1 はじめに
本記事は、30年以上の教員キャリアを持ち、「情報教育」の最先端を走っていらっしゃる佐和伸明先生にインタビューしたものを記事化したものです。GIGAスクール構想により、児童生徒1人に端末が1台配付され教育現場におけるICT活用が進む中、1人1台端末を活用した「創造性を育む」教育を主題に、実際の教育実践において必要なこと・大切なことをお話ししていただきました。さらに、佐和先生が監修された書籍『創造性を育む「1人1台端末」活用授業』(小学館)の内容に一部触れ、実例をもとに「1人1台端末と創造性」について紹介していただきました。
この取材は2023年7月27日に行いました。
2 創造性×1人1台端末
プロセスと情報活用能力
GIGAスクール構想が始まり、端末が入ったばかりのころは、“創造性”よりは“何に端末を使えるか”に重きを置いていました。そして時が経ち、単に学習を効果的かつ効率的に行うだけではなく、“子どもたちの主体性や創造性を育むことに使っていくこと”が大事だろうと、みなさんが思い始めました。創造性を育む学びは何かを作り出すことがゴールになりますが、作って終わりであればあまりよいものは作れず、子どもたちの力は伸びないと私は思いました。そこで、ゴールに向かう“プロセス”を大事にしました。 プロセスとは“情報活用能力”のことです。これは自分で課題を設定し、情報及び情報手段を適切に選択し、活用する力です。例えば、
“この会社の課題はこれだよね。
これに対して、現状がどうであるか情報を収集する力。
解決に向けた情報を収集する力。
その情報を整理し分析する力。
そして、誰かに自分で情報をまとめ、課題解決に向けた意見を表現する力。
最後に、それを振り返り、必要に応じてもう1度このスパイラルを回す力。”
思い付きで作品を作って終わりではなく、しっかり順番・プロセスに従い子どもたちが自分で学べるようにするのです。先生が「これを作りなさい」と言ったら簡単ですが、それでは子どもの学びにはならないと思います。子どもが自分で「次は何をしたらいいかな」「情報がたくさん集まったけど、1回整理しよう」「僕はこう思うけど、あなたはどう思う?」みたいなことを一緒に話し合い、分析するプロセスを大事にするのです。そのプロセスに沿ったとき、端末を有効に使う場面が出てくると思います。インターネットによる情報収集が分かりやすい例です。整理・分析するときの場合は、シンキングツールを使ったり、 表現する場合はプレゼンやポスターにまとめたりする場面があります。完成したものをみんながどう思っているのか知りたければ、アンケートフォームを作ればいいのです。以上のような場面で、今までできなかったことが個々の端末によってスムーズにできるようになりました。今まで、学校にパソコンはあってもそれは自分のものではないので、順番を待ったり、使用時間が限られたりと制約が多かったのです。しかし、自分のものであれば、持ち帰ったり、使いたいときに使ったりすることができるのです。
私が求める“創造性”と“我慢”
子どもたちに私が求めている創造性は作曲する、絵を描くといった“アーティスト性の創造性”ではありません。“言葉を用いて人に表現する能力”です。手紙やポスターを書くことも全て創造性です。“思いを持ち、発信していくことが創造性”ということを自校の先生方と共有するのに、最初は時間がかかりました。「何かすごいものを作らせないといけない」と思っていたからでしょう。
また、子どもにそのような活動をさせると言いつつも、“ここにたどり着かせたいというような活動の答え”を先生が強く持ってしまいがちです。「みんな、何やりたい?」と子どもたちに聞いたとしても、先生が想定していたゴールが出たら、「じゃあそれやろう!」となります。しかし、それでは創造性を育むことになりません。“情報活用能力を育む”ということを意識しないと、先生が全て指示を出さないといけない状況が生まれます。答えがない、もしくは答えが1つではないことに取り組まないと子どもたちの創造性は育ちません。子どもたちが学習をしながら情報活用能力を伸ばしていくことは、“子どもを待ったり、 失敗させてあげたりする覚悟”がないとなかなかできないのです。“少し我慢する・答えを急がない”という表現がいいかもしれません。
子どもたちに任せる覚悟
書籍の中で紹介していますが、修学旅行(栃木県日光市)で行く場所を子どもたちが決める場面がありました。「修学旅行にふさわしいのはどういうところか」という観点を予め子どもたちに示しました。子どもたちが家でGoogle Jamboardを使い一生懸命調べてたくさんの候補が出たので、旅行会社の方に来てもらい、プランニングのお手伝いをしてもらうことにしました。最終的に、子どもたちの希望により「日光江戸村」か「おさるランド」のどちらかを選ぶことになりました。「そこより、戦場ヶ原を歩いた方がいいんじゃない?」とか、先生たちはどうしても自分の経験から考えてしまいがちです。しかしどちらも日光らしく、みんなが楽しめそうな場所として選ばれたのですから、候補から外すわけにはいきません。先生は「おさるランドより江戸村の方がよくない? 社会科に関係しそう」と言いたくなりますが、それを言ってはいけません。そこで我慢できるかどうかが重要です。そして、行きたい見学場所のよさを伝えるためのプレゼンテーションを行い、 最後は投票で決めました。結果は、おさるランドになりました(笑)。担任の先生も「校長先生、いいんですか?」と相談に来ましたが、子どもたちに下駄を預けたのだから、それは覚悟してやらないといけません。結果的にこの話はいい話になります。おさるランドへ打合せに行ったところ、支配人さんは「ぜひ、子どもたちに来てほしい」と仰っていました。さらに、「どうしたら子どもたちが来てくれるようになるのか相談にのってほしい」と頼まれました。そこで、学校用のプランを立てることを提案しました。子どもたちの学びになるようなことはないかと聞いたところ、非常に興味深いことに、栃木県では野生のサルが畑を荒らすことがあり、毎年約500頭捕獲されているということをお話しいただきました。そこから、「どうして日光東照宮に三猿の彫刻があるのか、芸をするサルはなぜ調教師さんの言うことを聞くのか、どのようにサルとの関係を築くのか」などテーマがいくつも出てきました。ただ芸を見るのではなく、キャリア教育的なことや環境学習、自然愛護、歴史的なことを織り交ぜて学ぶことができれば、修学旅行の行き先としても十分価値があるのではないかと感じました。事前に資料(動画)を用意してもらったり、実際に調教師さんにお話を聞いたりしました。最終的に、卒業アルバムの文集の「修学旅行で1番楽しかったこと」ランキングでは1位がおさるランドになりました。日光東照宮のことは誰も書いていなかったのです(笑)。“子どもたちに任せる覚悟”は重要だということです。
“使いこなす”より大事なこと
元々端末の導入は、“先生が一方的に喋る授業をやめて、子どもたちに自主的に学ばせましょう”というのが1番の狙いだと私は思っています。先生が喋り、黒板に書き、それを静かに聞き、ノートを取る子がいい子と評価されがちです。そして、「わかる人!」と聞いて、手を挙げた中から、しっかり答える子どもに答えさせて終わる。これはただの“教え込む授業”に過ぎません。この授業方法を受けた子どもたちが、これからの社会に出て活躍できるのでしょうか? 私はそういうふうに思いません。自分で学び取らないといけないのです。”学び取る姿勢・学び方を学ぶこと“が重要です。子どもたちに端末を預けると、先生がずっと喋っている授業はできなくなります。これからは子どもたちに課題を与えて、子どもたち自身で学ばせていくことが大事になります。このようなことを今話したらみんなが共感してくれますが、 端末が導入されたときはみんなどのように端末を使うかに思考が取られて、この話が共有でき意思疎通するのに時間がかかりました。
また、私は長年ICTを使った授業をしてきましたが、 今までは必ずしもICTを使う必要はありませんでした。最先端の教育を目指している先生たちが ICTを使った教育実践をしていましたが、それは一部に過ぎず、「先生全員が必ずしもやる必要はない」と思われていました。ただ、GIGAスクール構想により今後は先生みんながやらなければならなくなりました。その戸惑いは非常に大きく、ICTをどのように使ったらいいか分かっていない先生はまだまだ多いです。しかし、先生が使えなくても大丈夫なのもまた事実です。例えば、逆上がりができない先生が逆上がりの指導ができないわけではありません。自分がやって見せられるかより、その代わりの動画を見せたり解説したり、練習の仕方・補助のポイントを教えたりすることができる先生の方が、おそらく逆上がりができるクラスを作るのではないかと思います。教える先生が調子に乗ってぐるぐる回っているだけでは、子どもたちは逆上がりができるようになるとは限りません。なぜなら、先生が手本で逆上がりをやっている間に子どもたちの様子を見ることができていないからです。手本を見せてできるなら誰でもすぐにできます。このことからも言えるように、“自分がパソコンを上手に扱うことより、「ここでこういう風に使うと子どもたちの学びが深まる」というようなアイデアを持っている”ことの方が重要になります。このことは子どもたちにどんな力を身に付けさせたいかに関係しますが、“「ここでこの使い方をすれば子どもたちの意見が対立し、話し合いが生まれ、学びが深まる」といった授業デザインができるかどうか”であり、それは今日に至るまで先生たちが考えてきたはずです。これを、“端末を使う場面に落とし込める訓練をするかどうか”が重要です。
3 創造性に対する自信”クリエイティブ・コンフィデンス”
創造性を育んだ子どもたちは将来どうなるか
創造性が育まれると、子どもたちはどのような姿になるでしょうか? 本校の先生たちには、“子どもたちにクリエイティブ・コンフィデンスを持たせる”ことが重要だとよく話しています。これは、“自分で何かを創り出すことができる自信を持たせる”ことを指します。「あなたに想像力はありますか?」と聞いたとき、「ない」と日本人は答えがちですが、「いや、ありますよ」と私は言いたいです。何か得体の知れない自信ではなく、「誰でも何かを創り出すことができる」ということです。なぜ創造力が必要かというと、最終的に社会や国を変えるような創造力が必要になると私は考えているからです。小学生が社会や国を変えることはなかなか難しいですが、何かを発信したり作り出したりすることで学級や学校、地域をよい方向に変えることはできます。そのような子どもたちを育てたいと思っています。
さまざまな調査で、日本の子どもは世界の子どもに比べてそのような力が弱いという結果があります。日本財団が公表している「18歳の当事者意識」という調査では、「将来の夢を持っているか」という問いに対しての回答率が昔からOECD加盟国の中で低いです。同様に、「自分で国や社会を変えられる」と思う子どもも極端に少ないです。もっと言うと、そもそも課題があると思っていないというか、日本という自分の国に興味がないのです。もしくは他の誰かがなんとかしてくれるだろうと思っているのかもしれません。それに比べて他の国の子どもたちは、やはり「自分で国や社会を変えられる」という意識をよく持っています。
20年先、日本の労働者人口が現在の3分の2ほどになると言われています。働く人が減り、1人当たりの生産性も減ってしまえば、そのような中で生きていくのはなかなか厳しいのではないでしょうか。だとしたら、やはり“国を盛り上げ、生産性を高めるような人、アイデアを出せる人”が必要になると思います。では、どうして日本の子どもはこうなのかというと、“自己肯定感や自信が足りない”からだと思います。それこそ「周りを変える経験をあまりしてこなかったのでは?」という風に思うわけです。だから、「創造性を持つことで自分が周りを変えることができた」という経験を子どもたちにさせたいと思っています。「パソコンでプレゼンテーションが上手にできました」だけでなく、“主張したことで周りを変えられるのか”が重要です。そのような経験を通して、創造性に対する自信を持ち、クリエイティブ・コンフィデンスを持った子どもになると考えています。
新たなICT活用実践
本校では、今、地域をターゲットにして、子どもたちの力で地域を変える活動をしようとしています。学校の近くにある商店街をどう盛り上げるか、地域の農作物のよさを知ってもらうにはどうしたらいいか、公民館で催されるお祭りをもっと盛り上げるにはどうしたらいいか。そのようなことを発信して終わりにせず、地域の人と繋がったり関わっていったりすることをしていきたいです。だから、学習の終わりに発表するのではなく、今回はその過程を学校ホームページ「子どもブログ」等で発信していこうとしています。その中で、地域の人や保護者と意見交換ができたらいいと思っています。双方向性のあるウェブを展開し、ただ情報活用能力を使うだけでなく、周りの人を巻き込むような、より創造性を育む活動を行っていきたいです。
4 佐和伸明先生の著書(監修)
『創造性を育む「1人1台端末」活用授業』
この書籍には、“課題の設定、情報の収集、整理・分析、まとめ・表現、振り返り・改善”の5つのプロセスを使う授業実践を載せています。この5つのプロセスの中で端末をフル活用する学習は従来の授業ではできなかったことです。
さらに今、“情報活用能力”がクローズアップされていると思います。情報活用能力は、「総合的な学習の時間や生活科など、探求学習が主になっている教科でしか身に付けさせることができない」と思われがちですが全くそのようなことはありません。情報活用能力とは、“学習の基盤”です。全ての教科・領域の中で情報活用能力を身に付けさせる授業は可能です。この著書には、これからを生きる子どもたちにとって必要になる情報活用能力、そして資質・能力を育む授業デザインが掲載されています。
5 プロフィール
佐和 伸明先生
千葉県柏市立大津ヶ丘第一小学校校長。GIGAスクール構想に基づく、小学校における1人1台端末の活用やICT活用のトップランナーとして活躍されている。文部科学省「小学校プログラミング教育の手引」等の作成に携わったり、「GIGA スクール構想に基づく1人1台端末の円滑な利活用に関する調査協力者会議」の委員を歴任したりと、”情報教育”に大きく精通している。
6 編集後記
今までICT・端末をどのように使うかに私は意識を取られすぎていました。今回の取材を通して、どのように使うかを前提に「端末を使って何をするか」ということを、長い教員キャリアをもつ佐和先生から聞くことができ、自分の中の情報教育に対する見方が大きく変化しました。ぜひ、今学校で働かれている全国の先生方に佐和先生の書籍を一度手に取ってみてほしいです。(吉田)
1人1台ICT端末を持つようになり、従来であればできなかったことを授業で行うことが可能になったため、今まで以上に子どもたちの能力を伸ばすことが可能になったのではないかと思います。佐和先生は、ICT端末を上手く活用した授業にするためには、従来では考えられなかったような思い切ったことを授業として取り入れる必要がある、先生が冒険をする覚悟を持つことが重要だと仰っていました。子どもたちに将来、自分のやりたいことを成し遂げることができる力を付けさせるために、どのようにICTを活用していけばいいのかを自分の固定観念を取っ払って、考えていきたいと思います。(宮部)
(取材・編集・文責:EDUPEDIA編集部 吉田・宮部、写真/みんなの教育技術編集部)
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