ユニバーサルデザインを使用した難聴学級の自立活動

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はじめに

近年、ろう学校の幼児児童生徒の在籍数が減少する一方で、地域の学校の通常学級に在籍する聴覚障害児は増加しています。それは、難聴児本人もその保護者も、難聴児が将来豊かな将来性を身につけていくためには、聴者とともに学び生活して学習すること(インテグレーション環境)は、極めて重要であると思っているからだと考えられます。そして、聴児にとっても難聴児に関する理解を深める貴重な体験となっていることは間違いないでしょう。

そんな教育の現場で、難聴児がインテグレーション環境の下、彼らを聞こえる人と同じスタートラインに立たせ、情緒を安定させ学業に励めるよう努力している先生達がいらっしゃいます。今回、難聴児に対してどのような教育を行っているのかを詳しく聞かせて頂くため、私は東京都台東区立柏葉中学校の難聴学級の先生のお話を聞きに訪問してきました。

授業の取材

  • クラス・・・東京都台東区立柏葉中学校難聴学級
  • 授業内容・・・中学1年英語を通しての自立活動(be動詞+~ing)



2013年度の柏葉中学校には、6人の難聴生徒が在籍していました。取材当日の英語の授業は、中学1年生の男子1名だったため、先生と1:1のマンツーマン指導により、とても和んだ雰囲気で行われていました。

授業の様子

難聴学級の教室内は、扉は二重扉、履物もスリッパに替えて入室です。室内は防音壁が施され、床は絨毯が敷かれていました。これらは、騒音などの余計な音を遮断するためです。決して広いとは言えない教室でしたが、窓から入る明るい日射し、そしてカラフルな掲示物などを見ていると、圧迫さは全く感じられませんでした。

英語はコミュニケーションのためのツールですということで、全員で自己紹介をし合いました。そうすることにより教室内の雰囲気は和み、いつの間にか緊張感は消えていったように思えます。

そして、授業へ。授業の内容は以下のように行われました。

1. CDの音に合わせた英語の歌(10分)
2. 単語スペリングゲーム。「Let's Enjoy Bingo!」(10分)
3. 英語プリントによる会話形式(30分)

1の英語の歌は、生徒の好きなミュージシャンの曲でした。

2のゲームは、英単語を指文字で確認しながらできるもので、先生がリズムをとりながら、jump,tennis,chair,meet,swim・・・など、中学1年で習う英単語を、指文字を使うと同時に、発語するゲームです。指文字による手の動き、発語で話すというアウトプット、これら口と手を組み合わせることで、スペル間違いなどのミスを多く防ぐ効果があるそうです。さらに、日本語の手話や指文字を嫌がる生徒も、このゲームを通して不思議と英語の指文字はすんなりと覚えることができ、難聴の生徒に、音声の他にも言語があることを体得させる機会となるそうです。


3のプリント教材は、be動詞+ingをつかった会話形式でした。イラストを見て現在進行形の文章を作るのですが、この日は、私たちも混じり、アットホームな雰囲気で行われました。

授業を終えての感想

英語の授業を見学していて感じたのは、この生徒は難聴で耳の聞こえが悪いとは思えない程、会話が流暢でスムーズだったことです。彼は中国語も少し話せるらしく、英語表現の中で「これは中国語でも言えるよ。」と言って英語講師に中国語を教えてあげていた場面もありました。

難聴学級の授業というのは、手話や指文字、ボディーランゲージなど織り交ぜながら進められるものだと思っていましたが、指文字をつかったゲームが最初に行われただけで、それ以外では一切、言語以外でのコミュニケーション方法は見受けられませんでした。難聴児の授業を見学しているようには思えず、普通学級の授業を見ているようでした。

この授業を見学していて一番感慨深かったのは、教師と生徒の信頼関係の深さです。中学1年生と言えば思春期で多感な時期。この時期特有の気難しさや意地っ張りさなどは微塵も感じられず、自分の考えや、質問などもしっかり伝えることが出来、頼もしさを感じた程です。

ただ、ごく稀に先生の質問に対し反応がなく、会話の擦れ違いが見受けられましたが、先生が同じ質問をもう一度ゆっくりと伝えれば、的確な答えがきちんとできていました。

取材から得たこと

大体の難聴の生徒達が中学時代の苦手教科は、音楽と英語であると言います。東京都の高校の入試要項では、身体障害者によって影響のある教科には内申書に赤丸をつけることにより配慮されるという特別措置があるそうです。この学校では音楽には赤丸をつけますが英語にはつけないそうです。障害に対応した授業を行うためです。 


最近の英語教育は会話重視です。見学した英語授業もプリントを使用した会話形式が大半でしたが、教える側と教わる側の意思疎通は大切なことです。難聴児は英語教育に必要な『聞く』『話す』『読む』『書く』のうち、『聞く』という能力はどうしても低くなってしまいます。この『聞く』の能力を補うために、柏葉中学校の難聴授業で使用されている機器がユニバーサルデザイン製品です。 



ユニバーサルデザインとは、文化・言語・国籍の違い・老若男女といった差異、障害、能力の如何を問わずに利用することが出来るものです。 
 缶チューハイなどの缶のプルタブのところに点字が入ったものを見た人もいるのではないでしょうか。ごく最近では、2020年の東京オリンピック開催に伴い、世界中の旅行者が日本に訪れることを踏まえ、駅で切符を買う時にタッチパネルを押すと、英語の音声が流れたり、その駅付近の観光スポットなどを案内してあげたりするといったシステムができたそうです。

その様な誰にとっても優しいユニバーサルデザイン製品の一つに、「難聴でも聞こえが改善するスピーカーシステム」というものがあります。

このスピーカーシステムの使用は、「NPO法人日本ユニバーサル・サウンドデザイン協会」の協力により実現したものです。音は拡散して広がりますが、このスピーカーシステムは音をまっすぐ発するのです。また、音声帯域の明瞭度をアップすることによって、このスピーカーから流れ出る音を、難聴児もキャッチしやすく聞こえが良くなります。今回、英語授業を見学していた際にもこのスピーカーは生徒の前に置かれ、授業が進められていました。

授業以外の式典や朝礼などにも、難聴児のための情報保障に役立つ製品がありました。誰もが知っているゲーム機PSPです。無線LANを使用し、朝礼などではPSPを持つ難聴生徒に、パソコンから文字情報を送ります。ソフトはIPトークやパワーポイントなどです。式典や文化祭など準備に充分時間を取れる場合には、ステージ横にスクリーンを置きプロジェクターで文字情報や、時にはイラストや画像などを投影します。これらハード機器を操作するのに、昔は先生が行っていましたが、今では手話部が中心となって行っているそうです。

障害を持つ者と持たない者同士が、互いに助け合うことによって、両者には大きなメリットがあると、先生は話してくれました。

最大のメリットというのは、障害を持つ者の孤独を防げることです。同じ年頃の子ども達が集まり、共に学校生活を送る中で難聴児にとって聞こえないために情報が入ってこないのは、皆がある話を聞きながらおかしくて笑っているのに、難聴児には自分だけ理解できないという孤立感を生んでしまうからです。
 ユニバーサルデザインの製品を使うことで、難聴児にとって情報保障がリアルタイムで行えることは、情緒を安定させ不適応を防ぐ一環となるそうです。

ユニバーサルデザインのメリット

生徒達の集中力が増す。

音声情報を視覚情報に変換することによって、難聴児以外の生徒にも大きな効果が見られるようになりました。スクリーンを設置した場合、情報全ての内容を視覚によって確認できるため、集中力が増すという効果があり、視覚優位の発達障害の生徒にも役立っているそうです。

学力の向上

手話部の生徒達は積極的に通訳活動をする中で、大人には見られないような急速な成長を遂げる生徒も出ました。パソコンの操作では1分間に230文字打てるようになった生徒、要約筆記通訳は聴き取った言葉を要約するため集中力が増し、成績が上がった生徒などが出てきました。通訳活動をすることによってあらゆる能力が向上した結果です。

会話の行き違いの減少

通常学級の生徒の中にも指文字や手話をつかえる生徒が現れます。これらの使用で、会話の行き違いも大幅に減ることになります。こういった積極的な動きが日常的に行われることによって、軽・中度難聴の生徒達も最初は覚えることを拒んでいた手話や指文字を、彼らも覚えようとする気運も生まれるそうです。

まとめ

今回、取材させてもらった中学1年の男子生徒の聴覚について、情報を聞いた時に私は大変驚愕しました。それは、その生徒の聴力は左右ともに、ほとんど聞こえないことがわかったからです。まして、英語のk,s,t・・・などの子音はほとんど聴き取れないのです。それがなぜ、あんなにスムーズに、しかも楽しそうに英語の授業を行えるのでしょうか。

難聴児担任の先生はこう説明してくれました。日頃からの難聴生徒の自分自身の訓練、難聴と言う障害に変わる媒体ユニバーサルデザインの使用、そして手話部をはじめとする級友達の支えが、難聴生徒の学校生活を支えているのだと。

難聴生徒の学力向上と将来社会にうまく溶け込むための適応能力をつけるために、柏葉中学校の先生達は日々より良い情報を求め、難聴生徒達が学校生活や授業に取り組めるよう努力しています。

グローバル化を目指す日本にとって、今必要なのは外に目を向けるだけではなく、国内の障害者にとってもバリアフリーになる社会を目指して欲しいと考えます。よって、難聴を持つ子ども達のために日々努力されている先生達を、私は応援して行きたいと思います。
(文責・編集 EDUPEDIA編集部 肥後 京子)


東京都台東区立柏葉中学校難聴学級担任の紹介

  • 難聴学級担当 山口 淳 先生
  • 難聴学級担当 館 千秋 先生
  • 難著学級講師 渡部 秀雄 先生
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