオリジナルのレシピでちゃんと作ろう(奈須)(動画 02:22:53〜

奈須:一人の教師がゲリラ的に行えることもたくさんあります。自分のクラスの中で王国を作るという「学級王国」という言葉もあるくらいです。日本の学校、特に小学校では、他の教師の干渉を受けずに自分のクラスの中は自由にできます。

 実は、学習指導要領には教育方法については何も書かれていないため、個別最適な学びを実現することも可能です。そのためには教師が、確立されたさまざまな教育方法について勉強しておく必要があります。自分でその場の思いつきでやってはいけません。思いつきでやると失敗します。「自分なりにアレンジする」という先生がよくいますが、まずはオリジナルのレシピで作りましょうオリジナルのレシピで作ることができてからアレンジをしましょう。よいレシピには、個別の変数の影響をあまり受けない重要な部分だけが書いてあります。教科書はよいレシピであるため、教科書をきちんと使えば、一定水準の授業ができるのです。

 個別最適な学びについて考える前に、まずは「ちゃんとやる」ことが大事です。学校の教師は、基礎・基本を大事にし、勉強し、本も読むべきです。それを行ってから子どもたちにそれを求めるべきです。

7 「例年通り」をやめること

○「例年通り」が諸悪の根源(奈須)(動画 02:31:12〜

安居:今のドルトン東京学園には毎年たくさんの新しい教員が入ってくるため、「去年これをやってたよね」ということが全く通用しません。そのため、毎年ゼロから考える作業をします。そうすると去年やったことを今年やらないことも当たり前のようにあり、教師は自分で考えるしかなくなります。

奈須:結局、「例年通り」が諸悪の根源なのです。新しい学校を作るときは毎年教員が自分で考えて物事を行うため、すべてのことについてやる意味がわかっています。それを繰り返してるうちはよいですが、その先が難しいのです。やはり例年通りやっていてもときどき意識的にやめることが大事です。

8 教員へのメッセージ

(動画 02:39:12〜

安居:自分が「こうだったらいいのにな」と思うことをひとつ明日やってみる。教員であれば「自分が児童生徒だったら」とか「こんな学校だったら」というイメージに合わせた行動をひとつやってみることです。学校現場の人でなくても「やりたいことをとりあえず明日やってみるぞ」という気持ちをもつことが大切です。

奈須:もう一度自分のクラスのお子さんのことを考えてみるのが大事だと思います。児童生徒に何を求めて学校に来ているのかときくと「給食があるし、お友達がいるし、先生が優しいし」と答えることが多いですが、それだけではなく何か授業や学習に関わる楽しみを持って学校に来られるといいなと思います。自分は教員として何ができるのか、ということをやはりもう一度考えて、それが実現できるような着実な戦略を練ることが必要だと思います。

9 登壇者のプロフィール

奈須正裕先生

上智大学 総合人間科学部教育学科 教授

 徳島大学教育学部卒業。その後、東京大学大学院教育学研究科 教育心理学専攻博士課程単位取得退学。博士(教育学)、専門は、教育心理学、教育方法学。神奈川大学助教授、国立教育研究所室長、立教大学教授などを経て、現在は、上智大学総合人間科学部教育学科教授として、学校を基盤としたカリキュラムと授業に関する実践開発的な研究を、長野県、山形県、静岡県などをフィールドに展開している。著書に『「資質・能力」と学びのメカニズム』(東洋館出版社)、『個別最適な学びの足場を組む』(教育開発研究所)など。
※プロフィールは2023年5月現在のものです。

安居長敏先生

ドルトン東京学園中等部・高等部 校長

 大学卒業後、滋賀女子高等学校に赴任し、20年間教鞭をとる。その後、コミュニティFM2局の設立やITオンラインサポート事業を起業。2006年から再び学校現場にもどり学校改革、学校経営に取り組む。校長就任後は「PBL×ICT教育」の新しいスタイルを構築し、学校と企業をつなぐなど、現場で様々な活動をアクティブに実践中。現在は学習者中心のドルトンプランを実践したドルトン東京学園中等部・高等部で校長を勤める。
※プロフィールは2023年5月現在のものです。

茨木恵

国際基督教大学2年/五月祭教育フォーラム2023 学生登壇者
※プロフィールは2023年5月現在のものです。

10 編集後記

 研究者として、また教員および管理職として教育現場を見てきたからこそ言えるのであろう、核心をついたお二方のお言葉の数々に何度もハッとさせられました。お二方とも、子どもだけでなく教員の方々についても同じくらいしっかりとお考えなのだということが言葉の節々から感じられました。とても充実したパネルディスカッションでした。この記事には書ききれなかった部分にも、まだまだ面白いお話がありますので、ぜひとも一度動画をご覧になっていただきたいと思います。(片岡)

 「例年通りが諸悪の根源」という言葉が非常に印象に残っています。「例年通り」はやりやすく、リスクも不安も少ないです。しかし、それでは変わるべきところも変わりません。勇気を出して、手間と時間をかけて、自分がよりよいと思う方向に変化させていくことのできる教育者になりたいと強く思います。(並木)

(編集・文責:EDUPEDIA編集部 片岡祐・並木未菜)

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