はじめに
「書写指導ってなんとなく難しい」「自分は習字を習っていたわけではないから書写指導が憂鬱……」
そのように感じている先生も多くいるのではないでしょうか?
本記事では、書写指導をする際のコツを、日本女子大学人間社会学部教育学科特任教授であり(取材時点)、書写教育を専門としている𡈽上智子先生に伺いました。
なお、この記事は2023年11月14日に行った取材を記事化したものです。
楽しんで書写に取り組むポイント!
文字を書くことに苦手意識をもつ子どもが、楽しく書写に取り組むためにはどのような工夫をすればよいのでしょうか?
ここではポイントを紹介します。
分解文字
「林」という漢字を例に挙げて、「分解文字」について紹介します。
まず「木」という漢字の書かれた紙を2枚用意します。
「ここから林という漢字をつくってください。2枚の紙は折ったり曲げたりしてもいいよ。」と言うと、子どもたちは、「ああでもない、こうでもない」と言いながら、へんを折ったり、つくりを曲げたりします。
この際、子どもたちは「林」という漢字の特徴をよく観察しているのです。
そして、2本の「木」から「林」をつくるためには何が必要かを自分たちで見つけ出します。
ちょっとした工夫をすることで、子どもたちは「あっ!そうだったのか!」とその漢字のポイントに気がつくことがあります。
また、 デジタル教科書もさまざまな工夫がなされているので 、デジタル教科書の中にある漢字の特徴を掴むコンテンツを、授業前に見ることもおすすめです。
水書用筆
「水書用筆」とは、小学校低学年で墨を用いずに水を用いて運筆指導を行うための道具です。
水書用筆を用いることの一番のメリットは「運筆」能力を高められることです。
水書用筆は通常の筆に比べて重さが軽いため、スラスラと筆を動かすことが可能です。
例えば、「つ」という文字を書くときには、だんだん力を抜いて最後にはらいます。
いくら言葉で説明しても、どうしても手に力が入ってしまう子どもたちが水書用筆を用いることで、力を抜く感覚を体感しやすくなります。
また、水書用筆で書いた文字は書くとすぐに消えるため、子どもたちは気軽に文字や絵を描くことが可能です。
この際、水書用筆で書いた文字を評価と結びつけないことがポイントとなります。
水書用筆で書いた文字を評価に結びつけてしまうと、子どもたちは気軽に練習をすることが難しくなってしまいます。
水書用筆はあくまで毛筆に慣れるための道具として用いることが大切です。
さらに、小学3年生以前から水書用筆で運筆を学習しておくことで、毛筆になったときに抵抗がなくなるという効果もあります。
水書用筆を用いた指導について詳しく知りたい方は、以下URLをご参照ください。
みんなで考えよう!書写指導[水書編] – 教育出版 (kyoiku-shuppan.co.jp)
文字をきれいに書くことは目標ではない?!
書写指導の目的は文字をきれいに書けるようになることだと思われがちですが、実は学習指導用要領において、文字をきれいに書くことは求められていません。
その代わりに、学習指導要領では以下のことを理解することが求められています。
〔第1学年及び第2学年〕
文部科学省,小学校学習指導要領(平成29年告示)
(ア)姿勢や筆記具の持ち方を正しくして書くこと。
(イ)点画の書き方や文字の形に注意しながら,筆順に従って丁寧に書くこと。
(ウ)点画相互の接し方や交わり方,長短や方向などに注意して,文字を正しく書くこと。
(小学校学習指導要領(平成29年告示) (mext.go.jp))
書写指導においては、点画の書き方や文字の形など正しい文字を目指すことが求められています。
手紙をもらう際にも、手書きの手紙のほうが心に残ると思います。
文字の特徴を理解し、正しく書けるようになるためには、書写の時間だけでなく、日常生活でも正しい書き方を意識する必要があります。
例えば、習った漢字を連絡帳で使ってみようと声をかけるのもよいかもしれません。
また、鉛筆の持ち方についても書写の授業中だけでなく、日常生活において意識することが大切です。算数の時間であったとしても、「鉛筆の持ち方を意識してみよう!」と声をかけてみてもよいかもしれません。
文字を正そうとする意欲が、正しい文字を書くことに繋がる
毛筆の文字と手本をじっと見ながら、「手本通り書けた!やったー!」 ということをしていると、手本がないと文字を書けない状態に陥ってしまいます。 いつも手本はあるわけではないので、いつでも正確に文字を書くためには、書写の授業で、子どもたちに、“自分で身に付けよう”とする姿勢をもたせることが大切です。先生に文字の間違いを指摘してもらって、初めて気づいて直すのではなく、「自分で気づいて、自分で直す」姿勢、意欲を身に付けさせ、主体的に学ばせることによって初めて子どもたちの身になり、お手本がなくても整った文字を書けるようになります。
「自分で気づいて、自分で直す」姿勢を身に付けさせるためには、試し書きをして、自分の文字の課題を見つけ、めあてを自分で立てさせる必要があります 。そして、自分が定めためあてに向かって練習を重ね、 まとめ書き(清書)を行って、という過程を経て、子どもたち自身が自分で間違いに気づいて正す力が身に付くようになります。
「きれいに書けるようになる」というのは、 自分で正しく整えて書く力を身に付けることです。文字のバランスをきちんと分かっていれば 、どんなときでも正確に文字を書くことができます。例えば、この「駅」という漢字。「馬へんにそのまま尺をくっつけよう」ではいけません。「そういえば、左の馬は細くなるんだっけな。どんな感じで細くなるんだっけ。」と考えて、忘れてしまった場合は、手本を確認してもう一度身に付けさせればよいのです。そのようにすることによって、子どもたち自身に「自分で自分の字を直すんだ」という意識を持たせることができ、普段から、「自分の文字を変えていこう」という意欲を育てることに繋がっていくと思います。
授業中、集中力を高める方法とは?
「書写の授業は、単調になってしまいがちだ」とよく聞きますが、どのように授業を変えていくとよいのでしょうか? 単調な授業にならず、子どもの集中力を持続させることができるテクニックを紹介します。
① 筆を持って書く時間は、15分程度に収める
書写は根性論で語られるものではないので、ずっと集中力を高める必要はありません。そのため、練習するのは10分ほどで十分です。10分~15分ぐらいであれば、子ども達も集中を持続させることができると思います。
②さまざまな活動を取り入れる
書いている時間を短くする以外にも、さまざまな活動を取り入れて、子ども達が退屈にならず、集中して授業を受けられるようにします。
活動の例
子ども達で試し書きをする
↓
見本と見比べて、課題を見つけ、めあてをもつ。
↓
修正を踏まえて、10分ほど練習する
↓
まとめ書き(清書)を行う
↓
まとめ書きと最初の試し書きを比べて、良くなっているところに気づく
上記のような活動例がおすすめです。一連の学習では、書いて、練習中に席を立ち近くの席の子とアドバイスをし合うといったような、対話的な活動も取り入れます。常にさまざまな動きを入れて、退屈にならないようにすることが大切です。主体的で対話的な学びを、書写の授業でも実践すれば、活動に変化がうまれ、子どもの集中力が持続しやすくなります。最初に今日やることを提示しておくと、流れが明確になるので、子どもは、飽きずに取り組めるのではないかと思います。
書写の教科書にも、『試し書きをしましょう、比べて課題をみつけましょう、練習しましょう、まとめ書きをしましょう』と書いてあります。この通りやっていけばよいのです。
③ 先生は、子どもに適切な声かけを行う
子ども達が文字を書いている間、先生は机間指導を行うでしょう。机間指導の際に、先生は子ども達に「上手くなったね」ではなく、「つくりの大きさが整ったね」というような具体的な声かけをしてあげましょう。「上手くなったね 」という声かけをすると、文字の美しさの話になってしまいます。そうではなくて、「漢字のつくりを知る」ということが書写の学習の目的であり、正しく整った文字を自分で書けるように育てる必要があります。今日のめあてが達成できているかという評価と、その文字を正しく書くための助言を的確にしてあげるようにしましょう。
書写の文字は、プロが書いたものであるので、「お手本と同じように書きなさい」と言うのは、ナンセンスです。 この基準で学習すると、線が細くなっていたり、太くなっていたりすることもありますが、文字が正しくかけていれば、十分です。基準をずらしてしまうと、文字が成立しなくなってしまうため、そこはきっちり守らせる必要があります。例えば「林」という漢字であれば、「木木なのか、林なのか分からない」ではだめです。文字のつくりは正確に守るように指導し、そのめあてが達成されていればよいのです。そうすれば、子どもたちはやる気をなくさず、楽しんで取り組むことができるのです。
書写の掲示物作成時のポイント
書写で書いた作品を、教室内や廊下に張り出すことが多いと思います。そこで掲示するときに、大事にしたいポイントを伺いました。
教室に、掲示物として子どもの書いた文字を掲示するのであれば、掲示するときに、試し書きの上からまとめ書き(清書)を張って、掲示するようにするとよいです。理由は、最初に書いた文字と比較して、授業の最後にはどれくらいその文字を理解したのかどうかをすぐに確かめることができるからです。できれば並べて張ると、どれだけ正確に書けるようになったかの違いが一目瞭然です。スペースがない場合は、重ねて張るようにするとよいです。
参観日は、保護者が子ども達の掲示物を見ます。そのとき、保護者は、「最初と比べてこんなに上達した」ということが分かって嬉しくなります。それだけでなく、子ども達も、保護者から「参観日で書写の掲示を見たよ。授業を通してこんなに正確に書けるようになったんだね」と褒められるきっかけにもなります。子ども達は、褒められて嬉しい気持ちになり、書写への意欲も高まるので、この掲示方法はおすすめです。
書写の教科書・カリキュラムは、他教科にも生かすことができる
書写の教科書には、新聞のつくり方、委員会のポスターや、年賀状、お礼の手紙やメモの書き方まで書いてあります。例えば、社会の授業で子ども達に新聞を作らせたいとします。その際に、書写の教科書を開くと、新聞のつくり方、メモの取り方やポスターづくりをする際の筆記用具の選び方など、新聞づくりに活用できそうな情報が詳しく載っています。新聞を作らせる前に、書写の教科書を開かせて、新聞のつくり方を学習させることで、その後の新聞づくりがスムーズに進みます。
上記のように、書写の教科書には「書く」ことに関しての方法や技術が盛り込まれています。これを子どもたちに教えることによって、他教科でのポスター作りや新聞作成をよりスムーズに行わせることに繋がります。
プロフィール
𡈽上 智子先生
日本女子大学人間社会学部教育学科特任教授。専門は、書写教育・国語科教育。(プロフィールは2023年11月時点のものです)。
編集後記
私は今まで、「書写とは文字をきれいに書けるようにさせるための学習だ」と思っていましたが、𡈽上先生のお話を聞き、書写とは文字の特性を理解して、日常生活で正確に書けるようにするための学習だということを理解しました。今後、書写の授業を行うことがあれば、「主体的で対話的な学び」を書写の授業でも意識し、子どもたちが自発的に文字を学ぼうとする意欲を育てられるよう、工夫していきたいと思いました。(宮部)
私は書道を習ったことがなく、「習字を習ったことがないから書写の指導ができるかどうか不安だな……」と感じていました。ですが、今回の取材を通して、たとえ習字経験がなくても、工夫次第で分かりやすい書写の指導が行えるのではないかと感じました。(森田)
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(編集・文責:EDUPEDIA編集部 宮部、森田)
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